第四十二話

「ふぅ・・・ふぅ・・・」
薬師寺悪堂は非常に焦っていた。飛行機に搭載された無線機が受信したのは、真悠美が発した電波だった。その電波は、船の中で真悠美が天希達に話した事を、一語一句漏らさずに、真悠美そのままの声で変換され、悪堂の耳に届いた。
「我々をおちょくっているのか峠口っ・・・!」
飛行機はヒドゥン・ドラゴナの本部が置かれている孤島へと着陸した。悪堂は飛行機に同乗していた部下を連れ、本部建物と発着場をつなぐ通路を急ぎ足で進んだ。
「生意気なガキどもめ・・・!」
悪堂はそればかりつぶやきながら歩いていた。
「あ、あのー・・・」
後ろから声がした。悪堂は怒りの表情を微塵も隠さずに振り向いた。声の主は動揺しながらも続けた。
「ここ、一体どこですか?俺ついてきてよかったんでしょうかね・・・」
悪堂は足を止めた。ついてきている部下の中で、布をかぶっていないのはその男だけだった。悪堂は少し考えた挙句、怪しい笑みを浮かべて応えた。
「良いでしょう、今からあなたは第四級官です。ここ、ヒドゥン・ドラゴナ本部への入構は許可されます」
悪堂は布を外すのを躊躇っている部下達に向かって言った。
「何をしているのです、今のやりとりを見ていたでしょう。もう隠している必要はありませんよ」
そう言って悪堂は歩き出した。後に続く部下たちは、歩きながら顔にかかっている布を外し始めた。
「布なんか被ってて、暑くないんで・・・」
彼は絶句した。同時に足も動かなくなった。布の下から現れた顔は、人間のそれとはかけ離れていたからだ。前に長く伸びた鼻口部、顔の両横を向いた目、褐色の鱗に覆われた肌。それらは彼らが全身に纏っている襤褸の布に比べれば美しく光っていたが、それを初めて目にする彼が驚きで頭が混乱する中、やっと形を成した言葉は「気持ち悪い」だった。しかし幸か不幸か、口は歯と歯を離したまま動かなかった。緑色をした目は彼のたじろぐ様子を捉えたが、特に反応もなくそのまま廊下を歩いて行った。
「ば・・・化け物か・・・?」

悪堂はさらに奥の部屋へと向かった。周りにいるのは皆、同じく鱗に覆われた肌を持っており、三角形をした長い顔を悪堂に向けては、その頭を振り下ろすようにしてお辞儀をした。
「悪堂様、オカエリナサイマセ」
顎の形と発音が合わないのか、廊下を進むごとに片言な挨拶で悪堂は迎えられた。悪堂は奥の部屋に着くと、そこにあった豪華な椅子に腰をかけた。
「・・・他のドラゴナ全員にも伝達しろ。飛王天は敗北、それに伴って飛王天支部は消滅。支部所属の高血種族収容所も破壊された。今から30分後にホールに集合せよ、と」
悪堂の声は震えていた。「ドラゴナ」と呼ばれたそれは無言でうなずくと、部屋を出て行った。間もなく、人間のものとは掛け離れた発声、言語で放送が入った。この言語は悪堂もよく理解していない。悪堂は大ボリュームの放送の中、小さく呟いていた。
「ゼウクロスが目覚める前に、血の海にしてやろうか・・・」
放送が終わると同時に、悪堂は卓上の電話が鳴っていることに気がついた。悪堂は電話をはたくように取り、声を荒げて言った。
「誰だ!」
しかし向こうから返事はない。悪堂は追い討ちをかけようとしたが、妙な勘で電話の先にいる相手が分かってしまった。その途端、彼の顔から一気に怒りのシワが消え、がなりつけようとした言葉は喉の奥へ消えてしまった。沈黙がしばらく続き、彼の手が震え始めた時、予想通りの相手の、女性の、非常に低い声が聞こえてきた。
「・・・さて、誰かしらねぇ」
その声に悪堂はさらに震えが大きくなった。しかし彼は震えを噛み締めて、はっきりと応答し始めた。
「ボス・・・!ご無沙汰で・・・」
悪堂はまるで人形のように席の上で固まっていた。
「元気そうで何よりね。ところで、アビスの奴の軍団と、飛王天支部の調子は良好かしら?」
トーンは非常に低かった。そして遅く、重々しかった。悪堂は頭と内臓がぐるぐる回っているような感覚を覚えたが、なるべく明るく返答しようと思い、声の調子を上げて返答した。なぜそうしようと思ってしまったのか。
「りょ、両支部とも非常に奮闘しております!先日は飛王天支部にてヴェノム・ドリンク33号が目標の値を達成いたしました!」
糸車が空回りするような声が出た。悪堂は気が遠くなる思いがした。
「ほう、達成したかい、それは初耳だねえ」
空回りしていた悪堂の笑顔に身が出てきた。悪堂はすかさず返答した。
「今までにないほどの出来でございます!これを量産してそれぞれの角に送れば我々ヒドゥン・ドラゴナも北角としての立場を見せつけることができるかと!」
悪堂は期待して返答を待った。しかし、聞こえてきたのは冷めた笑いだった。
「悪堂、アンタがそんな子供だったとはねえ。どおりであのジジイの、飛王天の世話がろくに出来ないわけだ」
悪堂の頭は真っ白になった。焦ることも苛立つこともなくなり、ただ受話器から流れてくる声を聞くばかりだった。
「他の角に立場を見せつける?そんな事のために今まで高血種族どものダシ取ってヴェノム・ドリンクを量産してたのかい。もういい、アンタみたいなガキにドラゴナ共を制御できるはずなんてなかったんだよ。両支部とも奮闘してる、ってのはアンタなりに考えたジョークね、褒めてやるよ。24時間以内に戻る、それまでにおままごとでもして待ってな」
電話は切れた。しかし悪堂が動き出すまでに3分はかかった。彼は受話器をゆっくり机に置き、そのまま部屋のドアに虚ろな目をやった。それと同時に、シワが潰れそうなほどに顔をしかめ、目の前にあるものを投げるようにどかしながら部屋を出た。
「くそう!何故だ何故だ何故だ!全て、全てあのガキ共がッ・・・!」
悪堂は床に蹴りを入れる足取りでホールへ向かった。
「今に見てやがれ・・・かつてゼウクロスをも混乱させた古代の軍勢が、貴様ら人間共を血祭りに上げる様を・・・!」

エルデラは海の上を漂っていた。疲れ切った表情をしていたが、それでもデラストの力を使い続けるしかなかった。
「これだけ経っても魚雷が飛んでこねえって事は、場所はバレてねえな・・・」
海上には小さな波が立っていたが、エルデラのいる点に近づくにつれて波は小さくなり、彼の周りでは波はほぼ全く立っていなかった。
「しかし、これからどうするか・・・」
彼は辺りを見回した。さっきから何度もそうしているのだが、どの方角を向いても水平線が見えるばかりで、島らしきものどころか、物と呼べるものが一切目に入ってこない。海と空だけがあり、空を雲が、海を波が漂うだけの世界だった。エルデラは死後の世界にでもいるような雰囲気を覚えた。
「船ぐらしで見慣れた光景のはずだと思ったんだけどな・・・1人で放り出されたあの日ですら平気だったが、今日は本当に一人だな」
海の上を浮かびながら感傷に浸っていたくもあったが、そうのんびりしている場合でもないと改めて自分に言い聞かせた。エルデラは一旦デラストの力を解いた。そのまましばらく漂い、深呼吸した後、最低限の空気が残るまで息を吐いてから潜った。
(そうだな、見つからない事がいい事ばかりじゃねえ)
エルデラの体はどんどん沈んで行った。沈みながら、常に辺りを360°見回していた。
(俺の勘が正しければ、来るはずだ・・・!)
辺り一面は、真上から太陽光が注いでいる以外はほぼ暗黒の世界だった。海上からは見えない、海の闇が横に下に広がっていた。どこから来たかわからない波が彼の体を揺らして通り過ぎて行く。体は音のない深い深い闇の中にどんどん沈んでいく。エルデラは息苦しくなってきた。
(来い、早く来い・・・!)
苦しさは次第に増して行くが、彼は辺りを注意深く見回し続けた。そのタイミングを逃すわけにはいかなかった。そして、突然の強い波に体が引き寄せられると、彼は全神経を集中した。
魚雷はすぐに目の前に現れた。彼は紙一重で、猛スピードで飛んでくるそれの命中を避け、すかさず後ろについた羽を掴んだ。魚雷は標的を失ったまま、海の中をまっすぐ進んで行った。エルデラは意識が朦朧とし始めたが、ここで少しでも気を抜けば再び海の中へ放り出されてしまう。波による上下左右の激しい揺れに翻弄されながらも、エルデラは手を離すまいと、魚雷の羽をしっかり左手で掴んでいた。
(頼む、どこでもいい、陸と呼べる場所に着いてくれ・・・!)
エルデラのデラストの力によって、魚雷の羽は彼の指先の部分から徐々に削れていき、やがて穴ができた。彼はそこに指を通し、強く握った。これでさっきよりも掴む力は少なくて済む。しかし意識は飛び始め、徐々に全身が言う事を聞かなくなり始めている。魚雷は走る速さ、泳ぐ速さを遥かに超えるスピードで進むが、進んでも進んでも深い海の色が続くばかりで何も新しいものが見えない。一体どこへ辿り着くのか、それともこのまま海の底へと沈んでしまうのか。
「・・・カ・・・レン・・・」

第四十一話

「協定・・・それは一体、どういう事だ」
「簡単な話よ、互いの目的を邪魔し合わない、つまりぶつかり合わないっていう取り決めをしたのよ」
真悠美は大網の隣に崩れるように座った。
「『海角協定』ってね。あちらさんの海域利用に目をつむる代わりに、あたしらは『角』の一つに匹敵する実力を持った組織として認めてもらってるわけ」
「『角』・・・?角とは一体何だ?」
「あららぁ、先生のくせに何も知らないのぉ?フフフ・・・」
真悠美は笑ったまま答えなかった。田児はニヤニヤしながら雷霊雲の顔を見た。
「そういうことだからさ、先生、ドラゴナの連中について、俺たちがこれ以上口を割る訳にはいかんのよ。諦めて海の旅を楽しむ事でしゃ」

「・・・う」
天希は目を覚ました。
「ここは・・・」
やや視界がぼやけていたが、天希にとっては見慣れた色合いだった。天希は体を起こしつつ、自分の肌と床板がすれる音に耳を傾けていた。
「あら、起きたのね」
ドアの開く音がした。振り向くと、そこには人の影があった。
「母さん・・・!」
天希はつぶやいた。と同時に、彼は突然目を鋭くして、その人影に飛びかかった。
「おっと」
人影は何の迷いもなく、飛びかかってくる天希の額に指を伸ばし、縦に軽く叩いた。
「!?」
瞬間、天希の視界が傾き、上下が分からなくなった。天希は勢いを失い、その場所に転がってしまった。
「やっとデラストを手に入れたようね、上出来だわ。でも、母ちゃんを倒すには10年早いわよ、ひよっ子ちゃん」
天希は手探りで地面を確認し、顔を上げた。そこには、6年前とさして変わらぬ母親の姿があった。
「おかえり」
真悠美は天希に微笑みかけた。雷霊雲が船長室を訪れてから30分と経たないうちの出来事だった。

「『波動』のデラスト・・・?」
「へい。何でも、おおよそ波と呼べるものはどんなものでも操れるっていうのが、本人のおっしゃってた事で」
雷霊雲は、田児の他に可朗、君六達とともに廊下を歩いていた。
「船を動かす時ゃ大網さん1人で十分なんですが、姐さんもまたすげえ力をお持ちでして。ピターッと止むんですわ、波が」
「へえ・・・」
「後は、姐さんにこう、頭をコツーンって叩かれると、誰でも一発で寝ちまうんですわ。天希坊なんかはいつもそれで静かにさせてたんです。さっき酔っぱらってたのも、自分の頭をコツーンってして、それでサッパリ覚めちまうらしいんですわ」
「・・・脳波だな。人の頭も波で動いてる」
一同は納得したようなしてないような頷き方をした。
「とすれば、波を『読んで』我々の居場所を把握していたのは、真悠美さんの方だったか」
「ふ、夫婦連携ってことかな・・・すごいね・・・」
君六は隣にいる可朗にかろうじて聞こえる声でぼそぼそとつぶやいた。雷霊雲は急に立ち止まり、田児の方を見た。その言葉が出る前に田児が目を丸くして睨み返したので、雷霊雲は逆に驚かされ、何かに叩かれたように言葉を吐き出した。
「我々をこの後どうするつもりだ」
田児の足は止まらなかった。
「大網さん次第って所ですかね。俺ら以外の人間を船に乗せるなんて、そうあることじゃねえですし」
そう言って田児はトイレに入って行った。

天希のいた部屋から出てきたばかりの真悠美に、カレンは話しかけた。
「あの、天希君の、お母様、なんですよね・・・」
「あらあら。さっきはごめんね、船に女が増えるとあたしつい嬉しくなっちゃってさ~」
「いえ、大丈夫です!気にしてませんから・・・」
「あらそう。フフ、面白い子・・・」
そう言って真悠美は馴れ馴れしい手つきでカレンの頭をなでた。カレンは少し恥ずかしげにうつむいた。
「あら?この感触、なんか覚えがあるわね・・・」
それを聞いて、カレンは顔を上げた。
「そうです!私、エルデラの妹のカレンです・・・!あの、兄さんが海に落ちたはずなんです。それで、今どこにいるか教えてください・・・」
真悠美はそれを聞いて少し固まったが、間も無く大笑いし出した。
「あっはは、本当に!?あんたがカレンちゃん?すごいメンバーねえ!何、エルデラまでいるの?ははは、そう!」
エルデラの名を聞いて、海賊の下っ端が集まってきた。
「ふーん、そう、エルデラまでねぇ・・・本当に面白いわ・・・残念だけども、この船には拾われてないわね。海の波を見ても、それらしき反応はないわ」
「えっ?それって・・・どういう事ですか・・・?」
「どういうことって言われても、あたしゃ知らないわよ。どっかの島にでも降りたのかしらねえ。さすがに海の真上を移動されたらあたしにも分からないわよ」
「で、でも・・・」
「あいつもひさしぶりに顔出せばいいのに。どのくらい大きくなったのか見てみたいもんだわ。ねぇ、天希?」
真悠美は振り返ったが、部屋に天希の気配はなかった。
「あら?」

外は雨が降っていた。奥華は甲板の隅で縮こまっていた。
「・・・あたし」
奥華は、雨に濡れた自分の右手の平を眺めていた。滴が降り、肌を伝い、流れていく様を何十分も眺めていた。空の様子は不安定で、雨が弱くなったり、晴れたりもしたが、奥華はそのまま動かなかった。やがてまた雨が降り出した。奥華は突然、左肩を押さえた。床を流れる雨水に、自分の顔が映っているのを見た。雨の波紋でゆがんで見えたが、そこにある顔は、ただ暗い表情をしただけの、いつもの自分の顔だった。
「・・・違うでしょ」
奥華は映った自分の像に向かって話しかけた。
「出てきてよ・・・誰なの?あたしの中にいて、あたしじゃない誰か・・・」
雨が止み、水面は彼女の普段通りの姿を、さっきよりもはっきりと映した。
「・・・」
曇った空がかすかに光った。
「・・・いないよね、そんなの。あたしがただおかしな子なだけだよね・・・」
そう言って顔を伏せたが、すぐに顔を上げて叫んだ。
「嘘つかないでよ!」
それと同時に雷が鳴り、さっきより強い雨がどっと降り出した。
「天希君のお兄さんの前でも出てきたじゃん、隠れてないで出てきてよ、ねえ!」
当然、返事はない。雨が床を強く打ち、映っていた奥華の姿は形が分からなくなるほどにゆがんでいった。奥華にはそれが、自分が形をとどめぬ怪物の姿に変貌していく様に見えて、恐ろしくなりその場にさらに縮こまった。
「嫌、嫌だ・・・嫌だよ・・・」
一度奥華を呼ぶ声がした。しかしその声は雷鳴にかき消され、彼女の耳には届かなかった。
「奥華ー!」
二度目のその声は奥華の耳にはっきりと届いた。思わず顔を上げると、すでに目の前にその姿があった。奥華は思わず立ち上がった。
「あ、天希君?」
「どうしたんだよ、こんな所で。風邪引くぞ」
「か、風邪?大丈夫だよ、あたしのデラストは水を操るんだよ、引くんだったらとっくに引いてるよ」
「そっか、確かにそうだよな!」
自分のわけの分からない理屈に納得されたのが、奥華は少し悔しかった。
「うわー、すっげー雨!転んだらそのまま海に滑り落ちそうだな!」
「う、うん・・・」
奥華はまた暗い顔になった。
「ん?どうしたんだ?」
「・・・天希君。あたしって、誰だか分かる・・・?」
「えっ?お前奥華だろ?そんなの決まってるじゃん!奥華・・・えーと、なんだっけ苗字」
「本当に?本当にあたしなの?あたしはあたしなの?」
「え?どういう意味だ?俺なぞなぞみたいなの分からねえぞ・・・あっ分かった、お前ドッペルだろ!奥華に化けたドッペルだろ!」
天希は自信満々に指をさした。奥華は少し笑って、顔に影を落とした。
「・・・そうかもしれないね」
「・・・?」
奥華は2歩ほど前に出た。
「・・・どうしよう」
「何が?」
「天希君・・・もしあたしがあたしじゃなかったら、どうしよう・・・!」
奥華は顔を上げた。泣いていた。
「お、奥華?」
「ねえ天希君、あたし嘘ついてきたのかもしれない。自分で自分が誰だかわからないのに、学校のみんなにも、ネロっちにも、天希にも、あたしはあたしみたいに振る舞ってたのかもしれない・・・!」
奥華は肩を震わせて泣きはじめた。天希は混乱したが、奥華の方に寄り、肩を叩いて言った。
「じゃあなおさら、奥華は奥華じゃんか」
「・・・えっ?」
「俺にとっても可朗にとっても、みんなにとっても、お前は奥華だし・・・アダ名とかで呼ばれたことないだろ?じゃあやっぱり奥華は奥華で、えーっと・・・他の誰かじゃないだろ?」
「・・・」
「んんん?自分でも何言ってるかさっぱりわかんねえ!とりあえず奥華は奥華だ!難しい事は無しっ!俺がわかんねえから!」
そう言って天希は突然、奥華の右手を握って走り出した。
「えっ?ちょ・・・!」
天希は船首の床扉の所まで走ってきて、雨水に浸された扉を開けようとした。しかし、扉は開かない。
「あれ・・・?」
天希は奥華の手を放し、両手で取っ手を握って開けようと踏ん張ったが、扉はびくともしなかった。
「うわーっ!閉め出された!」
天希は頭を抱えて叫んだ。そして奥華の方を苦笑いしながら振り向いた。
「これ・・・雨が止むまで開けてくれねえぞ・・・はは」
その時奥華は初めて気がついた。天希の髪も雨に濡れて垂れ下がっていたのだ。奥華はここにいる天希も当然びしょぬれになっているという事に、今の今まで気がつかなかったのだ。
「・・・天希君」
今度は奥華が天希の手を引いて、船の反対側まで走っていった。
「お、おい、奥華?」
二人は船尾の、少し屋根の出ている下まで来て、そこで雨宿りをした。
「ここか。それにしても雨すげーな・・・」
直後に天希はくしゃみをした。
「あ、天希君、大丈夫!?」
「んあ、平気だよ・・・」
奥華は首を横に振ると、天希の方に手を向けた。すると、天希の髪や服についていた水が、天希の体から離れて行った。
「これで大丈夫・・・!」
「おおっ、すげえ!ありがとな奥華!」
奥華はついでに足元の水を掃けた。二人はそこに座り込んだ。
「ごめんね天希君、こんな所まで探させちゃって・・・」
天希は何て事ないと言った表情で奥華の方を向いた。
「今度から心配かけさせんなよ」
そう言って天希は笑いかけた。奥華も笑い返したが、疲れが見えていた。少し会話の無い間が続くと、奥華は眠くなり、そのまま目をつぶった。雨で冷え切った彼女の体は、自然と天希の方へ吸い込まれるように寄った。
(あったかい・・・)
睡眠に向かう意識の中で、彼女はただそう思った。奥華はとても心地よくなり、そのまま眠ってしまった。天希もいつのまにか居眠りしていた。雨はいつしか止み、船は静かに海の上を進んでいった。

「・・・それで」
可朗は呆れたように言った。
「いやあ、それだけ!起きたら雨止んでたしな」
雷霊雲に与えられた部屋から出てきたのは、ピンピンしている天希と、今にも倒れそうな足取りの奥華だった。部屋の方からは雷霊雲の声がした。
「おい奥華、お前は寝てろ。隣のバカは熱が出ても平気だが、お前はダメだ」
そう言って奥華の手を掴み、部屋へ引き戻した。ドアが勢い良く閉まった。
「まったく・・・バカは風邪引かないって言うけど、その話じゃどっちがどっちだか分からんよ・・・」
可朗はため息をつきながら言った。
「ん?どういうことだ?」
「どうでも・・・それにしても、奥華のやつも幸せ者だよな、まったく」
そう言って可朗は立ち去ろうとした。
「おい可朗」
天希は可朗を呼び止めた。
「何?」
「俺、誰だか分かる?」
それを聞いて、可朗はさらに呆れた顔をした。
「・・・もみじまんじゅうの妖精、じゃない?」
「は・・・?」
可朗はゆっくりと立ち去った。

第四十話

「父ちゃんだ・・・!」
大きな波に揺れるドッペルの背中の上、天希は影ひとつない水平線の向こうを、目を細めてみつめた。下の部屋からエルデラが素早く上ってきて、同じことをした。
「やっぱり来やがったか・・・」
爆発の余韻が消え、辺りはわずかな波の音に包まれた。天希は静けさを振り払うようにして辺りを見渡しはじめた。
「ドッペル、俺を水面まで下ろして」
天希がそう言うと、ドッペルの体の側面に足場ができた。天希は靴を脱ぐと、そこを伝って波立つ海面に触れられる位置まで下りた。
「落ちるなよ」
「落とすなよ」
天希は海水に足をつけた。
「冷てっ・・・」
水の中は青一色の世界が広がるだけに見えるが、いくつもの流れによってあちらからこちらへと移り変わっており、何がどこにあるかの判別をつけようとしても、その位置がずれてしまう事を、波の山が脛に触れるたびに天希は感じた。それでも、海の水とは明らかに違う冷たさの群れがこちらへ近づいて来る感覚は、足の裏を通じ、不気味な恐怖感となって彼の背筋に伝わった。
「ドッペル、飛べ!」
ドッペルは何か聞き返しそうになったが、その暇はないのだとブレーキをかけ、すぐに海面を離れて浮き上がった。天希は海面に向かって火の玉を投げたが、海に触れるとすぐに消えてしまった。
「あっ」
海面が不自然に泡立ち始めた。それを見るや否や、エルデラは海に飛び込んだ。天希は何が自分の隣を通り過ぎたのか分からずに振り向いたが、彼の眼窩が捉えたのは飛び込んだエルデラではなく、遠くからこちらへ向かってくる第二の砲弾だった。
「うわっ!」
砲弾はドッペルの横を通過したが、砲弾の後ろにできた風は宙に浮かぶドッペルを引っ張った。傾いたドッペルに、今度は海面からの爆発が襲いかかった。巻き起こった爆風は、足のついていないドッペルを爆心地から放り投げた。
「うわああっ!」
ドッペルは高速で宙を飛んだ。
「エルデラーっ!」
ドッペルは飛ばされながら、爆心地の方へ叫んだ。爆発によってできた波は、自然の波に揉まれて混ざり、あっというまに見えなくなっていた。
「くっ・・・!」
ドッペルは高度を落として、再び水面に体をおろし、海水をブレーキにして止まろうとした。波を作りながら、速度はだんだん落ち着いてきた。その時、彼は気づいた。
「天希!?」
さっきまで外にいた二人とも、すでに彼の上には乗っていなかった。
「さっきので飛ばされてもうたか・・・!」
立つ波も小さくなるほどに速度が落ち着いてくると、ドッペルはすぐに海面から離れようとした。しかし、それでは遅かった。無数の魚雷が近づいて来ている事に、ドッペルは当たってから気がついた。
「ぐわああああっ!」

「きゃああああっ!」
揺れと共に椅子が跳ね、皿が飛び交った。
「みんな!」
カレンは人形を走らせ、その糸で奥華と可朗を縛り上げた。
「えっ?う、うわぁ!」
固定された可朗の目の前に椅子が飛んできたが、四方から小さな人形達が飛び上がり、後ろについた糸で椅子を引っ掛け、動きを止めた。
「あ、危なかった・・・」
「可朗君、この部屋はお願いします!」
「えっ?」
そう言ってカレンは、糸を伝って隣の部屋へ向かって行った。
「・・・フッ、カレンちゃんの頼みなら、この僕も断るわけにはいかないね」
「格好つけてる場合じゃない!」
可朗が合図をすると、散らばった食材や木製の家具から芽が伸び出し、絡み合って絨毯のようになり、家具や食器を覆った。可朗は糸を切って床に降りた。
「どうだい」
したり顔をする可朗のこめかみに、固定し忘れていた湯呑みが直撃した。
「ぐぇ」
「あーあ・・・」

雷霊雲は最初の揺れがあった時から、飛王天のいる部屋へ移っていた。飛王天はしばしばパニックに陥っていた。
「落ち着け、慌てるんじゃない!」
向こうの部屋からは、聡美達の悲鳴が聞こえた。雷霊雲は天井に向かって話しかけた。
「おいドッペル、一体何があった」
「か、海賊じゃ、峠口大網じゃ」
「何?」
部屋が勢いよく傾き、雷霊雲は壁に叩きつけられ、飛王天のクッションになった。ほどなくしてカレンが部屋に入ってきた。
「先生、大丈夫ですか!」
「な、何とかな・・・患者が一人でよかったよ」
飛王天は変な悲鳴を上げていた。カレンは周りの音を聞くように周りを見回していた。
「兄さんは・・・?」
「いないのか」
再び衝撃が襲った。カレンはすぐさま部屋に糸を張り巡らし、壁から二人を守った。
「も、もう限界じゃあ・・・!」
ドッペルの半泣き声が聞こえ、壁が粘土のように曲がり始めた。
「おい、ドッペル!」
壁が溶け出し、床が消えた。三人は海に落ちるかと思われたが、実際に落ちたのは木でできた筏の上だった。筏には可朗、君六、奥華、聡美、巧太郎、玄鉄も乗っていた。後の三人はなぜか水晶で固められていた。そして上からドッペルが落ちてきた。
「これは・・・」
誰が何をしたのかはすぐに分かった。可朗がさっき以上にげっそりしていたのだ。しかし、筏の外にあったものが目に映ると、それすら気にかけていられない状況である事は明快だった。
「こりゃあ珍しいお客さんじゃねえか」
筏は7隻の船に囲まれていた。そのうちの1隻から顔を出した、がらの悪そうな男がそう言った。
「おや、三井ん所の末っ子がいるぞ」
「本当だぁ、違いねえな」
「お友達同士で仲良く海の旅ってか?俺達も混ぜろよォ~。ヘッヘッ」
後ろからさらに数人の男が現れて、筏を見下ろしながら笑っていた。
「おやぁ?ありゃ先生じゃねえか」
「本当だ、先生までいやがる」
「先生が乗ってるんじゃ、これ以上の攻撃はさすがの大網さんも許さねえなぁ。ヘッヘッ」

かくして一向は峠口大網の船に乗せられた。
「あんたら全員、デラスターらしいな。だが下手な真似をしたら、あっと言う間に海の藻屑になってあの世行きだ。大網さんの前ではなおさらだ。せいぜい気をつけるこったな」
斑鳩田児と名乗ったその男は言った。彼は大網のお気に入りで、海賊団員のまとめ役らしい。話を聞いた雷霊雲は、可朗達にささやいた。
「ここは彼の言うとおり、この場所のルールに従った方がいい。私がいれば大網も我々に手を下そうとはしないはずだ。くれぐれも、彼らの琴線に触れる事のないようにな」
聡美ら三人組は、互いに顔を合わせた。
「これってもしかして、二重捕虜ですの・・・?」

船の中ではある程度の自由が認められた。ドッペルは飛びながら船内見物をしていた。
「それにしても、海賊の船とは思えん広さじゃな。本棚に壁の装飾、家具、明かりときたら、まさに豪華絢爛といった感じじゃ。これが大網の趣味なのかのう。あの薄汚い下っ端どもにはどうにも似合わんわい」
「悪かったな」
突然、横から海賊団員が二人、顔を出した。
「ひっ!」
「大網さんの能力__えーっと、デラスト、だっけ?__は、船を作り出す力を持ってる。詳しいことは俺にはよく分からねえが、大網さんは各地で盗んだお宝を参考にして、作り出す船をさらに豪華に装飾できる力を編み出したんだそうだ。この船は大網さん自身の乗ってる船だからな、相当こだわってるぜ」
「なるほどのう」
ドッペルは改めて部屋を見回した。
「ワシが船に化ける時も、これくらい豪華な雰囲気にしたいのう」

雷霊雲は船長室に行き、大網と面会した。部屋には他に田児が付き添った。
「それで大網、腕の調子はどうだ」
大網は細く曇った目で雷霊雲を睨みながら黙っていた。大網の顔色を見て、田児が代わりに返答した。
「特に変わったところはねえです、順調ですぜ」
「そうか、なら良いんだ」
雷霊雲は一息置いた。
「大網、海の知識で右に出る者のないお前に、聞きたい事がある」
田児は拍子抜けしたような顔をした。
「へっ?」
「ヒドゥン・ドラゴナの本拠地を探している。もし知っている情報があれば教えて欲しい」
それを聞いて、田児はさらに目を丸くした。かと思うと、突然大声をあげて笑い出した。
「ぎゃははははは、ですってよ、大網さん!」
雷霊雲は田児の反応が気になったが、大網の顔を見続けた。その時、船長室のドアが勢いよく開いた。
「こおら、田児!また酔っ払ってるでしょぉ」
現れたのは大網の妻、峠口真悠美だった。両脇にはカレンと聡美が抱えられていた。
「姐さんの方が酔ってるじゃないっすか。顔真っ赤ですよ」
「はぁ?酔ってないわよ、全然!ねー」
真悠美はとろけたような笑顔でカレンに返事を求めた。
「は、はい・・・」
田児は雷霊雲のそばに寄り、耳元で囁いた。
「うちで一番酒癖悪いの、実は姐さんなんスよ・・・!」
その様子を見た真悠美は、抱えていた二人を放り出して前に出てきた。
「何あんたら、何コソコソ話してんの?」
「いやぁ、別に何でも・・・」
田児はごまかそうとしたが、雷霊雲は前に乗り出た。
「真悠美さん、ヒドゥン・ドラゴナについて何か知らないか」
「あ?ドラゴナ?何だっけそれ」
「姐さん、北角ですよ、北角!」
田児が脇から囁いた。聞き慣れない言葉に、雷霊雲は反応した。
「北角・・・?」
「あぁ~あ、北角ね。先生が北角に何しにいくの?」
「知ってるのか?」
「当たり前でしょ~、あたしら北角と協定結んでんだから」
「なんだと・・・!」

第三十九話

「ふむ・・・」
雷霊雲仙斬は、ソファに座って一人で考え、一人で納得していた。
「何か分かったんですか、先生?」
その様子を見ていた可朗が話しかけた。
「ああ、頭をぶつけた事は大した事ではなかった様子だ」
雷霊雲はそう答えて、少し考えてから、また可朗の方を見た。
「彼は明らかに何か・・・体に改造を施してある」
雷霊雲はそう言うと頭をわずかに前に傾けた。
「私のデラストは、人を治療する能力を持っている。あくまで治癒を目的とした能力だ。それでも、こう仕事をしていれば人の体についての事は嫌でも分かってくる」
雷霊雲は自分の手のひらを見つめた。
「あの飛王天と言う男、私が今までに診てきたデラスターとは違う。デラストの力の流れが、頭に集中しているのだ。数を操る能力と言ったが、それとは恐らく無縁、能力自体とは全く無関係の何かが・・・」
「・・・施されている?」
可朗が言葉を補った。雷霊雲はすぐに可朗の顔を見た。
「私の能力ですら、デラスト本体の構造に触れることはできない。だが彼の身体の内側に、『デラストに対する改造』を施すためにつけられたと思われる、無数の穴・・・いや傷を確認することはできた。どれも丁寧でない」
可朗は息を飲んだ。
「高血種族を収容する目的も、薬を作るためだけとは限らないかもしれないぞ」

「で、」
加夏聡美とその手下、亜単巧太郎・玄鉄は、柱に縛り付けられていた。
「なんですの、この状況は・・・なんかデジャヴ」
目の前に立っていたのは、君六・エルデラの二人だった。先にエルデラが口を開いた。
「さて、お前達の組織について、詳しく教えてもらおうか」
「デジャヴですのー!」
聡美は叫んだ。
「お嬢様落ち着いて!こいつ、お嬢様の魅惑の美貌が明らかに通用してません!殺しにかかる目してます!」
「俺達の一族を、俺達の家族を、あんな目に合わせて、ただで済むと思ってるのか?」
エルデラが腕を鳴らした。
「わたくしは庶民が普段どんなくだらない生活を強いられているかを知りたくて、お祖父様のお知り合いである飛王天様の元にお邪魔してただけですのよ!わたくし達は無実ですし、飛王天様のお仕事の詳しい事は何も存じ上げませんわ!」
三人疑り深く見下ろすエルデラの後ろから、カレンが歩いてきた。
「兄さん、もういいんじゃないでしょうか。この人達もこう言っている事ですし」
「で、でもカレン・・・」
カレンの方に振り向いたエルデラの顔からは、一瞬にして殺気が消え去った。
「この人達をこれ以上縛っておくのはかわいそうですし、一方的に質問するより、一緒に答えを出して行く方が私はいいと思います」
カレンはエルデラと三人に笑いかけた。
「そ、そうだなあ。確かにカレンの言う通りだな。よし君六、ロープ切れ」
三人は柱から解放された。
「わっほー!自由だー」
ロープが切られると、巧太郎は真っ先に飛び出した。
「あっ、こら、はしゃぐな!」
「ふう・・・紛れもないシスコンで助かった」
「何か言ったか!?」
座り込んだままつぶやいた玄鉄はエルデラに凄まれた。
「じゃあ兄さん、私みんなのお昼作ってきますね」
そう言ってカレンは部屋を出た。同時に走ってきた奥華にぶつかった。
「ネロっち、おはよ!」
「あれっ?奥華ちゃん、おはようございます。気分良くなりましたか?」
「うん、寝たらすごいスッキリした!」
「それはよかったです。昨日はあんなに落ち込んでたから・・・」
奥華は一瞬固まったが、それをごまかすようにしゃべりはじめた。
「あは、そんなに心配しなくてもいいんだってば!それにもうお昼でしょ?寝すぎちゃった、一緒にごはん作ろう!」
「そうですね、一緒に頑張りましょう!」
カレンは奥華のごまかしに気がつかなかった。

「あー!まったくドタバタしおって!こっちは気を遣って部屋を分けてやった上に空まで飛んどるんじゃぞ!少しはワシの事も考えて欲しいわい」
ドッペルは空に浮かんでいた。飛王天達の使っていた飛行機を模した形に変身していたが、それより一回り大きかった。
「・・・ところで天希、さっきから何をやっとるんじゃ?」
「ん・・・」
はじめは戦闘の特訓などをしていた天希だったが、外に出てドッペルの上に登ってくると、座り込んでひたすら手を握ったり開いたりしていた。
「外は風が強いぞい、突風でも吹いたら飛ばされてしまうぞい」
「技のコツを探してるんだよ」
「反応がワンテンポずれとるぞ・・・」
「謙さんと別れる時、じいちゃんが昔使った技って言って、俺に教えてくれたんだ。じいちゃんの技は、デラストの力を『握る』技だって・・・」
「それだけかい!たったそれだけのヒントでお前のじいちゃんが使ってた技なんて分かるわけないじゃろ!それよりも、自分の戦い方で自分らしく戦えい、天希!」
「ん・・・」
その後もしばらく天希はドッペルの上に居座り続けた。
「まったく・・・ひい、それにしても飛び続けるのはいいかげん疲れるわい。せめて・・・」

奥華とカレンと可朗は台所で昼食を作っていた。
「可朗、お米足りない!あの三人もいるんだよ!」
「分かってる!でも出しにくいんだよ、僕のデラストは稲じゃなくて木を作るためにあるんだから」
奥華はたけた米を盛ろうとしたが、少し考えてからカレンにしゃもじを渡し、箸を並べにいった。忙しそうだが元気な奥華の顔を見たカレンは、安心しながら盛り付けをしていた。
奥華は右手だけで箸を並べ終えると、すぐに戻ってきてカレンの横についた。
「なんか不思議だね、こうやってネロっちと一緒にごはん作ってると、前からずっと友達だったみたいな感じがする」
「そうですね・・・とっても不思議です」
カレンと奥華は笑いながらそう言った。そして奥華が野菜を盛り付けようとした時、カレンの方から開いた。
「そういえば奥華ちゃん、昨日の夜、誰と電話してたんですか?」
奥華の手が止まった。持っていた皿が落下し、鈍い音を立てて地面に転がった。
「うそ・・・あたし、誰かと電話してた・・・?」
奥華は震えながらカレンの方を向いた。さっきまでの明るい表情を覆い隠すような不安の表情を見たカレンは、思わず自分の口を抑えた。
それとほぼ同時に、天希の叫び声が上から聞こえた。
「来るぞ!」
次の瞬間、部屋が揺れと同時に大きく傾き、外から爆発音のようなものが聞こえた。

「なんじゃ、今のは・・・」
陸地を抜けたドッペルは、海の上に降りて一休みするつもりだった。しかし、突然飛来し爆発した物体の方を見てそれどころではなくなった。天希は立ち上がって辺りを見回していた。
「バカ、早く陸に戻れ!」
天希がドッペルに言った。
「何じゃ、一体何があるというんじゃ、天希!」
天希は物体が飛んできた方角を見るように目を細めた。しかし水平線上には何の影もうつっていなかった。
「父ちゃんだ・・・!」