第五話

天希たちがめのめ町を出てから3日がたった。最近、所持金が少なくなってきている。食料は可朗のデラストのおかげでいつでも調達できるのだが、宿無しはつらい。
「野宿という訳にもいかないなあ。デラスターってやつはどこにでもいるんだし」
「戦いに飢えているやつだったら、俺たちのすぐ後ろにもいるぜ」
「え?」
可朗は後ろを振り向いたが、今二人のいるこの『列潮(れしお)』という町には、外に出ているほとんど人がいない。可朗の後ろにも、そのような人間はいないように見えた。
「さっきからずっと俺たちの後をつけてきたようだが、気配と殺気が強すぎて隠れてる意味がないぜ」
突然、可朗の影から黒い物がとびだしてきた。人の形だが、可朗より背が低かった。
「何故バレた!?」
よく見ると、それは普通の(?)人間だった。デラストの力で、影に姿を消すことができるらしい。
「でなおしてきなさああああいいいい!」
「ちくしょおおおおおおおおおおおお!」
そいつは、影でない影になって、どこかへ逃げていった。

「くそう、あんなに簡単に気づかれるなんて・・・・・・・」
その時の彼は普通に歩いているように見えたが、夕焼けに映し出されるはずの影がなかった。
「年齢は大差ないと思うんだけどなあ・・・・・・」
「そうですか・・・ならばこの中年男がお力になって差し上げましょう」
突然後ろに変な男が現れ、話しかけてきた。
「陰山比影さんですね?わたくし、薬師寺悪堂という者です」
「何?」
「これは失礼しました。何しろあなたがそのバッジをごく普通につけているものですからつい・・・・・・・・」
悪堂がさしたのは、支配者アビスの手下だということを示し、会員証のような役割をする、『AVIS』と書かれたバッジだった。
「安心してください。私は仲間ですよ。ほら、私のこのバッジをごらんなさい」
「で、俺にいったい何の用だ?」
「ヴェノム・パワーというのをご存知ですか?」
「ああ、アビス様が戦うときによく発動するやつか」
「実は、私どもの率いる開発部で、そのパワーを誰でも使えるようにしよう、という計画を実行しているのですよ」
「で?」
「ヴェノム・パワーは魔人族の、それもごく一部しか使えないのですが、これを蓄える臓器を粉にして、液体に混ぜてドリンクにしたのです」
怪しいその薬剤師は、一本のビンを取り出し、説明を続けた。
「これがそのドリンクです。これを使って、峠口天希たちを倒しなさい。あと、時間帯も考えた方がいいですね・・・・・・」

夜になった。天希と可朗は公園を散歩しながら話していた。
「なあ、可朗・・・・・・」
「なに?」
「俺がめのめ町から出て行く時、みんなの顔が作り笑いに見えたんだよ・・・・」
「?」
「なんだろうな・・・・どっちかっていうと、俺に出て行けっていってるような感じがしたんだ・・・・・多数決した時も、みんなそんな感じで手挙げてたな・・・・・」
「・・・・・まあ、僕は最初っから天希を追いかけていくつもりだったけどね」
「姉から逃れるために!?」
「鋭い!大正解だよ!」

三井家の長女葉子は、あれこれうるさい両親を家から追い出し、弟二人をこき使って、無職の自由な暮らしをしている。だから可朗が嫌になって抜け出すと、雄大の仕事は二倍になる。可朗がうまく抜け出せたのは、兄の方が重く監視されているからである。
「あの可朗が逃げ出したですって?ふ~ん、で、あんたはそれを見逃したわけ?」
「違う!気づいたときにはいなかったんだ!」
「この~、バカ弟が~!」
「ギャアアアアアアアア!!」
可朗がいたとしても、だいたいこんな感じである。葉子の持つ『音』のデラストの前には、あの雄大でも歯が立たないのだ。

「という訳で、今は兄ちゃん一人で労働ご苦労様なのさ」
「弟だけ抜け駆けしておいて偉そうにするなよ!」
「いいじゃん別に」
「やっぱお前、優しさが全然・・・・・・・」
「どうした?」
「しっ!静かに!」
風一つない公園の中で、草が揺れている。明らかに不自然な光景だった。
「可朗、お前か?」
「いや」
「じゃあ、いったい・・・・」
突然二人は誰かに足を引っ張られ、そこに転んだ。今度は何かに押しつぶされるような感じがした。
「誰かいるのか!」
天希は火を灯して、あたりを照らし出した。そこには不自然な影以外、なにもなかった。
「あいつだ」
「え?誰?」
「昼間の・・・・・」
「陰山比影ダ!」
声がした。昼間と少こし違う声のような気がするが、本人の声には違いなかった。
「殺気が前と比べ物にならねえ」
天希の火があたりを照らし出しているにも関わらず、その不自然な影は、二人の視界から消え失せてしまった。
「どこだ!?」
「ココダ!」
再び押しつぶされるような感覚とともに、不気味な笑い声が聞こえた。
「そうか、自分の影だ」
「確かに、電燈があっても、影はできるもんな・・・・」
「天希、加熱された金属みたいに、赤く光ることってできないか?」
「キツい!」
「それしか手はないと・・・・」
「じゃあおまえはどうすんだよ!?」
「跳ぶ!」
天希の体が赤く光り始めた。可朗のほうは、デラストによって増加した運動能力をフル活用し、天希の真上を跳んだ。
「命は保証しないぜ!」
天希は、真上にいる可朗に向かって火の玉を投げた。その火の玉は可朗に当たると、激しく空中で燃え上がった。
「ぐぁあああああああ!」
炎が消え、可朗が下に落ちてきた時、可朗は二人になっていた。片方はまるで厚みのある影のようだった。
「大丈夫か可朗?」
「大丈夫だ」
二人は影の方を見た。何かの瓶が転がっている。
「ヴェノム・パワー?」
「こいつ、ドーピングしてたのか?」
木の陰から声が聞こえた。
「どうやら、失敗だったようですねえ」
「お前か!」
天希と可朗は、そいつを追いかけたが、公園からでたときには、そいつはいなかった。
二人は、自分の影に踏みつぶされるのを恐れて、残金を使い果たしてホテルに泊まることにした。

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