第十二話

その夜、天希たちは千釜慶の家に泊まることになった。
千釜慶の家は郊外にあった。都市付近にしては緑が多く、前回の公園や二回前の二中も木がたくさん生えていた。さらには、天希達が早速家に中へお邪魔する と、木材と畳ばかりという始末である。
(ふっ、これくらいの家なら僕のデラストで作れるな・・・・・・・)
可朗は冗談を練っていた。

「千釜先輩~~~~ほんとに懐かしぶりだ~~~!」敬語は使わないが、名字で呼ぶことが天希の敬意だった。
「しっかしお前らもよくこんなとこまで来おったな~~~・・・そうそう、師匠は元気しとるんか?」
「相変わらず元気だよ!デラストが使えないのも相変わらずだけど・・・・・・・」
「まあな。ところで・・・・・その・・・・・そこのもう一人って、誰やねん・・・・・」
可朗が答えた。「カレンちゃんですよ。ネロ・カレン・バルレンって本名です」
「ほ~~~~~~・・・・って、なして本人が自分の名前紹介せんのや!?ちくと声聞いてみたいわ」
「いや・・・・それはちょっと・・・・」
「どないしたん?」
「彼女・・・デラストの副作用で喋れないんです」
「ほお・・・・・まあ、布団は四人分ギリギリあるさかい、はよ寝とき」
天希、可朗、慶は布団を敷きながら、四年前のことを話し合った。カレンにもそのことは話したが、三人とも実際楽しそうに話していた。

そしてそのお話は、彼らの夢にまで出てくるほど、懐かしく、思い出のある話だった・・・・・・・

「海賊だーッ!!」
「逃げろー!金をとられるなー!」

めのめ町。あまり有名ではない港町である。
この町に、峠口琉治(とうげぐちりゅうじ)という老人がいる。彼は以前、最強のデラスター(デラスト使い)といわれていた男である。彼がどんなデラストを 使っていたか、そのデラストが何を司るデラストなのかは、誰も知らない。老人は一人暮らしで、別居の息子(峠口次郎という)は同じめのめ町で中学校の教師 を務めている。また、この老人には弟子がいた。名を、千釜慶(ちがま けい)という。この年、小六である。一見、デラストの腕は良さそうに見えるが、少し ひねくれていて、マジメに特訓をしない。だが、峠口老人を尊敬しているということは、確かなのだ。
今日は天気がいい。この三人で海岸を散歩をしていた。平凡な真っ昼間だ。今日は特に変わったことはないだろう。三人は海の方に目をやった。二、三隻の船が 見えた。真っ黒い帆に、真っ白な頭蓋骨が描かれている。明らかに怪しげで、悪趣味な船だ。三人とも、もう見飽きたという目で、その船を見ていたが、
「海賊だーッ!」近くにいた若者がこう叫ぶものだから、周りは大騒ぎになった。もちろん逃げ帰るものもいなくはなかったが、珍しもの好きの集まる、この港 町の海岸は、次第に野次馬でいっぱいになっていった。
だが、船は港へ着くどころか、野次馬だらけの海岸の方へ走ってきた。次第に逃げ帰るものは多くなった。やがて、先頭の船が海岸に止まると、突然、
「ガキを甲板へ出せーっ!!」と、聞き覚えのある野太い声が、船内から聞こえた。

船から降りてきたのは、四十代くらいの男と、その子供と思われる少年だった。慶はその少年が一番気になった。
「今日は何の用かな?船長さんよ」峠口老人は言った。
「ちょっと、俺の船に薄汚い地上のガキが住み着いててね」男は言った。
「薄汚いというのは、そこにいるお前の息子のことかな?」
「そうだ、俺の息子と言えば俺の息子だ。が、澄んだ海の人間ではない。泥と汚い汗の臭いのする、地上のくそガキだ!」
「ワシは、お前をそんな奴に育てた覚えはないぞ!第一、お前が生まれてから今日まで、ワシは一回も引っ越したこともないし、お前を自ら追い出した覚えもな いってのに、何じゃその仕打ちは!子供は大切にせい!」
「黙れジジイ!誰がいつ俺様に優しくなんてした!?」
「年寄りをいたわらんかい!」
この後、小一時間くらい、親子喧嘩がつずく。

「長老が砂浜で騒がれては困るちゃ!海賊!?何の用じゃい!お前に売る果物は用意しとらねよ!」喧嘩を止めに入ったのは、慶の父親であった。
「今日はお前に用がある訳でない」怒鳴りまくってガラガラな喉を震わせて、大網は言った。「おい親父、俺は海の人間だ。が、さっきも言ったように、地上の 人間、しかもガキが!俺の船に住み着いてるんだよ!」
「まあまあ兄さん、そんなんこと言わないで・・・・・つまり、天希君を預かれというんでしょ?」峠口次郎は、兄弟でありながら大網とは似ず、気が長く、や さしい男だった。今の結論からしても、次郎の方が、言葉が簡潔で、しかも頭の回転が速いことが分かる。
「次郎、お前、兄に喧嘩売ってんのか?」大網は実の弟を恐ろしい形相でにらんだ。周囲の人も一歩退くほどだった。ところが、
「僕はただ、兄さんの言いたいことを簡潔にまとめて、皆さんに分かりやすく伝えてあげただけじゃないか」次郎はまるで少年のような言葉で兄の言葉に応答し た。当たり前の会話に答えるような、柔らかい言葉は、周囲の野次馬に安心をもたらした。(これでも36歳ですが)

しかし、彼でも兄の感情を抑えるのは難しかった。海賊という人間は、実に短気で、酒ですらその気持ちは押さえるのが難しい。この日、大網が用事を済ますの に、かなり時間がかかった。

この大人達の話をしているときりがないので、天希の話をしよう。

このとき、連れてこられた少年こそが、峠口天希であった。当時10歳で、慶とは一つ違いである。
「とーちゃん達、何話してたの?」親の話をこっそり聞いていたのだが、天希はいまいち内容が理解できない。
「ああ、お前が今日からこの町に住むって話・・・」文と文の間でため息をつきながら、慶は亡霊のような声で話した。「後は喧嘩だけ・・・・だ・・・」ま だ、なまってもいなかった。
「じゃあ、じいちゃんの家に住むってことだな!?やった~!これで一日中外の空気を吸ってられるぜ~!」
天希ははしゃいでいたが、「学校どうするんだよ」と、慶は心の中で突っ込んでいた。

天希は、昔学校に通ってはいたが、何しろ父親は海賊なので、よく上級生から非難を浴びたが、記憶力が悪いのと、何でもプラスに考える癖のおかげで、すっか り忘れてしまっている。その後、父と行動をともにした船内生活でも、よくサンドバッグにされた。気に触れないようにじっとしているよりは、掃除やら何や ら、少しは役に立とうと考えてしまう天希がわるい、という時もあったが、大抵は船員のストレス発散で殴られていた。もちろんそれもじきに忘れてしまうのだ が。
しかし今回の学校は、最初のうちは彼を暖かく迎えてくれたので、それまで大人だらけだった世界から解放された感じがして、天希はうれしかった。この日か ら、天希は現在住んでいる家で、祖父と二人で暮らすことになった。それに、慶もデラストの特訓でちょくちょく峠口家を訪問するので、今までの苦痛も楽しさ うれしさですっかり抜けてしまっていた。
天希を見ていると、不思議と慶は力がわいてくる。『あの』事件があってから、ずっと落ち込んでいた慶にも、天希の元気は心の闇を照らすような気がした。

が、数日たって、天希は校舎内で数人の男子がある一人をいじめているのを見つけた。最初は(早く逃げればいいのに)と思って通り過ぎるだけだったが、その 光景を何日も目撃するうちに、見るに絶えなくなり、天希はその中に突っ込んだ。
昔からいじめられる立場だった天希は、その足の速さで、いつも逃げ回っていた。今回は何の用意もせず、しかも逃げるのではなく、自分から突っ込んだのだ。 が、やってみたものの、何の力にもならなかった。天希はこの光景を見るうちに、だんだんいじめっ子のことを許せなくなってきた。おそらく今までが相手は大 人だったのに対して、天希は背のあまり変わらない相手なら倒せると思ったのだろう。
結果はいつも同じ。相手方が天希一人を攻めようが、他の人間を殴っている途中に天希が入ってこようが、力のまだない天希には勝ち目がなかった。このとき、 最初に殴られていた子は、三井可朗だった。二人が親友となった原点はここなのだが、そのうち天希だけが連れ出されて殴られるようになった。

ある日、ぼこぼこにされていた天希を、慶が見つけた。その少年は廊下の隅に倒れていた。慶は何があったのか聞こうとしたが、天希は気を失った振りをして、 何も言わなかった。天希は、自分だけで解決したいと思ったからだ。正義感こそなくても、昔から決心の強い天希は、傷やアザのことについては、誰にも何も言 わなかった。琉治翁はというと、自分の人生を見れば気持ちは分かる、といって、まるで気にしていないようなそぶりをする。それが何日も続いたが、解決の兆 しはなく、天希はただ割り込んでは殴られるだけだった。
これを見ていた慶は、ついにいきり立った。直接見れば他人、しかしあのチビは師匠の孫。受講料も払わない自分が、礼をする時が来た。そう慶は思った。

昼休みになると、慶は例の廊下へ走った。自分がその学年だった時もそうだった、あの廊下は、電気が壊れっぱなしで、しかも使われていない教室が多く、連れ 込むにはもってこいの場所であった。

「このごろ、慶落ち込んでるよな~」「やっぱり『あいつ』がいなくなってから、登校回数減ったし、いままでの慶じゃないよね」「事件が起こってからもう一 年以上立ってるだろ、いい加減回復しろ!」
ある事件が起こってから、慶は元気をなくしてしまっていた。しかし、天希のおかげで希望が生まれてきた。今や、孫子ともに自分にとって恩師である。それを 救わずにいてたまるか。

慶は、学校では使うまいとしていたはずのデラストの力を、解放した。肌は緑色に変色し、皮膚が瓦のような形になる。歯はとがり、爪は長く伸び、恐ろしいく らい頑丈で、太くなった。
もはや怪物と化した慶は、風のように廊下、階段を駆け抜け、ちょうど天希が殴られていたところに突っ込んだ。その鋭い爪は、危うく加害者の足を切断しそう になったが、幸い骨を傷つける前に、慶の意識が安定してきたのだ。とはいえ、彼自身、最初から捨て身の攻撃だと分かってやったのだ。結果がどこまでひどく ても、後悔はしないと誓った。

天希は、慶の変わり果てた姿に驚いていたが、彼がその姿を捉えられたのは一瞬だけで、そこには、いつも自分の家にくる時の慶が立っていた。

周りの大人は、しかる人間は一人もいなかったという。元々不良の種だった慶は、しかっても効果がないと、先生達は判断していたし、師匠の琉治翁も何も言わ なかった。

次の日から、慶は学校にも、天希の家にも来なくなった。慶はどこに行ったか。刑務所である。
デラストを持たない人間に対して、デラストの力による暴力を振るうことは、どんな国でも共通した犯罪である。それに、少年院制もない。
慶は中学に上がるとともに、グランドラスに引っ越してしまった。天希はそう聞いていたが、後で考えると、刑期は一年間なので、恐らく刑務所をでるととも に、引っ越したのであろう。
天希の伯父である次郎は、慶が中学に上がったら、彼の面倒になるはずだった。慶のような人間が、勉強をしないのはもったいないと、いつも言っていたのだ。
「これからは『千釜先輩』だな、天希」天希が小学校を卒業する時、そう隣で言っていた。

「それで、次郎先生は今、天希の担任なんやろ?」と慶。
「いやあ~、さすがにあれはやりにくいっスよ」と天希。
「しかし、宗仁もマシになってよかったわな。まさかあれだけでよくなるとは思わんかったわ」と慶。
「まあ、その後は『友達』になったんスけど、確かにあいつがいじめをやめたっていうのは・・・・」天希。
「で、そのあとは、僕らは同学年の間では有名なコンビですよ」と可朗。
「あいつも来ればな・・・・」と慶。
「まあ、あいつはデラスト持ってないから・・・・」天希。
「え?持ってるよ」と可朗。
「えっ?」
「天希、デラスト持ってない時だったから、あいつなりに気使ってくれたんじゃないかな」

この時の、いじめっ子というのが、第一話にでてきた、内命宗仁であった。

「ほ~、あいつそこまで成長したんかい」
「さ、そろそろ寝ましょう」
「えっ、もうこんな時間!」
「ハハハ、天希は早寝早起きがモットーやからな」
カレンだけは、すでに押し入れの中に布団をしいて寝ていた。

天希、可朗、慶の男三人組は、大きな鼾をかきながら、あの日のことを夢見ていた・・・・・・。

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