第十三話

さて、今日から天希達の特訓が始まるのであった。特訓と言っても、知識がなく何もできない天希と可朗にとってはそうはならないのだが。

睡眠中・・・・

六時になった。天希が目を覚ました。彼にとっては遅い時間だった。天希は鼾をかいて寝ている二人を起こさないようにそーっと歩き、押し入れを静かにあけてみた。カレンも目が開いていた。
「どうした?目が赤いぞ?眠れなかった?」
彼女は布団から手を出すのに時間がかかった。
“大丈夫です・・・全然・・・”いつものようにガロがしゃべった。
「ほ・・・本当に大丈夫か?」
カレンが今度は無言でうなずいた。
次に起きたのは慶だった。慶は峠口家に宿泊したことがなかったので、天希が早起きであることは知らなかった。
「父ちゃ~ん特訓行ってくるで~」
天希は寝ぼけている慶の言葉に吹き出しそうになったが、カレンはむしろ驚いていた。半分寝ている状態でも、特訓は習慣になっていて、欠かさないということが見えたからだ。ただ、その時間が九時半というと、少し心配だった。
最後には可朗が叩き起こされた。十時。二中のチャイムが聞こえたが、慶は反応しなかった。

朝飯を食べ終わった四人は、昨日の公園へ行った。人はいない。中央には噴水があり、その周りに、人間の胴体くらいの大きさの石がゴロゴロしている。慶は軽々と片手で持ち上げてみせた。
「これ持って公園五周や」
慶はまず可朗に向かって、持っていた石を投げた。可朗はキャッチできず、石は顔面に直撃した。
「ぶっ!」
可朗は音を立てて地面に倒れた。天希とカレンは驚いて可朗の方を向いた。が、一分とたたないうちに、可朗は起き上がり、転がっているその石を持ち上げて、ヨロヨロと歩いていった。
天希は可朗の方を見ていて、他のことに気づかなかった。間もなく天希の顔にも石が飛んできた。
「ぶはっ!」
天希まで同じ目にあったが、さすがにこっちはすぐ起き上がり、可朗のいった方向に走っていった。
こんどは慶は、天希が林に隠れて見えなくなるまでその方向を見ていたが、間もなくそうなると、もう一個の石を持ち上げて、最後に残って立っているカレンに向かって石をなげた。
石はほとんどまっすぐ飛んでいったが、彼女が石に手のひらを向けると、およそその幅が三十センチくらいになった時、石は空中でピタッと止まってしまった。
「ほう、一応知ってるようやな」
カレンはその体勢のままうなずいた。
彼女が腕を(肘をのばしたまま)ゆっくりおろすと、石はその腕の延長線上にい続けようとするかのように、腕の動きに合わせて石もおりていった。肘を曲げると、石は力が抜けたように、地面に落ちた。
「それくらい出来れば大丈夫やろ、でも約束は約束、公園五周やで」

デラストの所持によって体力がついたにもかかわらず、可朗は一周しないうちに息
があがってきた。彼も本当は最初から走るつもりだったのだが、すぐに天希とカレンに抜かされて、やる気も失せたのだった。
天希はというと、石を肩に乗せ、かついで走っていた。彼の場合、デラストを持つ前から体力があったので、ある程度は走ることはできた。が、まさかカレンに抜かされるとは思いもよらなかったであろう。さすがに疲れてきて、あと一周というところで石を地面に落とした天希の目の前で、その少女はまるで買い物から帰って行くように、石を抱きかかえながらスタスタと歩いていった。天希もさすがに目を疑った。しかし、間もなく姿が見えなくなると、千釜先輩の、彼女をほめる声が聞こえてきた。

「・・・なあ天希、師匠に何にも教わってこなかったんか?」慶は不思議そうに言った。
「いや、もうすぐ飛び出してきたんで・・・・」天希は照れくさそうに言った。
「こいつったら、金すら用意しないで出て行ったんですよ」と可朗。
「まあ、そこが天希らしいところやて・・・・・っと、とりあえず、カレンちゃん、ワイがさっきやったアレ、できる?」
カレンは少しだけうなずくと、可朗がさっきまで運んでいた石に手のひらをのせた。そして、天希達に見せるためか、それとも慣れていないからか、慶が持ち上げた時よりもゆっくりと、肘を曲げずに手を上に上げていった。その石は、まるで彼女の手にくっついているようだった・・・いや、実際は彼女の手より、二十センチほど離れた状態で動いてた。宙に浮いていたのだ。二人にはそれが見えた。二人とも驚きを隠せなかった。
「これが『デラストの基本能力』や」慶は言った。「基本能力はどんなデラストでも、慣れれば使いこなせる能力やで。これは覚醒するのに一時間とかからんはずやで、本当は。今日はこれ覚えるまで特訓や、家には入れへんで」

実際、天希と可朗の二人は、十一時になるまで慶の家に入れなかった。といっても、『それ』を習得した訳でもなかった。結局、天希は自分の今までの習慣とかけ離れているほど遅くに寝てしまった。慶はそれよりも遅くに寝たのだが。

次の日だった。意外にも最初に起きたのは可朗だった。天希は起きたとき、腹が減って仕方がなかったが、それ以上に眠かった。
今日の空はどんより曇っていた。天希は「・・・ねむい、ああ・・・・こんな天気で特訓するんスかあ・・・・・?」
「当たり前や。雷に当たってくたばってる場合やないで」

空の表情に似合わず、可朗はいつもより元気がよかった。天希より早く起きたからであろう。しかし、カレンだけは不安な気持ちでいた。この天気は嫌な予感がする。一瞬、巨人の足音のような音が聞こえた。しかし、他の三人は気づいていない様子だった。

四人は公園に着いた。着くなり、慶が言った。
「さて、そろそろダイドが帰ってくる頃やな」
「ダイド?」眠そうな天希が、腹を鳴らしながら言った。
「さっきの足音、間違いないで、ダイドや」
実は慶も気づいていたのだと、カレンは言われるまで分からなかった。
やがて、五メートルほどもある巨大な影が、林の方向から、ぬっと現れた。
「おーい、ダイド~!」慶は叫んだが、その巨人は反応したようには見えなかった。突然、そいつの拳は慶を殴り飛ばした。
「あっ!?」
三人は一瞬、慶の方を振り向いたが、今見直しても、その敵は公園の外にいるはずだった。しかし、殴られたところは確実に目に入った。
「な・・・・なんでやねん・・・・・」噴水の縁にめり込んだ慶は、死んだ振りをしてやり過ごそうとした。
「や、やばいぞこれ!」天希が目を覚ました。
「うぐあ~っ!」ダイドが叫ぶと、彼らの上に何かが乗っかったような感じがした。
「か・・・体が・・・・重い・・・・」天希とカレンは地面に倒れてしまい、天希は睡魔のせいでそのまま眠ってしまった。
もうこれで、立っていられるのはあの怪物だけ・・・・・・いや、もう一人の姿を、カレンは顔を上げて見た。
“か・・・可朗さん”ガロの声がした。
今日の可朗は、いつもと少し違っていた。カレンの目には、黒い雨雲の隙間から少しずつ照らす太陽が、まっすぐ立ち、相手の姿を真剣な目で見つめている可朗を映し出した。
いままでの、普段は演技臭い喋り方をして、いざとなると縮こまってしまう可朗とは違っていた。少なくとも、天希が起きていようものなら、そのギャップに驚いたに違いない。
可朗は足を一歩前に踏み出した瞬間、その場からいなくなった。怪物は驚いて一瞬左を向いたが、当て外れで、可朗は相手の体に対して右側から相手の顔に向かって、イバラの矢を放った。
「ぐおおお~~~っ!」
ダイドは可朗の周りの重力を強くしようとしたが、右を向いた時、既に可朗はいなかった。今度は左側から、イバラの鞭のように変形した腕で、相手を切り裂いた。
「ぐああああ~~~!」
「隙だらけだぜ、のろまちゃん!」
ダイドは倒れると、背が二メートルくらいまでに縮まっていった。可朗は歩み寄って、言った。
「魔人族」
「正解!」いつの間にか慶は後ろに立っていた。

「とりあえず、ダイドは病院に送っといたで」少し遅れて家に帰ってきて、慶はただいまの代わりに言った。
「可朗もレベルアップか、ほな、お前の左腕にあった『木』っていう字、『林』になってるやろ」
「?」
「デラスターになったとき、体の一部分に、そのデラストを表す漢字が浮き出てきたやろ。んで、経験値がたまっていくと、その周りにある模様がゴチャゴチャしてきて、そいで一定の経験値を超えると、レベルアップするんやで」
「へ~」
「何やお前、そんなもんまで知らんかったんかい」
「はい、まあ・・・・はははh」可朗の表情は、既に元に戻っていた。
「カレンちゃんはどのくらいのレベルなのかな?」可朗は本人に聞いてみた。
“え?・・・・っと・・・”
「彼女はレベル2やで」慶が言ったとき、カレンは慶の方をすぐ振り向いた。
“ど・・・どこでそれを・・・”
「昨日の夜」

この後、慶が殴られたことは言うまでもない。

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