第十七話

薬師寺悪堂はカレンよりも早く、その場所に着いた。
「アビス様、『やつら』がもうじき到着しますよ」
「早いなオイ、わざわざ倒されに来たか?それとも・・・」
「まあいいじゃないか。この先どうなるか見ていようよ。これほど面白いことはないと思うしね」
「メル、おまえはいつも楽天家だな」
「楽天家ね・・・弟に恨みを持つ楽天家かい?」
「大網の息子だ、何をするか分からない。だが、奴に関してはお前に任せてある。始末・・・するのか?」
「メルさん?」
「・・・さあ、ね・・・」

アビスが拠点としているその建物は、古びたマンションだった。建てた場所が悪くて、ほとんど使われなかったらしい。昔は町から道が通じていたが、今はほとんど林になっていた。建物自体も、植物の蔓が絡んだり、所々崩れたりしていた。
建物の周りでは、デラストを持たない戦闘員たちが見張っていた。天希と可朗と奥華は、茂みの中に、可朗の力でうまく隠れていた。
「・・・突破できないことはないね。しかしカレンちゃん、どこ行ったんだろう・・・」
「ネロっちがもう建物の中に入ってて、それだからあたしたちのことを警戒してるんじゃないかな」
「カレンしか通さないってか。たしかに話し合いは・・・できるけど・・・」
「天希、やっぱ戦おうとして・・・」
「当たり前だろ!目的はアビスの活動をやめさせることなんだし、その、なんだろ、話し合いしたって、絶対暴力に持ち込んでくるって!可朗も分かるだろ!昔の宗仁と同じだよ!」
「ウン、それは分かる。ただ天希、ちょっと声がでかすぎたんじゃないかな」
天希は顔を上げた。敵の顔面は目の前にあった。
「うわっと!」
天希は首を引っ込めた。戦闘員もすぐに茂みの中に潜り込んだが、そこには天希たちはおらず、代わりに茂みが待ちかまえていたように絡みついた。
「なっ、なんだこりゃあ!?」
三人はすでに建物に向かって走っていた。
「強行突破、でいいんだよな?」可朗は走りながら天希の顔を見た。
「ここはまかせてよ!」奥華は右手を、次々と目の前に迫り出てくる戦闘員たちの方へ向けながら走った。戦闘員たちは三人をくい止めようとしたが、攻撃しようとした瞬間、体が水に包まれ、行動を止められてしまうのだ。
「なるほど、水の力を持つデラストも悪くはないかもね。けど・・・」扉への突破口が見えたとき、天希は二人より一歩前に出た。可朗は自分の走りよりも速いスピードで、丸太を地面に滑らせた。天希はそれに飛び乗り、後ろに向かって炎を噴射させながら、スピードを上げていった。
「いくぞおおー!」
扉に追突する寸前、天希は後ろ側に体重をかけて、丸太を飛ばした。天希は余った勢いでそのまま少し滑ったが、丸太は宙に放り出される前に、扉を打ち破った。
「へ、どうだ・・・グエッ」天希が止まって二人の方を振り向こうとしたとき、帰ってきた丸太がそのまま天希の顔面に直撃した。天希はぶっ倒れた。
「ひひひひひ、すごひのは君だけでやないんでよ・・・ゲホッ」後ろにいた可朗も、天希の火炎放射を直に食らい、真っ黒になって、よろよろと倒れた。

上階の窓から様子をのぞいていたメルトクロスはいった。「アビス、やっぱ君は正しかったよ。彼ら、コントでもやりに来たみたいでね」
「いや、俺はそういうつもりで言ったんじゃないんだが・・・」
「ああ、戦闘員たちも、あほらしくて戦う気を失ってるみたいですね」

「中に入ったとたん、襲ってこなくなったな、あいつら」
「きっと外の護衛なんだろう、まあ、破ったけどね」
「しっかし、中に入っても薄気味悪い廊下だな。非常口しか(電灯が)点いてねえぞ」
「しかも、多分使ってないんだろうね」
奥華が話に加わろうとしたとき、突然、足下の方から寒気を感じた。
「ひっ、な、何!?」
「どうした、奥華!?」
そいつが地面から姿を現すとき、奥華はちょうど良いタイミングでその場を退いた。
「ちくしょう、せっかく裏口で待ち伏せしてたのに、そんなに簡単に正面のバリケードを破るなっ!!」
「・・・お前は・・・!」
「確か・・・・・誰だっけ・・・?」
「忘れるなコラ!陰山飛影だっ!クソ・・・まあいい、ここならオイラ一人でもお前等四人には・・・あれ・・・?ひい、ふう、みい・・・あら?カレン『様』は・・・?」
「あれ?僕らはてっきり、カレンちゃんが先に攻め込んだのかと・・・」
「くっ、でもいい、お前たちだけで来てくれれば、まとめて倒せるってもんだ!この暗がりは、オイラのデラストにとっては好都合なんだよ!」
飛影は暗闇の中を泳ぎ始めた。天希は前のように照らし出そうとしたが、相手方は前回に比べて格段にスピードが上がっていた。
「くそっ、追いつかない・・・」
そう言った瞬間、可朗が壁に向かって投げつけられる音がした。天希がその方向を向いたときには、飛影は地面から、倒れそうな可朗の頭めがけて突きを放った。
「へぶっ!」
可朗は地面に転がった。飛影はいったん標的を変えて、奥華の方へ向かっていった。非常口の電灯の光でおかげで、うごく影が奥華にはかすかに見えた。
「えいっ!」それに反応した彼女は、平手で地面を叩いた。すると、廊下に一気に水がたまった。
「何!?」
飛影は驚いて地面から浮き出たが、同時に水の上まで浮かび上がってしまった。水面から地面までは2メートルほどあった。
「どう?」水の中で地面に立ったままの奥華は、自慢げに言った。
「・・・どうでもいいけど、お前、仲間はいいのか・・・?」
「え?」
奥華は振り向いて、水面の方を見上げた。
「あっ!」
天希はまだよかったが、問題は可朗だった。カナヅチなせいで、半分沈みかけていた。
「そうだった!可朗、泳げないんだったーーー!」
奥華は慌てて水を戻した。可朗は気絶したままだった。
「ククク、つくづく間抜けな奴等だ」
「う~っ、でも、まだ技残ってるんだから!」今度は、天希が炎を敵に向かって噴射するのと同じように、飛影の方へまっすぐ手を向けた。飛影は身構えた。

・・・・・・・・・・・・・

しかし なにも おこらなかった
「アレ!?何で!?どうして水が出てこないの!?」
奥華は動揺していた。飛影は笑いながら言った。
「ぷっ、まさかお前、今の洪水でデラスト・エナジー使い切ったんじゃないだろうなあ!?まさか!ヒャハハハハ!」
さすがに奥華のしゃくに障ったが、起こっている暇はなかった。
「お前等、頭悪すぎー!」飛影は奥華に向かって突っ込んでいった。その時、一瞬だけ可朗がぴくっと動いたが、誰も気づかなかった。
「速い!」天希の目に映った飛影は、すでに奥華と1メートルほどの間しかなかった。しかし、その1メートルの間に入り込んだ何かがいた。飛影の攻撃は防がれた。
「何だ!?」
飛影と同じように、影から姿を現したのは、カレンだった。
「ネロっち!」
「げっ、カレン様!いつの間にオイラのデラストを・・・」
飛影は後ろに跳び退いた。
「やっぱり、先に来てたのか!」
天希はそういうと、また飛影の方を見た。しかしその飛影は、さっきまでの戦意が抜けたように見えた。天希はその隙に飛影を攻撃しようとしたが、カレンが止めた。
「カ、カレン様、貴方をどうなさるかは、アビス様が決めなさる事ですから、我々が戦うなど、とんでもありません。ど、ど、どうぞ先へ、お進みください」
奥華は心配そうにカレンのことを見ていたが、やがてカレンは、ゆっくり歩き出した。
「ネロ・・・っち?」
カレンは飛影を通り過ぎた。そのとき、天希が叫んだ。
「おい、待てよ!」
カレンは、体の向きを変えずにこっちを見た。その目が天希には、最初に彼女と会ったときの、あの冷酷な目に戻っているように見えたが、天希は迷わず続けた。
「お前一人で、俺たちをおいて、アビスのところまで行くつもりかよ!」
「そうしろって言ってるんだよ!お前たちの出る幕はない!」飛影が口を挟んだが、天希の耳には全く入っていなかった。
「だったら、何で今まで俺たちと一緒に行動したんだ!?ここを見つけるだけだったんなら、最初から一人でやればよかっただろ!ここまで来て、自分だけでアビスを倒す、なんて事は言われねえぞ!」
(・・・あー・・・天希君、結局戦うつもりだ・・・)奥華はそう思いながらも、カレンの様子を見ていた。
(ネロっち、いつもとちょっと違うような・・・やっぱり緊張してるのかな・・・・・って、あたしがぜんぜん緊迫感持ってないって事じゃん!天希君や、可朗もそうだけど・・・・・違う、ネロっちだけは、あたしが今ままで見てきたのと全然違う!緊張とかじゃない、いつもよりも、なんか顔が怖くなってるし、もし今が初対面だったら、永遠に話しかけられそうにないような・・・って、また余計なこと考えてるし)
奥華は自分の頭を一発軽く殴って、再びカレンの顔を見た。
「ネロっち、戻ってきてよ!」奥華も強く言った。
「だから、お前たちの出る幕はないって言ってるだろう!カレン様は上で交渉する、お前等はオイラが始末する、それだけだ!まだ分からないか、バカども!」飛影が再び口を挟んだ。
天希は歯ぎしりをしながら、飛影をにらんでいた。その時だった。
「・・・・・ふ~~~~ん、そう・・・」その声は、案外近くから聞こえた。
「・・・可朗?」天希は、可朗の倒れている方を見た。
「そうですか、頭悪いですか、バカですか」可朗は立ち上がりながら、開き直るような調子で言った。
「君はねえ、自分では気づいてないと思うけどねえ、二回・・・二回も、僕のことを侮辱したんだよねえ・・・」
天希は顔をそらした。(ヤバい!可朗が怒ってるのを見るのは、久しぶりだ・・・!)
「さて・・・本当に頭が悪いのが誰だか、分かってるくせに、この僕の、この天才頭脳を侮辱した、本当のバカは・・・」
「グダグダうるせえんだよ!天才とか、自慢してるし!」飛影は再び影の中に潜り込んだ。
「・・・そうだねえ、誰が天才で、誰がバカだか、証明して見せようか」
飛影が床を高速で移動する様を、可朗は見落としてはいなかった。が、彼は依然として、その場に突っ立ったままだった。
「どうしたんだよ、可朗!ヤツが来るぞ!」天希が叫んだ。
飛影は可朗の目の前に飛び出してきた。しかし同時に、地面から二本、彼の意図しなかった物、何か細い物が飛び出してきた。
「何だ!?」飛影はすぐに可朗から離れた。すぐ影には潜ろうとしなかったが、それより、その飛び出してきたものが気になった。
「よく見な。植物の蔓さ。僕が倒れている間に、この床の下に、根を張り巡らしておいたのさ。その方が、何もないところからいきなり植物をすぐに生えさせるよりは、ずっと早いからね。それと、こっちのスピードだけじゃない。お前のスピードも、頭に入れておいたんだ。あの一撃を食らったとき、分かったのが、影になって移動しているときよりも、空中に出た時の方が、はるかにスピードが遅い。というより、差が大きい。そのせいで、たぶん自分でも慣れてないから、その時に一瞬スキが出来るんだ。そこで、さっき言ったように、早く使えるようになった蔓をつかった。計算通りだったね」
「く・・・だが、どうする気だ?この状態からだって、オイラは影に潜り込めるんだぜ?」
可朗は、飛影の顔が微妙に細くなってきているのを確認しながら、言った。
「別に、影に潜り込んだところで、お前の体に入った『あれ」を取り除くことは出来ないけどね」
「・・・あれ・・・って、何のことだ?」
「いやー、実はさあ、蔓を三本出したと思ったら、一本が偶然、ちょうど君が地面から現れたところと全く同じ所に出てきちゃったんだよねえ」
「え・・・っていうことは・・・」飛影はすっかり細くなった顔を青くしていった。
「そう、その一本は、君の体の中にあるのさ。気づかないかもしれないけど、ちょうど君が影から実体化するときに出てきたもんだからねえ。そうそう、デラストを持った人間は、デラストの力によるバリアで、体を守られている・・・そのおかげで、通常の人間よりも、外部からの衝撃などに強く、体を張って戦うことが出来る、という話を千釜先輩から聞いたんだが、さて、内部からの攻撃に対する、抵抗って言うのは、果たして存在するのか?」
「や・・・やめろ・・・・」
「ちょうどいい、実験してみようじゃないか。僕がこれから蔓に命令を出す。もし、抵抗が存在したのなら、何も起きないはずだけど、もしそうでなかったら、蔓は、君の体を突き破って、出てくることになる!」可朗は指でカウントを始めた。
「ちくしょ、てめえ!」飛影は可朗の方へ走り出そうとした。
「3」
「ぐ・・・ぐぐ・・・」しかし、残り二本の蔓が、彼の腕を絡み取っていた。
「2」
「この野郎!」飛影は蔓を振り払った。
「1」
可朗は、その人差し指を、目の前まで向かってきた飛影の額に突き立て、それをゆっくりと折った。
「これで、0、だ!」可朗は最後だけ強く言った。
「うわああああっ!」
飛影はその場に倒れた。天希と奥華は、その場に立ちすくんでいたが、可朗の視線が次第にこっちに向くと、二人は唾を飲んだ。
「・・・・・ぷっ、冗談に決まってるじゃないか~!」可朗は笑いながら言った。
二人はぽかんと口を開けた。
「はっはっは、完全にダマされてたね!その真剣な顔がどうのって!ははははは!」
「さ・・・さすが可朗・・・・・」奥華はあきれて、それ以上言葉が出なかった。
「フッ、まあね、僕がちょっっっと本気を出せば、このくらいチョロいもんだよ。僕が少しキレるだけで、周りの雰囲気が一瞬でシリアスになる。まあこれ、僕のこの美貌のおかげなんだよねえ。その上、もっともらしい架空のアクシデント、僕のこの絶大な説得力にかかれば、どんな嘘も現実だと思ってしまう、まさにこの、天才的な頭脳と、どんなにすばらしい楽器でもかなうことのない、この美しい声のタッグ!これを一体世界中でどこのだれが出来ようか!?誠に幸運なことに君たちはなんと、その名を知っているわけだ。その名前は?大声で言ってみよう!さん、はい!」

・・・・・・・・・・

「ネロっち、まってよ~」三人はすでに先へ進んでいた。
「え・・・えっと、この小説をよんでいるよい子のみんなは、ちゃあんと、『三井可朗』って、叫んでくれたよね?ね!」そう言うと、可朗は三人のあとに遅れてついて行った。

「メルさん、私たちの、出番ですかね?」悪堂はメルトクロスに言った。
「そうだねえ・・・まあ、いいでしょ、どうせ飛影が自分から戦いたいって言っただけな訳で、別に僕らが戦うと言うことは元から変わらなかったわけだし」
「しかしバカな連中ですよ、デラストを持ってから、一ヶ月も立つか立たないかの人間が、我々に挑んでくるんですから」
「実際、大輔や唯次の方が実力は上だと思っていたが、現実彼らは負けている。思ってるほど楽に倒せる相手じゃないね」
「勿論ですとも、それに、すぐに倒すつもりはありませんからね」
アビスがいるのは三階で、二階と三階をつなぐ階段は崩れていて、代わりに、二人が待ち伏せしている部屋に、新しい階段が設けてあるのだった。

「そりゃあ確かにさ、相手がヴェノムドリンクの副作用の影響を受けてるってのもあったよ。だけどさ、僕はそれを計算に入れて戦ってたわけで・・・置いていくって言うのはさ・・・」何の説得にもなっていない可朗だった。天希は全く耳に入れずに、二階への階段を上っていた。
先頭を歩いているのはカレンだった。
「ねえネロっち、待ってったら!」奥華は彼女を止めようとしていた。さっき天希が言ったように、彼女が本当にここまで来て自分たちを仲間だなんて思ってない、なんて事は言わせたくなかったのだ。
(・・・やっぱり、そうなのかもしれない・・・友達になれたと思ったけど、一緒にいる感じがしたのはショッピングの時だけだったし、第一、こういう、戦いの場に、友達がどうこうなんて関係ないよね・・・)
奥華は立ち止まった。
それに気づいたカレンも、二階の床の一歩手前で立ち止まった。
「ごめん、ネロっち・・・私、すごい勘違いしてた・・・」
カレンは奥華の言いたいことが鮮明なくらいに分かっていた。二人は立ちすくんでしまった。
「奥華~、前詰まってるぞ・・・」可朗が奥華の後ろから小声で言ったが、彼女は反応しなかった。かわりに、カレンがゆっくりと一歩を踏み出した。それにつられて、後ろの三人も動き出した。
カレンはものすごいショックを受けていた。本当は奥華に、「それは違う」と言いたかったのだが、それが出来ない自分が悔しかったのだ。この戦いが終われば、この三人ともちゃんとした友達になれるし、そう、本当は友達でありたいのに、たった一つの誤解を正すことが出来ないために、その友達を失ってしまうかもしれないのだ。
今、ここは敵のアジト。いつ攻撃が飛んでくるか分からない。しかし、その攻撃にそなえ身構えているだけの自分が、他人に一体どう見えている・・・?
カレンは、振り向かずに歩いていた。彼女は、泣いていた。

『めると の へあ』
天希と可朗は、あるドアに描いてあるこの落書きに、吹き出しそうになった。が、女子二人の作った重苦しい空気は、それを超えていた。
「残る部屋はここだけだな」天希は改まって言った。
「この建物は三階まであるようだからね。階段があるとすれば、この部屋だけ・・・アビスは三階にいるようだし」そう言いながらも、ドアの前に向き直った可朗は、再び笑いに引っ張られた。可朗は必死のこらえながら、天希がドアを開けるのを見ていた。
「おかえりなさ~い、ご飯出来てますよ~」
突然の妙な声に、天希は驚いてドアノブから手を離した。カレンも、彼女にとって聞き覚えのある声がしたのは驚いたが、もっと彼女を驚かせたのは、奥華が顔を少しずつ持ち上げながら、小声で言った、その言葉だった。
「・・・村・・・・・雨・・・?」
天希は改めて、ドアを勢いよく開けた。部屋の中に立っていたのは、薬師寺悪堂とメルトクロスだった。
「フッフッフッ・・・」
「お、お前は・・・!」天希は一歩前に踏み出た。
「・・・・・天希」メルトクロスは返事をしようとしたが、
「オドちゃん!」
「そっちかよ!」あいにく、天希の視界に入っていたのは、彼ではなかった。
「ホホホホホ、懐かしぶりですねえ、芸人時代の名前で呼ばれるのは」
「アレ?本当だ、オドちゃんだ」可朗も言った。
「ホホホ、しかし、その名ももう古い、今は、薬師寺悪堂!」
悪堂はカレンの方をにらんだ。カレンも彼の方をすでににらみ返していた。
「そう。僕ら二人は、アビスの両腕として、この場にいる。たとえ今まで、芸能界にいたとしてもね」メルトクロスが前に出てきた。「それにしても、ドアにワザとあんな風に書いたのに、ずいぶん探すのに手間がかかってたな。インパクトあったと思ったのに・・・」
「お、お前、やっぱりいたか!」
「そりゃあいるに決まってるだろ」
天希は自然とメルトクロスのことが気にくわなかった。この二人もにらみ合っていた。
「おい薬師寺、お前はそこのメガネとチビを頼むぞ」
「はいはい」
奥華はチビと言われたのがものすごく気にくわなかったが、勿論そんなことを気にしている暇はなかった。悪堂は一瞬でドアの前に移動した。
「速っ!」可朗はその場から飛び退いた。悪堂は奥華と可朗の方に手を向けた。
「・・・ほう、レベル1とレベル2ですか・・・申し分ない、といったところですね」悪堂はニヤリとした。

「うれしいよ天希、君の実力が見られるなんてね」メルトクロスは天希と間合いを保ち続けていた。
「へっ、負けてたまるかっ!」
「さあ、こい天希!」

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