第十五話

「うわ、ちょ、すご~い!これ地下鉄なんだ~、すごいよコレ、汽車より速いじゃん!」
電車内は静かにしましょう。
「え、なに!?その人形!?超カワイイじゃん!!あ、あなた、ネロ・カレン・バルレンっていうんだよね、じゃあ、今度から『ネロっち』って呼んでいい?」
電車内は・・・
「ね~ね~可朗、昼ご飯まだ?どこで食べんの?」
・・ウガ・・

その日の朝、奥の部屋で、可朗は天希を説得していて、慶は、朝食を『7人分』作ったあと、どこかへ出かけてしまった。二人とも深夜起きてから、ずっと寝ていなかった。そう言う意味では、あと一日でもこの家に滞在したいと、一番思っているのは、可朗だった。
続いて彼がカレンを説得しようとしたときに、慶は『その二人』をつれてかえってきた。
「う~、まだ頭がクラクラすっぜ・・・」と言いながら、宗仁は靴を履いたまま上がった。当然のように殴られた。
二人とも昨日のことはほとんど覚えていないようだった。奧華は先客のいる部屋をのぞこうとしたが、天希の声を聞くと、顔を真っ赤にして立ちすくんでしまった。
彼女のこの動作には誰一人気づかなかったが、次に宗仁がのぞいたとき、それに気づいた天希は笑いながら言った。
「宗仁、なんでお前来てるんだよ!?」
宗仁はすぐに部屋の中へ飛び込んだ。そこへ慶も割って入って、四人で暴れだした。が、可朗と慶はすぐに止まった。それに合わせて、天希と宗仁も静かになった。
冷静になった宗仁は、何故自分たちがここにいるのかを、できるだけ話そうとした。
「まあ、俺はあれだよ、天希が旅へ出て、可朗もついていって、俺まで行かなきゃ、おかしいってもんだ。俺たちゃ、ほんとにトリオみたいなもんだからな。もちろん、あんなことやこんなこと、いろいろと言われたぜ、先公とか親とかにな。んま、詩人な俺にとっちゃあ、どれも引き止めの『ひ』の字にも足らん文句だったがな、へっへっへっ。てなワケで、まあ俺様は頭いいからな、天希が行くとしたら、ここしかないと思って、それで来たんだが・・・そうだ、奧華だよ、あいつ、なぜか出発するときについて来たんだよ、う~ん、やっぱ俺様ってモテんのかなあ~?(ニヤリ)だーっ!いらねえよ、あんな女!あんな奴に好かれたくなんかねーよ!あ、いや、これは冗談なんだけどな、うん」
「で、その後は?」可朗は訊ねた。
「それだよそれ、覚えてねえのよ、昨日までは、ホント昨日までは何もねえの、なかったんだけどよ、昨日の午後からサッパリよ!う~ん、おかしいんだが・・・」
そう言い終わると、宗仁はカレンが台所から運んで来た朝食をむさぼるように食い始めた。
「誰、こいつ?」宗仁は口に物を入れながら、カレンを指差して言った。(ちなみに奧華の場合、カレンのことを知らないのはもちろん、小学校が天希と違ったため、慶とも一応初対面であった)
「あ、カレンちゃんのこと?」可朗は面倒くさいと思いながらも、説明を始めた。(省略)
「そろそろ、ええ時間やで」慶は皆を立ち上がらせた。
「えっ、もう行くのかよ~・・・・」天希は嫌そうな顔をして言った。カレンと可朗も立ち上がって、荷物を整理した。3人が歩き出そうとすると、宗仁は一番前に出て来た。
「さあ、お前ら、この俺様についてこ・・・ぐええっ!」行こうとした宗仁は、慶に首を後ろから引っ張られた。
「お前は残れや!薬なんか使ってたら強くなれへんで、本気で特訓や!ビシバシしごいたるで~」怪しげな笑みを浮かべながら、慶は言った。
「えっ、あれ?俺は?」天希は振り返って言った。
「天希、お前はじゅ~~~ぶん強いっ!ワイが教えることは何もないっ!ワイができることは、お前がそれ以上に強くなることを、ただただ祈るだけっ!はい、終わりっ!」
「・・・あの~・・・私は・・・」慶の顔をのぞきながら、奧華は言った。
「あ、せやな、お前は~・・・天希達と一緒に行け!他に選択肢ないし・・・」
「や、やった~・・・!」奧華は小声で叫んだ。
「そ、そんな~・・・」宗仁は向こうの部屋へ引きずられていった。天希達の後についていった奧華は、一瞬だけ宗仁の方を向き、彼に向かって舌を突き出した。
「あ、あのヤロ~め、ちくしょ~・・・」宗仁は歯ぎしりをしながら、そのままお互い見えなくなった。

そんでもって、電車の中。
「ね~可朗、せっかくグランドラス来たんだからさ、買い物行きたいな~、ネロっちと一緒に」
「なんで僕にばっかり聞くんだよ?」問う傍ら、可朗は自分が目立っている(ような状態)のを、理由に少し浮かれていた。
「だ、だって、他に話せる人がいないんだもん」
「・・・天希は?」このとき可朗は、わざとらしいくらいにニヤリとした。
「えっ・・・えっと・・・だってほら、天希君て、男の子じゃん、話しにくいし・・・」
「・・・奧華、君の目の前に立ってる人間は、果たして男かな?女かな?」可朗は呆れ果てていた。
「あっ・・・えっと・・・・・・・・女っ!!」

この瞬間、少なくともこの二人の頭の中が真っ白になったのは言うまでもないだろう。

一般的に、デラスト文明の地上での交通手段は自動車か汽車だが、こういう都市部では最近、地下鉄が発達してきている。自動車や汽車は主に輸送や、個人および団体の旅行(荷物が多いとき)に使われ、それ以外の場合は自転車の方が早いと言われているが、地下鉄はそうではない。通勤にも輸送にも便利な乗り物として、開発されているのだ。ただし、もちろん値段は高い。
「ねー可朗、買い物!ネロっちと一緒に行きたいの!」
「分かった分かった!次の駅で降りよう」
「あ、ついでにゴハンも」
「あんまり高い奴にしない方がいいぞ、千釜先輩からもらったお金なのに、ただでさえこの地下鉄で消費したんだし」

四人は地下鉄駅から階段を上がって地上に出た。
「うわっ、すごーい!!これビルだよね?ビルだよね?」
慶の家の周辺とはだいぶ違った。頭上には今にも倒れかかってきそうな高層ビルの数々が、空を覆い尽くさんばかりにそびえ立っている。正面に顔を戻せば、人の海で前が見えなかった。
「すげー、この前来た時はこんなにいなかったのにな」
「じゃあ、可朗さ、待ち合わせ場所決めて、自由行動にしようよ。あっ、そう、あたしはネロっちと一緒だけど」
「はいはい」

天希は待ち合わせ場所に設定された公園の中で特訓をしていた。特訓と言っても、何をしていいのか分からず、でたらめなことをやっているのがほとんどで、まともにやっていることと言えば、慶から教わったことのほんの少しぐらいだったが、可朗のレベルアップを見た時から、自分も早く強くなってレベルアップしたいと思っていたのだ。
「一日でも早く、アビスのところまで辿り着けるように・・・今は、それくらい強くならないと・・・」

奧華とカレンは、二人でショッピングに出ていた。「あっ、別にネロっちが自由に動いていいよ、あたしはネロっちについていければいいから」とは言ったものの、カレン本人は自分の意見を言うことができないし、主導権は奧華が握っているのと変わりなかった。
「あ、これ、カワイイじゃん!ネロっちは何か欲しい物あった?」
彼女は何にしようか迷っていた。というよりは、『迷っているフリ』に近かった。自分では何も言えないので、奧華のしゃべることにあわせて行動するしかなかったのだ。
が、彼女の動きは自然に止まった。その原因は、かすかに彼女の鼻を突いた、ごく懐かしい香りであった。彼女の目は『その一点』に釘付けになった。
「ネロっち?どうしたの?」奧華は横からカレンの顔をのぞいたが、彼女は動かなかった。かわりに、彼女の頭の中には、ある記憶がよみがえっていたのだ。

「俺もデラスト手に入れて、おかーさんみたいになりたいんだ!」
当時六歳だったエルデラは、無邪気に言った。
「そうだよね、おかーさんってすごく強いんだよね」
カレンも言った。その頃の、当時の声だった。
「あっ、帰って来た!おかーさん、おかえりなさい!」
「ただいま、かわいい子供達、今日はお土産買って来たわよ」
「お土産?わーい!」
「お菓子なんだけど、はい、カレンは女の子だから赤、エルデラは緑ね」
そのとき、エルデラは、カレンに渡されたお菓子の袋を奪い取って、言った。
「俺、赤の方が好きだッ!」
カレンは泣き出した。そのとき、アビスが、『まだ』まともな人間の姿だったころのアビスが、部屋に入って来た。
「こらこら、エルデラ、妹を泣かせちゃダメだろ」
カレンの母は、この様子を暫く見ていたが、やがて何も言わずに、ゆっくりと部屋からでていき、夕暮れのせいで寂しくなった廊下の暗がりに消えていった。そのとき、カレンはちょうど泣き止み、自分の母親の横顔を目にした。今思えば、滅多に家に帰ってこない自分が、その子供である自分達のことをよく知らなかったことに対する悔しさも、なくはなかったであろう。しかし、当時の彼女に与えた、その横顔の恐ろしさ、それは・・・

「・・・・・ネロっち、ネロっち!」
奧華に呼ばれて、カレンはハッと我に返った。
「どうしたの?ボーッとして」
彼女は首を横に振った。そして、改めて前を見ると、やはりその時と同じ、見覚えのある、赤の袋と緑の袋が並んでいた。カレンはすぐにそれを一つずつ手に取って、レジへ持っていった。
「・・・お菓子?」
カレンは時計を見ながら、奧華のところへ戻って来た。
”もうそろそろ約束の時間みたいですよ”ガロが言った。
「えっ、もう!?まだ買いたいものあるのに~・・・時間って、経つの早いね~」
カレンは奧華の言葉を深く飲み込んだ。あの日が、母にあった最後の日だった。それ以来、写真も見ず、名前を聞くこともなかった。あれからすでに9年、今のカレンにとって、第一印象であった恐ろしさは透けて見えている。まずは、今自分達の敵として立ちはだかっているアビスが、自分の父であることを明らかにし、そして、母と兄の居場所をつきとめ、再び家族全員集まることが、彼女の願いであった。今思えば、あの日から間もなく、家族は引き離されたのだ。その原因を突き止めることも、今の課題であると、カレンは待ち合わせの場所に向かって歩きながら考えた。

可朗はグランドラスにいる伯父の家に来ていた。奧華がフリーにしようと言ってから思い出したのだ。
「いやあ~、ホントにでっかくなったな可朗、お前の両親は元気か?」
「は、はい(なんであえて『両親』って言ったんだろう)、まあ、元気ですが」
「ほう、そうか、いやあ~、お前は知らんだろうが、うちに息子が二人できてな」可朗の伯父は自慢げに言った。
「はあ、おめでとうございます」可朗は関心なさそうに言った。
「ほら、ちょうどそこにいるだろう?遊び相手がいなくて困ってたんだ」
その二人は可朗の方を、睨みつけるように見た。
「うっ・・・」このとき可朗は、相手がすごく苦手なタイプであることを察したのだった。

結局、最後にやって来たのは可朗だった。息を切らしながら、彼は言った。
「もういいかげん、グランドラスを出よう」
「でも、これからどこに行くの?」
「ここから近い『伍楝』というところに、今のデラスト・マスターが住んでるっていうことを伯父から聞いたんだよね。収穫はそれだけだったけど」
「じゃあ、そいつが爺ちゃんを倒したのかなあ?」
「多分ね・・・・」
カレンは考えていた。(デラスト・マスター・・・?どこかで聞いたような・・・)
「ん?どうしたの?カレンちゃん」
”いや、なんでもないそうです”ガロが返事した。
「『ないそう、です』って・・・」奧華が突っ込みそうになったが、可朗が再び喋って遮った。
「だから、本体と人形は別人格なんだってば。そうでなければ、彼女だって苦労してないさ。人形の方はきっと知らないんだよ、カレンちゃんがデラストを手に入れる前の、出来事を、さ」
「・・・成る程ね、そうしたらネロっち、とっくに過去語ってるもんね」
「確かに、それを聞いてればアビスについての手がかりがつかめるかもしれないな」
「・・・書かせれば?」
「何かかわいそうだよ」
「とりあえず、その伍楝って所にいって、デラスト・マスターに会って・・・・・何するんだ・・・?」
「勝負のコツとかを聞くんだろ!まあ、天希が琉治さんから十分聞いてるっていうならいいけど」
「う・・・」

伍楝には地下鉄は通じていないので、四人は汽車に乗ることにした。天希は自分の足で走ってもいいと思っていたが、何が起こるか分からないので、可朗が引き止めたのだ。
「うう~っ、遅いよ~、地下鉄も早くいろんなところにできればいいのに」窓からの景色を眺めていた奧華がいった。
「前みたいに、親父さん、いたりして」可朗はニヤニヤしながら天希に言った。
「オイ、それ言うなよ!」
可朗の表情は変わらなかったが、四人はしゃべることがなくなってしまった。なにか話題を持ちかけようと、奧華がカレンに話しかけようとした時、列車が急停車した。
四人とも不自然だと感じたが、その次の瞬間には、轟音とともに列車が爆発した。天希は爆風で離れたところへ飛ばされた。カレンと可朗は慶から教わった基本能力のおかげでダメージを和らげられたが、奧華は爆風で直接地面に叩き付けられた。二人は彼女を起こした。
「イタタタ・・・」
「他の乗客は・・・!?」
カレンは辺りを見回した。どうやら爆発したのは先頭車両だけのようだった。もしや偶然ではないのかもしれないが、その車両の乗客席に乗っていたのは仲間だけだったのだ。彼女はすぐに運転席の方に走ったが、誰もいないようだった。
”やはり・・・”
爆発音の余韻が消えようとした時、可朗が言った。
「どうやら、敵のお出ましのようだ」

天希は左手を下敷きにして地面にぶつかっていた。普通の人間なら骨折しているところだ。
「痛ってエ~」
天希は左手を押さえながら立ち上がったが、痛がっている暇はないようだった。
「ハーイ、お前が峠口天希だね」
林の影から、そいつは姿を現した。
「何だお前は?」
「オレは岩屋唯次(いわや ゆいじ)。お前、随分うちの軍団の奴らをいじめてくれたそうじゃないか」
「っていうことは、お前もアビス軍団か?」
「もちろん。お前みたいに正義の味方を気取ってる奴が、好き勝手なことやりたい放題やってると、こっちも迷惑するんだよね」
「それはこっちのセリフだ!お前ら一体何が目的なんだ!?」
「活動の理由か?さあね、知りたいんだったらアビス様に直接聞きな。ただ、メルトクロス様が欲しているのは、どうやらそのデラストのようだ」
「この・・・デラストを?」
「そうだ。いや、『それら』四つのデラストだ。お前は現場に居合わせたときいているが、アビス様はそれを峠口琉治から奪おうとして、失敗した。まあ、自分より地位の低いメルトクロス様からの命令だったから、ワザと失敗したのだろう。いずれにせよ、我々はその四つのデラストを集めるために活動しているともいえる。あ、これ理由になるな。だが、団員のほとんどはお前が倒してしまった。そして、お前の持つデラストはそのうちの一つだ。お前をメルトクロス様のところへ連れて行くのだ。あ、ただし、おとなしくさせなければね。誰が強いのかをはっきりさせておけば、お前もうかつに手出しはできないだろう?」
「・・・」
「うちの団員はお前に負けたことで自信をなくしている。だがお前は何度も這い上がってくるような性格らしいからな。かといって、始末することも許されない。(致死量のダメージを与えるほどの力がないという部分もあるのだが)メルトクロス様が直々にお前を半殺しにしてもいいが、俺たちの方からそれを言うこともできないし、メルトクロス様も、それが分かっている上で俺たちを動かしているのだろう」
唯次は頭の上で空気を切るような仕草をした。いや、実際に、頭上に突き出ていた木の枝が、彼のところまで落ちて来たのだ。それをとると、そのきれいな切り口を天希の方に向けた。
「俺のデラストは『切断』。相手が木であろうが岩であろうが人間であろうが、とにかく斬って斬って斬りまくるのさ!さて、このデラストに、お前のデラストは対抗できるかな?おっと、別にここで降参してもいいんだぜ?」
「誰が降参するか!むしろ、また一人退治できるのが幸運って所だ!」

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