第十八話

その部屋は、マンションにしては広かった。戦うには申し分ない広さだった。メルトクロス、レベル3、薬師寺悪堂、レベル2、峠口天希、レベル1、三井可朗、レベル2、安土奥華、レベル1、ネロ・カレン・バルレン、レベル2。
(こいつらのレベルは、見なくてもだいたい見当がつく。そもそも、自分のレベルを一番知っているのは自分のはずだ。はっきりいって、レベル1のデラストがレベル3に勝てるわけがない。それなのに天希、『負けてたまるか」とは、お前のその向こう見ず、果たして父親譲りか、それとも母親譲りか・・・)
天希は攻撃を繰り出していたが、メルトクロスはこう考えられるほどの余裕で、攻撃をかわしていた。
「どうした天希、それじゃあアビスなんて倒せないぞ!」
「くそ・・・っ」
メルトクロスは上に跳んだ。着地したところに、天希は横からキックを入れたが、メルトクロスは片手で止めた。
「無謀だね天希、キックで上半身をねらうのは」メルトクロスは反撃もせずに、天希の足を放した。
「・・・なんで、俺とお前が兄弟じゃなきゃいけねえんだよ!」天希は言った。
メルトクロスは少し沈黙したが、すぐに口を開いた。
「・・・知りたいか?」メルトクロスは薄笑いを浮かべた。

薬師寺悪堂は、ほとんど軽快な移動で相手を威嚇しているだけだったが、可朗と奥華はそれに気がつかなかった。
「攻撃するつもりが無いようですね・・・ならば、こちらから攻撃しましょうか?」
そう言ったのだが、先に攻撃をしたのは可朗だった。動き回っている悪堂を、根による足払いで止めたのだ。体制が崩れた悪堂に、可朗は追撃を仕掛けようとしたが、彼はすぐにそれをやめて飛び退いた。
「ホホホ、これが基本能力と言うものですよ」
悪堂の体は、転びそうな体勢のまま、宙に浮いているのだ。といっても、地面との感覚は30センチほどだった。彼はゆっくりと真っ直ぐな体勢に戻った。同時に、地面に足をついた。
「基本能力の使い方も知らずに、我々と戦うつもりだったんですか?まったく・・・」悪堂はつま先ですこし跳ねると、再び素早く横に移動し始めた。
「・・・そうか、さっきも少し浮いていたのか・・・」可朗は言いながら、思った。(・・・どういうことだ?千釜先輩のいっていた基本能力とは違う・・・?先輩のは、なにかを手を触れずに持ち上げるものだったはず、しかしこっちは、地面に触れずに・・・そうか!原理は同じなのか!だったら・・・)
悪堂が一番近くなったところで、可朗は拳を突き出した。本来なら届かない距離のはずだが、悪堂は圧力を感じた。
「くっ・・・」
悪堂が一瞬減速したところに、可朗は蔓を放った。
「よし!捕らえたっ」蔓は悪堂の体に絡まった。しかし、悪堂は全く動揺していなかった。
「ほう、身体系デラストですか、私のデラストにとっては、いささか都合がいいですね」
悪堂は腕を出すと、手袋に覆われた指先を、蔓の表面にちょんとつけた。そると、その部分から、蔓は見る見る枯れていった。
「なっ!?」
「ヴェノムドリンクの制作者である私のデラストは『薬剤」。どんな能力かは、見当がつくでしょう?」
可朗は後ろをチラッと見た。奥華は半分以上戦意を失っていたが、可朗は「奥華さえ先頭に加わってくれれば」と考えていた。
「ホホホホホ、攻撃する術がない・・・と?やはりこの場に必要な強さというのが、足りなかったようですね!ホホホホホ!では・・・」
可朗は身構えた。悪堂は可朗に向かって突っ込んでいった・・・と思いきや、彼の第一の標的は可朗ではなかった。悪堂は可朗の横を通り過ぎた。
「奥華・・・・・」可朗が振り向いたときには、奥華は宙を舞っていた。攻撃した悪堂は先に地面に着地した。
「ホ・・・」
しかし、奥華は床に叩きつけられることはなかった。彼女には、なにか布団のようなものが自分を包み込んだように感じた。
「人形・・・?」
隣には、カレンが立っていた。
「ネロ・・・っち・・・」
「おや?参戦するんですか?私どもにかまわず、『お父様」の元へいってもいいんですよ?」
奥華はまた、カレンが行ってしまうのではないか心配だった。しかし、カレンは悪堂の方から、奥華の顔へ目を向けた。
「・・・ネロっち・・・」
カレンに全くその気がないのを見て、悪堂は驚いた。
(そうだよね、あのとき私のことを助けてくれたのはネロっちだったし、今も守ってくれた・・・やっぱり、ネロっちはネロっちだ・・・!)

天希は攻撃を続けていた。といっても、デラスト・エナジーはすぐに減ってしまっていた。
「どうした?まともな攻撃が来ないぞ!?だったらこっちから行ってやるよ!」
天希の目に、その姿は焼き付いた。だが、メルトクロスがその姿になったのは一瞬だけで、天希はその場に倒れた。

その音は、可朗、カレン、奥華の耳にも聞こえた。
「天希君!!」奥華は叫んだ。
一撃で倒された天希の姿は無惨だった。胸は十字に引き裂かれ、血が流れていた。メルトクロスは、その傷を見下ろしていた。
奥華の顔は青ざめた。
「ホッホッホ、情けない情けない。メルさんの弟と聞いてはいましたが、思ったほど激戦にはなっていないようですねえ・・・兄弟喧嘩よろしく、もっと激しい戦いになると思ったら・・・ホホホ、ホホホホホ!」
奥華の怒りは頂点に達した。
「もう、笑うなっ!」
案の定、悪堂は笑いをやめた。それどころか、彼は冷や汗をかいていた。
「ま・・・さか・・・?」
悪堂の目には、もうその状況は映っていなかった。彼がどうなったのかは、誰も想像がつかなかった。
「いったい・・・何が・・・?とにかく、今が攻撃のチャンスだ!」

「お前・・・は・・・」
悪堂は立ちすくんでいた。
「薬師寺悪堂・・・いや、村雨道男、私に向かってお前とは、相変わらず面白い男だ」
「あ・・・う・・・」
悪堂はその言葉に首を絞められているような感じがした。
「たとえ自由兵でも、階級の見極めのようなものは、あるのではないか・・・?」
悪堂だけに聞こえているその声は、低く、重苦しい女性の声だった。悪堂にとって、この声は一番恐ろしいものだった。
「お・・・お許しくださいませ~・・・」
そう言うと、悪堂は気絶した。

天希はかろうじて、立ち上がっていた。頬に出来た十字の傷を、大きくしたような、その胸の傷をおさえながら、彼は言った。
「・・・・・俺・・・たちは・・・本当に・・・兄弟、なのか・・・?」
「ああ、間違いない。父親は違うがね」
「・・・?」
その時、天希の懐から、一冊の本が落ちた。
「ん?何だろうね?その本は・・・」メルトクロスは3歩前に出た。「はあ、なるほど、この本ねえ。読んだのか?」
天希は息だけで「いや」と言った。
「ならちょうどいい。この本に載っていることと、君が知りたいこと、真実を、説明してあげよう・・・

・・・僕の父は、具蘭田陽児(ぐらんだ ようじ)という男だった。母は、君も知っているとおり、川園真悠美だった。父からは、峠口大網という男__父の高校時代、無口で生意気だった男__の事を少しは聞いていたが、どうせ自分には関係ないことだろうと思っていた。
しかし、ある日のことだった。僕は家で留守番をしていたのだが、父が傷だらけで帰ってきた時には驚いた。一緒に出かけていたはずの母もいなかった。その時は父はそのことを話さなかったが、ちょうど僕が10になったころ、あのとき母は、かの峠口大網とともに行ってしまったと話した。そしてその数日後に、父は何もいわずに、家からいなくなっていた。
僕は旅に出、途中偶然会ったのが大網本人だった。僕は復讐の心を持ってヤツに飛びかかったが、勝てるわけがなかった。こちらの攻撃はとことん防がれ、むこうはといえば、たった一撃で勝負を決めた。全くの完敗だった。
そして15になったとき、その時にアビスと出会ったんだ。僕自身もそのころのデラストは上達していたが、大網に再び挑戦する自信がなかった。
そこに入ってきたのが、ゼウクロス大王の復活という大規模なニュースだった。世界で最初にデラストを発見し、その森羅万象の力でたちまち世界を我が物としてしまったゼウクロスは、言い伝えでは、80年生きると占い師に言われたところを、65で眠りについてしまった。そう、永眠ではない。死んだといえども、それは一時的なものにすぎなかったのだ。
予言能力のあるデラストを持つバズライルという男は、大王が残りの十五年の命を全うするために、2500年の月日を経て、再びこの世に姿を現すというのだ。しかしそれには、最後までゼウクロスの手元に残っていた四つのデラストを手に入れなければならないという・・・

・・・僕はクロス一族の末裔であるから、その力を操ることが出来ると思いこみ、元デラスト・マスター、峠口琉治の家にあるというその四つのデラストを、アビスに取ってくるように頼んだ。僕はその力を利用して、大網への復讐を果たそうと思っていた。しかしアビスは失敗してしまった。そこへ君がやってきた。聞けばその四つのデラストのうちの、ひとつの持ち主であり、峠口大網の息子だと言うじゃないか。つまり、父親は違えども、間違いなく僕の弟、峠口天希だ!君さえ倒せば、僕の復讐は成就する。今までの戦いから見て、特別強いデラストでもないらしいな。だったらここで、君はこのメルトクロスに倒させてもらう!」
それまで穏やかだったメルトクロスの顔は、豹変した。というより、デラストによって、姿そのものが変化したのだ。額からは二本の長い角が生え、爪は肘に届くまで伸び、髪の毛は逆立ち、肌は真っ赤になった。さっき天希が見た姿そのものだった。
「なんだアレ!?」可朗が思わず叫んだ。
「これこそが、『魔物」のデラスト!ゼウクロスのデラストに選ばれなかったのは残念だが、こいつも結構使い心地が・・・」
「待てよ・・・!」天希は彼の言葉を遮った。「まだ・・・俺の質問に答えてねえぞ!」
「そうだ、クロスという姓は、話しに出てきた三人の親の誰にもないはず・・・」可朗が話に加わった。
「なるほど。確かにね。だが僕は紛れもなく、クロス一族の人間だ。髪の色を見れば分かるだろう?つまり、誰かが名前を偽っていたんだ。それが誰かって話だが・・・分かるかい?クロス一族のもう一人の末裔、峠口天希さんよ」
「・・・と、いうことは・・・」
「まあ、末裔と言っても、僕らの他にもたくさんいるがね・・・そう、僕ら兄弟の母・川園真悠美の本名はエスタ・クロス。隠す理由までは聞かなかったが、この名を知っているのは、ごくわずかだ。髪の色もずっと染めて隠していたはずだ。要するにだな、天希、お前は今まで自分がそうであるとは知らずに、この本にある、偉大なるゼウクロス大王の血を継ぎながら生きていたんだ」
「で・・・でも・・・」
「わかっている。天希、お前は外から見れば、とてもクロス一族の人間とは思えないだろう。実際、その血が力を発揮する機会は無いに等しい。ただ、たまたま種族階位遺伝の法則に、逆転が起きて生まれた人間だったんだよ、お前は」
可朗はヒヤッとした。
「種族階位遺伝の法則に反した子供、つまり『逆転児」が生まれるのはごくまれのことだ。そのためか、それがこの世に生を受けるたび、災いが起きるとか、革命が起きるとか、いろいろな事が言われてきた。一部では、クロス族よりも上の種族が過去にあり、ゼウクロスはそれに対する逆転児だったという説もある。とはいえ、お前がゼウクロス復活を引き起こしたとは思えんがな」
「・・・」
「さて、これで説明は終わっ・・・」
メルトクロスが話すと同時に、天希は彼に向かって再び突っ込んでいった。左腕に拳を作り、メルトクロスに殴りかかったが、二本の長い爪に挟まれ、あっけなく止められた。
「く・・・そっ・・・」
「そうだね、やっぱりエネルギー系のデラストは、消費が早い分、デラスト・エナジーの回復もまた早い。だが、本体のダメージまでは回復しないだろう」
メルトクロスは、天希が地面につく前に、反対腕の爪で彼の前面を再び切り裂こうとしたが、同時に天希が、拳を開いて彼の顔に火炎放射をお見舞いした。自分の顔を急いで覆うメルトクロスの、その手から伸びる爪は、先のほんの1、2センチしか天希には届かなかったが、胸の十字傷に再びダメージを与えるには、掠りで十分だった。
「うぐ・・・っ・・・!」
「天希!!」
天希の体勢はまた不安定になった。傷は、絶えず彼にダメージを与えていたのだ。
「最後のあがきだったか、ご苦労さん」それを言ったときのメルトクロスは、元の姿に戻っていた。
奥華、可朗は、二人とも天希の戦いを見て立ちすくみ、顔を青くしていた。目の前にいる天希の息が聞こえた。深い傷のせいで、だいぶ荒くなっているのが分かった。可朗は小さい声で、無意識につぶやいた。
「・・・ダメだ・・・」
その時だった。二人の間を、風が吹き抜けるように後ろから通り過ぎていったものがいた。それは、メルトクロスに向かって一直線に突っ込んでいった。
「はっ!?」
刃物同士がぶつかり合う音がした。メルトクロスの前に立っていたのは、カレンだった。
「・・・・・カレン・・・」
彼女が使っているのは、千釜慶のデラストの一部だった。メルトクロスの爪に対し、彼女も慶からコピーした長い爪の技を、人形を通じて攻撃として使ったのだ。両手でその人形を握っている姿は、刀を持っているようにしか見えなかった。
メルトクロスは、片手を出し、爪と爪をあわせてカレンの攻撃を止めていた。腕は少し震えていたが、顔はむしろ全く冷静で、さっきまで笑っていたメルトクロスの顔でもなかった。その声もまた、落ち着き払っていた。
「カレン、いや、アビスを敬ってでは『お嬢様」と呼ぶのが妥当か否か・・・この戦いは、僕と天希の戦いだ、お願いだから手を出さないでくれ・・・」
メルトクロスは、カレンを止めていた腕を振り払った。カレンは大きく飛び退いた。再びメルトクロスが手を大きく横に一振りすると、ギャラリーとなるべき3人と、戦闘中の人間をそれぞれ分ける境界線が、床に走った。すると、その線から角のようなものが連続で飛び出し、床に細長い穴を開けた。
「これで、傍観者は傍観者だ」
メルトクロスは、天希の方へ向き直った。天希はすでに床に倒れ込んでいた。
「さあ、これで僕の復讐が成就する」
メルトクロスは再び姿を変えた。
「さあ!」彼はとどめとして、右腕を大きく振り上げ、鋭い爪の先を、倒れている天希に向けて振り下ろさんとした。
奥華は目をつぶることもできなかった。可朗はむしろ、これが天希の最後なら、見ないわけにはいかなかった。カレンは再び止めに行こうと走ったが、間に合うはずがなかった。爪の先と天希との間が、五十センチを切った。その時だった。
「何っ!?」
メルトクロスはその光の眩しさに驚いて、素早く手を引いた。
「な・・・何だ?」奥華と可朗の顔にも光がさした。カレンはその勢いのまま、二人の間で止まり、その光景を一緒に見ていた。
「そんなバカな!このタイミングで・・・」メルトクロスは叫んでいた。
光がおさまっていくと同時に、その中から、真っ直ぐ立ち上がっている天希の姿が現れた。
「・・・レベルアップ・・・・・しやがった・・・」

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