第三十七話

「あのガキどもめ・・・性懲りも無く」
建物の4階の窓から、薬師寺悪堂は戦いの様子を眺めていた。
「我々ヒドゥン・ドラゴナの力を甘く見ている。飛王天よ、我々の力を思い知らせてやるのです・・・!」

「その数字は・・・私が君達に割り振った『制限時間』だよ。一定の間隔で減って行き、そして0になった時には・・・ふふふ、その時が楽しみだね」
飛王天の更に醜悪な笑みを顔に浮かべていた。皺という皺が眉間に集中し、吊り上がった口元と大きく開いた口には、先ほどまでの優しい表情を食って殺したかのようだった。天希達は息を呑んだ。君六は震えていた。
「さあ、ここからが本番だ」
飛王天は大きく飛び上がった。天希は彼めがけて炎の柱を伸ばしたが、その柱は彼に届く手前で赤い数字に変わって分散してしまっていた。飛王天は自分の作った数字の壁まで飛び、そこにつかまった。彼が手を開くと、先ほど天希の炎から変化した赤い数字が浮かび上がった。
「『火炎』のデラスト・・・なるほど」
飛王天は地面に着地した。その瞬間、足元に生えていた芝が長く伸びて飛王天はバランスを奪われた。
「よしっ」
可朗はそのまま飛王天の動きを封じようとしたが、飛王天が赤の数字を足元に撒くと、その数字はたちまち炎に戻り、絡みついてくる芝を焼き払った。
「なっ・・・」
その光景に驚く可朗の横を、水流が通り過ぎた。奥華が飛王天に向かって水を飛ばしたのだ。しかし、飛王天はこれも目の前で数字に変えてしまった。
「あれ?そんな!」
「一体なんなんだ、あの能力は」
飛王天は水から表れた数字列を眺めながら言った。
「説明が必要かな」
そう言いながらその数字列を消すと、今度は宙に別の数字列を描いた。すると、飛王天の姿が見えなくなった。
「消えた!?」
可朗は見えない攻撃に備えようとした。が、攻撃を食らったのは謙曹だった。
「うわああああぁ!」
姿の見えない飛王天が謙曹の腕を掴むと、謙曹の体に浮かび上がっていた数字はさらに増え、謙曹に苦痛を与えた。飛王天は徐々に姿を現した。
「私のデラストは数字を操る・・・そしてこの能力はその応用、あらゆるデラストの能力を数字列のデータとして記録し、操る」
飛王天は説明しながら、苦しむ謙曹の方に目をやった。
「さっきは透明化しているこの男に直接触れた際にその能力を『読んだ』んだ。そして今見せたように、君達の飛ばしてくれた攻撃を数字に変えてしまう事も・・・」
「やめろ!」
飛王天の話を断ち切るように、天希の攻撃が飛んできた。飛王天は謙曹から手を離して火の玉をよけた。天希はその火の玉に連なるように突進してきた。飛王天は天希が炎の爪で攻撃してくるところを、後ろに飛びのいて回避した。
「・・・説明の途中だったのに」
天希はすぐに苦しんでいる謙曹の方に目をやった。
「謙さん、大丈夫!?」
その言葉を聞いて、飛王天はニヤリとした。
「そいつはどのみちもう戦えないよ。私が力を吸い取った上に、そいつの『制限時間』はそろそろ0になる」
「何だって」
謙曹の足元の数字は間もなく0になった。同時に、謙曹の体に浮かび上がっていた数字もすべて0になり、謙曹は叫ぶ力もなくその場に倒れこんだ。
「謙さん・・・?謙さん!」
天希は謙曹の体を揺さぶって叫んだが、反応はなかった。飛王天は、やはり醜悪な笑みを浮かべながら、再び口を開いた。
「ほら、他人の心配をしてる場合じゃないんじゃない?君達はまだ元気そうだから、0になった時の威力を溜めるために、制限時間は多めにとってあるけど」
天希は飛王天の方を睨んだ。
「てめえええっ!」
天希の叫び声に君六は驚いて縮こまったが、次の瞬間には顔つきが豹変していた。奥華はそれに気づいた。
「あれ、キミキミ・・・」
「・・・おいおいおい、気づいたらなんだか随分と面白そうな事になってるじゃねえの。この明智君六様が眠ってる間によぉ!」
「いや、キミキミ今朝からずっと起きてたよね」
「へえほう、見たところあのおっかねえ顔した細長い爺さんが敵みてえだな」
「聞いてる・・・?」
飛王天もその妙な光景に目を丸くしていた。
「な、何なんだ、あの子は」
君六は天希の所まで歩いてきて、天希に向かって話しかけた。
「なあ、大将」
「た、大将?俺の事?」
「ああ。大会でアンタの事見た時、こいつは只者じゃねえと思ってた。だから本当はここでアンタと一勝負したかったんだが、宿敵を目の前にしてこの俺とガチンコしてる暇なんてありゃあせんでしょう。お仲間の仇を取るのに一対多は卑怯とは呼ばせませんぜ。この君六、大将の勝利のために加勢させてもらいやすぜ!」
君六は勝手に決めポーズをとった。
「よ、よくわからねえけど、とりあえず一緒に戦ってくれるんだよな!」
君六は無言で親指を立てた。
「よーし。改めて、行くぜ君六!」
「合点!」
飛王天はニヤリと笑うと、さらに後ろに移動した。
「無駄な事。君達の技など私の前ではデータに過ぎないのに」

「す、すげー・・・」
円柱状の数字の壁は、アジトの敷地外からも見えた。
「中央塔より高いぞ、ありゃ」
「ゴチャゴチャしゃべってないでさっさと行くのよ!あの壁が出てるって事は、飛王天様が戦ってるって事なんでしょ!」
「そ、そうです・・・ご存知なかったのですか、お嬢様」
加夏聡美と二人の子分は急いで敷地に入り込んだ。その時、ちょうど倒れていた警備員が目を覚まし、慌てて彼女達を取り押さえた。
「待て!これ以上先へは行かせん!」
「ちょ、ちょっと放しなさい!私達敵じゃなくてよ!」
そう言われて警備員は我に帰った。
「あ、これは申し訳ございません」
「まったく・・・」
そう言って聡美は数字の壁がそびえ立っている方へ向き直った。警備員もそちらを仰いだ。
「な、何だあれは」
「あそこで飛王天様が戦ってるのよ!分からないの?」
玄鉄は横目で聡美の方を見た。
「お嬢様だって知らなかった癖に・・・」
聡美は天希達と飛王天が戦っている場所へ向かって駆け出した。
「あ、お嬢様!」
「もし相手が天希様なら、一刻も早く止めないと・・・!お二人が争っている姿なんて、見たくありませんわ!あのお優しい飛王天様だって、本当は戦いたくないはずよ!」
子分の二人は後を追った。聡美が一番始めに壁までたどり着き、数字の隙間から中の様子を見た。
「・・・え?」
聡美は固まった。
「お嬢様ー!どうですかー?」
子分の二人は聡美を呼びながら走ってきた。聡美は信じられないとでも言うような顔のまま子分達の方を振り向き、壁の方を無言で指差した。
「えっ、何ですか?一体何がぶへらっ!」
巧太郎は何者かに踏みつけられた。その影は再び高く飛び上がり、聡美の目の前に着地した。
「な・・・何?何者?」
「お前達の悪行から、友達と家族を助けに来た者だ」
その影の正体は、エルデラとカレンだった。ひるむ聡美を横目に、エルデラは右手の指を揃えて数字の壁に突きつけた。すると、数字達はたちまちその形を崩し、壁に人の入れるほどの穴を開けた。エルデラとカレンはすぐにその中に入り、辺りを見回した。そこに立っている人間は、彼らを除いて二人だけだった。
「い、一体これは・・・?」

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