第十一話

ー千釜邸 午後四時ー

「で、今天希はどこにおるんや?」
「さあ・・・・・気がついたときにはいませんでしたから」
「情けないやっちゃなあ・・・・いまだにお前、天希の足に勝てないんか?」
「んなわけないですよ!あいつは、あいつはクラス一・・・・いや学年一足が速いんですから!」
「へ~~~~」
「感心してる場合じゃないですよ!もう日が暮れます!」
「そやな・・・・まあ、慌てんといて。この街はワイの庭みたいなもんやで」
暫く会わないうちに、千釜慶の喋り方はずいぶんなまっていた。それでも、

ーグラン・ドラス公園 午後六時ー

今日は日の落ちるのも早く、明かりのついた電燈の下に、天希とカレンはいた。ふたりは夜のベンチに座って、コンビニで買った夕飯を食べていた。カレンは地 面に目を落としていた。夜の暗闇のせいか、落ち込んでいるように見えた。
「ちっくしょー、なんで見つからないんだよ」
“・・・・・・・”
カレンはいつもよりも口が塞がっていた。
「なあカレン、なんでお前何も言わないんだ?」
“・・・・・・・”
「何か言えよ」
カレンの顔はさらに下にうつむいた。
「いや・・・何か喋ってくれよ」
顔を下げた彼女を見て、彼女を見て、天希は初めて、自分が言った言葉が少し乱暴だったと思った。
「そんなにがっかりすることないじゃないか、グランドラスは広いんだから、俺も今までに一回この街にに来たことあるけど、あんなに高いビルは建ってなかっ たぞ。都市ってすげーな」
“・・・・・・・”
やはり彼女は喋らなかった。天希は、いよいよタダ事ではないと思った。いや、そうであることは前から気づいていたのかもしれない。出会った時から、彼女は 元気がないように見えた。天希は彼女をできるだけ元気づけたいとは思ったが、なかなかその機会がなかった。学校では元気一番の天希も、カレンの前では励ま し方を忘れてしまうのだった。
“・・・・天希さん・・”
喋ったのはガロだった。天希は驚いた。何故驚いたのだろうか?さっきから一人で喋って励まそうとしてはいたが、おそらく心の中では諦めかけていtのだろ う。
「な、なんだ?」
天希はためらいがちに返事した。が、ガロが何か言おうとした時、ものすごい風がふいた。天希は危険を察知し、ベンチから立ち上がった。林の向こうに青白い 光が見える。目だ。あれは目だ。そう考えた一瞬、後ろでものが切れる音がした。振り返ると、ベンチがまっぷたつになっている。カレンは幸い端にいたのでき られずにすんだが、その軌道はUターンしてこちらへむかって来た。
「あぶねえっ!」天希が叫んだ。カレンはそれに応答するように、技を繰り出した。カレンが両手を前にかざすと、彼女の前に盾となる大きな人形が現れ、敵の 攻撃を防いだ。敵の動きが止まった。足下に舞った砂煙が見えなくなったが、相手はそれでも動かなかった。
カレンは、人形の横から相手の方をのぞいてみた。すると、相手の顔もカレンの方を向いた。
“・・・・・・・!!”
カレンは心臓が止まりそうになった。その相手の顔は人間の顔ではなかった。青白く光る目のすぐ下には、耳元まで裂けた口があり、皮膚全体には瓦のような模 様がかかっていた。彼女は叫びそうになったが、のどがつぶれていたため、彼女は音も立てずに、仰向けに倒れてしまった。
「カレン!」天希が叫んだ。と同時に、敵の方も動き出した。さっき、そいつの姿が電灯に照らされた時、相手は両手に刃物を持っていた。かなり長いものだっ た。敵は再び黒い風となって、天希を斬りつけてきた。ほとんどギリギリでかわしてはいたが、自分よりもカレンの方が気になっていた。相手に斬られたり、突 かれたりしなかったか。
「天希~~~~!」

ふと、友達の声が聞こえた。可朗が走ってきた。と、その声に、相手も止まった。
「!?」
天希は、今の声で相手が止まったのに驚いた。
「バカなヤツやなあ、相変わらず」
相手から発せられるのは、懐かしい声だった。
「そんなマジメな顔せんて、アイサツ代わりやて」
「ち・・・・千釜先輩??」
天希は火を灯し、改めて相手の顔を見た。天希もさっき電灯に照らし出された顔を見たが、さっきの顔とは違う。そこにあるのは、前に比べて少し大人っぽくな り、なおかつ懐かしさを漂わせる、天希の最も尊敬する先輩の顔だった。
「千釜先輩!懐かしぶりっす!」
「懐かしぶりな。オメーも変わらんなあ」
「先輩も強くなりましたっすね!」
「またまた~、初心者のお前にワイの上達なんざ分かるわけあらへんやろ!それと、さっきのもう一人の娘は誰や?」
「ここに来る前に旅の仲間になった、カレンちゃんですよ」
可朗も会話に加わった。
「ほ~、ずいぶんとめんこいの仲間にしおったな~、内の学校にあんなきれいな奴おらへんで・・・・・・ま、後の話はうちでせや、死ぬまでワイの家に泊めた るで」
先輩の相変わらずのインパクトのある冗談に、二人は笑った。再会した先輩と後輩は、やはり話しながら千釜慶の家へ向かった。
もちろん、カレンのことを忘れていったりはしなかった。

第十話

「うわあああああああドコだココおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
天希は薬にやられた大輔をおぶったまま、街の中を突っ走っていた。立ち並ぶビル、恐ろしいくらいの人間の数。間違いなく都市だ。
「病院はドコだああああああああああああああっ」
ドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・・・・・

カレンもまたはぐれていた。やはり、自分が一体ドコにいるのか分からない状態だ。人ごみの中を漂流するカレンは、ただビルのそびえ立つ都会の空を眺めなが ら歩いていた。何かビルの横にくっついている。看板だ。
天希はこのことに気づかなかったために、なかなか病院を探し当てることができなかったが、都会では、自分の頭の上に看板があると気づいたカレンは、最終的 に、天希よりも速く病院を見つけてしまった。が、病人がココにいないのでは意味がない。彼女は隣のラーメン屋によっていった。

「目的地」に一番速くついたのは可朗だった。都会の看板のこともよく知っていたし、図書館などを探して、周辺の地図を見れば、ドコだっていけることにも気 づいていた。さらに、ここが一体何処なのか、それを知ったのも可朗だった。
「ここ・・・・グランドラスじゃん・・・・・・」
しかも、可朗が立っているのはある中学校の校門の前だった。天希がもらっていた先輩からの手紙には、中学校の名前が書いてあった。
「ドクドール中学校か・・・」
可朗はその学校の表札を読んだ。

“グランドラス市立 ドクドール 第一中学校”

ビンゴだな。と可朗は思った。

“天希さん、その先輩って何歳年上なんですか?”
天希とカレンはやっと合流した。天希はまだ病人を背負っていた。
「一歳。つまり、今は中三だな」
“中三ですか・・・同じですね”
「えっ!?お前俺達より年上だったの?」
“はい・・・まあ、そうです。ところで、その先輩って、どんな人なんですか?”
「千釜先輩は、俺たちが小学校の頃、デラストを使って、いじめっ子を退治したんだ。そのいじめっ子ときたら、上学年すらおびやかすほど凶暴なやつだったん だぜ」
“えっ、でも、その子ってデラスト持ってなかったんですよね?”
「ああ。でも千釜先輩はそれをやったんだ」
この世界では、デラストを持つ人間が、デラストを持たない人間に暴力を振るうのは犯罪だった。
“捕まらなかったんですか?”
「捕まったよ。当たり前だろ?千釜先輩は、警察に捕まってもいいからって、俺達を全力で守ってくれたんだ。その時まで、他の上学年は、怖くて手が出せな かったんだ」
“ということは、かなり勇気のある人だったんですね”
「俺のあこがれの先輩だからな」
話しながら歩いている間に、2,3件ほど、病院を通り過ぎてしまった。

「二中か!」
可朗は走った。
「天希のやつ、なんでそこまで教えてくれなかったんだ!・・・・・あ、悪いのは自分だよな、思い出さなかった自分が悪いんだ」
可朗は走った。走りながら、自問自答していた。
二時間ほど待って、千釜先輩の通っている学校が、一中ではなく二中だったことを思い出すと、可朗は走り出した。

その頃のめのめ町。

奧華は退屈していた。隣に天希がいないと、どんな授業もつまらなくなる。そんな気持ちで、五時間目の後の休み時間を過ごしていた。自分も可朗と一緒に行け ばよかった。ため息をついたのとほぼ同時に、担任の先生が教室に入ってきた。見慣れない生徒も一緒だ。
「突然だが、転校生を紹介する」
教室がざわめいた。先生の隣に立っていたのは、背が低くて、金髪で、太っている少年だった。
「あ、あの、オイラ、あ、明智、き、君六っていいます・・・・」
なんだか声が弱々しかった。緊張してるのもあるのだろうが、背の高いやつの方を見ては、そわそわしていた。かなりの臆病のようだ。
「君六くんの席は、あそこだ」
先生が指を指したのは、奧華の隣だった。奧華は舌打ちした。転校生がおそるおそるその席に座ると、奧華は転校生をにらんだ。
「いっ!?なっ・・・・なっ・・・・」
「安土、あんまりおびえさせるんじゃないぞ」
奧華はそっぽを向いた。先生が教室を出て、次の時間の教科の先生が変わって入ってくると、奧華は君六の方を向いた。
「あんた、前どこにいたの?」
「えっ!?」いきなり話しかけられて、君六はびっくりした。
「えっと、ドクドール中です、グランドラスの・・・・」
「何!?」教室のみんなが、君六の方を向いた。視線を集中された君六は、あがって何も言えなかった。
「ううう・・・」

天希とカレンは、グランドラスの都市の中を走り回っていた。
「なんで病院が見つからないんだあああああああ」
“あの・・・天希さん・・・さっき、病院・・・・通り過ぎませんでしたか?”カレンは息を切らしながら後ろについていた。
「なんで言わないんだよ!?」
“だって・・・天希さん、足速すぎですよ・・・”
実際、天希は道を遠回りしていて、カレンはその道を通らなかった。たったいま、二人は合流した。
「あっすいません!」「ごめんなさい!」「失礼!」クラス一足が速い天希は、人にぶつかってばかりいた.
(くそう、病院さえ見つかれば・・・・・)天希はこのことばかりに焦っていることを、少しもおかしいとは思わなかった。可朗なら、敵のために、ここまで必 死になっている自分をバカにするだろう。でも諦めたりはしない。ただ単に病院を探すだけなんだ。考えてみれば、たかが病院を探すことだけに、必死になるも のでもない。天希はそう思った。
“天希さん!ありましたよ!”

可朗もまた、二中を探していた。グランドラスは広い。たぶん、めのめ町からほとんど外に出ない天希にとっては観光地になるだろう。
「しまった!もう下校時刻か!」
可朗は腕時計を見た。午後三時五十分。可朗の学校での下校時刻(六時間日課)だった。おそらく、ここでもその時刻には大差ないだろう。ちょうどその時刻 に、可朗は校門の前に立った。
「五時間日課!?」
校舎やグランドからは、全く声が聞こえなかった。
「なんで住所まで教えてくれないんだ!」
可朗は悔しそうに校門をたたいた。金属製の門が巨大な鐘のようにうなった。
「だれや、うちの学校の門たたくやつは!?」
「はっ!すみません!」
可朗はいきなり言われて応答したが、その声は校門の向こうから聞こえた。しかも、可朗が反応したのは、とっさの出来事というだけではない、どこかでその声 を聞いたことがあるのだ。グラウンドを歩いていたそいつは、可朗の方へ走ってきた。
「お前・・・・まさか可朗?」
「ち・・・・千釜先輩!」

第九話

「お前らみたいなやつは、この水石大輔がまとめテ始末シテヤル!」
未だ雪が降り積もる中、そいつは立っていた。が、少し病弱な姿勢で、動くたびにふらついていた。年齢は自分たちとは変わらないのだろうが、異常にやつれていて、目は血走っていた。
「・・・戦いに飢えた目だ・・・・あの陰山とか言うやつみたいに」
「何?」
「そう言えばいたねえ・・・陰山飛影・・・・」
「陰山アアアァアアァァッ!!」
「なっ!?何だいきなり!?」
大輔は飢餓したようにうなりだした。
「完全にいかれてるな・・・・・・よし、いくぞ!天希!、カレンちゃ・・・・・・あれ?」
「カレンがいないぞ!」
「えええーーーーーっ!?」
「オイ・・・・」
「一体どこに消えたんだ!?」
「どこかにおいてきたとか・・・・・」
「いや、たった今ここにいたよな」
「オマエラ・・・・」
「うん。足跡もあるけど・・・・・・ここでなくなってる!」
「まさかあいつ、空飛べるのか!?」
「それとも、瞬間移動したのかな!?」
「イイカゲンニ!シローーーーーーー!!!」
「うわっ!」
「しかたねえ、二人で相手するぞ」

気がつくと、カレンは洞窟にいた。床、壁、天井全体が氷ばりになっていた。出口は見えていたが、汚れのない美しい氷が、外からの太陽の光を反射し、鮮やかに輝いていた。そのため、洞窟の中でも暗いとは感じなかった。
気がつくと、誰かの足音がする。洞窟全体に響き渡る足音で、氷の床にも足をさらわれず、自然で一定な足音だった。カレンは、不安と好奇心の目で、その方向を向いた。その男の顔を見た時、カレンの中に一気に不安が募った。真っ黒な紳士服。ピカピカのシルクハット。そして、いかにも紳士的な歩き方。ただ、その歩き方にも、どこかうさんくさい感じが隠れていた。
「これはこれは、ネロ・カレン・バルレン様、一体何をお求めでこの山に?」
その声は、カレンに対する皮肉さも混じっていた。
“あなたは・・・・・・・薬師寺悪堂ですね・・・・・”
その名だけは、はっきりと声に出た。
「おやおや、我が名を覚えてくださるとは・・・・」
“当然です!あなたは・・・・あなたは我々の・・・先生だったのですから・・・・”
「その先生の目の前で、一体何をためらっているのです?」
そう、前回の、『カレンを育てた親』とは、この薬師寺悪堂だったのだ。
“優しかったあなたが・・・・なぜ・・・・・”
カレンの目に涙が込み上げてきた。
「ん?今まで薬物販売者であった私を、まだ疑うつもりですか?いまは晴れて、かの有名なアビス軍団の幹部に・・・」
“冗談はやめてください!”カレンの心は、すでにズタズタだったが、この男との再会によって、その傷が開いた。“あなたはもう、あの頃の優しい芸人には戻 れないんですか!?アビス軍団は悪の組織です!もう、これ以上、我々を困らせないでください!!”
「ですが、あの方だけは自らあなたを裏切ったでしょう?『我々』というからには、あの方も入るはず・・・・・」
“いいえ!あの人は、カレン様(ガロがしゃべってる)のパパ様は、あなた方に操られてるのです!そして水石大輔君や、他の人たちも!”
「ほう・・・・・・さすがは『あの方』の娘、ネロ・カレン・バルレン・・・・・・・・お気づきなられてましたか」
“一体、何をしたのです・・・・・・?”
「何をしたかって?おわかりでしょう、私の前業からして・・・・・」
“あなたは、人を意のままに操っています!”
「それがデラストの力だとお考えにならないのは?」
“カレン様の持つデラストだからです!”
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
“・・・・・・・”
「・・・・・・そこまで予想できるとは、やはり、ネロ・バルレン兄妹、頭が切れますね・・・・・まあ、その人形がいれば、頭は増えますがね」
“私の質問に答えてください!一体何をしたんですか!?”
「ホッホッホッ、ではお見せいたしましょう、我が最新兵器を!」
薬師寺悪堂は、懐からビンを取り出した。
「人の理性を奪い、同時にデラストの力を一時的に急増させる、これこそが我が最新兵器、ヴェノム・ドリンク!」
カレンは息をのんだ。
「私はこの薬で団員を増やした。私のお得意のUSOでね!あの方でさえこの薬にだまされた、まさに我が軍の必然・・・いや、最強のアイテムと言えるでしょ う!」
カレンは、口を閉じたままだった。
(もしかして、アビス公は本物のボスじゃなくて、こいつが黒幕・・・?私のパパまでもをだました・・・・・許せない!表のボスは、ただ操られていただけな んだ!)
薬師寺悪堂は、ゆっくりとカレンの方へ歩み寄った。カレンも後ずさりした。
「さて、私は多くのデラスト実力者を集め、それで足りなければ、身体、精神、そしてデラストの成長が最も激しい、10代のガキ共を集め た・・・・・・・・・・そして、その二つの条件がそろう者がいる。そいつは、今、私の前にいる!」
薬師寺悪堂は不気味に微笑んだ。すると、突然カレンの体はこわばり、金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「これであなたは身動きできない!さあ、飲め!飲め!父親の元へ行きたいなら、貴様もこれを飲むのだアアア!」
薬師寺悪堂自身が、普段の冷静さを忘れ、自分の野望がまた一歩実現するということに興奮していた。カレンは、迫ってくる薬師寺悪堂の悪魔のような顔に、変 わり果てた育て親を前に、思わず目をつぶって縮こまった。
だが、薬師寺悪堂が迫ってくるはずが、ズドンというものすごい音にその気配がかき消された。目を開けると、薬師寺悪堂のいた場所に、巨大なつららが突き刺 さっていた。一秒とたたないうちに、そのつららは、凍った地面に倒れた。カレンは天井を見た。確かにこのつららは天井から落ちてきたものだ。が、切り口は 自然に落ちたのではなく、まるで鋭い刃物に切断されたような切り口だった。そういえば、薬師寺悪堂はなぜか妙に辺りをきょろきょろ見回していたし、自分も 何か別の者の気配を感じた。一体誰が・・・・・・
ふと、外から、誰かの声が聞こえた。また天希の声だ。まだ戦っているらしい。
洞窟内に他の気配はない。行こう。

天希は思った以上に苦戦していた。可朗は既にデラスト・エナジーを空にしてしまったため、氷付けにされていた。それに比べて、相手はなんていうエナジーの 量だ。可朗を倒して、今度は俺を倒そうとしても、こいつは全然やられそうにない。デラストの相性は良かったはずなのに?

「火が絶対かつって訳じゃねーんだな」

天希は凍りづけにされた。
大輔は二体目の冷凍品をそろえると、理性を取り戻した。
「クックック、これで報酬もグンと上がるぞ」
大輔は正気に戻っていたが、その体はやはりガリガリになっていた。そこへカレンがかけつけてきた。

そのとき。

「ゔわあああああああああっ!痛い!痛いいいい!助けてくれえええ!」
水石大輔は、急に叫びだした。体中の骨がバキバキと音を立てて折れ、どんどんやせ細り、タコのようにグニャグニャになっていった。
「苦しいっ!苦しいいいいいいいっ・・・・・・」
ミイラのようになった大輔は、やがて雪の上に横たわり、動かなくなった。おぞましい光景を見たカレンは叫びそうになったが、やはりカレン自身の口からは声 が出なかった。彼女は急いで天希と可朗を助けだした。
「なんだこれは!」
氷の中から出てきた天希は、大輔の姿に驚いた。
「下に町がある!」
可朗は叫んだ。
天希は、大輔を背負い、山の斜面を思いっきり駆けていった。

第八話

「・・・・・・あのさ、カレンちゃん、前から気になってたんだけど、なんでわざわざ人形に喋らせるんだい?」

“・・・・・・・いいでしょう。今からそれについてお話しします・・・・”

・・・・ガロの話によると、カレンが小さい頃、母は突然行方不明になり、それがきっかけでカレンの父は彼女を知り合いに預けた。カレンには兄がいたが、そ のとき以来彼女は兄の顔を見ていないらしい。

その知り合いというのが芸能人で・・・といってもあまり人気のある芸人ではなかったらしいのだが、遠くに移動したせいで突然小学校に行けなくなり、友達も いないカレンに、彼は腹話術を教えたのだという。

カレンは外の人間との接触をなるべく避け、ずっと家の中に閉じこもって腹話術で遊んでいた。小学校に通っていた時に天才と噂されていたカレンは、教科書さ えあれば自分で勉強できたので、知能のことで避難されるようなことはなかったが、さすがに人間関係の方は教科書でも学べまい。彼女は、同居からもだんだん と離れていった。

そんなある日のこと、自分の部屋の窓を全開にしたまま、いつも通り腹話術をやっていると、突然窓の外からものすごい光の球が飛んできて、カレンにぶつかっ た。しばらく気絶していたが、目が覚めると急いで窓を閉め、少し外のことにおびえながら静かに腹話術を再開した。

すると、人形から出た声が、自分の声に聞こえなかった。いや、自分は声にだして喋っていない。人形自身が自分で喋っていたのだ。カレンは自分で喋ろうとし たが、自分の声が出なかった。喋れるのは人形の方だけで、自分で直接人と話せなくなってしまったのだ。

“と、いうわけで、ご主人の言いたいことは、私が間接的に伝えなければならないのですよ”
「ということは、その病気っていうのはデラストの代償?」
“それしか考えられません”
「なるほどねえ・・・・・」
“ところで、あなた達は家に帰らなくていいんですか?そろそろ夜になりますよ”
「実は俺たち、アビス・フォレストをたおすために修行の旅に出てるんだ」
“えっ!?”
「僕らが小学校のときに、デラストでいじめっ子から僕らを守ってくれた先輩がいたんだ。今はグランドラスにいて、僕らはまずその先輩にあってデラストのこ とを教えてもらうのさ」
カレンはまたうつむいて、小さい声で言った(喋ったのはガロ)
“・・・・・アビスは倒せませんよ”
「何だって?」
“倒せるわけないです!少なくとも我々では!”
突然、カレンは二人をにらむように見た。
“あいつは!あの人は・・・・・”
「ま、まあカレンちゃん、落ち着いて・・・・・何かあったのかい?」
可朗は、カレンが途中でアビスのことを『あの人』と言い直したのを聞き逃さなかった。
“いや・・・・・何でもないです・・・・・”
三人はしばらく沈黙していた。やがて、カレン(ガロ)が言った。
“仲間に・・・・入れてください・・・・・”
「え?」
“もしあなた達がアビスを倒すために旅をしているなら、我々も、ついていきます!”
「・・・そうこなくっちゃね」
「大歓迎だぜ!俺は峠口天希。よろしくな!」
「僕は三井可朗。よろしく」

が、この修行の旅に、また新たな仲間が加わり、暖かく歓迎していた所に、外で薪割りをしていた小屋の主が、傷だらけで小屋の中に入ってきたのを見ると、三 人の気分は一転した。
「どうしたんですか!?」
「う・・・・戦闘員だ・・・・・・アビスの・・・・手下・・・・」
天希は窓の外を見た。いつの間にか猛吹雪だ。
「まさか、この吹雪もアビスの手下の・・・・・・・」
そう言うと、天希は小屋を飛び出した。
「あっ、天希、どこに行くんだ!?」
「火のデラストを持ってる俺が、雪なんかに負ける訳がねええええええええええええええええええ!」
開けっ放しになった小屋のドアの外から、天希の自信満々な声が聞こえた。
「仕方ない、僕も行くか」
「待ちなさい!君達だけでは危険だ・・・・・・・」
「大丈夫ですよ、お二人方はここで待っていてください。すぐにけりを付けてきますんで」
可朗は口笛を吹きながら、猛吹雪の中を歩いていった。
「お~、寒っ」

しばらくは吹雪の音しか聞こえていなかったが、
「うっぎゃああああああああああああああ!」
という可朗の悲鳴が聞こえると、カレンも小屋を飛び出していった。
「待て!待つんだ!」
主は言ったが、カレンは聞こえない振りをした。
「・・・・・・・・・・・・・・」
主はドアを閉めると、上に着ていた洋服を脱いだ。すると、その下に来ていたのは、真っ黒な紳士服だった。長ズボンの中からもピカピカの長い黒のズボンが現 れた。又、かつらをとると、その下でつぶれていたシルクハットがバネのように元に戻った。
「全く仕方がないですねえ、子供というものは」
主の正体は、ヴェノムドリンクとかいううさんくさい商品を売っていた、あの薬師寺悪堂だった。
「もしもし、こちら悪堂」
トランシーバーらしきものを取り出すと、アビスのいる本部に連絡した。
「こちらボス、一体なんだ?」
「今日までに起こったことを報告します」
「何か特別なことでもあったか?」
「峠口天希一行、グラム山支部を通過しました」
「ほう、やはり本部からはなぜか遠ざかっているようだな・・・・・・やはり目的地を確認もせずに跳び出したか」
「いや、そうでもなさそうですよ」
「ぬ?」
「彼らはグランドラスに向かっているようですよ。なんでも、千釜 慶とかいう先輩にデラストのことを教わりにいくようで・・・・・・」
「どちらにしても、奴らの始末係は大輔にするんだな?」
「はい」
「まあ、大輔が本当に勝てるかどうかは期待しないがな」
「カレン様もあちら側に付いていることですし・・・・・・・」
「何イっ!?」
「先日、カレン様が峠口天希一行に加わったらしいんですよ」
「バカな!そんなことが・・・・・・・」
「まあ、彼女はこの私の手で必ず捕まえてみせますので、それでは・・・・・」
そう言い終わると、悪堂はトランシーバーをしまい、彼も又、雪の中を駆けていった。

当のカレンが雪の中で最初に可朗を見た時、可朗は凍り付いていた。最初に動かない彼の姿を見たカレンも驚かずにはいられなかった。
カレンは氷を突き破ろうとした。やろうと思えばできないことでもないが、恐らく中にいる可朗も粉々になってしまうだろう。
何を思いついたのか、カレンはポケットに手を突っ込んだ。ポケットの中から現れたのは、赤く光る玉だった。カレンはそれを人形にぶつけると、人形の顔に 『火』という字が浮かび上がった。それがまるで本当の人間のように動くと、いきなり炎を発し、可朗の氷を溶かした。ほっとしていた2人に、赤い光が注い だ。北の向こう側で、何かが赤く光っているのだ。太陽ではなさそうだ。
「今のであったかくなったぞ。たぶん天希の炎だ」
“我々も行きましょう”

天希はというと、氷の壁によって横穴に閉じ込められていた。横穴を見つけ、休んでいたところに、敵が現れ、氷の壁で横穴を塞いでしまったのだ。壁は隙間な く完全に横穴にふたをしていたため、中の酸素がなくなるのも時間の問題だった。しかも天希は、脱出するために火炎放射を使い、それも失敗してしまったた め、一層窒息までの時間を縮めてしまっている。こんなところで死ぬのか。敵の罠に引っかかったままで・・・・・・・。俺は火炎のデラストの使い手じゃない か。なのに、なんでその俺が氷の中で、氷を操る敵に、氷によって倒されちゃうのか。
天希の意識は次第に薄れていった。空気通行のない場所では、助けを呼ぶことすらできなかった。酸素がなくなってくると、火を使うこともできない。天希はた だ、誰かが自分を見つけ出してくれるのを待つしかなかった。
が、意識が切れる寸前、氷の壁の外に赤い光が見えた。壁に穴が開き、外から新鮮な空気が入ってくる。外にいたのは可朗とカレンだった。天希は立ち上がって 深呼吸し、二人の方へ歩み寄った。
「お前らが助けてくれなけりゃ、どうなってるか分からなかったな。ありがとう」
「一人でアビスを倒そうとして、めのめ町を飛び出したのは間違いだったろ?」
「ところで、今の炎は?」
“カレン様の『操作』のデラストは、人形を操るだけでなく、ほかのデラスターの能力の一部をコピーして、人形に植え付けることができるんですよ”
「でも、なんで俺がやった時は破れなかったんだろ?」
“恐らく、その敵はさっきまで氷の壁の前にいて、壁の状態を安定させていたんだと思います”
「よし、今からそいつを捜して、絶対に倒すぞ!」
「探すだって?そんな必要はないだろ」
突然聞き慣れない声がした。三人はその方向を向いた。
「悪いな、俺はアビス軍団の中でもエリートなんでね・・・・。お前らみたいなやつは、この水石大輔がまとめテ始末シテヤル!」

第七話

「天希がやられた!」
可朗は絶望した。まさか天希が倒されるなんて・・・・しかも一撃で、デラスト・マスターの孫をしとめた敵は、今こっちに牙を向こうとしている。
「わああああああああqwせdrfTgyふじこlp;来るなあああああっ!」
恐怖のあまり、可朗の頭は混乱した。攻撃態勢を先にとったのはカレンだったが、体制も何もない可朗の方が攻撃が速かった。カレンはすぐに防御にうつることができず、そのまま可朗の攻撃をまともに食らった。が、カレンは攻撃こそ受けたものの、足だけは最後に天希を攻撃した位置から動かなかった。そうすると、可朗にはダメージを受けてないように見えたらしい。
「うおおおおおおおお!」
天希は目を覚ました。可朗が戦っている姿が見えたが、天希の知っている可朗はそこにいなかった。
いつもは冷静でキザで運動神経ゼロで、どんなに強くなっても、殺気なんて感じそうにないいつもの可朗とは180°変わっていた。野獣のようにうなり声を挙げ、狂ったように相手に向かって突進する可朗は、デラストを手にしたあの日よりも恐ろしい姿になっていた。
カレンの方は、かなり苦戦しているようだった。彼女は自分の分身として人形を何体も呼び出したが、可朗の操る数十本の植物の蔓(ここは鉱山の中なので、おそらくは根っこであろう)の前では役に立たなかった。カレンはどんどん追いつめられていった。
突然、可朗の殺気が消え、植物の根もどこかへ消えた。カレンはすぐに体制を立て直し、目が覚めたばかりの可朗に強烈な一撃を食らわせた。
可朗が壁に叩き付けられ、そこに倒れると、カレンの方からも殺気が消えた。彼女は不思議そうに辺りを見回した。と、自分の方向へ、ものすごい勢いで向かってくる巨大な火の玉が見えた。さっきまでのカレンと違い、その火の玉の前では、どうすることもできない様子だった。頭を抱え、魔人達に今まで恐れられてきた殺人鬼とは思えないような、弱々しい防御態勢だった。
が、火の玉はカレンの目の前までくると、突然消え始め、中から人が出てきた。
峠口天希だった。彼女は天希の顔を見るなり、へなへなとそこに座り込んだ。天希は、可朗の方を指差して言った。
「そうか、お前もこいつと同じように、何かあって気がおかしくなっていたんだろう?」
カレンはゆっくりとうなずいた。
洞窟の入り口の方から歓声があがった。魔人達は喜びながら洞窟へ入ってきた。天希の周りにたくさんの魔人達が集まってきたが、一人の魔人に引きずられて連れて行かれるカレンを見ると、天希は真っ先にそっちの方へ走っていった。
「一体どこに連れて行くんだ?」
「湖だ。深い湖に行って、こいつを沈めるんだ」
「沈める!?なんでだよ?」
「お前は何をそんなに疑問に思う!?こいつは我々の仕事の邪魔をし、我々が反撃もできないのに、仲間を病院送りにしたんだぞ!処刑されて当たり前だ」
「わざわざ湖まで行って沈めるのか?」
「一般人がデラスターを殺せるのは窒息させるくらいのもんだ」
「・・・・・・・」

外では夜になった。湖は、天希の見た平原のすぐ近くにあり、そこに魔人達が集まっていた。カレンは体に石を巻かれていた。今までの暴走の疲れで反抗できないようにも見えたが、自身もあきらめているようすだった。
天希は止めに入ろうとしたが、デラストを持たない彼らに話が通る訳がない。天希もあきらめていた。
が、そのとき、地面に生えていた植物達が急激にのび、魔人達を絡めとった。カレンは石を巻かれたまま、草の上に転がった。転がりながら、湖に落ちそうになったところを天希が助けた。
「フハハハハハハ!」
突然誰かの声がした。
「魔人さん達、君らにはデラストというものを分かってもらわなければ困るねえ」
「だ、誰だ!?」
皆が声の方へ一斉に顔を向けると、洞窟の入り口の所に、葉っぱのお面をつけ、蔓で体を巻いている可朗の姿が見えた。
「正義の味方、グラース仮面見参!」
「ダサッ!」
「さあ、今のうちに逃げるのだ!」
天希はカレンを連れて、山の上を走っていった。魔人達は追いかけようとしたが、植物のつるが巻き付いてうまく動けない。
「さあ、ここからどうするつもりだい?君達の脳みそじゃ脱出方法なんてのはとても思いつかないだろうねえ」
「魔人族は頭など使わない」
魔人達が全身に力を入れると、筋肉が膨張し、樹木ほどの頑丈さがあったはずの植物の蔓から抜け出した。
「マジで!?」
「魔人族のパワーを計算に入れてなかったようだな」

目的とする方角などなかった。グランドラスのある北へ向かってるのかどうかも分からないが、とにかくあいつらから逃げるしかない、そう天希は思っていた。
カレンの方はというと、全くの無意識で走っていた。疲れているせいもあり、天希のスピードに遅れたり、時々転んだりした。それでも天希は、カレンを引っ張りながら逃げていた。
下の方から魔人達がものすごいスピードで追いかけてきた。デラストを持っている魔人は一人もいないのに、図体のでかい魔人達のその足の速さは、天希の本来の走るスピードと大差なかった。
「追いつかれる!」
魔人達は、二人を囲んで動きを止めることなどせず、目の前までくると、手を伸ばしてこちらを引っ張ろうとする。
(悪い人たちじゃないんだけど・・・・仕方ない)
天希は魔人達の方に振り向いて、炎を放った。
「許せ!」
しかし、魔人達はわめくだけで、炎はあまりきいていない様子だった。今の攻撃で立ち止まってしまった天希は、真っ先に引っ張られ、その巨大な拳に殴られようとしていた。
その時の魔人のうなり声で我に返ったカレンは、天希を見るなり、魔人達に向かって、エネルギー弾を放った。その攻撃でひるんだすきに、巨大な人形の腕を呼び出し、魔人達を押しつぶした。
その攻撃をかろうじてかわした天希はカレンに向かって、
「これでお互い様だな」
と言ったが、天希がそっちを向いた時、カレンは疲れて倒れていた。ふと山頂の小屋に目が入り、天希はそこまでカレンを連れて行った。

「オーバー・エナジーさ。デラスターは危険が迫ったりすると、デラスト・エナジーを急激に増幅させるんだよ。もっとも、その間理性は大幅に欠けるし、後の負担も重いんだけどね」
小屋の主は、薪を割りながら説明した。
天希は小屋の中へ戻って、可朗とカレンの座っているソファに腰を下ろした。
“あの時は本当にありがとうございました”
天希にむかってお礼を述べたのは、やはり腹話術人形のガロだった。
「いや、助けたのはそこの可朗の方だし、俺もどっちかというと助けてもらった方だし・・・・・」
「・・・・・・あのさ、カレンちゃん、前から気になってたんだけど、なんでわざわざ人形に喋らせるんだい?」
可朗にそう言われると、カレンは下を向いてしまった。
“いいでしょう。今からそれについてお話しします・・・・”
天希と可朗にであってから数時間、カレンは彼らに、自分からは一言も喋っていなかった。

第六話

旅にでてから五日後のことだった。と可朗は、駅の前でもめ合っていた。
「お前が食料をもっと多く生産しないからいけないんだろ!」
「そんなに食べるなってのに」
「歩いてだってグランドラスには着くだろ?」
「・・・・・・天希、考えても見たまえ。君一人が飯を食ってる間にも、アビスの殺戮は刻々と進んでいるんだよ。それならまだしも、徒歩でグランドラスまで行くなんて、いったい何時間かかると思ってんだい?」
「・・・・わかったよ・・・・・」
天希が列車に乗るのをいやがる理由は二つあった。1つは、残金で足りない分の食料(多分おかし)を補うのに使いたいということ、もう一つは、小学校の修学旅行で、列車でもバスでも酔った記憶があるということである。口を押さえながら、おそるおそる列車の中に足を踏み入れる天希の情けない姿が見えた。

『デラスト文明は強力な文明だ。デラスター達は力を共有し合い、何千年も壊れない家や、決して消えることのない炎など、美しき永遠なる〈静〉の芸術を作り出した。しかし、〈動〉は永遠のものではない。従って動は芸術ではなく、美しくもない。静こそがこの世を作り出すもの。人間が作り出した動は、決して静を超えることはない。全ての静はこの世界そのものが司るもの、そして全ての動は、デラストが司るものだ。人間は欲のために静と動を支配しようとした。それができなかったために、人間の動はデラストの動を超えられず、静を得ることさえできなかった。』
偉大なる過去の詩人、ドガの唱えた言葉はあたっていた。現に今天希たちが乗っている乗り物は電車ではなく、蒸気機関車なのだ。しかも、どんなに石炭を燃やしても、火力は天希のデラストにはかなわないはずである。地球の古い蒸気機関車よりも、スピードが遅かった。天希が協力すれば、この列車は地球の電車の急行よりも速くすることが可能だが、乗り物酔いと、可朗が自分の意見に賛成してくれなかったせいですねている。可朗はもちろん協力を提案したが、今回は天希も賛成しなかった。
「僕が薪、君は火力を・・・・・」
「お前の美貌が炭で汚れるぞ」
反論できないのは可朗の方だった。

「次の駅で降りるぞ」
列車は地下に入っていった。
「絶対走った方が速いって」
列車が止まった。天希はゆっくり席から立ち上がり、前を見た。
「・・・・・・・」
「どうしたんだ天希?早く進めよ」
天希はそこに呆然と立っていた。天希の目には、彼にとって信じられないものがうつっていたからである。
「・・・・・父ちゃん・・・・・」
「えっ!?」
それ以上の言葉は出なかった。
「天希の父親って、航海中・・・・・・・だったっけ?」
天希は答えなかった。
「とにかく後ろ詰まってるぞ!はやく進め!」
天希ははっと我に返って、
「父ちゃん!」
「お、おい、待てよ!」
列車から飛び出たが、父大網の姿はなかった。天希は上に登ったのかもしれないと言って、螺旋階段をものすごいスピードで登り始めた。

天希と可朗は、その螺旋階段のあちこちについていた炭まみれで、真っ黒になって外に出てきた。
「なんか、誰もこの階段使ってな・・・・・」
「もしかして、非常階段使っ・・・・・・・」
外の景色を見た時、二人の会話は止まった。二人の目玉に、辺り一面緑と青の世界が映し出された。
「な・・・・・・・・」
きれいな青空が広がっている。地面には芝生のような草が生えている。それが、太陽の光を浴びて輝いていた。
「すげえ・・・・・・・・・」
外の世界にほとんど出たことのない天希にとっては、どんなものとも比べようがない価値のある光景だったに違いない。
天希は、草原を思いっきり走ったり、転がったりして、はしゃいでいた。可朗にとっても、心が落ち着く場所だった。
「まったく、いつまでたっても成長しないなあ、天希は」
天希は起き上がると、山の方を向いた。
「よーし、グランドラスまで後少しだ、こんな山なんか一気に越えてやるぜ!」
「は?」
「何?越える意外にどうやってグランドラスまでいくんだよ?」
「・・・・洞窟」
可朗は、山の崖にできた横穴を指差していた。

洞窟の道には、ランプが設置されていた。奥へ進むと、天井の高い大きな広間があり、人が働いている。この鉱山では、セレスタリア(地球にはない鉱物)がとれるらしい。
天希は働いている人の顔をよく見た。普通の人間ではない。魔人族だ。アビスと同じ種類の魔人ではないようだが、皆無理矢理働かされているような感じだった。
「魔人奴隷か」
「本人達の前では言わない方がいいと思うけど」
すると、ある一人の男が、天希達に気づいたのか、こちらへ歩いてきた。
「いったい何の用だ?」
「ここを通ってグランドラスまで行きたいんですけど」
「そうか。なら通ってもいいぞ。ただ気をつけろよ。道を間違えると山頂へ出ちまうぞ。山頂は大雪らしいぜ。あと、道の途中でやつに出くわすかもしれないしな」
「やつって?」
天希の質問に答えるまえに、向こうで起きた爆発の音が聞こえてきた。魔人達は天希達のほうへ逃げてくる。
「やつだ!」
天希と可朗は、砂煙の中に人の影があることを確認した。どんな恐ろしい奴が出てくるのかと思うと、そこにいたのは、天希より歳が一つ上くらいの、背の高い少女だった。天希と可朗は開いた口が塞がらなかった。
「な・・・・・・・・・・・・」
ただ、天希はその少女からの殺気を感じ取っていた。アビスが家にきたときに感じたオーラと何か似ている。
「あれが?」
「そうだ。見た目はふつうだが、やつのせいで、ここの従業員が最初の半分以下に減っちまったんだ」
可朗は辺りを見回した。
「これの二倍以上いたの?」
「本題に戻れ」
するとその少女は、人形のかぶさっている方の手をこちらにまっすぐ向けた。
「何をするつもりだ?」
「の、呪いの人形だああああっ!」
魔人達は突然叫びだした。
「え・・・・」
「あの人形、突然しゃべりだすんだ!本体の方は口動かしてないのに!」
「腹話術・・・・・」
その人形が喋ると、魔人達は悲鳴を上げて外へ逃げていった。
“ついに逃げ出してしまいましたね。同じ魔人なのに、アビスなんかとは大違いですね”
「『同じ魔人』だと?お前はそんな理由であの人達の邪魔をしてたのか!?」
天希は叫んだ。
“我々を敵に回すつもりですか?面白い人たちですね”
「だいたい君、何ものなんだい?」
“おっと、紹介が遅れました。こちらが私のご主人、ネロ・カレン・バルレン様でございます。ちなみにわたくし、通話人形のバロと申します”
「バルレン族?ということは高血種族かい?」
「なんだ可朗、高血種族って?」
可朗が口を開く前に、そのカレンという少女(バルレン族は二番目が名前)は、ものすごいスピードで天希に襲いかかった。
「ぐ・・・あっ・・・・」
一瞬で天希は倒れた。このとき、可朗までもがその殺気を感じていた。
「天希がやられた・・・・・・」

第五話

天希たちがめのめ町を出てから3日がたった。最近、所持金が少なくなってきている。食料は可朗のデラストのおかげでいつでも調達できるのだが、宿無しはつらい。
「野宿という訳にもいかないなあ。デラスターってやつはどこにでもいるんだし」
「戦いに飢えているやつだったら、俺たちのすぐ後ろにもいるぜ」
「え?」
可朗は後ろを振り向いたが、今二人のいるこの『列潮(れしお)』という町には、外に出ているほとんど人がいない。可朗の後ろにも、そのような人間はいないように見えた。
「さっきからずっと俺たちの後をつけてきたようだが、気配と殺気が強すぎて隠れてる意味がないぜ」
突然、可朗の影から黒い物がとびだしてきた。人の形だが、可朗より背が低かった。
「何故バレた!?」
よく見ると、それは普通の(?)人間だった。デラストの力で、影に姿を消すことができるらしい。
「でなおしてきなさああああいいいい!」
「ちくしょおおおおおおおおおおおお!」
そいつは、影でない影になって、どこかへ逃げていった。

「くそう、あんなに簡単に気づかれるなんて・・・・・・・」
その時の彼は普通に歩いているように見えたが、夕焼けに映し出されるはずの影がなかった。
「年齢は大差ないと思うんだけどなあ・・・・・・」
「そうですか・・・ならばこの中年男がお力になって差し上げましょう」
突然後ろに変な男が現れ、話しかけてきた。
「陰山比影さんですね?わたくし、薬師寺悪堂という者です」
「何?」
「これは失礼しました。何しろあなたがそのバッジをごく普通につけているものですからつい・・・・・・・・」
悪堂がさしたのは、支配者アビスの手下だということを示し、会員証のような役割をする、『AVIS』と書かれたバッジだった。
「安心してください。私は仲間ですよ。ほら、私のこのバッジをごらんなさい」
「で、俺にいったい何の用だ?」
「ヴェノム・パワーというのをご存知ですか?」
「ああ、アビス様が戦うときによく発動するやつか」
「実は、私どもの率いる開発部で、そのパワーを誰でも使えるようにしよう、という計画を実行しているのですよ」
「で?」
「ヴェノム・パワーは魔人族の、それもごく一部しか使えないのですが、これを蓄える臓器を粉にして、液体に混ぜてドリンクにしたのです」
怪しいその薬剤師は、一本のビンを取り出し、説明を続けた。
「これがそのドリンクです。これを使って、峠口天希たちを倒しなさい。あと、時間帯も考えた方がいいですね・・・・・・」

夜になった。天希と可朗は公園を散歩しながら話していた。
「なあ、可朗・・・・・・」
「なに?」
「俺がめのめ町から出て行く時、みんなの顔が作り笑いに見えたんだよ・・・・」
「?」
「なんだろうな・・・・どっちかっていうと、俺に出て行けっていってるような感じがしたんだ・・・・・多数決した時も、みんなそんな感じで手挙げてたな・・・・・」
「・・・・・まあ、僕は最初っから天希を追いかけていくつもりだったけどね」
「姉から逃れるために!?」
「鋭い!大正解だよ!」

三井家の長女葉子は、あれこれうるさい両親を家から追い出し、弟二人をこき使って、無職の自由な暮らしをしている。だから可朗が嫌になって抜け出すと、雄大の仕事は二倍になる。可朗がうまく抜け出せたのは、兄の方が重く監視されているからである。
「あの可朗が逃げ出したですって?ふ~ん、で、あんたはそれを見逃したわけ?」
「違う!気づいたときにはいなかったんだ!」
「この~、バカ弟が~!」
「ギャアアアアアアアア!!」
可朗がいたとしても、だいたいこんな感じである。葉子の持つ『音』のデラストの前には、あの雄大でも歯が立たないのだ。

「という訳で、今は兄ちゃん一人で労働ご苦労様なのさ」
「弟だけ抜け駆けしておいて偉そうにするなよ!」
「いいじゃん別に」
「やっぱお前、優しさが全然・・・・・・・」
「どうした?」
「しっ!静かに!」
風一つない公園の中で、草が揺れている。明らかに不自然な光景だった。
「可朗、お前か?」
「いや」
「じゃあ、いったい・・・・」
突然二人は誰かに足を引っ張られ、そこに転んだ。今度は何かに押しつぶされるような感じがした。
「誰かいるのか!」
天希は火を灯して、あたりを照らし出した。そこには不自然な影以外、なにもなかった。
「あいつだ」
「え?誰?」
「昼間の・・・・・」
「陰山比影ダ!」
声がした。昼間と少こし違う声のような気がするが、本人の声には違いなかった。
「殺気が前と比べ物にならねえ」
天希の火があたりを照らし出しているにも関わらず、その不自然な影は、二人の視界から消え失せてしまった。
「どこだ!?」
「ココダ!」
再び押しつぶされるような感覚とともに、不気味な笑い声が聞こえた。
「そうか、自分の影だ」
「確かに、電燈があっても、影はできるもんな・・・・」
「天希、加熱された金属みたいに、赤く光ることってできないか?」
「キツい!」
「それしか手はないと・・・・」
「じゃあおまえはどうすんだよ!?」
「跳ぶ!」
天希の体が赤く光り始めた。可朗のほうは、デラストによって増加した運動能力をフル活用し、天希の真上を跳んだ。
「命は保証しないぜ!」
天希は、真上にいる可朗に向かって火の玉を投げた。その火の玉は可朗に当たると、激しく空中で燃え上がった。
「ぐぁあああああああ!」
炎が消え、可朗が下に落ちてきた時、可朗は二人になっていた。片方はまるで厚みのある影のようだった。
「大丈夫か可朗?」
「大丈夫だ」
二人は影の方を見た。何かの瓶が転がっている。
「ヴェノム・パワー?」
「こいつ、ドーピングしてたのか?」
木の陰から声が聞こえた。
「どうやら、失敗だったようですねえ」
「お前か!」
天希と可朗は、そいつを追いかけたが、公園からでたときには、そいつはいなかった。
二人は、自分の影に踏みつぶされるのを恐れて、残金を使い果たしてホテルに泊まることにした。

第四話

天希の家は3階建てで、山の斜面にめり込むようにして建っていた。天希はめのめ町から船以外で他の国や町にいったことがほとんどない。だから、もし友達の家に行くだけで帰ってきても、天希にとっては大冒険の始まりだった。

その山は別に峠口家の領地などではないが、家から2キロくらいまでは、ほとんど自分の庭として使っていた。だから、その辺にとりつけてある遊具を見れば、天希は自分がどこにいるかわかる。ただし、この大冒険を始めるには、それより広い範囲の森に出て、さらに山を越え、見たことのない外の世界に出なければならない。そう考えるだけで、天希はそのうれしさに、めのめ町の方に向かって叫ばずにはいられなくなる。
「ぜっっっっってーかえってくるぞおおおおおおおー!」
そして反対側にも。
「ぜっっっってー倒してやるからなあああああああまってろよおおおーーーーー!」
二つの山彦は、それぞれの方向へ響いていった。

頂上から見てわかるように、山というよりは低くて小さい山脈のようだった。アビスがめのめ町を攻めてこないのは、この山がある為だと言われている。めのめ町と他の町との境目がこの山脈で、海を渡る以外はこの山を越えるしか、めのめ町に侵入する方法がない。
天希は、初めて自分一人でめのめ町を出たことがうれしくてたまらなかった。外の世界に向いた斜面を、転がりながら下っていった。
「ぎゃっ!」
突然何かにぶつかった。木だった。
「あ、そうか、こっちにも森はあって当然だよな・・・・・」
天希は、こっちの森に何があるかわからないので、うれしくて走り出したい感情を抑えて、歩いていくことにした。

天希が森の中間あたりにはいった頃、ある一人の少年が、めのめ町の方角から『外の世界』の森にはいってきた。
「おーい!天希ー!」
三井可朗だった。
「まったく、世話のやけ・・・・・ぶへっ!」
「誰か呼んだ?」
可朗は消えていた。
「??????」
天希は誰に呼ばれたのか、可朗は自分がどうなったのかが疑問だった。可朗はどうやら落とし穴に落ちたようだ。
「誰だよ、こんなところに落とし穴を掘るやつは・・・・・・」
突然、誰かの走る音が二人の耳にはいった。こっちへ向かっている。
やってきたのは、50くらいの大男だった。その男は、天希の方を見ると立ち止まった。
「チッ、もう上がってきやがったか・・・・・まあいい、相手はガキだ」
二人は戦闘準備を始めた。

誰にも気づかれてない可朗は、穴からそーっと顔を出した。誰かが二人、戦っている影があった。
「天希!」
可朗は穴から飛び出てきた。
「可朗!?」
「天希ー・・・・ぶへっ!」
「消えた?」
「ああ、俺様の作った落とし穴だ。そうか、落ちたのはあいつの方だったのか」
そう言うと、その男、長谷大山(ながたに たいざん)は、再び天希の方へ向かっていった。
「くそっ!」
天希は素早い動きで大山の後ろに回り、思いっきり背中を殴った。
「ぎゃあああああ!」
可朗はまた穴から顔を出した。悲鳴を上げて倒れたのは天希のほうだった。
「痛ッてーー!」
「天希!?」
「ふはははははははは!相手のデラストを確認せずに攻撃に出るとは!」
「何!?」
「俺様のデラストは『岩石』のデラストだ!」
「つまり、体を岩のように硬くできるって言うことか」
「そこら編に転がっている石っころにもなれるということかい?」
可朗が冗談を言った。
「今にわかる」
突然、地面が揺れだした。大山が両手を上げると、地面からいくつもの岩石が浮き上がってきた。既に地面から出た物は、大山の周りを浮遊している。
「げげっ!」
「くそう、相手が岩石じゃ俺のデラストが通用しねえ!」
「ふっ、だと思って僕が来てあげたんだよ」
「・・・・役に立たなそうだけどな・・・・・」
大山の岩が飛んできた。天希はジャンプしたり、左右に移動したりしてかわしたが、可朗はせいぜい頭を引っ込めることしかできなかった。
「うわあああ」
一番大きな岩だったが、転がっていって可朗のいる穴を塞いでしまった。
「可朗!」
「次話お前の番だ」
(くっ、相手があれじゃどうすることもできねえ!熱で倒す方法はあるけど、ずっと動かずにいないといけないからな・・・・・・それに、相手は大人だ、もしあいつのデラスト・エナジーが切れたとしても、力では勝てないな・・・)
突然何かが落ちてきた。それは、次の攻撃の準備をしていた大山の頭に直撃した。
「・・・・・・・」
「残念。相手のデラストを確認せずに攻撃に出るとはね」
天希のうしろにある、大きな岩の下から声がした。
「ふっ!」
地面からまた岩石が現れ、その岩の下にある物を押しつぶそうとした。しかし、その岩石がくっついた瞬間、粉々に砕け散った。
「植物ってのはね、一番力が強いんだよ」
「可朗!」
地面の雑草が急激に伸び、大山の体に絡み付いた。
「くそ、放せ!」
「今だ天希!」
天希は大山に向かって火の玉を投げた。
「へっ、そんな物がこの俺様に通用するか?」
大山が言うと、可朗はそれに答えるように言った。
「大人がそんなにバカじゃ、社会には通用しないよ」
大山に絡み付いていた雑草が、いきよいよく燃え始めた。
「ぐぁあああああ!そういうことか!」
「どうしたんだい?通用しないはずなんだろ?」
「助けてくれええええ!」
「・・・・・・もういいだろ」
「え?」
天希は炎を吸収し始めた。

「あびすサマ!あびすサマ!メノメ町ニハモウイナイソウデス!」
「『もう』いない!?どういうことだ!」
「あびすサマヲタオスタメニ旅ニデタソウデス」
「デラスターになったばかりの小僧共ごときが、この俺様を倒せるとでも思っているのか!」
アビスは机を強くたたいた。
「でもラクなんじゃないの?わざわざ向こうからデラストを渡しにくるってのは」
「まあ、その二つは探す手間が省けるってもんだ」
「でも、倒せるかどうかはわからないんじゃないの?」
「は?」
「いや、なんでもない」

第三話

「おっせ~な・・・・・」
クラスには、天希を除いたB組生徒全員が集まっていた。天希は今日、めのめ町を出て行くので、みんなでパーティーを開くことになったのだ。
「どこにいったんだ?去年は骨折しながらも体育祭に参加したくらいなのに・・・・・いったい何があったんだ?」
短気な宗仁は、歯ぎしりをしながら待っていた。
「天希~!お前がいなきゃ始まんねえんだよ!それとも恥ずかしいのか?隠れてないで出てこ~い!」
「重症なのかな・・・兄ちゃんは冷酷で容赦ないからなあ・・・・・」
「仕返しにいったんじゃないかな?」
「・・・ってかさ、宗仁、おまえ、クラスここじゃないだろ・・・・?」
天希と特に仲がいい友達の会話を、奧華はこっそり聞いていた。
「あっ!どこ行くんだ?」
教室のドアがいきなり開き、奧華は走って教室を出て行った。
「探しにいったのかな・・・・?」
「よ~し!俺も探しにいくぞ!お前らは教室で待機だ!」
宗仁が叫んだ。教室が一瞬静かになった。
「お前らまで行ったら、保健室に収まらないだろ」
そう言うと、宗仁も三年生の教室に向かって走っていった。

他のクラスは、だれかが旅に出るというような雰囲気はなく、いつも通りのHRをやっていた。三年C組の窓の外では、包帯を巻いた生徒が一人、がんばっていた。幽大はそれに気づいたのか、黒板の方に向いていた目が、急に窓の方を向いた。
「きやがったか・・・」

二年B組の教室では、生徒達がまだ待機していた。休み時間になり、三年C組の生徒は全員廊下へ出て行った。天希は窓をこして教室に入り込んだ。と同時に、廊下から幽大の癇癪声と、宗仁の叫び声が聞こえた。そして廊下を逃げていく三年生達が目に入った。天希はドアの方に向かった。こんどは奧華が幽大を説得している声が聞こえた。風が吹き始めた。
「やめろ!」
天希は二人の間にはいり、奧華をかばってかまいたちを受けた。前よりも痛みが増していたが、天希は立ったままだった。
「お前、そいつの分まで傷を受ける気か?」
「いいや、今度はそっちが受ける番だ!」
天希はいきなり殴り掛かった。幽大は風を起こしたが、目の前だったので、後輩の拳がヒットした。天希は、向かい風の力と、その逆方向に向かって食らわしたパンチの力で前に転んだ。しかし、そのおかげで風に飛ばされずにすむ。天希は今度は足払いをかけ、先輩を転ばせた。幽大が立ち上がると、次の拳が顔面めがけて飛んできた。幽大がよろけている間に、天希はしゃがみ込んで思いっきり足払いを食らわせた。
天希はこれを繰り返した。拳のほうは確実にダメージを与えていたが、陰に逃げ隠れてみていた奧華は、それが挑発にしか見えなかった。
奧華が予想したように、天希がやっていることは挑発が目的だった。途中でそれを止めると、今度は天希の顔面に向かって拳が飛んできた。殴られる直前、そしてその後も、天希は笑顔を作っていた。
(作戦成功!)
天希の作戦とは、相手を挑発し、接近戦に持ち込む、『デラストを使わない作戦』だった。過去にデラスト・マスターになった人物が、デラストの相性が悪い相手に使ったと言われている。かまいたちなどの遠距離攻撃は、自分の腕や足などを使わないので、いくら使ってもスッキリしないということに気がついた。『風』のデラストに対しては、遠距離線はかなり不利になるため、接近戦に持ち込み、
「ぎゃああああああああ」
・・・デラストの大技でとどめを刺す。

パーティーは無事に行われた。宗仁もそこにちゃんといた。
「これで安心してこの町を出ることができるな」
「勉強サボるなよ!」
「あんたならできるっしょ!」
「頑張れ!」
「手紙送れよ」
「いってらっしゃい!」
こうして、天希は旅に出たのだった。

最初に向かうのは、北にある『グランドラス』という町。そこには、かつて宗仁をデラストの力で押さえつけた先輩がいる。デラストについて詳しかったが、小学校卒業と同時にグランドラスに越していった。天希は、最初からそれと再会することを決めていたのだ。

第二話

「だーめ~でーす~っ!!絶対に!」
「そうかのう・・・でも本人がいきたいといってるし・・・・」
この話し合いは「なぜか」学校の第一会議室で行われた。琉治と、天希のクラスの担任の先生だけだったが、「なぜか」会議室での話し合いになった。

天希の担任は峠口一郎という名で、天希の伯父でもある。別居だが、一週間に一回は天希の家に顔を出す。大げさにいえば、毎週家庭訪問があるようなものだ。

この話し合いが行われたのは、昨晩、こんなことがあったからである。

「じいちゃん、じいちゃん」
「なんだ天希?」
「昨日来てたあいつ、いったい何者なんだ?」
「ああ、あいつがあの有名なアビスじゃよ」
「え?魔人アビス・フォレストのこと?」
アビス・フォレストは、その忠実な部下とともに、強力なデラストの力でめのめ町の数倍ある都市をいくつも支配している「魔人」である。めのめ町はその周りに囲まれた小さな港町で、いつその力の支配下になってもおかしくないような状態に陥っている。
魔人とは「種族」のことである。魔人と呼ばれる種族は数種類あるが、アビスはその中の「フォレスト族」に属する。魔人と呼ばれているのはその顔が普通の人間とかけ離れていて、背がかなり高く、肌や血の色が薄い緑か薄い青で、ほとんどが一般の人間に遥かに勝る怪力を持つからである。フォレスト族は、その名が英語で「森」を意味するように、肌の色が緑がかっている。一応、これらの種族も例の宇宙飛行士の子孫、つまり人間なのだ。ただ、通常の地球人そのままの姿の人間が、一般市民として広がり「すぎた」ために、迫害され、ひどい差別を受け、国によっては奴隷として扱うところもあった。
「くそ~、あいつら、みんながどれだけ迷惑してるかわかってんのかよ」
「わかってないから暴力を振るったり、税金をかってに増やしたりするんじゃろ」
「じゃあなんであいつはそれがわからないんだ?知らないからだ!教えてくれるやつがいないからだ!じゃあだれがやる?今まで誰もやんなかったことを誰がやるって言うんだ?そうだよ、俺がわからせてやるんだ!」
「え・・・・・まさか・・・・・・・・」

「しかし天希もそこまで冒険心があって勇敢だとは思わんかったのう」
「いい迷惑ですね!わかってないのはあなたと天希のほうですって!」
「しか・・・」
「言い訳は通用しませんよ!校長先生がなんと言いますか!」
「OK、といってたぞい」
「うそーん!」
「これで大丈夫じゃろ?」
「・・・・たとえ校長先生の許しがあっても、自分のクラスの生徒を危険な目に遭わせる訳にはいきません!」
「何がそんなに・・・」
「まず第一に、デラストを持ったからと言って、アビスに勝てる訳ではないんですよ!この地方ではあなたのように長い人もいるのに、天希はデラストを持ったばかりなんですよ!」
「だれもすぐ戦うとはいってない。強くなってから倒す、そのためが旅じゃて」
「・・・第二に、天希はまだ子供の分類なんですよ!一人が行ったら、他のみんなまで行こうとしますよ!」
「仲間は多い方が安心じゃろう?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「天希はこの、デラスト・マスターの子じゃぞ。このワシだって、十歳の頃はどれだけ噂が流れたか・・・」
「当時の六年前じゃないですか!あなたがデラストを持ったのは!」

一郎は、みんなが催眠術かなんかにかかっているのではないかと思った。クラスのみんなは、一人を除いて、誰も反対しなかった。その一人といっても、賛成、反対のどちらにも手を挙げなかった。
安土奧華(あずち おうか)という女子がそれだった。しかし先生(一郎)は彼女が手を挙げていないことに気づかなかった。彼女の席は一番後ろだった。
彼女はその日の休み時間は、落ち込んでいる様子で廊下を歩いていた。理由を尋ねる友達はいたが、だれにも返答しなかった。しかし天希がくると、顔を上げて、目を向かい合わせた。

「なんで?」

二人は同じ言葉をほぼ同時に言った。奧華はまた下を向いた。
「なんであのとき、お前だけ手を挙げなかったんだ?」
「なんで行っちゃうのよ?あんた、『副』学級委員長でしょ?あんたが行ったら、委員会が勤まらないわよ」
「なんでそんなこと言うんだ?おまえには関係ないだろ!」
このとき天希は、奧華が言いたいことはそのことではないだろう、と思っていた。
「言いたいことがあるならはっきり言えよ」
これを聞くと、奧華は教室に向かって走っていった。
「うっわ~」
「うっわ~」
話を盗み聞きしていた周りの女子達が、天希をにらんでいた。
「な、なんだよ?変な目で見るな!」
天希も教室と反対の方向へ逃げていった。突然誰かにぶつかった。
「わざわざ切り刻まれに来たのかい?この針鼠野郎!」
天希は顔が青ざめた。ぶつかった相手は、三井可朗の兄、幽大(ゆうだい)だった。機に食わない人間がいると、『風』のデラストの攻撃技『かまいたち』で傷だらけにしてしまう、不良生徒と噂の三年生である。
「この前はよくも弟を火あぶりにしてくれたな!てめえはただぶつかっただけの野郎共より多くの血を流さなきゃいけねえ!」
天希は戦闘態勢にはいった。と、突然ものすごい風がふきつけ、天希は壁に激しくぶつかった。
天希は火の玉を出したが、強風に吹き消されてしまった。今度は火の矢を放ったが、結果は同じだった。
今度は幽大のほうがかまいたちを放った。天希はギリギリのところまで引きつけ、炎の剣でかまいたちを防いだ。
チャイムが鳴ったが、戦いは続いていた。攻撃が相手に届かない分、天希の方が不利だった。突然、天希は大声を張り上げて相手を威嚇した。
一瞬風がやんだ。天希は手から炎の剣を出し、幽大に向かって走っていった。天希は相手の目の前で、剣を振り下ろした。
が、そのとき、天希の手には剣は握られていなかった。おどろいた天希の顔と、笑みを浮かべた幽大の顔が向かい合っていた。
「かまいたち!」
「うわああああああっ!!」

天希は包帯だらけで帰ってきた。その夜、天希は祖父にその戦いのことを話した。
「なんじゃ、知らんかったのか?やれやれ、そんなんで旅に出ようとはの・・・・・・」
「・・・・・・」
「天希、コンセントのない充電式の電化製品というのは使い続けるとどうなるかな?」
「・・・・電池がなくなる・・・・」
「そうじゃ天希、デラストもそれと同じように、使い続ければ力がなくなるのじゃよ。しかし、デラストは機械ではない。放っておけば自然と回復するものじゃよ」
「デラスト・エナジーか・・・」
天希は、琉治がだした本を見て言った。

「あびすサマ!あびすサマ!」
「おお、なんだ?」
「アノ、アノ四ツノでらすとヲ持ツでらすたー(デラストを使う人のこと)ノ顔ガワカリマシタ!」
「どれどれ・・・・・」

「は!?」

「どうした?アビス」
向かいの青年が言った。
「やべえよ、なんでオレはあのときに気づかなかったんだー!」
絶望するアビス。
「ふーん、なかなか面白いことになりそうじゃん」
天希の写真を見つめる青年。
そして・・・・・・