第六話

旅にでてから五日後のことだった。と可朗は、駅の前でもめ合っていた。
「お前が食料をもっと多く生産しないからいけないんだろ!」
「そんなに食べるなってのに」
「歩いてだってグランドラスには着くだろ?」
「・・・・・・天希、考えても見たまえ。君一人が飯を食ってる間にも、アビスの殺戮は刻々と進んでいるんだよ。それならまだしも、徒歩でグランドラスまで行くなんて、いったい何時間かかると思ってんだい?」
「・・・・わかったよ・・・・・」
天希が列車に乗るのをいやがる理由は二つあった。1つは、残金で足りない分の食料(多分おかし)を補うのに使いたいということ、もう一つは、小学校の修学旅行で、列車でもバスでも酔った記憶があるということである。口を押さえながら、おそるおそる列車の中に足を踏み入れる天希の情けない姿が見えた。

『デラスト文明は強力な文明だ。デラスター達は力を共有し合い、何千年も壊れない家や、決して消えることのない炎など、美しき永遠なる〈静〉の芸術を作り出した。しかし、〈動〉は永遠のものではない。従って動は芸術ではなく、美しくもない。静こそがこの世を作り出すもの。人間が作り出した動は、決して静を超えることはない。全ての静はこの世界そのものが司るもの、そして全ての動は、デラストが司るものだ。人間は欲のために静と動を支配しようとした。それができなかったために、人間の動はデラストの動を超えられず、静を得ることさえできなかった。』
偉大なる過去の詩人、ドガの唱えた言葉はあたっていた。現に今天希たちが乗っている乗り物は電車ではなく、蒸気機関車なのだ。しかも、どんなに石炭を燃やしても、火力は天希のデラストにはかなわないはずである。地球の古い蒸気機関車よりも、スピードが遅かった。天希が協力すれば、この列車は地球の電車の急行よりも速くすることが可能だが、乗り物酔いと、可朗が自分の意見に賛成してくれなかったせいですねている。可朗はもちろん協力を提案したが、今回は天希も賛成しなかった。
「僕が薪、君は火力を・・・・・」
「お前の美貌が炭で汚れるぞ」
反論できないのは可朗の方だった。

「次の駅で降りるぞ」
列車は地下に入っていった。
「絶対走った方が速いって」
列車が止まった。天希はゆっくり席から立ち上がり、前を見た。
「・・・・・・・」
「どうしたんだ天希?早く進めよ」
天希はそこに呆然と立っていた。天希の目には、彼にとって信じられないものがうつっていたからである。
「・・・・・父ちゃん・・・・・」
「えっ!?」
それ以上の言葉は出なかった。
「天希の父親って、航海中・・・・・・・だったっけ?」
天希は答えなかった。
「とにかく後ろ詰まってるぞ!はやく進め!」
天希ははっと我に返って、
「父ちゃん!」
「お、おい、待てよ!」
列車から飛び出たが、父大網の姿はなかった。天希は上に登ったのかもしれないと言って、螺旋階段をものすごいスピードで登り始めた。

天希と可朗は、その螺旋階段のあちこちについていた炭まみれで、真っ黒になって外に出てきた。
「なんか、誰もこの階段使ってな・・・・・」
「もしかして、非常階段使っ・・・・・・・」
外の景色を見た時、二人の会話は止まった。二人の目玉に、辺り一面緑と青の世界が映し出された。
「な・・・・・・・・」
きれいな青空が広がっている。地面には芝生のような草が生えている。それが、太陽の光を浴びて輝いていた。
「すげえ・・・・・・・・・」
外の世界にほとんど出たことのない天希にとっては、どんなものとも比べようがない価値のある光景だったに違いない。
天希は、草原を思いっきり走ったり、転がったりして、はしゃいでいた。可朗にとっても、心が落ち着く場所だった。
「まったく、いつまでたっても成長しないなあ、天希は」
天希は起き上がると、山の方を向いた。
「よーし、グランドラスまで後少しだ、こんな山なんか一気に越えてやるぜ!」
「は?」
「何?越える意外にどうやってグランドラスまでいくんだよ?」
「・・・・洞窟」
可朗は、山の崖にできた横穴を指差していた。

洞窟の道には、ランプが設置されていた。奥へ進むと、天井の高い大きな広間があり、人が働いている。この鉱山では、セレスタリア(地球にはない鉱物)がとれるらしい。
天希は働いている人の顔をよく見た。普通の人間ではない。魔人族だ。アビスと同じ種類の魔人ではないようだが、皆無理矢理働かされているような感じだった。
「魔人奴隷か」
「本人達の前では言わない方がいいと思うけど」
すると、ある一人の男が、天希達に気づいたのか、こちらへ歩いてきた。
「いったい何の用だ?」
「ここを通ってグランドラスまで行きたいんですけど」
「そうか。なら通ってもいいぞ。ただ気をつけろよ。道を間違えると山頂へ出ちまうぞ。山頂は大雪らしいぜ。あと、道の途中でやつに出くわすかもしれないしな」
「やつって?」
天希の質問に答えるまえに、向こうで起きた爆発の音が聞こえてきた。魔人達は天希達のほうへ逃げてくる。
「やつだ!」
天希と可朗は、砂煙の中に人の影があることを確認した。どんな恐ろしい奴が出てくるのかと思うと、そこにいたのは、天希より歳が一つ上くらいの、背の高い少女だった。天希と可朗は開いた口が塞がらなかった。
「な・・・・・・・・・・・・」
ただ、天希はその少女からの殺気を感じ取っていた。アビスが家にきたときに感じたオーラと何か似ている。
「あれが?」
「そうだ。見た目はふつうだが、やつのせいで、ここの従業員が最初の半分以下に減っちまったんだ」
可朗は辺りを見回した。
「これの二倍以上いたの?」
「本題に戻れ」
するとその少女は、人形のかぶさっている方の手をこちらにまっすぐ向けた。
「何をするつもりだ?」
「の、呪いの人形だああああっ!」
魔人達は突然叫びだした。
「え・・・・」
「あの人形、突然しゃべりだすんだ!本体の方は口動かしてないのに!」
「腹話術・・・・・」
その人形が喋ると、魔人達は悲鳴を上げて外へ逃げていった。
“ついに逃げ出してしまいましたね。同じ魔人なのに、アビスなんかとは大違いですね”
「『同じ魔人』だと?お前はそんな理由であの人達の邪魔をしてたのか!?」
天希は叫んだ。
“我々を敵に回すつもりですか?面白い人たちですね”
「だいたい君、何ものなんだい?」
“おっと、紹介が遅れました。こちらが私のご主人、ネロ・カレン・バルレン様でございます。ちなみにわたくし、通話人形のバロと申します”
「バルレン族?ということは高血種族かい?」
「なんだ可朗、高血種族って?」
可朗が口を開く前に、そのカレンという少女(バルレン族は二番目が名前)は、ものすごいスピードで天希に襲いかかった。
「ぐ・・・あっ・・・・」
一瞬で天希は倒れた。このとき、可朗までもがその殺気を感じていた。
「天希がやられた・・・・・・」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です