第十六話

「ハッハッハ、どうだ、これが力だ!みなぎってくるだろう!こみ上げてくるだろう!気持ちいいだろう!さあ、その力を存分に発揮させるためにも、俺に従っ__・・・」

天希は目を覚ました。彼の目に映っていたのは、真っ白な天井だった。
(どこだここは?)
彼は勢いをつけて起きあがろうとした。しかし、不思議なことに、思った通りに起きあがることができなかった。
(!?)
まるで背中が磔られたように、動くことができなかった。彼は何とか起きようとして、頭を振り回していた。その時、ドアの開く音がした。
”あっ、天希さん、起きてらっしゃったんですね、おはようございます”
カレンは部屋に入ってきた。そのとき初めて、天希は自分が寝かせられている部屋の狭さに気がついた。
「なあ、一体ここはどこなんだ?」
”えっと、ここは、雷霊雲先生の・・・えっと、家というか・・・・・”ガロはカレンが持ってきた盆の上で話していた。カレンは天希を見て、妙にびくびくしていた。
「・・・先生?」
”えっと、それより、昨日の傷とかは大丈夫でしたか?いろいろあったみたいですけど・・・”
「ああ、傷とか痛いところはないけど、起きあがれねーんだよ、チクショー」
その時、開きっぱなしのドアから、恐ろしいほど背が高く、かつ細身で、妙な面をかぶった男が、ぬっと姿を現した。
”あ、先生、天希さんが起きました”
「そうかい、もう少し寝ていてもいいのに」
その男はスタスタと天希の前へ歩いてきた。彼はその男をよく見た。黒いシャツに緑色の上着を着、青いジーパンをはいていた。両手には白い手袋をし、またその面は、素顔を見せんとするもののように見えた。髪の毛は老化したような白で、元からそういう色だったり、染めているなどという風には見えなかったが、首の部分や袖からかすかに見える肌は、逆に若々しく見えた。
”でも、起きあがろうとしても起きあがれないそうです”
「ああ、その症状ね、わかった」そういうと、その細い腕で天希の両手をつかんだと思うと、彼はベッドからものすごい力で引っ張り出された。地面に着地すると、その時まで張っていた腰が急に重力に従って曲がり、天希は床に倒れた。
「どうだ、楽になっただろう」男は笑いながら言った。その声も、二十代ぐらいのものに聞こえた。
「さて、他の奴等もどげんかせんといかん。カレン、手伝ってくれ」
そう言われると、彼女は持っていた盆を天希の隣の机において、その上にいたガロを手にはめ、起きあがる途中の天希の方を見た。
”一応、薬と飲み物はここにおいておきますので、もし大丈夫でしたら、真ん中の部屋に来てくださいね”
カレンたちが部屋から出ると、天希は立ち上がって、机においてある薬と飲み物とを一緒に飲んだ。そして、窓の外を見ながら、考えていた。
(俺は昨日、一体何をしていたんだ・・・?それに、今のあいつは何者なんだ?カレンの知り合いかなにかか・・・)

天希、可朗、カレン、奥華の四人は、ソファに一列に座っていた。向かいに座っているのは、雷霊雲仙斬だった。
「私の名は、雷霊雲仙斬だ。改めてよろしく」
四人は何も言わずにおじぎをした。
「さて天希、おまえはなぜ、何の目的でここにいるんだ?」唐突に雷霊雲は聞いた。
「えっ、なぜ俺の名を・・・?」
「君の父のことは、よく知っているんだ。昨夜もここに訪ねてきたし・・・なあ、カレン?」
「う゛ぇ!?嘘!?」
雷霊雲は相槌を打った。カレンは少し笑いながら応答した。
「まあ、その話は置いておこう。それで・・・」
天希が何か言おうとしたとき、隣にいた可朗が急にしゃべり出した。
「何の目的って、学校行事ですよ!グランドラスでの工場見学で・・・」
「まあ、そんなこともあったらしいね。で、帰る途中に事故にあったと」
「そうそうそう、まさにそのとーりで!」可朗はいかにも不自然な声で言った。
「ふうん・・・たしかにそうかもね・・・だがカレン、おまえは一度もめのめ町に入ったことがない・・・めのめ町の人間ではないよな」
「あ・・・・・・え?」
「だいたいは分かる。ただ昨日起きたことを話してくれれば、それでいいんだよ」

「くっ、甘く見過ぎていたか・・・成功だと思ったのに・・・」
唯次は地面に倒れた。そこにはもう一つの影が立っていた。その影は、唯次にもう何発か攻撃を浴びせると、彼の懐からビンを取り出し、狂ったようにピョンピョン跳ねながら、どこかへ消えてしまった。

「ハッハッハ、情けないザコばかりじゃのう!」
可朗は地面に投げつけられた。唯一、正気を保っていたカレンは一歩引いた。
彼女は背後に目をやった。さっき、敵に一撃も与えられずに倒れてしまった奥華が、そのままの状態でいた。カレンは敵の方へ目を戻した。
「さあ、残るはお前だけじゃ!ワシはここにいる人間を一人残らず気絶させないと、気が済まんのじゃあ!」
そういうと、相手「ドッペル」の姿は槍に変形した。というより、槍そのものになっていた。その「槍」は、カレンめがけて飛んでいった。彼女は横に避けたが、かわされたと知ったドッペルはすぐに人間の姿になって、彼女を蹴り上げた。彼女はすぐに体勢を整えたが、その目の前にいたのはドッペルではなく、倒れている可朗だった。その場に一人倒れているのなら攻撃の余地はあるが、実際に目で見る限りは、そこにいる可朗は二人なのだ。どちらかが本物で、もう片方は偽物である。カレンは戸惑っていたが、その隙がもっとも大きくなった瞬間を見計らって、偽物の方の可朗は振り向いて攻撃してきた。その間、時間は十分に空いたのだが、ドッペルの見
積もり通り、カレンが気づいてその攻撃を防ぐには時間が足りなかったのだ。
「フン、ワシがコピーできるのは姿だけにはとどまらんぞ!デラストの能力も、じゃあ!」
そう言うと、ドッペルの腕は蔓に変化し、カレンを叩きつけた。彼女は隙を見計らって攻撃しようとしたが、今までのダメージと、ドッペルの変身能力から考えて、彼女が逆転する兆しはなかった。
(・・・もう・・・だめかも・・しれない・・・)
「さあ、そろそろ終わりじゃのう」
ドッペルは肩の広い人間の姿になり、その太い腕をハンマーのようにして、カレンに強力な一撃を浴びせようとした。
が、。顔一面を覆うほどだったドッペルの影が、瞬時に消えたのだ。というより、実際ドッペルはものすごいスピードで、カレンに対して左方向に突き飛ばされたのだ。
”天希・・・さん・・・?”
ドッペルはそのまま列車にぶつけられた。そこにいたのはまちがいなく天希だったが、カレンの目には全く違うものとして見えた。彼女の存在に気づいているのかそうでないのか、どちらにしろ、天希はドッペルに向かって容赦ない連続攻撃を仕掛けていた。今度はドッペルの方が抵抗できない状態で、変身するスキも与えられなかった。カレンはそれをすべて理解したが、それでも天希は攻撃を続けていた。カレンは青ざめた。自分と戦ったときの天希の姿ははっきり覚えている。戦えなくなった相手にはとどめを刺そうとしない。あくまで、相手と自分が同等に戦える楽しさを見いだしていた。行動だけでなく、あのとき、天希と自分との顔がまっすぐ向き合ったとき、あの目は澄んだ色をしていた。しかし、いまの彼の顔、後ろからその目を見ても、怖いほどに曇っている。そして、狂ったような連続攻撃、あれは相手を痛めつけることで、快感を得ているようにしか見えない。カレンは天希の恐ろしい姿を見て、泣き出しそうになった。そして、逃げるようにその場から立ち去ろうとした。ドッペルがサンドバッグのように殴られている、その音はカレンの心の中で何度もこだました。しかし、その音を聞いているうちに、彼女は「もしかしたら」という心が現れ出てきた。むしろ、それ以外あり得ないと思った。
(そうだ、あの人は・・・きっと、ヴェノム・ドリンクを・・・飲まされた・・・あの目、間違いない、今まで戦ってきた相手と同じ目・・・でも・・・)
突然、響いていた音がやんだ。カレンは無意識に後ろを振り向いたが、同時に、前にいた何かにぶつかった。ちょうど買い物の帰りにこの辺をうろついていた少年だった。フードをかぶっていて、暗いせいで顔が見えない、不思議な感じの少年だった。彼はカレンの悲しそうな顔を見ると少し戸惑ったが、すぐに振り向いて、再び歩き始めた。するとカレンも、吸い寄せられるように、彼の後に付いていった。

日は沈みかけていた。ドッペルはすでに意識がなかったが、天希の攻撃は終わっていなかった。しかし、ペースがだんだん落ちてきたとき、突然、極度の苦しみが天希を襲い、どっと地面にひざを突いた。手足はすでに細くなり始めていた。彼はもがきながら、必死に自分のポケットを探っていた。と、一本の小ビンを取り出したが、震えていた手が滑って、そのビンは空中に投げ出された。充血した目がその軌道を追い、ビンが地面に落ちると同時に、天希も音を立てて倒れた。彼は力なくビンの方に手を伸ばしたが、それ以外にもう動くことができなかった。
「薬が・・・いけないんだ・・・あいつに、あんな薬さえ、飲ませられなければ・・・」
そう言って、天希は目を開いたまま気を失った。あたりは静かになった。

カレンと少年はその館の前に立ち止まった。少年はチャイムを鳴らした。すると、ドアが開いて、背の高い男がぬっと姿を現した。それが雷霊雲仙斬だった。
「お帰り、デーマ。米は売り切れてなかったか?・・・おや、そこのお客さんは・・・」
カレンは訴えかけるような目で雷霊雲を見た。雷霊雲は彼女が何をいいたいのかわかったが、わざと、そんなことないようなそぶりをした。
「こりゃあ珍客だねえ。お前と会うのは、十何年ぶりかもしれない」
その『デーマ」はカレンをつれて、中に入った。
カレンは、今までにこの男と会った記憶がなかった。彼女はまた不思議そうな目で、雷霊雲のことを見ていた。
「さて、なんかあったような顔をしてるな。一体何があったか、話せるかい?」雷霊雲は『話せるかい」を強調していった。カレンは一秒ほど経ってから、首をゆっくり横に振った。でも、できれば話したかった。ただ、天希たちと最初に戦った時から彼女自身も気づいていたが、いったん戦いがとぎれると、その後でデラストが働いてくれなくなってしまう癖があるのだ。そのため、ガロに説明してもらうこともできないのだ。
言いたいことが彼女の喉元まで来てはいるが、言えるはずがなかった。デラストを手にした日、あのときの衝撃のせいで、声がでなくなってしまったのが、今の彼女にとっては、とても重いものだった。これほど声がでないことがつらいとは、慣れきっていた彼女には今まで気がつかなかった。彼女は、今みんながあの場所でどうなっているのかが気になって仕方がなかった。ここにいる人は自分は知らないんだから、すぐこの場を離れてもいいはず。でも、それができない。なぜだろう。話せば解決するような気がする。この場から離れることができる。でも、話すことができない。彼女はもどかしかった。だが、その場で地団駄を踏んだり、気持ちの曖昧さのあ
まり叫んだりすることもなく、彼女は何を待つのか、そこに佇んでいるだけだった。
すると、それを見ていたデーマが、なにやら雷霊雲に話し始めた。彼の声の小ささと、雷霊雲の少し大げさな相槌のせいで、なんと言っているのかはわからなかったが、今カレンが心配していることに関係している話のような気がした。
「ふむふむ、なるほど」雷霊雲の目はカレンの方を向いていた。「ちょうど先客の助けが必要になるかもしれないな」
デーマはうなずくと、カレンのところまでやって来て、彼女を部屋まで誘導した。
「おーい、大網、こっちへ来てくれ」ドアの向こうで、雷霊雲の声が聞こえた。
しかし、あたりは静かになった。雷霊雲も黙って待っているようだった。
(ダイ・・・アミ・・・?どこかで聞いたこと、あるような・・・?)
デーマがお茶を注いでいる以外、聞こえる音はなかった。カレンはそっとドアを開けた。そこには、すでにもう一人の男が立っていた。カレンはびっくりしたが、それ以上に恐ろしかったのだ。男はゆっくり首を彼女の方に向けた。その目を見たとき、彼女は凍りつきそうになった。こんな人間を見るのは、母親以来かもしれない。いや、その目の中に広がっている闇、その恐ろしさは、すでにあのころの母すら越えているような気がした。カレンは一歩引いた。
「ああ、そういえば大網、客はお前だけじゃなかったんだな」雷霊雲は、さっきまで会話していたような口調で言った。color=”#20A090″>「まさかこんな珍客揃いだとは思わなかったよ。その顔、お前なら見覚えあるだろう?」
その男は雷霊雲の方へ顔を戻した。いや、その時、振り向きざまにその男が笑ったような気がした。もう何十年も表情を変えていないような、固い顔だったが、あざける笑いだったのか、おかしかったのか、それすら分からないほど小さかったが、確かに笑った。カレンは気づいたのだ。カレンはどういう気持ちになればいいのか分からず、そのまま、そっとドアを閉めた。
「さて、何の用かと言うとな・・・」ドアを閉めると、雷霊雲の言葉は自然にとぎれた。実際にはドアの向こうからの声は届いていたのだが、カレンの耳には入らなかった。
(・・・一体、何だったんだろう・・・?・・・でも、あの目、他にもどこかで・・・?)
「・・・なあ、峠口・・・大網さんよ」その言葉だけが、彼女の耳を貫いた。
(!!!)
彼女は顔をはっと起こした。
(峠口・・・確かにあの目と、さっきの暴走していたときの天希さんの目は、限りなく似ている・・・そうだ。それなら納得できる。峠口大網・・・天希さんの、お父様!)
カレンはもう一度部屋から出ようとしたが、後ろから気配がして、はっと振り返った。しかしそこには、デーマが座っているだけだった。ちゃんとカレンの席は用意してあり、お茶は少し冷めかけていた。カレンは悪いと思って、すぐに腰掛けた。デーマは何か言いたそうにこちらを見ていた。
(・・・・・?)
カレンはそれだけでなく、彼の言いたいことまでもを読みとれたような気がした。
(・・・先生は事故の現場へ行った。君の仲間も助かろう)
(・・・なぜそれを・・・?)
(・・・あなたがさっき伝えてくれた。大丈夫だ。雷霊雲先生は必ず助けてくれる)

「さて大網、協力してくれれば、今回のお代はチャラにしてやるんだがね」
大網はすでに、『そいつ」がこの場にいることに感づいていた。雷霊雲の言葉は全く聞いていなかった。
「しかしよかったなあ、二人とも暗いところで目が見えて」
「・・・・・」
「まあ少ない方だ。他の人間等は逃げたらしいな。大網、船を出してくれ。大きいものじゃなくていい」
「・・・」
「・・・まあ、お前のことだから、別に『陸の人間」に手を貸すつもりがあるなんて思ってないさ。そうなると・・・デーマを呼んでこなくちゃならないな。私は一端帰って戻ってくる」
雷霊雲は自分の家へ向かって走っていった。
大網は、そこに倒れている天希の方へゆっくりと歩いた。夜の暗さはほとんど来ていたが、大網はそれでも、倒れている人間の顔が分かった。
「・・・・・」
大網はしゃがみ込んで、天希に向かって何か言おうとしたが、結局何もせずに、立ち上がって、暗闇の中に消えていった。

四人が語れるのは以上のうちのほんの少しだったが、それでも彼らは話せることはすべて話したつもりだった。雷霊雲も、その時のことは少し話した。
「・・・そうか、父ちゃんが・・・」
「ほう、なるほどねえ・・・、それで、天希は我を忘れて行動しても、ヴェノムドリンクを飲まされたことは覚えていたんだな」
「うん・・・(あっ間違えた、言い直せ)・・・はい」
「名前を知っているならば、具体的な症状も知っているだろう。デラストの能力を一時的にむりやり強化させる薬だ。しかも、副作用が大きい。理性の損失は甚だしくなり、攻撃的な性格にさせる。さらにもう一つは、飲んだ直後にみた人間に、従うようになってしまう性質もあるらしい。多分そいつは、その性質を利用して、お前を動かそうとしたんだろうね」
「でも、天希君は、それに引っかからなかった・・・」
「そりゃあ、世界の支配者になる男が、そんなに簡単に操られちゃあ、お話にならないものな」
「???」
「あ、今のは気にするな。それより・・・ヴェノムドリンクの話だったな。あれの、第三の副作用だが、飲んでから約10分経つと、大量にエネルギーを消費したデラストが、普段は外からエネルギーを補充するところを、その人間の本体からエネルギーを吸収しようとする。本人はもちろん極度の苦しみに襲われる。天希みたいになれば理想的なのだが、苦しみを逃れるために、一ビン、もう一ビンとやるのが現実だ。特にアビス軍団はな」
カレンは、昔の父を思い出すと、また現状が恐ろしく感じた。
「しかも、恐ろしいのは症状だけじゃない。これの成分、原材料は、どんな科学者にも、医者にも、解き明かすことはできなかった。私をのぞいてだがね」
「えっ、じゃあ・・・」
「こいつがデラストの力を加えて、都合のいい作用が出るように作られていたのは、ほかの人間にも何となく分かっていたらしい。ただ、成分そのものを知っているのは、軍団内部の関係者と、私だけだ」
「その・・・成分って・・・?」
「悪いが、私は意地が悪い人間だから、ここでお前たちに教えるつもりはないよ。知りたいんだったら、直接本人にききな」
そういって、雷霊雲は一枚の紙を渡した。
「えっ・・・これって・・・!?」
「見りゃわかるだろ、アビスが拠点としているアジトの地図だよ。住所まで存在するのに、なぜかみんな見つけられないと言っているんだ」
四人は地図を見つめていたが、最初に奥華が顔を上げた。
「あの・・・」
「何だい?私の自作の地図が気に入らないかい?」
「そうじゃなくて、天希君が支配者って、どう言うことですか?」
奥華の言葉に、三人も反応して顔を上げた。
「・・・そうねえ・・・」雷霊雲は少し悩んでいる様子だった。「・・・たしか、アビス軍団に、メルトクロスって言う奴がいたな。(このとき、天希は何度もうなずいた)そいつなら知っているな。教えてくれないはずはないと思うが」
「結局、何も教えてくれないじゃん!」
「落ち着け。どうせアビスのところへは、そのうち行くんだろ?だったらいいじゃないか。私が言うとどうしても理屈っぽくなるし、逆によけいなことまでしゃべってしまう可能性もあるからな」
雷霊雲は立ち上がって紅茶を注ぎにいった。
「あっ、そうだ天希、峠口家の人間なら、読書は好きだよな?」
「・・・はい」
「『ゼウクロス伝・封印と予言」という本は読んだことがあるか?」
雷霊雲は指を鳴らした。すると、何かが庭の窓から猛烈なスピードで部屋の中へ入ってきたかと思うと、彼の前を通り過ぎて、廊下の方へ行ってしまった。その後、金属製の靴を履いているような足音が近づいてきた。それは、さっきとは違って、ゆっくりと姿を現した。デーマだった。
(あっ、昨日の子・・・)
彼は手に一冊の本を持っていたが、それを雷霊雲に渡すと、逃げるようにドアを閉めていってしまった。
「私の助手だ。いや、医者に助手はいないか。いるか?まあ、シャイな奴なんだよ、あいつは」
雷霊雲はほんの上にコップをのせて戻ってきた。
「ほら、これを読むといい。クロス一族とデラストの祖、ゼウクロス大王についての本だ。特にお前は読んでおいた方がいい。これから忙しくなるはずだからな」
天希は雷霊雲の言っていることが理解できなかった。しかし、雷霊雲が提供した本が、クロス一族の人間についての本であることと、兄(かもしれない)メルトクロスもまたクロスという姓を持つこととは何か関係がありそうだと、天希は思っていた。
「可朗、ゼウクロス大王って、どこかで聞いたことあるような気がするんだけど・・・」
「忘れたのか天希?デラストを最初に発見した人だよ。歴史でやっただろう?」
気づいたときには、雷霊雲はそこにいなかった。二人はあたりをキョロキョロと見回した。
”先生ならどこかへ行っちゃいましたよ、のんびりしていってくれ、って言って”
「本当にあの人、何者なんだろうね・・・」
「でもさ、私たちを助けてくれたのは確かだよ」
「・・・アビス軍団から抜け出してきた人間だったりして」
「確かに、あり得るかもしれないね・・・」
「でも、っていうことは、悪い人じゃないんだよね?」
「分からないけど、確か、カレンちゃんと会ったとき、十何年ぶりって言ってたんだよね?」
カレンはうなずいた。
(確かにあの人の顔、というかあの仮面は、見覚えがあるような気がする・・・いつ?すごく・・・昔のこと?)
雷霊雲はすぐに戻ってきた。
「お前たち、もしアビスにあったら、戦うことばかり考えるだろう?カレン、お前は何のためにここまで来たんだ?父親を救うためだろう?違うか?やはり倒すのか?あいつの娘なら、どう出るかは予想がつくが・・・とりあえず、私が言いたいのは、力だけじゃあアビスには勝てないって事だ。逆に、アビスをうまく説得できれば、今のレベルで行っても、生きて帰ってこれる。しかも和解だ。さあどうする?別にここでゆっくりしてもいいんだぞ?私はお前等の分も含めて、飯を買ってこなきゃならんからな」
雷霊雲はまたすぐに部屋を出た。
「すっっっっごい、おしゃべり!あれで医者なの?ああいう人嫌いなんだけど!ねえ可朗、どう思う?」
「まあ、お前には言われたくないかもしれないね。それにしても、あれほどカレンちゃんのことを知っているとは、ますます謎だ・・・カレンちゃん、思い出した?・・・あれ?」
気がついたときには、カレンはいなかった。庭の見える窓から、風が吹き抜けていた。
「地図がない!カレンちゃん、一人で行ったんだ!」
「こうしちゃいられねえ!早く後を追わないと!」
「でも、地図がないんじゃ、場所が分からないよお」
「フッ、任せな。この可朗様が、ちゃあんとあの地図を記憶してあるんだからね」
「えっ、マジで・・・」
「スゴ・・・さすが可朗・・・」
二人は小さく拍手をしていた。可朗は鼻を高くしていた。
「って、こんなことしてる場合じゃねえって!早く追わないと!」
三人は雷霊雲の家を飛び出した。可朗の指示に従って、五棟の森の中を抜けていった。
「・・・・・ホッホホホ、来ましたねえ、やはりカレン様だけで来られては、生け贄となるものがいませんからねえ・・・やはりカレン様は、我々の仲間に・・・そして、残りは・・・何かおもしろいことでも考えておきましょうか。ホッホッホ・・・・・」
森の中で、薬師寺悪堂は独り言を言っていたが、三人とも気づかなかった。
「それにしても、人間だけでなく、木にまで化けられるこの私・・・我ながら、惚れ惚れしますよ・・・ホホ・・・ホホホホホ・・・・・」
こっちは完全な独り言であった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です