第四十話

「父ちゃんだ・・・!」
大きな波に揺れるドッペルの背中の上、天希は影ひとつない水平線の向こうを、目を細めてみつめた。下の部屋からエルデラが素早く上ってきて、同じことをした。
「やっぱり来やがったか・・・」
爆発の余韻が消え、辺りはわずかな波の音に包まれた。天希は静けさを振り払うようにして辺りを見渡しはじめた。
「ドッペル、俺を水面まで下ろして」
天希がそう言うと、ドッペルの体の側面に足場ができた。天希は靴を脱ぐと、そこを伝って波立つ海面に触れられる位置まで下りた。
「落ちるなよ」
「落とすなよ」
天希は海水に足をつけた。
「冷てっ・・・」
水の中は青一色の世界が広がるだけに見えるが、いくつもの流れによってあちらからこちらへと移り変わっており、何がどこにあるかの判別をつけようとしても、その位置がずれてしまう事を、波の山が脛に触れるたびに天希は感じた。それでも、海の水とは明らかに違う冷たさの群れがこちらへ近づいて来る感覚は、足の裏を通じ、不気味な恐怖感となって彼の背筋に伝わった。
「ドッペル、飛べ!」
ドッペルは何か聞き返しそうになったが、その暇はないのだとブレーキをかけ、すぐに海面を離れて浮き上がった。天希は海面に向かって火の玉を投げたが、海に触れるとすぐに消えてしまった。
「あっ」
海面が不自然に泡立ち始めた。それを見るや否や、エルデラは海に飛び込んだ。天希は何が自分の隣を通り過ぎたのか分からずに振り向いたが、彼の眼窩が捉えたのは飛び込んだエルデラではなく、遠くからこちらへ向かってくる第二の砲弾だった。
「うわっ!」
砲弾はドッペルの横を通過したが、砲弾の後ろにできた風は宙に浮かぶドッペルを引っ張った。傾いたドッペルに、今度は海面からの爆発が襲いかかった。巻き起こった爆風は、足のついていないドッペルを爆心地から放り投げた。
「うわああっ!」
ドッペルは高速で宙を飛んだ。
「エルデラーっ!」
ドッペルは飛ばされながら、爆心地の方へ叫んだ。爆発によってできた波は、自然の波に揉まれて混ざり、あっというまに見えなくなっていた。
「くっ・・・!」
ドッペルは高度を落として、再び水面に体をおろし、海水をブレーキにして止まろうとした。波を作りながら、速度はだんだん落ち着いてきた。その時、彼は気づいた。
「天希!?」
さっきまで外にいた二人とも、すでに彼の上には乗っていなかった。
「さっきので飛ばされてもうたか・・・!」
立つ波も小さくなるほどに速度が落ち着いてくると、ドッペルはすぐに海面から離れようとした。しかし、それでは遅かった。無数の魚雷が近づいて来ている事に、ドッペルは当たってから気がついた。
「ぐわああああっ!」

「きゃああああっ!」
揺れと共に椅子が跳ね、皿が飛び交った。
「みんな!」
カレンは人形を走らせ、その糸で奥華と可朗を縛り上げた。
「えっ?う、うわぁ!」
固定された可朗の目の前に椅子が飛んできたが、四方から小さな人形達が飛び上がり、後ろについた糸で椅子を引っ掛け、動きを止めた。
「あ、危なかった・・・」
「可朗君、この部屋はお願いします!」
「えっ?」
そう言ってカレンは、糸を伝って隣の部屋へ向かって行った。
「・・・フッ、カレンちゃんの頼みなら、この僕も断るわけにはいかないね」
「格好つけてる場合じゃない!」
可朗が合図をすると、散らばった食材や木製の家具から芽が伸び出し、絡み合って絨毯のようになり、家具や食器を覆った。可朗は糸を切って床に降りた。
「どうだい」
したり顔をする可朗のこめかみに、固定し忘れていた湯呑みが直撃した。
「ぐぇ」
「あーあ・・・」

雷霊雲は最初の揺れがあった時から、飛王天のいる部屋へ移っていた。飛王天はしばしばパニックに陥っていた。
「落ち着け、慌てるんじゃない!」
向こうの部屋からは、聡美達の悲鳴が聞こえた。雷霊雲は天井に向かって話しかけた。
「おいドッペル、一体何があった」
「か、海賊じゃ、峠口大網じゃ」
「何?」
部屋が勢いよく傾き、雷霊雲は壁に叩きつけられ、飛王天のクッションになった。ほどなくしてカレンが部屋に入ってきた。
「先生、大丈夫ですか!」
「な、何とかな・・・患者が一人でよかったよ」
飛王天は変な悲鳴を上げていた。カレンは周りの音を聞くように周りを見回していた。
「兄さんは・・・?」
「いないのか」
再び衝撃が襲った。カレンはすぐさま部屋に糸を張り巡らし、壁から二人を守った。
「も、もう限界じゃあ・・・!」
ドッペルの半泣き声が聞こえ、壁が粘土のように曲がり始めた。
「おい、ドッペル!」
壁が溶け出し、床が消えた。三人は海に落ちるかと思われたが、実際に落ちたのは木でできた筏の上だった。筏には可朗、君六、奥華、聡美、巧太郎、玄鉄も乗っていた。後の三人はなぜか水晶で固められていた。そして上からドッペルが落ちてきた。
「これは・・・」
誰が何をしたのかはすぐに分かった。可朗がさっき以上にげっそりしていたのだ。しかし、筏の外にあったものが目に映ると、それすら気にかけていられない状況である事は明快だった。
「こりゃあ珍しいお客さんじゃねえか」
筏は7隻の船に囲まれていた。そのうちの1隻から顔を出した、がらの悪そうな男がそう言った。
「おや、三井ん所の末っ子がいるぞ」
「本当だぁ、違いねえな」
「お友達同士で仲良く海の旅ってか?俺達も混ぜろよォ~。ヘッヘッ」
後ろからさらに数人の男が現れて、筏を見下ろしながら笑っていた。
「おやぁ?ありゃ先生じゃねえか」
「本当だ、先生までいやがる」
「先生が乗ってるんじゃ、これ以上の攻撃はさすがの大網さんも許さねえなぁ。ヘッヘッ」

かくして一向は峠口大網の船に乗せられた。
「あんたら全員、デラスターらしいな。だが下手な真似をしたら、あっと言う間に海の藻屑になってあの世行きだ。大網さんの前ではなおさらだ。せいぜい気をつけるこったな」
斑鳩田児と名乗ったその男は言った。彼は大網のお気に入りで、海賊団員のまとめ役らしい。話を聞いた雷霊雲は、可朗達にささやいた。
「ここは彼の言うとおり、この場所のルールに従った方がいい。私がいれば大網も我々に手を下そうとはしないはずだ。くれぐれも、彼らの琴線に触れる事のないようにな」
聡美ら三人組は、互いに顔を合わせた。
「これってもしかして、二重捕虜ですの・・・?」

船の中ではある程度の自由が認められた。ドッペルは飛びながら船内見物をしていた。
「それにしても、海賊の船とは思えん広さじゃな。本棚に壁の装飾、家具、明かりときたら、まさに豪華絢爛といった感じじゃ。これが大網の趣味なのかのう。あの薄汚い下っ端どもにはどうにも似合わんわい」
「悪かったな」
突然、横から海賊団員が二人、顔を出した。
「ひっ!」
「大網さんの能力__えーっと、デラスト、だっけ?__は、船を作り出す力を持ってる。詳しいことは俺にはよく分からねえが、大網さんは各地で盗んだお宝を参考にして、作り出す船をさらに豪華に装飾できる力を編み出したんだそうだ。この船は大網さん自身の乗ってる船だからな、相当こだわってるぜ」
「なるほどのう」
ドッペルは改めて部屋を見回した。
「ワシが船に化ける時も、これくらい豪華な雰囲気にしたいのう」

雷霊雲は船長室に行き、大網と面会した。部屋には他に田児が付き添った。
「それで大網、腕の調子はどうだ」
大網は細く曇った目で雷霊雲を睨みながら黙っていた。大網の顔色を見て、田児が代わりに返答した。
「特に変わったところはねえです、順調ですぜ」
「そうか、なら良いんだ」
雷霊雲は一息置いた。
「大網、海の知識で右に出る者のないお前に、聞きたい事がある」
田児は拍子抜けしたような顔をした。
「へっ?」
「ヒドゥン・ドラゴナの本拠地を探している。もし知っている情報があれば教えて欲しい」
それを聞いて、田児はさらに目を丸くした。かと思うと、突然大声をあげて笑い出した。
「ぎゃははははは、ですってよ、大網さん!」
雷霊雲は田児の反応が気になったが、大網の顔を見続けた。その時、船長室のドアが勢いよく開いた。
「こおら、田児!また酔っ払ってるでしょぉ」
現れたのは大網の妻、峠口真悠美だった。両脇にはカレンと聡美が抱えられていた。
「姐さんの方が酔ってるじゃないっすか。顔真っ赤ですよ」
「はぁ?酔ってないわよ、全然!ねー」
真悠美はとろけたような笑顔でカレンに返事を求めた。
「は、はい・・・」
田児は雷霊雲のそばに寄り、耳元で囁いた。
「うちで一番酒癖悪いの、実は姐さんなんスよ・・・!」
その様子を見た真悠美は、抱えていた二人を放り出して前に出てきた。
「何あんたら、何コソコソ話してんの?」
「いやぁ、別に何でも・・・」
田児はごまかそうとしたが、雷霊雲は前に乗り出た。
「真悠美さん、ヒドゥン・ドラゴナについて何か知らないか」
「あ?ドラゴナ?何だっけそれ」
「姐さん、北角ですよ、北角!」
田児が脇から囁いた。聞き慣れない言葉に、雷霊雲は反応した。
「北角・・・?」
「あぁ~あ、北角ね。先生が北角に何しにいくの?」
「知ってるのか?」
「当たり前でしょ~、あたしら北角と協定結んでんだから」
「なんだと・・・!」

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