第十九話

「レベルアップ・・・しやがった・・・」
天希はまっすぐメルトクロスを見ていた。傷口は塞がりかけていた。
「い・・・いつもの天希に増して、気迫がある・・・今までとは格段に違うぞ・・・」当たり前のことだとは思いつつも、可朗はつぶやいた。
「はっ!レベルアップしたからなんだって!?今やっとレベル2だろ?こっちのレベルはもうとっくに3だぞ!3!それに、こっちはほとんど攻撃してないし、体力もさほど消耗したわけではない。挽回などはさせられないね!」
「やってみなきゃわかんねえよ」天希が言った。
「ほう、じゃあいよいよ、本気でぶつかり合えるって事か!?」
彼らの視界から、天希は突然消えた。メルトクロスには、その位置はぼんやりとだが分かっていた。
「姿が消えても、気配は消せまい!」接近しつつ攻撃しようとしていた天希は、メルトクロスの70センチほど手前で止まり、姿を現した。メルトクロスはまっすぐ立ったままで、天希にその爪を向けていた。その腕が間合いを埋めていた。
「はあっ!!」メルトクロスは右足のかかとをあげた。同時に姿も変わった。天希は爪をかわし、メルトクロスを軸にするようにまわり、背中をとった。メルトクロスは腕を振り上げながあら振り向いたが、その時も天希は攻撃範囲の外にいた。さらに今度は、天希が左足のつま先を地面に強く押しつけ、一瞬で二人の間合いを狭めた。
「何!?」
メルトクロスは反対の腕で天希を上から切り裂こうとしたが、先に飛んできたのは、天希のパンチだった。腹に打撃を受け、メルトクロスはかがみ込んだ。しかし、天希はすぐに後ろへ下がったのだが、同時にかがんでいたメルトクロスの角も伸びた。その体勢では、角はまっすぐ天希の方向を向いていた。
「喰らえ!」
メルトクロスはそのまま天希に向かって突進した。天希は突き飛ばされた。その隙にメルトクロスは再び向かってきたが、直接攻撃をしてもいいような間合いになったところで、天希は至近距離で腕から火の玉を飛ばした。
「ぐっ!」
炎は一瞬広がったが、メルトクロスは今度はひるんでいないつもりだった。しかし、彼が向き直ったときには、天希はすでに距離をとっていた。
「ほう、遠距離戦かい?」
天希はメルトクロスに向かって火の玉を連発した。
「さ、さっきより多い!」可朗は叫んだ。
実際、レベルアップしたおかげで、火の玉どうしの距離は縮み、短い間隔で玉を飛ばしていた。しかし、メルトクロスはその隙間をぬっていった。
「どうやら僕が接近戦しかできないと考えたみたいだな?ま、僕の弟だから、そのくらいは予想できるか・・・でも、残念ながらそれは間違いだ」
メルトクロスは移動しなくなった。左手の爪を無駄なく振り、火の玉を防いでいた。同時に、右手を地面にべったりとつけていた。似た技を使う可朗には、どういう攻撃が来るかはすぐに分かった。
「天希!避けろ!」
地面から現れたのは、巨大な角だった。天希は驚いてすぐかわしたが、体制が崩れた。メルトクロスが体勢を変え、突進してくる時間さえ作ってしまった。
「カアッ!」
メルトクロスは牙の生えた口を大きく開け、天希の左腕にかみついた。
「ぐあああっ!」
メルトクロスはそのままダメージを与え続けるつもりだったが、天希が体表の温度を上げたので、すぐに後ろに退いた。
「確かに、能力はさっきまでとは桁違いなようだ。だが!」
メルトクロスは一本のビンを取り出した。
「あ、あれは!」
「実を言うと、僕がこれを使うのは、今日が始めてでねえ・・・」メルトクロスは、ビンの中身を一気に飲み干した。と同時に、彼の周りにはオーラが渦巻き、髪の毛は再び逆立った。
「グハハ、ヴァアハハハ!いいじゃないか!力がこみ上げてくる!ここで一番最初に使えるとはね!」徐々に光が消えていく彼の目には、天希の顔が映ったままだった。
可朗はヴェノムドリンクの副作用のことを思い出した。「天希!何とかして10分間耐えるんだ!そうすれば・・・」
「10分!?10分もこの戦いが続くと思っているのか!?この状態なら、一撃で倒すことも、できなくはないものを!」
メルトクロスの思考はだんだん遅くなっていた。しかし、行動は自分の勝利を、前より早く近づけようとしていた。彼は天希の顔に向かって爪を突き刺そうとした。奥華は思わず目をつぶったが、天希はすでにその後ろにまわっていた。彼は拳をメルトクロスの背中に突き立てたが、打撃ではなく、そのまま背中に向かって熱を送り込んでいた。
「ぐおおおっ!」
メルトクロスは驚いて振り向いたが、天希の二段攻撃を喰らう羽目になった。天希が握っていた拳をその場で素早くほどくと、その中で小さな爆発が起こり、爆風がメルトクロスの顔に降り注いだ。
「ヴァアアア!」
天希は相手の反応を見ていたが、まもなくメルトクロスのパンチに飛ばされた。しかも、メルトクロスの方もまけじと、飛ばされた天希とほぼ同じスピードでついてきて、追い打ちを喰らわせた。3発目は避けた。しかし、メルトクロスの方を向く前に、次の攻撃が飛んでくるので、天希はうまく攻撃できなかった。
「やっぱり、かわし続けるしかないのか・・・」その技々をかわすのは、天希にとっては少し苦だった。

「くそっ、あれじゃあレベルアップした意味がない!」可朗は悔しそうに言った。
「でも、もしレベルアップしてなかったら、天希君はあの攻撃すらかわせなかったかもしれない・・・」奥華は可朗の方を見ずにつぶやいた。
「・・・そうか」

メルトクロスの攻撃は単純な方だったが、天希は攻撃をかわすしかなかった。おそらく攻撃にまわろうと決心した瞬間にはもう、天井まで投げ飛ばされているだろう。しかし、メルトクロスの方も、同じ動きばかり繰り返していたわけではなかった。彼は一瞬攻撃を止めた。その時、天希はすぐに下がれば良かったのだが、不思議がって動かなかったのだ。次の瞬間、メルトクロスは左足で天希を思いっきり蹴り上げた。結局、天希は天井に叩きつけられる羽目になったが、意識は保っていたので、落下時に待ちかまえていたメルトクロスの攻撃によるダメージは何とか軽減できた。が、しかし、着地時にバランスを取り損なった。メルトクロスはすぐに爪を向けて
襲いかかった。
「待てえっ!」天希はおもわず叫んだ。
奥華はまた顔を伏せた。今度こそ天希の負けかと思われた。
すると、どういうことか、その爪は天希の顔の30センチほど前で止まっていた。天希は不思議で仕方ないような顔をしていた。メルトクロスの方は、さっきまでの迫力が消え、変身状態のままだが、素直な顔になっていた。
「・・・・・?」
メルトクロスは、何を言おうとしているようにも見えなかった。ギャラリーも唖然として見ていたが、メルトクロスの顔を見て可朗は突然叫んだ。
「そうか!雷霊雲先生が言っていたはず、ヴェノムドリンクの症状の一つとして、飲んだ直後に見て人間の言いなりになる!天希、そいつは、お前の言うことを聞くぞ!」
天希は信じられないような顔をしていたが、メルトクロスが再び接近してくると、もう一度叫んでみた。
「下がれっ!」
すると、メルトクロスはいきなり後ろに跳び、天希と距離をとった。その後は天希の顔をじっと見たまま立っているだけだった。
「グ・・・クッ・・・」メルトクロスの体に、もう一つの副作用が現れ始めた。ゆっくりと体は痩せ、足は次第に不安定になっていった。ここまでくれば、もうその効果に頼る必要もないと、天希は思った。今度は天希の方が、メルトクロスに向かっていった。突っ立っている彼の顔に向かって、火の玉を投げた。
「ギエウッ!」
メルトクロスは目の色を変えて、天希に向かってもう一度キックを喰らわせようとしたが、足が不安定で、片足ではとても立っていられなくなり、不発に終わった。副作用が早く回ってきていた。気がつくと、天希は彼の腕をつかんでいた。
「握炎弾!」メルトクロスの腕と天希の手のひらの間に、爆発が起こった。天希はその勢いで傍観している三人のそばまで飛んできた。
「グアアアアア!」メルトクロスは爆発を喰らった部分を押さえながら悲鳴を上げ、よろよろと倒れた。
「今のは!?」可朗が言った。
「握炎弾。千釜先輩が『握爪」って呼んでる技を、俺用に改良してみたんだ」
「握爪・・・そういえば僕も見たことがあるかもしれない。たしか、通常の状態で敵をつかみ、そこで爪を出現させて、確実に相手本体にダメージを与える技だったよね」
二人はそういいながら、倒れているメルトクロスのそばに歩み寄った。
「・・・あ・・・天、希・・・」メルトクロスは、閉じていた目を、ゆっくり開けながら言った。「アビスを・・・アビスを、助けて・・・やってくれ・・・」
「・・・助ける・・・?」
「・・・・・」
メルトクロスは一度そこで気絶したが、すぐにまた目を開けた。
「悪いやつじゃないんだ、あいつは・・・・・カレン、君の父親を呼び捨てにしていることは許してくれ・・・それを許せるくらい、あいつは良い人間なんだ・・・君なら知っているはず」
メルトクロスはカレンの方を向いた。カレンはうなずいた。
「はは・・・そういえば、戦いの中で話した、過去の出来事・・・少なくともあれは事実だが、それに対する僕の怒りと嫉妬は、それは昔はあったけど、つい最近まで、完全に忘れてたんだ。それは、アビスが忘れさせてくれた。あの広い心に、僕は吸い込まれて、何もかも忘れて過ごしていた。しかし・・・」
メルトクロスは残っている力を、悔しさに拳を握るのに使った。
「いつからだったろう、あいつがあんな風になったのは・・・あいつがああなってから、僕の怒りと嫉妬も再発した。そして今日まで、そのままだった」
彼は拳をほどいて、ため息をついた。それから、天希の顔を見ると、少しほほえんだ。
「今日、自分で過去のことを話していて気づいたよ。本当なら、この怒りと嫉妬はアビスが忘れさせてくれたはずだったんだ。話していておかしいと思ったね。ははは・・・そのことが話から抜けていたんだ。それが話から抜けていれば今のアビスがどうであろうと関係ない。今のアビスの振る舞いとは矛盾しない。だがしかし、うそをついたとわかると少し動揺したよ。この期に及んで嘘を話の中に織り込むのは、情けない人間だ、ははは・・・でも、もしその話をすれば、僕の立場が矛盾する。アビス軍団は周りから悪の軍団としてみられているだろうね。全くその通りだと思ってる。でも、僕の悪の心は、ずっと昔に消えたのに、アビスと一緒に、この悪の軍団に入っている。おかしい、なにかがおかしい・・・」
「嫉妬が再発したのは・・・?」可朗が小声で言った。
「・・・そうだ、やっぱりアビスがおかしくなってからだ。でも・・・でも、僕が悪人になる理由がそこにあったか?結局は自分のせいだ、今日戦って分かった。僕は弱かったんだ。アビスのもとから離れることができなかったんだ。彼の方向性が変わっても、疑問を感じるよりも先に、付いていこうと自分を切り替えていた。自分で自分が変えられない、ほんとに情けない人間だよ、ハハハハハ」
「・・・・・兄・・・貴、いや・・・」天希は言いたいことを押さえていた。
「べつにいいよ、そう呼ばなくても」メルトクロスは笑いながら言った。「君たちは、僕とは全然違う。カレン、君の出現で、アビスはいまかなり動揺しているはずだ。僕と同じように、過去の自分との矛盾に苦しんでいる」
「・・・けど・・・」天希が言った。「なんかがあったから、その、善人から悪人になったんだろ?」
「確かにそうだ・・・だが僕らが苦しんでいるのは、悪人になる理由が自分たちの記憶の中から見いだせなかったんだ。僕はアビスに付いていったためにこうなった。しかしアビス自身に、悪人になる理由なんて無いはずなんだ。今彼を苦しめているのは矛盾、そしてその矛盾を解くには、彼を善人に戻すしかない。それができるのは、前に善人だったとき、ヤツのもっとも近くにいた人間だ。僕にはそれはできない。が、カレン、やつの娘である君なら、きっと目を覚めさせられる。絶対にできるはずだ。頼む!アビスを苦しみから解放してやってくれ!」
カレンはもう一度、大きくうなずいた。それから、少しの間、沈黙が続いた。
「あーっ、難しい言葉ばっかりで何言ってるかよくわかんねー・・・同じ事ばっか言ってるようにしか聞こえなかったぞ・・・」
「フッ、じゃあこの天才可朗様が話の内容をかるーくまとめてやろうか?」
「いや、遠慮しておく・・・」
メルトクロスは笑っていた。
「・・・さて」天希は、上へと続く階段へ目を向けた。「いよいよ、最後の戦いだぜ!」
「最後にしてはずいぶん早かったような気がするけどね。でも、気を抜いちゃダメだな、みんな今までの戦いでダメージは受けてるし」
「・・・奥華」天希が言った。奥華はどきっとした。
「お前はここにいた方がいい。なんかあったとき、そいつと一緒に対応してくれれば・・・」
「・・・うん」奥華は少し顔を赤くして、小さく返事をした。
「たしかに、お前じゃまだレベル1だし、僕ら三人から比べりゃ、アビス相手に戦力になるとは思えないからね」可朗が口を挟んだ。
「・・・生きて返さない」
「ゴメンナサイ・・・」
メルトクロスはまた笑っていた。

「待たせたな、アビス!」天希は、その男の顔を見るなり、そういった。
「ふふふ、案の定、待ちくたびれていたところだ、ちょうどいい」
アビスは座っていた席から立ち上がり、机の上で手を横に押しだした。すると、その机と椅子が、まるで爆弾でも落ちたような勢いで崩れ、飛ばされ、ボロボロになった。反対側にあったものも、同じ衝撃を受け、同じような様になっていた。
「さあ、この俺に勝つつもりでここにきたんだろう?だったら・・・」アビスは手を鳴らしながら近づいてきた。天希達は身構えた。
「キサマ等が全力と呼んでいるものを、俺にぶつけてみやがれ!」

すこし遠くから見ても分かった。アジトの最上階の壁の半分が、一瞬にして粉々になったのは。

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