第九話

「お前らみたいなやつは、この水石大輔がまとめテ始末シテヤル!」
未だ雪が降り積もる中、そいつは立っていた。が、少し病弱な姿勢で、動くたびにふらついていた。年齢は自分たちとは変わらないのだろうが、異常にやつれていて、目は血走っていた。
「・・・戦いに飢えた目だ・・・・あの陰山とか言うやつみたいに」
「何?」
「そう言えばいたねえ・・・陰山飛影・・・・」
「陰山アアアァアアァァッ!!」
「なっ!?何だいきなり!?」
大輔は飢餓したようにうなりだした。
「完全にいかれてるな・・・・・・よし、いくぞ!天希!、カレンちゃ・・・・・・あれ?」
「カレンがいないぞ!」
「えええーーーーーっ!?」
「オイ・・・・」
「一体どこに消えたんだ!?」
「どこかにおいてきたとか・・・・・」
「いや、たった今ここにいたよな」
「オマエラ・・・・」
「うん。足跡もあるけど・・・・・・ここでなくなってる!」
「まさかあいつ、空飛べるのか!?」
「それとも、瞬間移動したのかな!?」
「イイカゲンニ!シローーーーーーー!!!」
「うわっ!」
「しかたねえ、二人で相手するぞ」

気がつくと、カレンは洞窟にいた。床、壁、天井全体が氷ばりになっていた。出口は見えていたが、汚れのない美しい氷が、外からの太陽の光を反射し、鮮やかに輝いていた。そのため、洞窟の中でも暗いとは感じなかった。
気がつくと、誰かの足音がする。洞窟全体に響き渡る足音で、氷の床にも足をさらわれず、自然で一定な足音だった。カレンは、不安と好奇心の目で、その方向を向いた。その男の顔を見た時、カレンの中に一気に不安が募った。真っ黒な紳士服。ピカピカのシルクハット。そして、いかにも紳士的な歩き方。ただ、その歩き方にも、どこかうさんくさい感じが隠れていた。
「これはこれは、ネロ・カレン・バルレン様、一体何をお求めでこの山に?」
その声は、カレンに対する皮肉さも混じっていた。
“あなたは・・・・・・・薬師寺悪堂ですね・・・・・”
その名だけは、はっきりと声に出た。
「おやおや、我が名を覚えてくださるとは・・・・」
“当然です!あなたは・・・・あなたは我々の・・・先生だったのですから・・・・”
「その先生の目の前で、一体何をためらっているのです?」
そう、前回の、『カレンを育てた親』とは、この薬師寺悪堂だったのだ。
“優しかったあなたが・・・・なぜ・・・・・”
カレンの目に涙が込み上げてきた。
「ん?今まで薬物販売者であった私を、まだ疑うつもりですか?いまは晴れて、かの有名なアビス軍団の幹部に・・・」
“冗談はやめてください!”カレンの心は、すでにズタズタだったが、この男との再会によって、その傷が開いた。“あなたはもう、あの頃の優しい芸人には戻 れないんですか!?アビス軍団は悪の組織です!もう、これ以上、我々を困らせないでください!!”
「ですが、あの方だけは自らあなたを裏切ったでしょう?『我々』というからには、あの方も入るはず・・・・・」
“いいえ!あの人は、カレン様(ガロがしゃべってる)のパパ様は、あなた方に操られてるのです!そして水石大輔君や、他の人たちも!”
「ほう・・・・・・さすがは『あの方』の娘、ネロ・カレン・バルレン・・・・・・・・お気づきなられてましたか」
“一体、何をしたのです・・・・・・?”
「何をしたかって?おわかりでしょう、私の前業からして・・・・・」
“あなたは、人を意のままに操っています!”
「それがデラストの力だとお考えにならないのは?」
“カレン様の持つデラストだからです!”
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
“・・・・・・・”
「・・・・・・そこまで予想できるとは、やはり、ネロ・バルレン兄妹、頭が切れますね・・・・・まあ、その人形がいれば、頭は増えますがね」
“私の質問に答えてください!一体何をしたんですか!?”
「ホッホッホッ、ではお見せいたしましょう、我が最新兵器を!」
薬師寺悪堂は、懐からビンを取り出した。
「人の理性を奪い、同時にデラストの力を一時的に急増させる、これこそが我が最新兵器、ヴェノム・ドリンク!」
カレンは息をのんだ。
「私はこの薬で団員を増やした。私のお得意のUSOでね!あの方でさえこの薬にだまされた、まさに我が軍の必然・・・いや、最強のアイテムと言えるでしょ う!」
カレンは、口を閉じたままだった。
(もしかして、アビス公は本物のボスじゃなくて、こいつが黒幕・・・?私のパパまでもをだました・・・・・許せない!表のボスは、ただ操られていただけな んだ!)
薬師寺悪堂は、ゆっくりとカレンの方へ歩み寄った。カレンも後ずさりした。
「さて、私は多くのデラスト実力者を集め、それで足りなければ、身体、精神、そしてデラストの成長が最も激しい、10代のガキ共を集め た・・・・・・・・・・そして、その二つの条件がそろう者がいる。そいつは、今、私の前にいる!」
薬師寺悪堂は不気味に微笑んだ。すると、突然カレンの体はこわばり、金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「これであなたは身動きできない!さあ、飲め!飲め!父親の元へ行きたいなら、貴様もこれを飲むのだアアア!」
薬師寺悪堂自身が、普段の冷静さを忘れ、自分の野望がまた一歩実現するということに興奮していた。カレンは、迫ってくる薬師寺悪堂の悪魔のような顔に、変 わり果てた育て親を前に、思わず目をつぶって縮こまった。
だが、薬師寺悪堂が迫ってくるはずが、ズドンというものすごい音にその気配がかき消された。目を開けると、薬師寺悪堂のいた場所に、巨大なつららが突き刺 さっていた。一秒とたたないうちに、そのつららは、凍った地面に倒れた。カレンは天井を見た。確かにこのつららは天井から落ちてきたものだ。が、切り口は 自然に落ちたのではなく、まるで鋭い刃物に切断されたような切り口だった。そういえば、薬師寺悪堂はなぜか妙に辺りをきょろきょろ見回していたし、自分も 何か別の者の気配を感じた。一体誰が・・・・・・
ふと、外から、誰かの声が聞こえた。また天希の声だ。まだ戦っているらしい。
洞窟内に他の気配はない。行こう。

天希は思った以上に苦戦していた。可朗は既にデラスト・エナジーを空にしてしまったため、氷付けにされていた。それに比べて、相手はなんていうエナジーの 量だ。可朗を倒して、今度は俺を倒そうとしても、こいつは全然やられそうにない。デラストの相性は良かったはずなのに?

「火が絶対かつって訳じゃねーんだな」

天希は凍りづけにされた。
大輔は二体目の冷凍品をそろえると、理性を取り戻した。
「クックック、これで報酬もグンと上がるぞ」
大輔は正気に戻っていたが、その体はやはりガリガリになっていた。そこへカレンがかけつけてきた。

そのとき。

「ゔわあああああああああっ!痛い!痛いいいい!助けてくれえええ!」
水石大輔は、急に叫びだした。体中の骨がバキバキと音を立てて折れ、どんどんやせ細り、タコのようにグニャグニャになっていった。
「苦しいっ!苦しいいいいいいいっ・・・・・・」
ミイラのようになった大輔は、やがて雪の上に横たわり、動かなくなった。おぞましい光景を見たカレンは叫びそうになったが、やはりカレン自身の口からは声 が出なかった。彼女は急いで天希と可朗を助けだした。
「なんだこれは!」
氷の中から出てきた天希は、大輔の姿に驚いた。
「下に町がある!」
可朗は叫んだ。
天希は、大輔を背負い、山の斜面を思いっきり駆けていった。

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