第十五話

「うわ、ちょ、すご~い!これ地下鉄なんだ~、すごいよコレ、汽車より速いじゃん!」
電車内は静かにしましょう。
「え、なに!?その人形!?超カワイイじゃん!!あ、あなた、ネロ・カレン・バルレンっていうんだよね、じゃあ、今度から『ネロっち』って呼んでいい?」
電車内は・・・
「ね~ね~可朗、昼ご飯まだ?どこで食べんの?」
・・ウガ・・

その日の朝、奥の部屋で、可朗は天希を説得していて、慶は、朝食を『7人分』作ったあと、どこかへ出かけてしまった。二人とも深夜起きてから、ずっと寝ていなかった。そう言う意味では、あと一日でもこの家に滞在したいと、一番思っているのは、可朗だった。
続いて彼がカレンを説得しようとしたときに、慶は『その二人』をつれてかえってきた。
「う~、まだ頭がクラクラすっぜ・・・」と言いながら、宗仁は靴を履いたまま上がった。当然のように殴られた。
二人とも昨日のことはほとんど覚えていないようだった。奧華は先客のいる部屋をのぞこうとしたが、天希の声を聞くと、顔を真っ赤にして立ちすくんでしまった。
彼女のこの動作には誰一人気づかなかったが、次に宗仁がのぞいたとき、それに気づいた天希は笑いながら言った。
「宗仁、なんでお前来てるんだよ!?」
宗仁はすぐに部屋の中へ飛び込んだ。そこへ慶も割って入って、四人で暴れだした。が、可朗と慶はすぐに止まった。それに合わせて、天希と宗仁も静かになった。
冷静になった宗仁は、何故自分たちがここにいるのかを、できるだけ話そうとした。
「まあ、俺はあれだよ、天希が旅へ出て、可朗もついていって、俺まで行かなきゃ、おかしいってもんだ。俺たちゃ、ほんとにトリオみたいなもんだからな。もちろん、あんなことやこんなこと、いろいろと言われたぜ、先公とか親とかにな。んま、詩人な俺にとっちゃあ、どれも引き止めの『ひ』の字にも足らん文句だったがな、へっへっへっ。てなワケで、まあ俺様は頭いいからな、天希が行くとしたら、ここしかないと思って、それで来たんだが・・・そうだ、奧華だよ、あいつ、なぜか出発するときについて来たんだよ、う~ん、やっぱ俺様ってモテんのかなあ~?(ニヤリ)だーっ!いらねえよ、あんな女!あんな奴に好かれたくなんかねーよ!あ、いや、これは冗談なんだけどな、うん」
「で、その後は?」可朗は訊ねた。
「それだよそれ、覚えてねえのよ、昨日までは、ホント昨日までは何もねえの、なかったんだけどよ、昨日の午後からサッパリよ!う~ん、おかしいんだが・・・」
そう言い終わると、宗仁はカレンが台所から運んで来た朝食をむさぼるように食い始めた。
「誰、こいつ?」宗仁は口に物を入れながら、カレンを指差して言った。(ちなみに奧華の場合、カレンのことを知らないのはもちろん、小学校が天希と違ったため、慶とも一応初対面であった)
「あ、カレンちゃんのこと?」可朗は面倒くさいと思いながらも、説明を始めた。(省略)
「そろそろ、ええ時間やで」慶は皆を立ち上がらせた。
「えっ、もう行くのかよ~・・・・」天希は嫌そうな顔をして言った。カレンと可朗も立ち上がって、荷物を整理した。3人が歩き出そうとすると、宗仁は一番前に出て来た。
「さあ、お前ら、この俺様についてこ・・・ぐええっ!」行こうとした宗仁は、慶に首を後ろから引っ張られた。
「お前は残れや!薬なんか使ってたら強くなれへんで、本気で特訓や!ビシバシしごいたるで~」怪しげな笑みを浮かべながら、慶は言った。
「えっ、あれ?俺は?」天希は振り返って言った。
「天希、お前はじゅ~~~ぶん強いっ!ワイが教えることは何もないっ!ワイができることは、お前がそれ以上に強くなることを、ただただ祈るだけっ!はい、終わりっ!」
「・・・あの~・・・私は・・・」慶の顔をのぞきながら、奧華は言った。
「あ、せやな、お前は~・・・天希達と一緒に行け!他に選択肢ないし・・・」
「や、やった~・・・!」奧華は小声で叫んだ。
「そ、そんな~・・・」宗仁は向こうの部屋へ引きずられていった。天希達の後についていった奧華は、一瞬だけ宗仁の方を向き、彼に向かって舌を突き出した。
「あ、あのヤロ~め、ちくしょ~・・・」宗仁は歯ぎしりをしながら、そのままお互い見えなくなった。

そんでもって、電車の中。
「ね~可朗、せっかくグランドラス来たんだからさ、買い物行きたいな~、ネロっちと一緒に」
「なんで僕にばっかり聞くんだよ?」問う傍ら、可朗は自分が目立っている(ような状態)のを、理由に少し浮かれていた。
「だ、だって、他に話せる人がいないんだもん」
「・・・天希は?」このとき可朗は、わざとらしいくらいにニヤリとした。
「えっ・・・えっと・・・だってほら、天希君て、男の子じゃん、話しにくいし・・・」
「・・・奧華、君の目の前に立ってる人間は、果たして男かな?女かな?」可朗は呆れ果てていた。
「あっ・・・えっと・・・・・・・・女っ!!」

この瞬間、少なくともこの二人の頭の中が真っ白になったのは言うまでもないだろう。

一般的に、デラスト文明の地上での交通手段は自動車か汽車だが、こういう都市部では最近、地下鉄が発達してきている。自動車や汽車は主に輸送や、個人および団体の旅行(荷物が多いとき)に使われ、それ以外の場合は自転車の方が早いと言われているが、地下鉄はそうではない。通勤にも輸送にも便利な乗り物として、開発されているのだ。ただし、もちろん値段は高い。
「ねー可朗、買い物!ネロっちと一緒に行きたいの!」
「分かった分かった!次の駅で降りよう」
「あ、ついでにゴハンも」
「あんまり高い奴にしない方がいいぞ、千釜先輩からもらったお金なのに、ただでさえこの地下鉄で消費したんだし」

四人は地下鉄駅から階段を上がって地上に出た。
「うわっ、すごーい!!これビルだよね?ビルだよね?」
慶の家の周辺とはだいぶ違った。頭上には今にも倒れかかってきそうな高層ビルの数々が、空を覆い尽くさんばかりにそびえ立っている。正面に顔を戻せば、人の海で前が見えなかった。
「すげー、この前来た時はこんなにいなかったのにな」
「じゃあ、可朗さ、待ち合わせ場所決めて、自由行動にしようよ。あっ、そう、あたしはネロっちと一緒だけど」
「はいはい」

天希は待ち合わせ場所に設定された公園の中で特訓をしていた。特訓と言っても、何をしていいのか分からず、でたらめなことをやっているのがほとんどで、まともにやっていることと言えば、慶から教わったことのほんの少しぐらいだったが、可朗のレベルアップを見た時から、自分も早く強くなってレベルアップしたいと思っていたのだ。
「一日でも早く、アビスのところまで辿り着けるように・・・今は、それくらい強くならないと・・・」

奧華とカレンは、二人でショッピングに出ていた。「あっ、別にネロっちが自由に動いていいよ、あたしはネロっちについていければいいから」とは言ったものの、カレン本人は自分の意見を言うことができないし、主導権は奧華が握っているのと変わりなかった。
「あ、これ、カワイイじゃん!ネロっちは何か欲しい物あった?」
彼女は何にしようか迷っていた。というよりは、『迷っているフリ』に近かった。自分では何も言えないので、奧華のしゃべることにあわせて行動するしかなかったのだ。
が、彼女の動きは自然に止まった。その原因は、かすかに彼女の鼻を突いた、ごく懐かしい香りであった。彼女の目は『その一点』に釘付けになった。
「ネロっち?どうしたの?」奧華は横からカレンの顔をのぞいたが、彼女は動かなかった。かわりに、彼女の頭の中には、ある記憶がよみがえっていたのだ。

「俺もデラスト手に入れて、おかーさんみたいになりたいんだ!」
当時六歳だったエルデラは、無邪気に言った。
「そうだよね、おかーさんってすごく強いんだよね」
カレンも言った。その頃の、当時の声だった。
「あっ、帰って来た!おかーさん、おかえりなさい!」
「ただいま、かわいい子供達、今日はお土産買って来たわよ」
「お土産?わーい!」
「お菓子なんだけど、はい、カレンは女の子だから赤、エルデラは緑ね」
そのとき、エルデラは、カレンに渡されたお菓子の袋を奪い取って、言った。
「俺、赤の方が好きだッ!」
カレンは泣き出した。そのとき、アビスが、『まだ』まともな人間の姿だったころのアビスが、部屋に入って来た。
「こらこら、エルデラ、妹を泣かせちゃダメだろ」
カレンの母は、この様子を暫く見ていたが、やがて何も言わずに、ゆっくりと部屋からでていき、夕暮れのせいで寂しくなった廊下の暗がりに消えていった。そのとき、カレンはちょうど泣き止み、自分の母親の横顔を目にした。今思えば、滅多に家に帰ってこない自分が、その子供である自分達のことをよく知らなかったことに対する悔しさも、なくはなかったであろう。しかし、当時の彼女に与えた、その横顔の恐ろしさ、それは・・・

「・・・・・ネロっち、ネロっち!」
奧華に呼ばれて、カレンはハッと我に返った。
「どうしたの?ボーッとして」
彼女は首を横に振った。そして、改めて前を見ると、やはりその時と同じ、見覚えのある、赤の袋と緑の袋が並んでいた。カレンはすぐにそれを一つずつ手に取って、レジへ持っていった。
「・・・お菓子?」
カレンは時計を見ながら、奧華のところへ戻って来た。
”もうそろそろ約束の時間みたいですよ”ガロが言った。
「えっ、もう!?まだ買いたいものあるのに~・・・時間って、経つの早いね~」
カレンは奧華の言葉を深く飲み込んだ。あの日が、母にあった最後の日だった。それ以来、写真も見ず、名前を聞くこともなかった。あれからすでに9年、今のカレンにとって、第一印象であった恐ろしさは透けて見えている。まずは、今自分達の敵として立ちはだかっているアビスが、自分の父であることを明らかにし、そして、母と兄の居場所をつきとめ、再び家族全員集まることが、彼女の願いであった。今思えば、あの日から間もなく、家族は引き離されたのだ。その原因を突き止めることも、今の課題であると、カレンは待ち合わせの場所に向かって歩きながら考えた。

可朗はグランドラスにいる伯父の家に来ていた。奧華がフリーにしようと言ってから思い出したのだ。
「いやあ~、ホントにでっかくなったな可朗、お前の両親は元気か?」
「は、はい(なんであえて『両親』って言ったんだろう)、まあ、元気ですが」
「ほう、そうか、いやあ~、お前は知らんだろうが、うちに息子が二人できてな」可朗の伯父は自慢げに言った。
「はあ、おめでとうございます」可朗は関心なさそうに言った。
「ほら、ちょうどそこにいるだろう?遊び相手がいなくて困ってたんだ」
その二人は可朗の方を、睨みつけるように見た。
「うっ・・・」このとき可朗は、相手がすごく苦手なタイプであることを察したのだった。

結局、最後にやって来たのは可朗だった。息を切らしながら、彼は言った。
「もういいかげん、グランドラスを出よう」
「でも、これからどこに行くの?」
「ここから近い『伍楝』というところに、今のデラスト・マスターが住んでるっていうことを伯父から聞いたんだよね。収穫はそれだけだったけど」
「じゃあ、そいつが爺ちゃんを倒したのかなあ?」
「多分ね・・・・」
カレンは考えていた。(デラスト・マスター・・・?どこかで聞いたような・・・)
「ん?どうしたの?カレンちゃん」
”いや、なんでもないそうです”ガロが返事した。
「『ないそう、です』って・・・」奧華が突っ込みそうになったが、可朗が再び喋って遮った。
「だから、本体と人形は別人格なんだってば。そうでなければ、彼女だって苦労してないさ。人形の方はきっと知らないんだよ、カレンちゃんがデラストを手に入れる前の、出来事を、さ」
「・・・成る程ね、そうしたらネロっち、とっくに過去語ってるもんね」
「確かに、それを聞いてればアビスについての手がかりがつかめるかもしれないな」
「・・・書かせれば?」
「何かかわいそうだよ」
「とりあえず、その伍楝って所にいって、デラスト・マスターに会って・・・・・何するんだ・・・?」
「勝負のコツとかを聞くんだろ!まあ、天希が琉治さんから十分聞いてるっていうならいいけど」
「う・・・」

伍楝には地下鉄は通じていないので、四人は汽車に乗ることにした。天希は自分の足で走ってもいいと思っていたが、何が起こるか分からないので、可朗が引き止めたのだ。
「うう~っ、遅いよ~、地下鉄も早くいろんなところにできればいいのに」窓からの景色を眺めていた奧華がいった。
「前みたいに、親父さん、いたりして」可朗はニヤニヤしながら天希に言った。
「オイ、それ言うなよ!」
可朗の表情は変わらなかったが、四人はしゃべることがなくなってしまった。なにか話題を持ちかけようと、奧華がカレンに話しかけようとした時、列車が急停車した。
四人とも不自然だと感じたが、その次の瞬間には、轟音とともに列車が爆発した。天希は爆風で離れたところへ飛ばされた。カレンと可朗は慶から教わった基本能力のおかげでダメージを和らげられたが、奧華は爆風で直接地面に叩き付けられた。二人は彼女を起こした。
「イタタタ・・・」
「他の乗客は・・・!?」
カレンは辺りを見回した。どうやら爆発したのは先頭車両だけのようだった。もしや偶然ではないのかもしれないが、その車両の乗客席に乗っていたのは仲間だけだったのだ。彼女はすぐに運転席の方に走ったが、誰もいないようだった。
”やはり・・・”
爆発音の余韻が消えようとした時、可朗が言った。
「どうやら、敵のお出ましのようだ」

天希は左手を下敷きにして地面にぶつかっていた。普通の人間なら骨折しているところだ。
「痛ってエ~」
天希は左手を押さえながら立ち上がったが、痛がっている暇はないようだった。
「ハーイ、お前が峠口天希だね」
林の影から、そいつは姿を現した。
「何だお前は?」
「オレは岩屋唯次(いわや ゆいじ)。お前、随分うちの軍団の奴らをいじめてくれたそうじゃないか」
「っていうことは、お前もアビス軍団か?」
「もちろん。お前みたいに正義の味方を気取ってる奴が、好き勝手なことやりたい放題やってると、こっちも迷惑するんだよね」
「それはこっちのセリフだ!お前ら一体何が目的なんだ!?」
「活動の理由か?さあね、知りたいんだったらアビス様に直接聞きな。ただ、メルトクロス様が欲しているのは、どうやらそのデラストのようだ」
「この・・・デラストを?」
「そうだ。いや、『それら』四つのデラストだ。お前は現場に居合わせたときいているが、アビス様はそれを峠口琉治から奪おうとして、失敗した。まあ、自分より地位の低いメルトクロス様からの命令だったから、ワザと失敗したのだろう。いずれにせよ、我々はその四つのデラストを集めるために活動しているともいえる。あ、これ理由になるな。だが、団員のほとんどはお前が倒してしまった。そして、お前の持つデラストはそのうちの一つだ。お前をメルトクロス様のところへ連れて行くのだ。あ、ただし、おとなしくさせなければね。誰が強いのかをはっきりさせておけば、お前もうかつに手出しはできないだろう?」
「・・・」
「うちの団員はお前に負けたことで自信をなくしている。だがお前は何度も這い上がってくるような性格らしいからな。かといって、始末することも許されない。(致死量のダメージを与えるほどの力がないという部分もあるのだが)メルトクロス様が直々にお前を半殺しにしてもいいが、俺たちの方からそれを言うこともできないし、メルトクロス様も、それが分かっている上で俺たちを動かしているのだろう」
唯次は頭の上で空気を切るような仕草をした。いや、実際に、頭上に突き出ていた木の枝が、彼のところまで落ちて来たのだ。それをとると、そのきれいな切り口を天希の方に向けた。
「俺のデラストは『切断』。相手が木であろうが岩であろうが人間であろうが、とにかく斬って斬って斬りまくるのさ!さて、このデラストに、お前のデラストは対抗できるかな?おっと、別にここで降参してもいいんだぜ?」
「誰が降参するか!むしろ、また一人退治できるのが幸運って所だ!」

第十四話

二中の門の前を、その行列は通っていた。見物集、野次馬は道の脇に退いていた。天希達もその一部だった。
まず歩いてきたのは、二列に隊をなした、百人ほどの軍隊と思われる男達で、その後にやってきたのは、これも二列に並んで行進していたが、見たことのある顔が並んでいた。長谷大山、陰山比影・・・・・・
「あ、あいつら・・・」
そのすぐ後ろで動いていたのは人力車だった。その豪華な飾りの中に、アビスの顔が浮かび上がっていた。天希と可朗なら知っている顔である。
さらに、人力車の両脇で偉そうに歩いているのは、アビスの手下の中でも、幹部格のようだ。片方は、人力車から見て右側にいるのは、カレンの知っている、薬師寺悪堂だった。
天希達はというと、それぞれ見ている人物が違っていた。人力車から見て左側に天希達四人はいた。天希は、一番手前にいる幹部と思われる男、人力車から見て左側を歩いていた、その青年と目が合った。天希は何となくその青年に見覚えがあったが、倒すべき敵が目の前にいると、天希はそわそわしていた。
可朗は、今まで戦ったことのある部下達の方を見ていた。恐らく、デラストを持っているもの同士で固まっているのだろう。可朗がそっちを見ていると、向こう側も冷や汗をたらしながらこっちをにらんでいたが、すぐ目をそらした。
慶は知人がいないので、他の見物集と同様、アビスの方を見ていたが、アビスの視線が、こっちに注がれている・・・いや、正確には、そのボスはカレンの方をにらんでいたのだ。彼女は目をそらした。
(まさか・・・・・やっぱり・・・・・・・)
彼女の思考は、見物集もとい野次馬のどよめきにかき消された。天希が行列の前へ飛び出したのだ。
「おいアビス、俺と勝負しろ!」
反対側にいた薬師寺悪堂も驚いた表情を見せたが、アビス本人は、カレンから天希に視線を変えると、一瞬で人力車から飛び出した。車の飾りはぴくりとも動かないのに、アビスは瞬間移動でもしたように、車の外にいたのだ。
天希はそのボスの顔を見上げにらんでいた。身長三メートルの相手の威圧感に対する反応は、表には出さなかった。
見下ろしているアビスの方は、天希を見てにやりとした。次の瞬間、ものすごい音がして、天希はぶっ飛ばされた。アビスの拳が動くのは全員に見えたので、殴ったのには違いなかった。
人々の視線は天希を追ったが、その視線が道の真ん中に戻った時、アビスは既に車の中にいた。あたりが静かになると、行列は再びゆっくりと動き出した。少しだけ、アビスは人力車から顔を出して、カレンの方を向いて、ニヤリと笑みを浮かべた。その顔が見えなくなっても、行列が遠くなっても、カレンはその方を向いていたが、気づいたときには、辺りを見回しても、可朗と慶の姿は見当たらなかった。二人はとっくに、天希を探しにいってしまっていた。

偶然にも、天希が落ちたところはいつもの公園のそばであった。ダイドの足跡のところにめり込んでいて、まるで踏みつぶされたみたいになっていた。可朗と慶が見つけたとき、天希はまだ気絶していた。慶はすぐ腕を引っ張って起こした。
「カレンちゃんがいませんね」
「ここへは来るやろ」
もちろん慶の言う通り、十数分後にカレンは公園にやってきた。しかし、ちょうど今起きた天希を含んだ三人には、彼女の顔が普段よりも一層落ち込んでいるように見えた。
「カレンちゃん、どうしたの?なんか、不安と恐怖にかき立てられているような感じだよ」
可朗は無理矢理かっこ良く言おうとした。
“・・・・・いえ、ただ・・・・・・”
「アビスと何か縁があるんか?」
うつむきながら歩み寄ってきたカレンだったが、慶の言葉を聞くと、驚いたように顔を上げた。アビスの行列を見物していた時の、カレンの変化に気づいたのは彼だけであった。
「一体何があるんだよ?」天希も一歩前へでた。
“・・・・・・・・”同時に彼女は、あまり話したくない表情を見せていたが、天希と可朗はどうしても気になっていて、彼女の落ち込んでいる姿から目をそらしたのは慶だけだった。
“実は・・・・・・あの人は・・・・・アビス・フォレストは・・・・・”もちろん喋っているのはカレン自身ではなく人形のガロなのだが、その声すら震えていた。
“もしかしたら・・・・・カレン様の・・・・お父・・・様・・・かも・・・しれない・・・・・のです・・・・・”
一同は目を丸くした。言葉がでなかった。その後のカレンは、表情は変わらなかったが、ガロはもうためらいながらは喋らなかった。
“アビス・フォレストというのは、カレン様のお父様の名前と全く同じらしいのです。私自身は、カレン様のデラストの入手以降に生み出されたものですので、ご主人様の過去については、よく知らないのですが・・・”
ガロがそれ以上喋ることがなさそうなのを見ると、可朗は「なるほどねえ」と言った。
「え、でも、何で名字違うんだよ?それで認識してたんだろ?」天希が問うと、
「そりゃあ、母親がバルレン族なんでしょ、仮に父親が魔人族じゃなかったとしても・・・・」
「だからさあ、その魔人族とかって、一体なんなんだよ!?」
「ふっ、読書家の君が、そんなことも知らないのか?」
「ワイも知らん」会話に慶が入り込んできた。
「・・・・・仕方ない、無知な人たちのために、教えてやるか!」
ここで可朗が話したことをそのまま記すと、三分の一以上が自慢話になってしまうので、直接、説明文を書いておこう。

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これは、種族階位(遺伝)の法則と言われるもので、地球の生物には、これほど大規模な遺伝の法則は見られない。

デラストの世界には、大きくわけて三種類の人種がある。高血種族、平血種族、そして低血種族である。魔人族はこの低血種族の一部である。それぞれの種族の中で、さらに大きくわけられる。例えば、アビス・フォレストとダイド・マリンヌでは、低血種族または魔人族という点から見たら同じだが、名字が違えば、別の種族である。
天希や可朗、慶など、漢名を用いるものは例外を除けば平血種族である。カレンのバルレン族は高血種族である。

では、この種族の違いを決めるものは何かというと、血の中に含まれる、ある成分である。この成分の構成が複雑であると高血種族になり、複雑でないと低血種族になる。が、高血種族同士の子供が生まれるとき、遺伝情報の異常によって、全く別の種族の子が生まれると言ったケースは、これまで一度も発見されていない。また、もっとも上の高血種族と、もっとも下の低血種族の子供が、平血種族寄りの血になるということもない。

一般的に、この種族をわける法則を使う理由は、家系にある。両親のうちどっちのほうが血が高い(成分が複雑である)かが分かれば、血の高さの距離(差)は全く関係ない。
(RPGゲームで、『素早さ』によって優先順位が決まるものと同じだと考えてください)
この差があると、生まれる子供に変化が出てくる。例えば、父親の方が血が高いと、生まれた子供は約8割が父親に似る。母親の場合も同様である。また、名字も血の高い方から引き継がれる。髪の毛の色なども(うわーまさにマンガだな)血の高い方の親と同じになる。

が、たまに例外があって、血の高さに差があっても、父親と母親の両方に似た(五分五分)子供が生まれてくることがある。こういう子供が生まれる時は、災いが生じると言われている。(超マンガじゃん)

ちなみに、真ん中の種族、平血種族は全員漢名で、平血種族は一つの種族だが、いろいろな名字があり、主に外見が似た方の名字を引き継がせる。(笑)

平血種族同士やバルレン族同士のように、同じ種族同士が結婚した場合でも、子供は生まれる。(たぶん兄妹とかでも・・・)

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「・・・というわけだが、あれ・・・・・?」
カレンだけは真剣に聞いているつもりだったが、天希と慶は既に爆睡していた。
「お~い天希、学校はじまるぞ~」可朗は冗談で起こそうとしたが、起きなかった。代わりに、慶は何かに気づいたように、はっと目をさました。
「来るで!」
一同ははっと公園の林の方を見た。砂煙とともに、何かが道に飛び出してきた。恋砂煙の中にいる人の影は、慶でさえ見たことのある顔だった。
「宗仁!!」
そこには友の姿があった。しかし、様子がおかしい。カレンと慶は殺気を感じ取った。が、強くなったり薄れたりしている。まるで彼の心が、『何か』に対して拒絶反応を起こしているように見えた。天希達がいることに気がつかず、うめき声を上げて苦しんでいた。
「一体どうしたんだよ、宗仁!?」
天希の声に気づいた様子で、宗仁は震えながら、ゆっくりとその首をこちらに回した。昔から学年の大将であったはずの男がその顔は、病んだように青ざめていた。
「あ・・・あ・・・・天希・・・・・・・お・・・・お・・・・・・・お・・奧華・・・が・・・・・・・グッ・・・グガガガッ!」
宗仁は言いながら、自分のでてきた林の方を指差したかと思うと、うなだれてしまった。天希はその方向を見た。
「天希、危ない!!」
天希がはっと顔を戻した時、宗仁はいなかった。彼にとって、予想できなかった方向から、血走った目をつり上がらせて、宗仁は飛びかかってきた。二人は地面に倒れ、組み合ったが、天希はすぐに飛び退いた。宗仁はうなりながらこちらを見ていた。その目はまるでーー本物を見たことのある者はないがーー獣のように、理性を失った目であった。
「一体何があったんだ!?」
天希がそう言ったとき、彼の意識が別の方向へ行った。それは、宗仁がさっき指した林の方向だった。天希は不思議だった。何故なのか、自分の他に、カレンもそれに気づいているようだった。それ以外はそう言った様子は示さなかった。
「何や宗仁、デラストもってたんか?」慶は別のことに気づいていた。
「天希が旅にでる少し前で、そんなに時は立ってないはずなんですけど、なんか強そう・・・」
「え、そうだったの?」
天希と可朗が反撃しようとしたところを、カレンが止めた。
“皆さんは公園の中へ!ここは私たちが食い止めます!”
「えっ、何が?」可朗には何のことだか分からなかったが、カレンは振り向いて、天希の顔を見、うなずいてサインした。
「こっちだ!」天希は、行動を開始した時は、何のことだか理解していなかったが、了承したように、二人の手を引っ張って、公園の中に入った。
“あなたのことは、三人から聞いていますよ。その目、その症状、ヴェノムドリンクですね!”

三人は公園の広場まで来た。いつもあまり人の来ない公園で、昨日なんかはダイドのせいで一人もいなかった。今日も見る限りはそうであるが、視線を感じる。三人は辺りを見回した。
「あそこや!!」慶が指を指した。
その男の立っている位置は、すごく不自然だった。木のてっぺんに立っていて、膝から下までは緑の中にあった。
「あ、あいつ!」
さっきのアビスの行列の中で、アビスの隣を歩いていた男だった。天希はその男がどうも気に入らなかった。
が、彼としては意外なことに、その男は自分に向かって微笑みかけたのだ。
「やあ、さっきの見物集にまぎれていた子たちだね」
「何なんだお前は!?」天希が一歩前に踏み出して言った。
「メルト・クロスだよ、天希。覚えてないのかい?」妙に親しげな声だった。
「そんな変な名前、聞いたことないぞ」
「忘れた?兄であるこの僕をか!?」
「兄!?」一番驚いたのは可朗だった。
「俺には兄弟なんかいないぞ!だいたい、俺の名字は『峠口』だ!」
「・・・まあね、君の場合は『おやじさん』だからね・・・」
「何の話だ!?」
「天希、お前の父、峠口大網は、よくめのめ町に来るんで、『おやじさん』の名で通ってたんや」
「ああ、そうそう、めのめ町って言えばさ」そう言うとその男は、しゃがんで、茂みの中から、何かを引っ張りだした。
「げっ!!」
「あ、あれは!」
手にぶら下がっていたのは、まぎれもなく安土奧華だった。服はボロボロになり、意識がないようで、ぐったりしていた。
「ほら」
ドサッ
奧華は地面に投げつけられた。慶がそっちへ行った。
「ひ、ひどい・・・」
「許さねえぞ!」
「ハハハ、そう怒るな。僕は君達と戦うつもりはないよ、『今』はね・・・・・」
そう言うと、メルとクロスは、まるでテレビの画面が消えるように、いなくなった。
さっきまで闘争心むき出しであった天希だったが、すぐに奧華の方へ駆けつけた。
「天希が怒ったの、久しぶりに見たな・・・・・」可朗はその場所でたたずんでいた。
「・・・・・・大丈夫や、ほとんど峰打ちやで、見た目ヤバいが、ショックで倒れとるだけや」
「よかった・・・」が、それと同時に、カレンと宗仁が戦っていたことを思い出した。

天希達が駆けつけたとき、宗仁の方が押されているように見えたが、カレンも疲れ果てていた。今までの激闘が感じられた。
「クソっ・・・さすがに・・・強いな・・・・・・」そう言いながら、宗仁は一本のビンを懐から取り出した。
「だが・・・これで・・・・・・(ゴクッ)・・・・・・・・・・これデ・・・・・・オワリナンダヨ!」
宗仁は突然元気になり、カレンの方へ向かっていった。彼女はもう足がすくんで動けなかった。が、自分と、向かってくる相手との間に、何かが割って入ってくるのが見えた。
「おやおや、カレンちゃん、お疲れのようだね、もう代わっ・・・・・ぎゃああああああ!!」
一瞬、カレンの目に、先日の情景が重なったが、今の可朗はあっけなく吹き飛ばされた。幸い、林の方角だったので、可朗のコントロールで木がクッションになってくれて、今日の天希のように遠くへ飛ばされずにすんだ。
「ククク・・・キキキ・・・」
「あれ、今まで戦ってきた奴と同じに見えるぞ・・・」しかし、天希は、何が同じなのかがよくわからなかった。カレンは後ろに退いたが、逆に天希は前へ出ようとしなかった。
「なんや何や、薬なんか使いやがって、情けないやっちゃなあ」代わりにでてきたのは、千釜慶だった。
その言葉は宗仁の耳には入らなかったが、彼の頭には、『今の状態なら、こいつも倒せる』という考えがあった。ヴェノムドリンクの副作用で、理性を失いかけている宗仁にあったのは、目の前の男に対する『復讐』だった。
「グオアアアーッ!」
宗仁はすぐに慶の方へ飛びかかった。が、その間、慶は相手の顔を見さえしていなかった。
(ついに・・・この人の実力が・・・)カレンはつばを飲んで、必死に目を注いでいた。
しかし、それは一瞬の出来事であった。宗仁の攻撃が今にも当たろうとした時、慶の指から刀のように鋭い爪が伸び、宗仁を空高く突き上げた。あまりにもあっけなかった。
「早っ・・・」
地面に叩き付けられた宗仁は、起きなかった。

その日の夕方、慶は昨日の病院に宗仁をおいて帰ってきた。
「メルト・・・クロス・・・メルトクロス・・・」
「どうしたんだよ可朗、あんな奴の名前なんか連呼して」
「いや、クロスってたしか・・・ほら、今日話した高血種族、あるでしょ、あれの一番上の種族なんだよね・・・・・」
「で?」
「いや・・・だからその・・・すごいんだけど・・・・・あ、そうだ、天希のお母さんの名前って、何だっけ?」
「え?母さん?峠口真悠美・・・一応、前の名字は『川園』だったらしいけど」
「ふーん、川園・・・・・?」
「でも、俺、母さんとあんまり会ったことないんだよな」
「ん?おお、川園の息子が来とんのかあ!?」ドスドスと階段を下りる音がした。
「父ちゃん」
「はは、慶~、いい後輩を持ったなあ!わざわざめのめ町から会いにきたんじゃろう?しかも川園の息子と来た・・・」
「父ちゃん、『おやじさん』も忘れんといてな」
「ありゃ?天希くんって、具蘭田のほうじゃなかったか?」
「・・・いや、峠口やで、具蘭田って誰やねん」
「あ・・・・・そうだったか・・・・・」
「・・・具蘭田・・・・?」可朗がまたつぶやいた。
「じゃ、そいうことで、失礼しますわ、両親にはよろしく伝えておいて下はい!」と言って、慶の父親はまた階段を上っていった。

慶は布団を敷き始めた。天希は独り言を言っていた。
「ったく、一体どうなってんだ、なんで宗仁が俺たちを襲うんだよ!?なんか悪いことでもしたか?」
「全くだ」可朗も同意した。
“・・・あの・・・”ガロがいった。
「ん?」天希は振り向いた。
“多分その人は『ヴェノムドリンク』をのまされたと思うんです・・・”
「ヴぇ?何それ?」
“どうやら、アビス軍団の中で作られている薬らしくて、飲んだ人間を団員として操る力があるそうです・・・・”
「こわっ・・・」
“さらに、見ている限りでは、デラストの能力を促進させる効果があって・・・”
「その分副作用は大きい・・・・・・か・・・」
「もう許せねえよ、とにかく、早く強くなって、アビスを倒さねえと!」
「おちつけ天希、最近気が短いぞ」そう言いながら、可朗は天希の家族のことを考えていた。
(天希の父親は大網さんで、今日いたメルトクロスという男と天希の母は同一人物・・・・・さっきの話からすれば、メルトクロスの父親の名字は『具蘭田』・・・・・しかし、どこからその『クロス』という血統は出てきたんだ?仮に、どちらかが偽名を使っていたとすれば納得がいくが、もし、『川園』氏の方が偽名を使っていたとすれば・・・・・天希は・・・・・)

夜更けのことだった。戸の閉まる音に、可朗は目を覚ました。天希は睡眠が落ち着いて、珍しく鼾をかいていなかった。
慶、いや、千釜先輩がいない。可朗は外に出た。同じグランドラスでも、都市部と比べると、この郊外部は暗くて寒かった。めのめ町よりも暗かった。先輩はどこに行くのだろう。外に出ている人間は二人だけだった。可朗は気づかれないように後をつけた。

そこは可朗にとって見たことのある場所だった。小学生の頃、千釜先輩(当時は『先輩』じゃなかった)があの事件を起こした直後、社会科見学で一度グランドラスまで来たことがある。休憩の時間に、天希や宗仁と一緒に座って話した、海の見える場所だった。
「お前も座れ、可朗」当時の天希の言葉と、目の前にいる慶との言葉が重なった。先輩は既に自分がつけていたことに気づいていたのだ。
「悪いな、こんな場所までわざわざつけさせて。海なんて見飽きてるやろ」
「そうでもないです、めのめ町にはめのめ町の海が、グランドラスにはグランドラスの海があります」
「ぷっ、さすが可朗、うまいこと言うなあ。しっかし、やっぱここの海はゴミばっかで汚いわ、やっぱめのめ町に帰りたいで、あいつがいればな・・・・」
「あいつって?」
「いや、こっちの話やで、気にせんといて・・・」
(・・・?何故先輩は元気がないんだ?)」
沈黙が続いた。海は歌をやめて、空に浮かぶ金色の光球をはっきりと映し出していた。
「・・・なあ可朗、彼女できたか・・・?」
「ふほえ!?いませんけど・・?」唐突に聞かれて、可朗はびっくりして慶の方を向いた。
「じゃあ、あれか、あの・・・カレンちゃんは、おまえじゃなくて」
「いやあ、そう言う訳じゃないですよ、カレンちゃんは一応、ついてきてるだけです」
「そうか・・・まあ、いるだけマシやね・・・・」
「どうしたんですか」」
「いや・・・その・・・そう、神隠し事件、覚えてるか?」
「話そらさないでください」
「そらしとらんで!マジメな話や、覚えてるか・・・?」
「・・・あの、天希が来る前に起きた事件ですよね」
「せや、で、誰が被害者か知ってるか?被害者の名前は・・・・」
「いや、気にしてませんでした、兄とテレビ見て怖がってただけでしたので・・・」
「幽大か、懐かしいな・・・・」
「で、誰なんですか?」
「・・峠口先生の・・娘や・・・」
「えっ、峠口先生って、子供いたんですか!?」
「せや、天希見てると、そいつ思い出しちまってな・・・ワイ、そいつのこと、好きやったから・・・」
「それで、あんまり天希と話さなかったんですね」
「まあな、そんで、ほんとに・・・・いや、可朗、夜明けたら出発してくれんか、このままだと、ワイが開き直ると、逆に出発させなくなるような気がして・・・・なんか」
「・・・・・わかりました、天希にはうまく言っときます、あいつ鈍いから、話しても分からないと思うので」
「いや、話されたらこっちが恥ずかしいわ」
「じゃあ、惜しいですけど、朝出発ということで・・・あ、そろそろ天希が起きてくる頃だと思います、海が照り始めましたよ」

グランドラスに光が射す。その光を背に、二人は家に戻っていった。慶は自分に言い聞かせていた。「せめて最後は、きちんと向き合おう、かわいい後輩のために」

第十三話

さて、今日から天希達の特訓が始まるのであった。特訓と言っても、知識がなく何もできない天希と可朗にとってはそうはならないのだが。

睡眠中・・・・

六時になった。天希が目を覚ました。彼にとっては遅い時間だった。天希は鼾をかいて寝ている二人を起こさないようにそーっと歩き、押し入れを静かにあけてみた。カレンも目が開いていた。
「どうした?目が赤いぞ?眠れなかった?」
彼女は布団から手を出すのに時間がかかった。
“大丈夫です・・・全然・・・”いつものようにガロがしゃべった。
「ほ・・・本当に大丈夫か?」
カレンが今度は無言でうなずいた。
次に起きたのは慶だった。慶は峠口家に宿泊したことがなかったので、天希が早起きであることは知らなかった。
「父ちゃ~ん特訓行ってくるで~」
天希は寝ぼけている慶の言葉に吹き出しそうになったが、カレンはむしろ驚いていた。半分寝ている状態でも、特訓は習慣になっていて、欠かさないということが見えたからだ。ただ、その時間が九時半というと、少し心配だった。
最後には可朗が叩き起こされた。十時。二中のチャイムが聞こえたが、慶は反応しなかった。

朝飯を食べ終わった四人は、昨日の公園へ行った。人はいない。中央には噴水があり、その周りに、人間の胴体くらいの大きさの石がゴロゴロしている。慶は軽々と片手で持ち上げてみせた。
「これ持って公園五周や」
慶はまず可朗に向かって、持っていた石を投げた。可朗はキャッチできず、石は顔面に直撃した。
「ぶっ!」
可朗は音を立てて地面に倒れた。天希とカレンは驚いて可朗の方を向いた。が、一分とたたないうちに、可朗は起き上がり、転がっているその石を持ち上げて、ヨロヨロと歩いていった。
天希は可朗の方を見ていて、他のことに気づかなかった。間もなく天希の顔にも石が飛んできた。
「ぶはっ!」
天希まで同じ目にあったが、さすがにこっちはすぐ起き上がり、可朗のいった方向に走っていった。
こんどは慶は、天希が林に隠れて見えなくなるまでその方向を見ていたが、間もなくそうなると、もう一個の石を持ち上げて、最後に残って立っているカレンに向かって石をなげた。
石はほとんどまっすぐ飛んでいったが、彼女が石に手のひらを向けると、およそその幅が三十センチくらいになった時、石は空中でピタッと止まってしまった。
「ほう、一応知ってるようやな」
カレンはその体勢のままうなずいた。
彼女が腕を(肘をのばしたまま)ゆっくりおろすと、石はその腕の延長線上にい続けようとするかのように、腕の動きに合わせて石もおりていった。肘を曲げると、石は力が抜けたように、地面に落ちた。
「それくらい出来れば大丈夫やろ、でも約束は約束、公園五周やで」

デラストの所持によって体力がついたにもかかわらず、可朗は一周しないうちに息
があがってきた。彼も本当は最初から走るつもりだったのだが、すぐに天希とカレンに抜かされて、やる気も失せたのだった。
天希はというと、石を肩に乗せ、かついで走っていた。彼の場合、デラストを持つ前から体力があったので、ある程度は走ることはできた。が、まさかカレンに抜かされるとは思いもよらなかったであろう。さすがに疲れてきて、あと一周というところで石を地面に落とした天希の目の前で、その少女はまるで買い物から帰って行くように、石を抱きかかえながらスタスタと歩いていった。天希もさすがに目を疑った。しかし、間もなく姿が見えなくなると、千釜先輩の、彼女をほめる声が聞こえてきた。

「・・・なあ天希、師匠に何にも教わってこなかったんか?」慶は不思議そうに言った。
「いや、もうすぐ飛び出してきたんで・・・・」天希は照れくさそうに言った。
「こいつったら、金すら用意しないで出て行ったんですよ」と可朗。
「まあ、そこが天希らしいところやて・・・・・っと、とりあえず、カレンちゃん、ワイがさっきやったアレ、できる?」
カレンは少しだけうなずくと、可朗がさっきまで運んでいた石に手のひらをのせた。そして、天希達に見せるためか、それとも慣れていないからか、慶が持ち上げた時よりもゆっくりと、肘を曲げずに手を上に上げていった。その石は、まるで彼女の手にくっついているようだった・・・いや、実際は彼女の手より、二十センチほど離れた状態で動いてた。宙に浮いていたのだ。二人にはそれが見えた。二人とも驚きを隠せなかった。
「これが『デラストの基本能力』や」慶は言った。「基本能力はどんなデラストでも、慣れれば使いこなせる能力やで。これは覚醒するのに一時間とかからんはずやで、本当は。今日はこれ覚えるまで特訓や、家には入れへんで」

実際、天希と可朗の二人は、十一時になるまで慶の家に入れなかった。といっても、『それ』を習得した訳でもなかった。結局、天希は自分の今までの習慣とかけ離れているほど遅くに寝てしまった。慶はそれよりも遅くに寝たのだが。

次の日だった。意外にも最初に起きたのは可朗だった。天希は起きたとき、腹が減って仕方がなかったが、それ以上に眠かった。
今日の空はどんより曇っていた。天希は「・・・ねむい、ああ・・・・こんな天気で特訓するんスかあ・・・・・?」
「当たり前や。雷に当たってくたばってる場合やないで」

空の表情に似合わず、可朗はいつもより元気がよかった。天希より早く起きたからであろう。しかし、カレンだけは不安な気持ちでいた。この天気は嫌な予感がする。一瞬、巨人の足音のような音が聞こえた。しかし、他の三人は気づいていない様子だった。

四人は公園に着いた。着くなり、慶が言った。
「さて、そろそろダイドが帰ってくる頃やな」
「ダイド?」眠そうな天希が、腹を鳴らしながら言った。
「さっきの足音、間違いないで、ダイドや」
実は慶も気づいていたのだと、カレンは言われるまで分からなかった。
やがて、五メートルほどもある巨大な影が、林の方向から、ぬっと現れた。
「おーい、ダイド~!」慶は叫んだが、その巨人は反応したようには見えなかった。突然、そいつの拳は慶を殴り飛ばした。
「あっ!?」
三人は一瞬、慶の方を振り向いたが、今見直しても、その敵は公園の外にいるはずだった。しかし、殴られたところは確実に目に入った。
「な・・・・なんでやねん・・・・・」噴水の縁にめり込んだ慶は、死んだ振りをしてやり過ごそうとした。
「や、やばいぞこれ!」天希が目を覚ました。
「うぐあ~っ!」ダイドが叫ぶと、彼らの上に何かが乗っかったような感じがした。
「か・・・体が・・・・重い・・・・」天希とカレンは地面に倒れてしまい、天希は睡魔のせいでそのまま眠ってしまった。
もうこれで、立っていられるのはあの怪物だけ・・・・・・いや、もう一人の姿を、カレンは顔を上げて見た。
“か・・・可朗さん”ガロの声がした。
今日の可朗は、いつもと少し違っていた。カレンの目には、黒い雨雲の隙間から少しずつ照らす太陽が、まっすぐ立ち、相手の姿を真剣な目で見つめている可朗を映し出した。
いままでの、普段は演技臭い喋り方をして、いざとなると縮こまってしまう可朗とは違っていた。少なくとも、天希が起きていようものなら、そのギャップに驚いたに違いない。
可朗は足を一歩前に踏み出した瞬間、その場からいなくなった。怪物は驚いて一瞬左を向いたが、当て外れで、可朗は相手の体に対して右側から相手の顔に向かって、イバラの矢を放った。
「ぐおおお~~~っ!」
ダイドは可朗の周りの重力を強くしようとしたが、右を向いた時、既に可朗はいなかった。今度は左側から、イバラの鞭のように変形した腕で、相手を切り裂いた。
「ぐああああ~~~!」
「隙だらけだぜ、のろまちゃん!」
ダイドは倒れると、背が二メートルくらいまでに縮まっていった。可朗は歩み寄って、言った。
「魔人族」
「正解!」いつの間にか慶は後ろに立っていた。

「とりあえず、ダイドは病院に送っといたで」少し遅れて家に帰ってきて、慶はただいまの代わりに言った。
「可朗もレベルアップか、ほな、お前の左腕にあった『木』っていう字、『林』になってるやろ」
「?」
「デラスターになったとき、体の一部分に、そのデラストを表す漢字が浮き出てきたやろ。んで、経験値がたまっていくと、その周りにある模様がゴチャゴチャしてきて、そいで一定の経験値を超えると、レベルアップするんやで」
「へ~」
「何やお前、そんなもんまで知らんかったんかい」
「はい、まあ・・・・はははh」可朗の表情は、既に元に戻っていた。
「カレンちゃんはどのくらいのレベルなのかな?」可朗は本人に聞いてみた。
“え?・・・・っと・・・”
「彼女はレベル2やで」慶が言ったとき、カレンは慶の方をすぐ振り向いた。
“ど・・・どこでそれを・・・”
「昨日の夜」

この後、慶が殴られたことは言うまでもない。

第十二話

その夜、天希たちは千釜慶の家に泊まることになった。
千釜慶の家は郊外にあった。都市付近にしては緑が多く、前回の公園や二回前の二中も木がたくさん生えていた。さらには、天希達が早速家に中へお邪魔する と、木材と畳ばかりという始末である。
(ふっ、これくらいの家なら僕のデラストで作れるな・・・・・・・)
可朗は冗談を練っていた。

「千釜先輩~~~~ほんとに懐かしぶりだ~~~!」敬語は使わないが、名字で呼ぶことが天希の敬意だった。
「しっかしお前らもよくこんなとこまで来おったな~~~・・・そうそう、師匠は元気しとるんか?」
「相変わらず元気だよ!デラストが使えないのも相変わらずだけど・・・・・・・」
「まあな。ところで・・・・・その・・・・・そこのもう一人って、誰やねん・・・・・」
可朗が答えた。「カレンちゃんですよ。ネロ・カレン・バルレンって本名です」
「ほ~~~~~~・・・・って、なして本人が自分の名前紹介せんのや!?ちくと声聞いてみたいわ」
「いや・・・・それはちょっと・・・・」
「どないしたん?」
「彼女・・・デラストの副作用で喋れないんです」
「ほお・・・・・まあ、布団は四人分ギリギリあるさかい、はよ寝とき」
天希、可朗、慶は布団を敷きながら、四年前のことを話し合った。カレンにもそのことは話したが、三人とも実際楽しそうに話していた。

そしてそのお話は、彼らの夢にまで出てくるほど、懐かしく、思い出のある話だった・・・・・・・

「海賊だーッ!!」
「逃げろー!金をとられるなー!」

めのめ町。あまり有名ではない港町である。
この町に、峠口琉治(とうげぐちりゅうじ)という老人がいる。彼は以前、最強のデラスター(デラスト使い)といわれていた男である。彼がどんなデラストを 使っていたか、そのデラストが何を司るデラストなのかは、誰も知らない。老人は一人暮らしで、別居の息子(峠口次郎という)は同じめのめ町で中学校の教師 を務めている。また、この老人には弟子がいた。名を、千釜慶(ちがま けい)という。この年、小六である。一見、デラストの腕は良さそうに見えるが、少し ひねくれていて、マジメに特訓をしない。だが、峠口老人を尊敬しているということは、確かなのだ。
今日は天気がいい。この三人で海岸を散歩をしていた。平凡な真っ昼間だ。今日は特に変わったことはないだろう。三人は海の方に目をやった。二、三隻の船が 見えた。真っ黒い帆に、真っ白な頭蓋骨が描かれている。明らかに怪しげで、悪趣味な船だ。三人とも、もう見飽きたという目で、その船を見ていたが、
「海賊だーッ!」近くにいた若者がこう叫ぶものだから、周りは大騒ぎになった。もちろん逃げ帰るものもいなくはなかったが、珍しもの好きの集まる、この港 町の海岸は、次第に野次馬でいっぱいになっていった。
だが、船は港へ着くどころか、野次馬だらけの海岸の方へ走ってきた。次第に逃げ帰るものは多くなった。やがて、先頭の船が海岸に止まると、突然、
「ガキを甲板へ出せーっ!!」と、聞き覚えのある野太い声が、船内から聞こえた。

船から降りてきたのは、四十代くらいの男と、その子供と思われる少年だった。慶はその少年が一番気になった。
「今日は何の用かな?船長さんよ」峠口老人は言った。
「ちょっと、俺の船に薄汚い地上のガキが住み着いててね」男は言った。
「薄汚いというのは、そこにいるお前の息子のことかな?」
「そうだ、俺の息子と言えば俺の息子だ。が、澄んだ海の人間ではない。泥と汚い汗の臭いのする、地上のくそガキだ!」
「ワシは、お前をそんな奴に育てた覚えはないぞ!第一、お前が生まれてから今日まで、ワシは一回も引っ越したこともないし、お前を自ら追い出した覚えもな いってのに、何じゃその仕打ちは!子供は大切にせい!」
「黙れジジイ!誰がいつ俺様に優しくなんてした!?」
「年寄りをいたわらんかい!」
この後、小一時間くらい、親子喧嘩がつずく。

「長老が砂浜で騒がれては困るちゃ!海賊!?何の用じゃい!お前に売る果物は用意しとらねよ!」喧嘩を止めに入ったのは、慶の父親であった。
「今日はお前に用がある訳でない」怒鳴りまくってガラガラな喉を震わせて、大網は言った。「おい親父、俺は海の人間だ。が、さっきも言ったように、地上の 人間、しかもガキが!俺の船に住み着いてるんだよ!」
「まあまあ兄さん、そんなんこと言わないで・・・・・つまり、天希君を預かれというんでしょ?」峠口次郎は、兄弟でありながら大網とは似ず、気が長く、や さしい男だった。今の結論からしても、次郎の方が、言葉が簡潔で、しかも頭の回転が速いことが分かる。
「次郎、お前、兄に喧嘩売ってんのか?」大網は実の弟を恐ろしい形相でにらんだ。周囲の人も一歩退くほどだった。ところが、
「僕はただ、兄さんの言いたいことを簡潔にまとめて、皆さんに分かりやすく伝えてあげただけじゃないか」次郎はまるで少年のような言葉で兄の言葉に応答し た。当たり前の会話に答えるような、柔らかい言葉は、周囲の野次馬に安心をもたらした。(これでも36歳ですが)

しかし、彼でも兄の感情を抑えるのは難しかった。海賊という人間は、実に短気で、酒ですらその気持ちは押さえるのが難しい。この日、大網が用事を済ますの に、かなり時間がかかった。

この大人達の話をしているときりがないので、天希の話をしよう。

このとき、連れてこられた少年こそが、峠口天希であった。当時10歳で、慶とは一つ違いである。
「とーちゃん達、何話してたの?」親の話をこっそり聞いていたのだが、天希はいまいち内容が理解できない。
「ああ、お前が今日からこの町に住むって話・・・」文と文の間でため息をつきながら、慶は亡霊のような声で話した。「後は喧嘩だけ・・・・だ・・・」ま だ、なまってもいなかった。
「じゃあ、じいちゃんの家に住むってことだな!?やった~!これで一日中外の空気を吸ってられるぜ~!」
天希ははしゃいでいたが、「学校どうするんだよ」と、慶は心の中で突っ込んでいた。

天希は、昔学校に通ってはいたが、何しろ父親は海賊なので、よく上級生から非難を浴びたが、記憶力が悪いのと、何でもプラスに考える癖のおかげで、すっか り忘れてしまっている。その後、父と行動をともにした船内生活でも、よくサンドバッグにされた。気に触れないようにじっとしているよりは、掃除やら何や ら、少しは役に立とうと考えてしまう天希がわるい、という時もあったが、大抵は船員のストレス発散で殴られていた。もちろんそれもじきに忘れてしまうのだ が。
しかし今回の学校は、最初のうちは彼を暖かく迎えてくれたので、それまで大人だらけだった世界から解放された感じがして、天希はうれしかった。この日か ら、天希は現在住んでいる家で、祖父と二人で暮らすことになった。それに、慶もデラストの特訓でちょくちょく峠口家を訪問するので、今までの苦痛も楽しさ うれしさですっかり抜けてしまっていた。
天希を見ていると、不思議と慶は力がわいてくる。『あの』事件があってから、ずっと落ち込んでいた慶にも、天希の元気は心の闇を照らすような気がした。

が、数日たって、天希は校舎内で数人の男子がある一人をいじめているのを見つけた。最初は(早く逃げればいいのに)と思って通り過ぎるだけだったが、その 光景を何日も目撃するうちに、見るに絶えなくなり、天希はその中に突っ込んだ。
昔からいじめられる立場だった天希は、その足の速さで、いつも逃げ回っていた。今回は何の用意もせず、しかも逃げるのではなく、自分から突っ込んだのだ。 が、やってみたものの、何の力にもならなかった。天希はこの光景を見るうちに、だんだんいじめっ子のことを許せなくなってきた。おそらく今までが相手は大 人だったのに対して、天希は背のあまり変わらない相手なら倒せると思ったのだろう。
結果はいつも同じ。相手方が天希一人を攻めようが、他の人間を殴っている途中に天希が入ってこようが、力のまだない天希には勝ち目がなかった。このとき、 最初に殴られていた子は、三井可朗だった。二人が親友となった原点はここなのだが、そのうち天希だけが連れ出されて殴られるようになった。

ある日、ぼこぼこにされていた天希を、慶が見つけた。その少年は廊下の隅に倒れていた。慶は何があったのか聞こうとしたが、天希は気を失った振りをして、 何も言わなかった。天希は、自分だけで解決したいと思ったからだ。正義感こそなくても、昔から決心の強い天希は、傷やアザのことについては、誰にも何も言 わなかった。琉治翁はというと、自分の人生を見れば気持ちは分かる、といって、まるで気にしていないようなそぶりをする。それが何日も続いたが、解決の兆 しはなく、天希はただ割り込んでは殴られるだけだった。
これを見ていた慶は、ついにいきり立った。直接見れば他人、しかしあのチビは師匠の孫。受講料も払わない自分が、礼をする時が来た。そう慶は思った。

昼休みになると、慶は例の廊下へ走った。自分がその学年だった時もそうだった、あの廊下は、電気が壊れっぱなしで、しかも使われていない教室が多く、連れ 込むにはもってこいの場所であった。

「このごろ、慶落ち込んでるよな~」「やっぱり『あいつ』がいなくなってから、登校回数減ったし、いままでの慶じゃないよね」「事件が起こってからもう一 年以上立ってるだろ、いい加減回復しろ!」
ある事件が起こってから、慶は元気をなくしてしまっていた。しかし、天希のおかげで希望が生まれてきた。今や、孫子ともに自分にとって恩師である。それを 救わずにいてたまるか。

慶は、学校では使うまいとしていたはずのデラストの力を、解放した。肌は緑色に変色し、皮膚が瓦のような形になる。歯はとがり、爪は長く伸び、恐ろしいく らい頑丈で、太くなった。
もはや怪物と化した慶は、風のように廊下、階段を駆け抜け、ちょうど天希が殴られていたところに突っ込んだ。その鋭い爪は、危うく加害者の足を切断しそう になったが、幸い骨を傷つける前に、慶の意識が安定してきたのだ。とはいえ、彼自身、最初から捨て身の攻撃だと分かってやったのだ。結果がどこまでひどく ても、後悔はしないと誓った。

天希は、慶の変わり果てた姿に驚いていたが、彼がその姿を捉えられたのは一瞬だけで、そこには、いつも自分の家にくる時の慶が立っていた。

周りの大人は、しかる人間は一人もいなかったという。元々不良の種だった慶は、しかっても効果がないと、先生達は判断していたし、師匠の琉治翁も何も言わ なかった。

次の日から、慶は学校にも、天希の家にも来なくなった。慶はどこに行ったか。刑務所である。
デラストを持たない人間に対して、デラストの力による暴力を振るうことは、どんな国でも共通した犯罪である。それに、少年院制もない。
慶は中学に上がるとともに、グランドラスに引っ越してしまった。天希はそう聞いていたが、後で考えると、刑期は一年間なので、恐らく刑務所をでるととも に、引っ越したのであろう。
天希の伯父である次郎は、慶が中学に上がったら、彼の面倒になるはずだった。慶のような人間が、勉強をしないのはもったいないと、いつも言っていたのだ。
「これからは『千釜先輩』だな、天希」天希が小学校を卒業する時、そう隣で言っていた。

「それで、次郎先生は今、天希の担任なんやろ?」と慶。
「いやあ~、さすがにあれはやりにくいっスよ」と天希。
「しかし、宗仁もマシになってよかったわな。まさかあれだけでよくなるとは思わんかったわ」と慶。
「まあ、その後は『友達』になったんスけど、確かにあいつがいじめをやめたっていうのは・・・・」天希。
「で、そのあとは、僕らは同学年の間では有名なコンビですよ」と可朗。
「あいつも来ればな・・・・」と慶。
「まあ、あいつはデラスト持ってないから・・・・」天希。
「え?持ってるよ」と可朗。
「えっ?」
「天希、デラスト持ってない時だったから、あいつなりに気使ってくれたんじゃないかな」

この時の、いじめっ子というのが、第一話にでてきた、内命宗仁であった。

「ほ~、あいつそこまで成長したんかい」
「さ、そろそろ寝ましょう」
「えっ、もうこんな時間!」
「ハハハ、天希は早寝早起きがモットーやからな」
カレンだけは、すでに押し入れの中に布団をしいて寝ていた。

天希、可朗、慶の男三人組は、大きな鼾をかきながら、あの日のことを夢見ていた・・・・・・。

第十一話

ー千釜邸 午後四時ー

「で、今天希はどこにおるんや?」
「さあ・・・・・気がついたときにはいませんでしたから」
「情けないやっちゃなあ・・・・いまだにお前、天希の足に勝てないんか?」
「んなわけないですよ!あいつは、あいつはクラス一・・・・いや学年一足が速いんですから!」
「へ~~~~」
「感心してる場合じゃないですよ!もう日が暮れます!」
「そやな・・・・まあ、慌てんといて。この街はワイの庭みたいなもんやで」
暫く会わないうちに、千釜慶の喋り方はずいぶんなまっていた。それでも、

ーグラン・ドラス公園 午後六時ー

今日は日の落ちるのも早く、明かりのついた電燈の下に、天希とカレンはいた。ふたりは夜のベンチに座って、コンビニで買った夕飯を食べていた。カレンは地 面に目を落としていた。夜の暗闇のせいか、落ち込んでいるように見えた。
「ちっくしょー、なんで見つからないんだよ」
“・・・・・・・”
カレンはいつもよりも口が塞がっていた。
「なあカレン、なんでお前何も言わないんだ?」
“・・・・・・・”
「何か言えよ」
カレンの顔はさらに下にうつむいた。
「いや・・・何か喋ってくれよ」
顔を下げた彼女を見て、彼女を見て、天希は初めて、自分が言った言葉が少し乱暴だったと思った。
「そんなにがっかりすることないじゃないか、グランドラスは広いんだから、俺も今までに一回この街にに来たことあるけど、あんなに高いビルは建ってなかっ たぞ。都市ってすげーな」
“・・・・・・・”
やはり彼女は喋らなかった。天希は、いよいよタダ事ではないと思った。いや、そうであることは前から気づいていたのかもしれない。出会った時から、彼女は 元気がないように見えた。天希は彼女をできるだけ元気づけたいとは思ったが、なかなかその機会がなかった。学校では元気一番の天希も、カレンの前では励ま し方を忘れてしまうのだった。
“・・・・天希さん・・”
喋ったのはガロだった。天希は驚いた。何故驚いたのだろうか?さっきから一人で喋って励まそうとしてはいたが、おそらく心の中では諦めかけていtのだろ う。
「な、なんだ?」
天希はためらいがちに返事した。が、ガロが何か言おうとした時、ものすごい風がふいた。天希は危険を察知し、ベンチから立ち上がった。林の向こうに青白い 光が見える。目だ。あれは目だ。そう考えた一瞬、後ろでものが切れる音がした。振り返ると、ベンチがまっぷたつになっている。カレンは幸い端にいたのでき られずにすんだが、その軌道はUターンしてこちらへむかって来た。
「あぶねえっ!」天希が叫んだ。カレンはそれに応答するように、技を繰り出した。カレンが両手を前にかざすと、彼女の前に盾となる大きな人形が現れ、敵の 攻撃を防いだ。敵の動きが止まった。足下に舞った砂煙が見えなくなったが、相手はそれでも動かなかった。
カレンは、人形の横から相手の方をのぞいてみた。すると、相手の顔もカレンの方を向いた。
“・・・・・・・!!”
カレンは心臓が止まりそうになった。その相手の顔は人間の顔ではなかった。青白く光る目のすぐ下には、耳元まで裂けた口があり、皮膚全体には瓦のような模 様がかかっていた。彼女は叫びそうになったが、のどがつぶれていたため、彼女は音も立てずに、仰向けに倒れてしまった。
「カレン!」天希が叫んだ。と同時に、敵の方も動き出した。さっき、そいつの姿が電灯に照らされた時、相手は両手に刃物を持っていた。かなり長いものだっ た。敵は再び黒い風となって、天希を斬りつけてきた。ほとんどギリギリでかわしてはいたが、自分よりもカレンの方が気になっていた。相手に斬られたり、突 かれたりしなかったか。
「天希~~~~!」

ふと、友達の声が聞こえた。可朗が走ってきた。と、その声に、相手も止まった。
「!?」
天希は、今の声で相手が止まったのに驚いた。
「バカなヤツやなあ、相変わらず」
相手から発せられるのは、懐かしい声だった。
「そんなマジメな顔せんて、アイサツ代わりやて」
「ち・・・・千釜先輩??」
天希は火を灯し、改めて相手の顔を見た。天希もさっき電灯に照らし出された顔を見たが、さっきの顔とは違う。そこにあるのは、前に比べて少し大人っぽくな り、なおかつ懐かしさを漂わせる、天希の最も尊敬する先輩の顔だった。
「千釜先輩!懐かしぶりっす!」
「懐かしぶりな。オメーも変わらんなあ」
「先輩も強くなりましたっすね!」
「またまた~、初心者のお前にワイの上達なんざ分かるわけあらへんやろ!それと、さっきのもう一人の娘は誰や?」
「ここに来る前に旅の仲間になった、カレンちゃんですよ」
可朗も会話に加わった。
「ほ~、ずいぶんとめんこいの仲間にしおったな~、内の学校にあんなきれいな奴おらへんで・・・・・・ま、後の話はうちでせや、死ぬまでワイの家に泊めた るで」
先輩の相変わらずのインパクトのある冗談に、二人は笑った。再会した先輩と後輩は、やはり話しながら千釜慶の家へ向かった。
もちろん、カレンのことを忘れていったりはしなかった。

第十話

「うわあああああああドコだココおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
天希は薬にやられた大輔をおぶったまま、街の中を突っ走っていた。立ち並ぶビル、恐ろしいくらいの人間の数。間違いなく都市だ。
「病院はドコだああああああああああああああっ」
ドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・・・・・

カレンもまたはぐれていた。やはり、自分が一体ドコにいるのか分からない状態だ。人ごみの中を漂流するカレンは、ただビルのそびえ立つ都会の空を眺めなが ら歩いていた。何かビルの横にくっついている。看板だ。
天希はこのことに気づかなかったために、なかなか病院を探し当てることができなかったが、都会では、自分の頭の上に看板があると気づいたカレンは、最終的 に、天希よりも速く病院を見つけてしまった。が、病人がココにいないのでは意味がない。彼女は隣のラーメン屋によっていった。

「目的地」に一番速くついたのは可朗だった。都会の看板のこともよく知っていたし、図書館などを探して、周辺の地図を見れば、ドコだっていけることにも気 づいていた。さらに、ここが一体何処なのか、それを知ったのも可朗だった。
「ここ・・・・グランドラスじゃん・・・・・・」
しかも、可朗が立っているのはある中学校の校門の前だった。天希がもらっていた先輩からの手紙には、中学校の名前が書いてあった。
「ドクドール中学校か・・・」
可朗はその学校の表札を読んだ。

“グランドラス市立 ドクドール 第一中学校”

ビンゴだな。と可朗は思った。

“天希さん、その先輩って何歳年上なんですか?”
天希とカレンはやっと合流した。天希はまだ病人を背負っていた。
「一歳。つまり、今は中三だな」
“中三ですか・・・同じですね”
「えっ!?お前俺達より年上だったの?」
“はい・・・まあ、そうです。ところで、その先輩って、どんな人なんですか?”
「千釜先輩は、俺たちが小学校の頃、デラストを使って、いじめっ子を退治したんだ。そのいじめっ子ときたら、上学年すらおびやかすほど凶暴なやつだったん だぜ」
“えっ、でも、その子ってデラスト持ってなかったんですよね?”
「ああ。でも千釜先輩はそれをやったんだ」
この世界では、デラストを持つ人間が、デラストを持たない人間に暴力を振るうのは犯罪だった。
“捕まらなかったんですか?”
「捕まったよ。当たり前だろ?千釜先輩は、警察に捕まってもいいからって、俺達を全力で守ってくれたんだ。その時まで、他の上学年は、怖くて手が出せな かったんだ」
“ということは、かなり勇気のある人だったんですね”
「俺のあこがれの先輩だからな」
話しながら歩いている間に、2,3件ほど、病院を通り過ぎてしまった。

「二中か!」
可朗は走った。
「天希のやつ、なんでそこまで教えてくれなかったんだ!・・・・・あ、悪いのは自分だよな、思い出さなかった自分が悪いんだ」
可朗は走った。走りながら、自問自答していた。
二時間ほど待って、千釜先輩の通っている学校が、一中ではなく二中だったことを思い出すと、可朗は走り出した。

その頃のめのめ町。

奧華は退屈していた。隣に天希がいないと、どんな授業もつまらなくなる。そんな気持ちで、五時間目の後の休み時間を過ごしていた。自分も可朗と一緒に行け ばよかった。ため息をついたのとほぼ同時に、担任の先生が教室に入ってきた。見慣れない生徒も一緒だ。
「突然だが、転校生を紹介する」
教室がざわめいた。先生の隣に立っていたのは、背が低くて、金髪で、太っている少年だった。
「あ、あの、オイラ、あ、明智、き、君六っていいます・・・・」
なんだか声が弱々しかった。緊張してるのもあるのだろうが、背の高いやつの方を見ては、そわそわしていた。かなりの臆病のようだ。
「君六くんの席は、あそこだ」
先生が指を指したのは、奧華の隣だった。奧華は舌打ちした。転校生がおそるおそるその席に座ると、奧華は転校生をにらんだ。
「いっ!?なっ・・・・なっ・・・・」
「安土、あんまりおびえさせるんじゃないぞ」
奧華はそっぽを向いた。先生が教室を出て、次の時間の教科の先生が変わって入ってくると、奧華は君六の方を向いた。
「あんた、前どこにいたの?」
「えっ!?」いきなり話しかけられて、君六はびっくりした。
「えっと、ドクドール中です、グランドラスの・・・・」
「何!?」教室のみんなが、君六の方を向いた。視線を集中された君六は、あがって何も言えなかった。
「ううう・・・」

天希とカレンは、グランドラスの都市の中を走り回っていた。
「なんで病院が見つからないんだあああああああ」
“あの・・・天希さん・・・さっき、病院・・・・通り過ぎませんでしたか?”カレンは息を切らしながら後ろについていた。
「なんで言わないんだよ!?」
“だって・・・天希さん、足速すぎですよ・・・”
実際、天希は道を遠回りしていて、カレンはその道を通らなかった。たったいま、二人は合流した。
「あっすいません!」「ごめんなさい!」「失礼!」クラス一足が速い天希は、人にぶつかってばかりいた.
(くそう、病院さえ見つかれば・・・・・)天希はこのことばかりに焦っていることを、少しもおかしいとは思わなかった。可朗なら、敵のために、ここまで必 死になっている自分をバカにするだろう。でも諦めたりはしない。ただ単に病院を探すだけなんだ。考えてみれば、たかが病院を探すことだけに、必死になるも のでもない。天希はそう思った。
“天希さん!ありましたよ!”

可朗もまた、二中を探していた。グランドラスは広い。たぶん、めのめ町からほとんど外に出ない天希にとっては観光地になるだろう。
「しまった!もう下校時刻か!」
可朗は腕時計を見た。午後三時五十分。可朗の学校での下校時刻(六時間日課)だった。おそらく、ここでもその時刻には大差ないだろう。ちょうどその時刻 に、可朗は校門の前に立った。
「五時間日課!?」
校舎やグランドからは、全く声が聞こえなかった。
「なんで住所まで教えてくれないんだ!」
可朗は悔しそうに校門をたたいた。金属製の門が巨大な鐘のようにうなった。
「だれや、うちの学校の門たたくやつは!?」
「はっ!すみません!」
可朗はいきなり言われて応答したが、その声は校門の向こうから聞こえた。しかも、可朗が反応したのは、とっさの出来事というだけではない、どこかでその声 を聞いたことがあるのだ。グラウンドを歩いていたそいつは、可朗の方へ走ってきた。
「お前・・・・まさか可朗?」
「ち・・・・千釜先輩!」

第九話

「お前らみたいなやつは、この水石大輔がまとめテ始末シテヤル!」
未だ雪が降り積もる中、そいつは立っていた。が、少し病弱な姿勢で、動くたびにふらついていた。年齢は自分たちとは変わらないのだろうが、異常にやつれていて、目は血走っていた。
「・・・戦いに飢えた目だ・・・・あの陰山とか言うやつみたいに」
「何?」
「そう言えばいたねえ・・・陰山飛影・・・・」
「陰山アアアァアアァァッ!!」
「なっ!?何だいきなり!?」
大輔は飢餓したようにうなりだした。
「完全にいかれてるな・・・・・・よし、いくぞ!天希!、カレンちゃ・・・・・・あれ?」
「カレンがいないぞ!」
「えええーーーーーっ!?」
「オイ・・・・」
「一体どこに消えたんだ!?」
「どこかにおいてきたとか・・・・・」
「いや、たった今ここにいたよな」
「オマエラ・・・・」
「うん。足跡もあるけど・・・・・・ここでなくなってる!」
「まさかあいつ、空飛べるのか!?」
「それとも、瞬間移動したのかな!?」
「イイカゲンニ!シローーーーーーー!!!」
「うわっ!」
「しかたねえ、二人で相手するぞ」

気がつくと、カレンは洞窟にいた。床、壁、天井全体が氷ばりになっていた。出口は見えていたが、汚れのない美しい氷が、外からの太陽の光を反射し、鮮やかに輝いていた。そのため、洞窟の中でも暗いとは感じなかった。
気がつくと、誰かの足音がする。洞窟全体に響き渡る足音で、氷の床にも足をさらわれず、自然で一定な足音だった。カレンは、不安と好奇心の目で、その方向を向いた。その男の顔を見た時、カレンの中に一気に不安が募った。真っ黒な紳士服。ピカピカのシルクハット。そして、いかにも紳士的な歩き方。ただ、その歩き方にも、どこかうさんくさい感じが隠れていた。
「これはこれは、ネロ・カレン・バルレン様、一体何をお求めでこの山に?」
その声は、カレンに対する皮肉さも混じっていた。
“あなたは・・・・・・・薬師寺悪堂ですね・・・・・”
その名だけは、はっきりと声に出た。
「おやおや、我が名を覚えてくださるとは・・・・」
“当然です!あなたは・・・・あなたは我々の・・・先生だったのですから・・・・”
「その先生の目の前で、一体何をためらっているのです?」
そう、前回の、『カレンを育てた親』とは、この薬師寺悪堂だったのだ。
“優しかったあなたが・・・・なぜ・・・・・”
カレンの目に涙が込み上げてきた。
「ん?今まで薬物販売者であった私を、まだ疑うつもりですか?いまは晴れて、かの有名なアビス軍団の幹部に・・・」
“冗談はやめてください!”カレンの心は、すでにズタズタだったが、この男との再会によって、その傷が開いた。“あなたはもう、あの頃の優しい芸人には戻 れないんですか!?アビス軍団は悪の組織です!もう、これ以上、我々を困らせないでください!!”
「ですが、あの方だけは自らあなたを裏切ったでしょう?『我々』というからには、あの方も入るはず・・・・・」
“いいえ!あの人は、カレン様(ガロがしゃべってる)のパパ様は、あなた方に操られてるのです!そして水石大輔君や、他の人たちも!”
「ほう・・・・・・さすがは『あの方』の娘、ネロ・カレン・バルレン・・・・・・・・お気づきなられてましたか」
“一体、何をしたのです・・・・・・?”
「何をしたかって?おわかりでしょう、私の前業からして・・・・・」
“あなたは、人を意のままに操っています!”
「それがデラストの力だとお考えにならないのは?」
“カレン様の持つデラストだからです!”
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
“・・・・・・・”
「・・・・・・そこまで予想できるとは、やはり、ネロ・バルレン兄妹、頭が切れますね・・・・・まあ、その人形がいれば、頭は増えますがね」
“私の質問に答えてください!一体何をしたんですか!?”
「ホッホッホッ、ではお見せいたしましょう、我が最新兵器を!」
薬師寺悪堂は、懐からビンを取り出した。
「人の理性を奪い、同時にデラストの力を一時的に急増させる、これこそが我が最新兵器、ヴェノム・ドリンク!」
カレンは息をのんだ。
「私はこの薬で団員を増やした。私のお得意のUSOでね!あの方でさえこの薬にだまされた、まさに我が軍の必然・・・いや、最強のアイテムと言えるでしょ う!」
カレンは、口を閉じたままだった。
(もしかして、アビス公は本物のボスじゃなくて、こいつが黒幕・・・?私のパパまでもをだました・・・・・許せない!表のボスは、ただ操られていただけな んだ!)
薬師寺悪堂は、ゆっくりとカレンの方へ歩み寄った。カレンも後ずさりした。
「さて、私は多くのデラスト実力者を集め、それで足りなければ、身体、精神、そしてデラストの成長が最も激しい、10代のガキ共を集め た・・・・・・・・・・そして、その二つの条件がそろう者がいる。そいつは、今、私の前にいる!」
薬師寺悪堂は不気味に微笑んだ。すると、突然カレンの体はこわばり、金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「これであなたは身動きできない!さあ、飲め!飲め!父親の元へ行きたいなら、貴様もこれを飲むのだアアア!」
薬師寺悪堂自身が、普段の冷静さを忘れ、自分の野望がまた一歩実現するということに興奮していた。カレンは、迫ってくる薬師寺悪堂の悪魔のような顔に、変 わり果てた育て親を前に、思わず目をつぶって縮こまった。
だが、薬師寺悪堂が迫ってくるはずが、ズドンというものすごい音にその気配がかき消された。目を開けると、薬師寺悪堂のいた場所に、巨大なつららが突き刺 さっていた。一秒とたたないうちに、そのつららは、凍った地面に倒れた。カレンは天井を見た。確かにこのつららは天井から落ちてきたものだ。が、切り口は 自然に落ちたのではなく、まるで鋭い刃物に切断されたような切り口だった。そういえば、薬師寺悪堂はなぜか妙に辺りをきょろきょろ見回していたし、自分も 何か別の者の気配を感じた。一体誰が・・・・・・
ふと、外から、誰かの声が聞こえた。また天希の声だ。まだ戦っているらしい。
洞窟内に他の気配はない。行こう。

天希は思った以上に苦戦していた。可朗は既にデラスト・エナジーを空にしてしまったため、氷付けにされていた。それに比べて、相手はなんていうエナジーの 量だ。可朗を倒して、今度は俺を倒そうとしても、こいつは全然やられそうにない。デラストの相性は良かったはずなのに?

「火が絶対かつって訳じゃねーんだな」

天希は凍りづけにされた。
大輔は二体目の冷凍品をそろえると、理性を取り戻した。
「クックック、これで報酬もグンと上がるぞ」
大輔は正気に戻っていたが、その体はやはりガリガリになっていた。そこへカレンがかけつけてきた。

そのとき。

「ゔわあああああああああっ!痛い!痛いいいい!助けてくれえええ!」
水石大輔は、急に叫びだした。体中の骨がバキバキと音を立てて折れ、どんどんやせ細り、タコのようにグニャグニャになっていった。
「苦しいっ!苦しいいいいいいいっ・・・・・・」
ミイラのようになった大輔は、やがて雪の上に横たわり、動かなくなった。おぞましい光景を見たカレンは叫びそうになったが、やはりカレン自身の口からは声 が出なかった。彼女は急いで天希と可朗を助けだした。
「なんだこれは!」
氷の中から出てきた天希は、大輔の姿に驚いた。
「下に町がある!」
可朗は叫んだ。
天希は、大輔を背負い、山の斜面を思いっきり駆けていった。

第八話

「・・・・・・あのさ、カレンちゃん、前から気になってたんだけど、なんでわざわざ人形に喋らせるんだい?」

“・・・・・・・いいでしょう。今からそれについてお話しします・・・・”

・・・・ガロの話によると、カレンが小さい頃、母は突然行方不明になり、それがきっかけでカレンの父は彼女を知り合いに預けた。カレンには兄がいたが、そ のとき以来彼女は兄の顔を見ていないらしい。

その知り合いというのが芸能人で・・・といってもあまり人気のある芸人ではなかったらしいのだが、遠くに移動したせいで突然小学校に行けなくなり、友達も いないカレンに、彼は腹話術を教えたのだという。

カレンは外の人間との接触をなるべく避け、ずっと家の中に閉じこもって腹話術で遊んでいた。小学校に通っていた時に天才と噂されていたカレンは、教科書さ えあれば自分で勉強できたので、知能のことで避難されるようなことはなかったが、さすがに人間関係の方は教科書でも学べまい。彼女は、同居からもだんだん と離れていった。

そんなある日のこと、自分の部屋の窓を全開にしたまま、いつも通り腹話術をやっていると、突然窓の外からものすごい光の球が飛んできて、カレンにぶつかっ た。しばらく気絶していたが、目が覚めると急いで窓を閉め、少し外のことにおびえながら静かに腹話術を再開した。

すると、人形から出た声が、自分の声に聞こえなかった。いや、自分は声にだして喋っていない。人形自身が自分で喋っていたのだ。カレンは自分で喋ろうとし たが、自分の声が出なかった。喋れるのは人形の方だけで、自分で直接人と話せなくなってしまったのだ。

“と、いうわけで、ご主人の言いたいことは、私が間接的に伝えなければならないのですよ”
「ということは、その病気っていうのはデラストの代償?」
“それしか考えられません”
「なるほどねえ・・・・・」
“ところで、あなた達は家に帰らなくていいんですか?そろそろ夜になりますよ”
「実は俺たち、アビス・フォレストをたおすために修行の旅に出てるんだ」
“えっ!?”
「僕らが小学校のときに、デラストでいじめっ子から僕らを守ってくれた先輩がいたんだ。今はグランドラスにいて、僕らはまずその先輩にあってデラストのこ とを教えてもらうのさ」
カレンはまたうつむいて、小さい声で言った(喋ったのはガロ)
“・・・・・アビスは倒せませんよ”
「何だって?」
“倒せるわけないです!少なくとも我々では!”
突然、カレンは二人をにらむように見た。
“あいつは!あの人は・・・・・”
「ま、まあカレンちゃん、落ち着いて・・・・・何かあったのかい?」
可朗は、カレンが途中でアビスのことを『あの人』と言い直したのを聞き逃さなかった。
“いや・・・・・何でもないです・・・・・”
三人はしばらく沈黙していた。やがて、カレン(ガロ)が言った。
“仲間に・・・・入れてください・・・・・”
「え?」
“もしあなた達がアビスを倒すために旅をしているなら、我々も、ついていきます!”
「・・・そうこなくっちゃね」
「大歓迎だぜ!俺は峠口天希。よろしくな!」
「僕は三井可朗。よろしく」

が、この修行の旅に、また新たな仲間が加わり、暖かく歓迎していた所に、外で薪割りをしていた小屋の主が、傷だらけで小屋の中に入ってきたのを見ると、三 人の気分は一転した。
「どうしたんですか!?」
「う・・・・戦闘員だ・・・・・・アビスの・・・・手下・・・・」
天希は窓の外を見た。いつの間にか猛吹雪だ。
「まさか、この吹雪もアビスの手下の・・・・・・・」
そう言うと、天希は小屋を飛び出した。
「あっ、天希、どこに行くんだ!?」
「火のデラストを持ってる俺が、雪なんかに負ける訳がねええええええええええええええええええ!」
開けっ放しになった小屋のドアの外から、天希の自信満々な声が聞こえた。
「仕方ない、僕も行くか」
「待ちなさい!君達だけでは危険だ・・・・・・・」
「大丈夫ですよ、お二人方はここで待っていてください。すぐにけりを付けてきますんで」
可朗は口笛を吹きながら、猛吹雪の中を歩いていった。
「お~、寒っ」

しばらくは吹雪の音しか聞こえていなかったが、
「うっぎゃああああああああああああああ!」
という可朗の悲鳴が聞こえると、カレンも小屋を飛び出していった。
「待て!待つんだ!」
主は言ったが、カレンは聞こえない振りをした。
「・・・・・・・・・・・・・・」
主はドアを閉めると、上に着ていた洋服を脱いだ。すると、その下に来ていたのは、真っ黒な紳士服だった。長ズボンの中からもピカピカの長い黒のズボンが現 れた。又、かつらをとると、その下でつぶれていたシルクハットがバネのように元に戻った。
「全く仕方がないですねえ、子供というものは」
主の正体は、ヴェノムドリンクとかいううさんくさい商品を売っていた、あの薬師寺悪堂だった。
「もしもし、こちら悪堂」
トランシーバーらしきものを取り出すと、アビスのいる本部に連絡した。
「こちらボス、一体なんだ?」
「今日までに起こったことを報告します」
「何か特別なことでもあったか?」
「峠口天希一行、グラム山支部を通過しました」
「ほう、やはり本部からはなぜか遠ざかっているようだな・・・・・・やはり目的地を確認もせずに跳び出したか」
「いや、そうでもなさそうですよ」
「ぬ?」
「彼らはグランドラスに向かっているようですよ。なんでも、千釜 慶とかいう先輩にデラストのことを教わりにいくようで・・・・・・」
「どちらにしても、奴らの始末係は大輔にするんだな?」
「はい」
「まあ、大輔が本当に勝てるかどうかは期待しないがな」
「カレン様もあちら側に付いていることですし・・・・・・・」
「何イっ!?」
「先日、カレン様が峠口天希一行に加わったらしいんですよ」
「バカな!そんなことが・・・・・・・」
「まあ、彼女はこの私の手で必ず捕まえてみせますので、それでは・・・・・」
そう言い終わると、悪堂はトランシーバーをしまい、彼も又、雪の中を駆けていった。

当のカレンが雪の中で最初に可朗を見た時、可朗は凍り付いていた。最初に動かない彼の姿を見たカレンも驚かずにはいられなかった。
カレンは氷を突き破ろうとした。やろうと思えばできないことでもないが、恐らく中にいる可朗も粉々になってしまうだろう。
何を思いついたのか、カレンはポケットに手を突っ込んだ。ポケットの中から現れたのは、赤く光る玉だった。カレンはそれを人形にぶつけると、人形の顔に 『火』という字が浮かび上がった。それがまるで本当の人間のように動くと、いきなり炎を発し、可朗の氷を溶かした。ほっとしていた2人に、赤い光が注い だ。北の向こう側で、何かが赤く光っているのだ。太陽ではなさそうだ。
「今のであったかくなったぞ。たぶん天希の炎だ」
“我々も行きましょう”

天希はというと、氷の壁によって横穴に閉じ込められていた。横穴を見つけ、休んでいたところに、敵が現れ、氷の壁で横穴を塞いでしまったのだ。壁は隙間な く完全に横穴にふたをしていたため、中の酸素がなくなるのも時間の問題だった。しかも天希は、脱出するために火炎放射を使い、それも失敗してしまったた め、一層窒息までの時間を縮めてしまっている。こんなところで死ぬのか。敵の罠に引っかかったままで・・・・・・・。俺は火炎のデラストの使い手じゃない か。なのに、なんでその俺が氷の中で、氷を操る敵に、氷によって倒されちゃうのか。
天希の意識は次第に薄れていった。空気通行のない場所では、助けを呼ぶことすらできなかった。酸素がなくなってくると、火を使うこともできない。天希はた だ、誰かが自分を見つけ出してくれるのを待つしかなかった。
が、意識が切れる寸前、氷の壁の外に赤い光が見えた。壁に穴が開き、外から新鮮な空気が入ってくる。外にいたのは可朗とカレンだった。天希は立ち上がって 深呼吸し、二人の方へ歩み寄った。
「お前らが助けてくれなけりゃ、どうなってるか分からなかったな。ありがとう」
「一人でアビスを倒そうとして、めのめ町を飛び出したのは間違いだったろ?」
「ところで、今の炎は?」
“カレン様の『操作』のデラストは、人形を操るだけでなく、ほかのデラスターの能力の一部をコピーして、人形に植え付けることができるんですよ”
「でも、なんで俺がやった時は破れなかったんだろ?」
“恐らく、その敵はさっきまで氷の壁の前にいて、壁の状態を安定させていたんだと思います”
「よし、今からそいつを捜して、絶対に倒すぞ!」
「探すだって?そんな必要はないだろ」
突然聞き慣れない声がした。三人はその方向を向いた。
「悪いな、俺はアビス軍団の中でもエリートなんでね・・・・。お前らみたいなやつは、この水石大輔がまとめテ始末シテヤル!」

第七話

「天希がやられた!」
可朗は絶望した。まさか天希が倒されるなんて・・・・しかも一撃で、デラスト・マスターの孫をしとめた敵は、今こっちに牙を向こうとしている。
「わああああああああqwせdrfTgyふじこlp;来るなあああああっ!」
恐怖のあまり、可朗の頭は混乱した。攻撃態勢を先にとったのはカレンだったが、体制も何もない可朗の方が攻撃が速かった。カレンはすぐに防御にうつることができず、そのまま可朗の攻撃をまともに食らった。が、カレンは攻撃こそ受けたものの、足だけは最後に天希を攻撃した位置から動かなかった。そうすると、可朗にはダメージを受けてないように見えたらしい。
「うおおおおおおおお!」
天希は目を覚ました。可朗が戦っている姿が見えたが、天希の知っている可朗はそこにいなかった。
いつもは冷静でキザで運動神経ゼロで、どんなに強くなっても、殺気なんて感じそうにないいつもの可朗とは180°変わっていた。野獣のようにうなり声を挙げ、狂ったように相手に向かって突進する可朗は、デラストを手にしたあの日よりも恐ろしい姿になっていた。
カレンの方は、かなり苦戦しているようだった。彼女は自分の分身として人形を何体も呼び出したが、可朗の操る数十本の植物の蔓(ここは鉱山の中なので、おそらくは根っこであろう)の前では役に立たなかった。カレンはどんどん追いつめられていった。
突然、可朗の殺気が消え、植物の根もどこかへ消えた。カレンはすぐに体制を立て直し、目が覚めたばかりの可朗に強烈な一撃を食らわせた。
可朗が壁に叩き付けられ、そこに倒れると、カレンの方からも殺気が消えた。彼女は不思議そうに辺りを見回した。と、自分の方向へ、ものすごい勢いで向かってくる巨大な火の玉が見えた。さっきまでのカレンと違い、その火の玉の前では、どうすることもできない様子だった。頭を抱え、魔人達に今まで恐れられてきた殺人鬼とは思えないような、弱々しい防御態勢だった。
が、火の玉はカレンの目の前までくると、突然消え始め、中から人が出てきた。
峠口天希だった。彼女は天希の顔を見るなり、へなへなとそこに座り込んだ。天希は、可朗の方を指差して言った。
「そうか、お前もこいつと同じように、何かあって気がおかしくなっていたんだろう?」
カレンはゆっくりとうなずいた。
洞窟の入り口の方から歓声があがった。魔人達は喜びながら洞窟へ入ってきた。天希の周りにたくさんの魔人達が集まってきたが、一人の魔人に引きずられて連れて行かれるカレンを見ると、天希は真っ先にそっちの方へ走っていった。
「一体どこに連れて行くんだ?」
「湖だ。深い湖に行って、こいつを沈めるんだ」
「沈める!?なんでだよ?」
「お前は何をそんなに疑問に思う!?こいつは我々の仕事の邪魔をし、我々が反撃もできないのに、仲間を病院送りにしたんだぞ!処刑されて当たり前だ」
「わざわざ湖まで行って沈めるのか?」
「一般人がデラスターを殺せるのは窒息させるくらいのもんだ」
「・・・・・・・」

外では夜になった。湖は、天希の見た平原のすぐ近くにあり、そこに魔人達が集まっていた。カレンは体に石を巻かれていた。今までの暴走の疲れで反抗できないようにも見えたが、自身もあきらめているようすだった。
天希は止めに入ろうとしたが、デラストを持たない彼らに話が通る訳がない。天希もあきらめていた。
が、そのとき、地面に生えていた植物達が急激にのび、魔人達を絡めとった。カレンは石を巻かれたまま、草の上に転がった。転がりながら、湖に落ちそうになったところを天希が助けた。
「フハハハハハハ!」
突然誰かの声がした。
「魔人さん達、君らにはデラストというものを分かってもらわなければ困るねえ」
「だ、誰だ!?」
皆が声の方へ一斉に顔を向けると、洞窟の入り口の所に、葉っぱのお面をつけ、蔓で体を巻いている可朗の姿が見えた。
「正義の味方、グラース仮面見参!」
「ダサッ!」
「さあ、今のうちに逃げるのだ!」
天希はカレンを連れて、山の上を走っていった。魔人達は追いかけようとしたが、植物のつるが巻き付いてうまく動けない。
「さあ、ここからどうするつもりだい?君達の脳みそじゃ脱出方法なんてのはとても思いつかないだろうねえ」
「魔人族は頭など使わない」
魔人達が全身に力を入れると、筋肉が膨張し、樹木ほどの頑丈さがあったはずの植物の蔓から抜け出した。
「マジで!?」
「魔人族のパワーを計算に入れてなかったようだな」

目的とする方角などなかった。グランドラスのある北へ向かってるのかどうかも分からないが、とにかくあいつらから逃げるしかない、そう天希は思っていた。
カレンの方はというと、全くの無意識で走っていた。疲れているせいもあり、天希のスピードに遅れたり、時々転んだりした。それでも天希は、カレンを引っ張りながら逃げていた。
下の方から魔人達がものすごいスピードで追いかけてきた。デラストを持っている魔人は一人もいないのに、図体のでかい魔人達のその足の速さは、天希の本来の走るスピードと大差なかった。
「追いつかれる!」
魔人達は、二人を囲んで動きを止めることなどせず、目の前までくると、手を伸ばしてこちらを引っ張ろうとする。
(悪い人たちじゃないんだけど・・・・仕方ない)
天希は魔人達の方に振り向いて、炎を放った。
「許せ!」
しかし、魔人達はわめくだけで、炎はあまりきいていない様子だった。今の攻撃で立ち止まってしまった天希は、真っ先に引っ張られ、その巨大な拳に殴られようとしていた。
その時の魔人のうなり声で我に返ったカレンは、天希を見るなり、魔人達に向かって、エネルギー弾を放った。その攻撃でひるんだすきに、巨大な人形の腕を呼び出し、魔人達を押しつぶした。
その攻撃をかろうじてかわした天希はカレンに向かって、
「これでお互い様だな」
と言ったが、天希がそっちを向いた時、カレンは疲れて倒れていた。ふと山頂の小屋に目が入り、天希はそこまでカレンを連れて行った。

「オーバー・エナジーさ。デラスターは危険が迫ったりすると、デラスト・エナジーを急激に増幅させるんだよ。もっとも、その間理性は大幅に欠けるし、後の負担も重いんだけどね」
小屋の主は、薪を割りながら説明した。
天希は小屋の中へ戻って、可朗とカレンの座っているソファに腰を下ろした。
“あの時は本当にありがとうございました”
天希にむかってお礼を述べたのは、やはり腹話術人形のガロだった。
「いや、助けたのはそこの可朗の方だし、俺もどっちかというと助けてもらった方だし・・・・・」
「・・・・・・あのさ、カレンちゃん、前から気になってたんだけど、なんでわざわざ人形に喋らせるんだい?」
可朗にそう言われると、カレンは下を向いてしまった。
“いいでしょう。今からそれについてお話しします・・・・”
天希と可朗にであってから数時間、カレンは彼らに、自分からは一言も喋っていなかった。

第六話

旅にでてから五日後のことだった。と可朗は、駅の前でもめ合っていた。
「お前が食料をもっと多く生産しないからいけないんだろ!」
「そんなに食べるなってのに」
「歩いてだってグランドラスには着くだろ?」
「・・・・・・天希、考えても見たまえ。君一人が飯を食ってる間にも、アビスの殺戮は刻々と進んでいるんだよ。それならまだしも、徒歩でグランドラスまで行くなんて、いったい何時間かかると思ってんだい?」
「・・・・わかったよ・・・・・」
天希が列車に乗るのをいやがる理由は二つあった。1つは、残金で足りない分の食料(多分おかし)を補うのに使いたいということ、もう一つは、小学校の修学旅行で、列車でもバスでも酔った記憶があるということである。口を押さえながら、おそるおそる列車の中に足を踏み入れる天希の情けない姿が見えた。

『デラスト文明は強力な文明だ。デラスター達は力を共有し合い、何千年も壊れない家や、決して消えることのない炎など、美しき永遠なる〈静〉の芸術を作り出した。しかし、〈動〉は永遠のものではない。従って動は芸術ではなく、美しくもない。静こそがこの世を作り出すもの。人間が作り出した動は、決して静を超えることはない。全ての静はこの世界そのものが司るもの、そして全ての動は、デラストが司るものだ。人間は欲のために静と動を支配しようとした。それができなかったために、人間の動はデラストの動を超えられず、静を得ることさえできなかった。』
偉大なる過去の詩人、ドガの唱えた言葉はあたっていた。現に今天希たちが乗っている乗り物は電車ではなく、蒸気機関車なのだ。しかも、どんなに石炭を燃やしても、火力は天希のデラストにはかなわないはずである。地球の古い蒸気機関車よりも、スピードが遅かった。天希が協力すれば、この列車は地球の電車の急行よりも速くすることが可能だが、乗り物酔いと、可朗が自分の意見に賛成してくれなかったせいですねている。可朗はもちろん協力を提案したが、今回は天希も賛成しなかった。
「僕が薪、君は火力を・・・・・」
「お前の美貌が炭で汚れるぞ」
反論できないのは可朗の方だった。

「次の駅で降りるぞ」
列車は地下に入っていった。
「絶対走った方が速いって」
列車が止まった。天希はゆっくり席から立ち上がり、前を見た。
「・・・・・・・」
「どうしたんだ天希?早く進めよ」
天希はそこに呆然と立っていた。天希の目には、彼にとって信じられないものがうつっていたからである。
「・・・・・父ちゃん・・・・・」
「えっ!?」
それ以上の言葉は出なかった。
「天希の父親って、航海中・・・・・・・だったっけ?」
天希は答えなかった。
「とにかく後ろ詰まってるぞ!はやく進め!」
天希ははっと我に返って、
「父ちゃん!」
「お、おい、待てよ!」
列車から飛び出たが、父大網の姿はなかった。天希は上に登ったのかもしれないと言って、螺旋階段をものすごいスピードで登り始めた。

天希と可朗は、その螺旋階段のあちこちについていた炭まみれで、真っ黒になって外に出てきた。
「なんか、誰もこの階段使ってな・・・・・」
「もしかして、非常階段使っ・・・・・・・」
外の景色を見た時、二人の会話は止まった。二人の目玉に、辺り一面緑と青の世界が映し出された。
「な・・・・・・・・」
きれいな青空が広がっている。地面には芝生のような草が生えている。それが、太陽の光を浴びて輝いていた。
「すげえ・・・・・・・・・」
外の世界にほとんど出たことのない天希にとっては、どんなものとも比べようがない価値のある光景だったに違いない。
天希は、草原を思いっきり走ったり、転がったりして、はしゃいでいた。可朗にとっても、心が落ち着く場所だった。
「まったく、いつまでたっても成長しないなあ、天希は」
天希は起き上がると、山の方を向いた。
「よーし、グランドラスまで後少しだ、こんな山なんか一気に越えてやるぜ!」
「は?」
「何?越える意外にどうやってグランドラスまでいくんだよ?」
「・・・・洞窟」
可朗は、山の崖にできた横穴を指差していた。

洞窟の道には、ランプが設置されていた。奥へ進むと、天井の高い大きな広間があり、人が働いている。この鉱山では、セレスタリア(地球にはない鉱物)がとれるらしい。
天希は働いている人の顔をよく見た。普通の人間ではない。魔人族だ。アビスと同じ種類の魔人ではないようだが、皆無理矢理働かされているような感じだった。
「魔人奴隷か」
「本人達の前では言わない方がいいと思うけど」
すると、ある一人の男が、天希達に気づいたのか、こちらへ歩いてきた。
「いったい何の用だ?」
「ここを通ってグランドラスまで行きたいんですけど」
「そうか。なら通ってもいいぞ。ただ気をつけろよ。道を間違えると山頂へ出ちまうぞ。山頂は大雪らしいぜ。あと、道の途中でやつに出くわすかもしれないしな」
「やつって?」
天希の質問に答えるまえに、向こうで起きた爆発の音が聞こえてきた。魔人達は天希達のほうへ逃げてくる。
「やつだ!」
天希と可朗は、砂煙の中に人の影があることを確認した。どんな恐ろしい奴が出てくるのかと思うと、そこにいたのは、天希より歳が一つ上くらいの、背の高い少女だった。天希と可朗は開いた口が塞がらなかった。
「な・・・・・・・・・・・・」
ただ、天希はその少女からの殺気を感じ取っていた。アビスが家にきたときに感じたオーラと何か似ている。
「あれが?」
「そうだ。見た目はふつうだが、やつのせいで、ここの従業員が最初の半分以下に減っちまったんだ」
可朗は辺りを見回した。
「これの二倍以上いたの?」
「本題に戻れ」
するとその少女は、人形のかぶさっている方の手をこちらにまっすぐ向けた。
「何をするつもりだ?」
「の、呪いの人形だああああっ!」
魔人達は突然叫びだした。
「え・・・・」
「あの人形、突然しゃべりだすんだ!本体の方は口動かしてないのに!」
「腹話術・・・・・」
その人形が喋ると、魔人達は悲鳴を上げて外へ逃げていった。
“ついに逃げ出してしまいましたね。同じ魔人なのに、アビスなんかとは大違いですね”
「『同じ魔人』だと?お前はそんな理由であの人達の邪魔をしてたのか!?」
天希は叫んだ。
“我々を敵に回すつもりですか?面白い人たちですね”
「だいたい君、何ものなんだい?」
“おっと、紹介が遅れました。こちらが私のご主人、ネロ・カレン・バルレン様でございます。ちなみにわたくし、通話人形のバロと申します”
「バルレン族?ということは高血種族かい?」
「なんだ可朗、高血種族って?」
可朗が口を開く前に、そのカレンという少女(バルレン族は二番目が名前)は、ものすごいスピードで天希に襲いかかった。
「ぐ・・・あっ・・・・」
一瞬で天希は倒れた。このとき、可朗までもがその殺気を感じていた。
「天希がやられた・・・・・・」