第三十六話

飛王天の所有するアジトの建物は5階建、外には広い敷地とそれを囲うフェンスがある。大会の終わりに現れたあの空飛ぶ巨大な乗り物も、フェンスの内側に2~3機停まっていた。また、入り口には黒い服の戦闘員が2人立っていた。
「・・・おい、そういえば」
片方の戦闘員が、もう片方に話しかけた。
「何だ、また列車の話か、勘弁しろよ」
「いや違う、飛王天様の連れている、妙な布をかぶった連中の話だ」
そこで一瞬、話が止まった。
「あ、ああ!あれか、確かに不気味だ。見た事もない色をした布で全く中の姿を見せようとしない・・・魔人族か?」
「いや、魔人族の大きさじゃなかった。あいつら妙に手足が短い。歩き方も不自然だ」
「そういう病気を持った奴らなのか?」
「わからん。ただ噂では、デラストを持っていないにもかかわらず、デラスターを一方的に打ち破った事があるらしい。ああ見えて並の運動能力じゃないんだと」
「それってやっぱり、デラスターか魔人族じゃないのか」
「・・・実はな、俺は一瞬だが奴の素顔を見た事がある」
「どんな顔だった?」
「少なくとも・・・言って分かるようなモノじゃない。ただ、こう・・・鼻の周りが前に突き出てて、その肌はブツブツしてて・・・」
「やめろ、考えるだけで気持ち悪くなってくる」
「実物を見たときのショックはもっとデカいぞ」
「そうかもな」
その会話が終わったと同時に、背後で小さくフェンスのスライドの閉まる音がした。二人は振り向いた。
「何だ?」
「今誰か居たか?」
入り口の手前にも先にも人の姿はなかったが、すばやく門を開けてフェンスの内側に入った。
「誰かそこにい」
そう言いかけたところで、戦闘員の片方は見えない何かにぶつかった。
「きゃ・・・!」
何もないと思った場所から奥華が姿を現し、地面に転んだ。
「痛っ・・・」
戦闘員はすぐに奥華を取り押さえようとしたが、再び見えない壁にぶつかった。
「全く、さっきから何だ!」
そう言うと、壁の正体が姿を現した。安田謙曹だった。実体を現すと同時に、戦闘員の頭を掴んで投げ飛ばした。もう一人の戦闘員が突っ込んでいったが、謙曹の足に正面から蹴飛ばされて倒れた。謙曹はすぐに奥華の手をとって立ち上がらせた。
「大丈夫かね?」
「なんとか・・・」
「奥華、大丈夫か?」
そこには天希達の姿もあった。可朗は地面に生えている芝を操り、戦闘員を地面に縛った。
「我々が侵入した事自体はおそらくバレている。また見つかっては厄介だ、行くぞ」
天希達は一列に手をつないだ。最初に謙曹が姿を消すと、天希達の姿も次々に消えていった。
「敵が来ても慌てるな。お互いの姿も見えないのだから、ぶつからないようにうまく間隔を保って移動するんだ」
「でもよ、さっきから君六が遅」
「余計なおしゃべりも禁物だ」
「はい・・・」

しかし、謙曹の予想に反して、他の戦闘員は全く姿を見せなかった。
「おかしいな・・・私が一度様子を見に来たときにはかなりの人数がいたものだが」
フェンスの入り口から中心の建物までの距離が3分の2を切った時、件の「布を纏った者」が3人、上の方から建物の扉の前に飛び降りてきた。天希達は足を止めた。
「!」
「あれは・・・」
天希達は手を離して身構えた。しかし布を纏った3人は持っていた武器を縦に構え直し、その場から動こうとしなかった。
「・・・?」
すると、今度は天希達と布を纏った者達の間のちょうど真ん中を中心として、地面に無数の数字が浮かび上がり広がっていった。
「何だこれは?」
数字は彼らの足下に巨大な円を描いて広がり、そこからさらに空中に浮かび上がって筒状の壁を作り上げた。
「それはバトルフィールドだよ、君達と私の」
飛王天はそう言いながら姿を現した。数字でできた円の中心にゆっくりと降り立ち、天希達の方に笑みを見せた。
「飛王天・・・」
謙曹が呟いた。
「姿を消すデラストというのはなかなか厄介だねえ。私の部下の能力じゃ苦戦を強いられるのが目に映る」
飛王天が宙で指を動かすと、ピッ、ピッという電子音がした。
「でも同時に分かっちゃうんだよねえ。君達が束になってかかって来ても私には敵わないっていうのが」
飛王天は子供のような、しかし皺を含んだ笑みを浮かべた。
謙曹が手でサインを出すと、天希達はそれぞれ別の場所に分かれた。
「飛王天よ・・・貴様の悪事をこれ以上許す訳にはいかん。この場で己の愚かさを知ってもらおうではないか!」
謙曹は走り出すとともにその姿を消した。そのままタックルが直撃したらしく、飛王天は姿の見えない謙曹にはじき飛ばされた。
「追撃だっ!」
謙曹がそう叫ぶと、天希が火の玉を飛ばして追い打ちに出た。しかし、飛王天が手をかざすと、飛んできた火の玉は数字となって消えてしまった。
今度は可朗の植物の蔓と、奥華の水の柱が飛王天を狙ったが、飛王天は飛び上がってかわし、空中に指で数字を描いた。その数字は無造作に広がり、飛王天一人が乗れる足場となった。
「一体なんなんだ、あの能力は」
飛王天は手を広げた。
「君達にもあげるよ」
飛王天が指を鳴らすと、天希、可朗、奥華、君六、謙曹の五人の足下に、それぞれ巨大な数字が現れた。
「何だこれ?」
姿そのものは完全に透過して見えない謙曹だったが、足下に表れた数字が影のようについてくるのを見ると、姿を隠す事をやめた。
「ふふふ、これでもう誰がどこにいるか分からなくならないで済むね」
飛王天はうれしそうに言った。
「そいつは・・・どうかな」
謙曹はその場で地面を強く蹴りながらスピンした。すると、足下にあった数字は一瞬で消えてしまった。飛王天は目を丸くした。
「このデラストには、私とともに動くものの方が消しやすくなるという変わった特徴があってね」
謙曹は再び姿を消した。飛王天は飛び退き天希達の攻撃を避けながら、次々と空中に数字を描いていった。その飛び退く方向に謙曹は先回りして、攻撃を繰り出そうとした。しかし、謙曹の拳が当たる前に、飛王天の手が見えないはずの彼の顔を覆った。
「!?」
「目で見えなくなりさえすれば、姿を隠せるとでも思ったのかな」
飛王天が謙曹の顔を軽く突き飛ばすと、たちまち謙曹の服や体の表面に数字が浮かび上がった。
「何だあれ!?」
謙曹の拳は飛王天の頬に当たったが、勢いはなく、当たったところで静止した。謙曹は震えていた。
「デラスト本体をいじるのは難しいけど、デラストと人の接続部分を不安定にさせる事ならできる」
「く・・・」
飛王天は余裕そうに謙曹の前に立っていた。
「謙さん!」
すると、謙曹は余った力を反対側の拳にこめて、思いっきり飛王天の顔を殴り飛ばした。
「ご・・・!?」
飛王天の体は勢いよく飛び上がった。謙曹はその場に崩れたが、体を支えながら叫んだ。
「何をしてる、追撃だ!」
「は、はい!」
天希は地面に転げた飛王天の方に突進していった。しかし、飛王天の体から数字の波が吹き出し、天希を押し飛ばした。
「くあっ」
波が消えて落ち着いたところで、飛王天は立ち上がった。打撃を受けて少し歪んだ顔に、涙を浮かべていた。
「うっ、おうっ・・・あああ」
天希達は攻撃に向かうのを躊躇した。
「おおおおおおおおおおおっ」
飛王天は殴られた部分を押さえて叫び始めた。そして顔を押さえてうつむくと、声はだんだん小さくなっていった。そしてゆっくりと手を顔から離した。表情は一変して、醜悪な笑みを浮かべていた。
「痛いな・・・この痛みは許せない痛みだ」
表情の変わりように、天希達は驚いていた。
「こういうのはとっとと終わらせたいね・・・」
飛王天が指を鳴らすと、天希達の足下についてきていた数字がカウントを始めた。
「え!?何これ・・・」
「それが0になったら・・・さてどうなるのかな」
飛王天は手を広げた。空中に禍々しい書体をした数字の群れが浮かび上がった。

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