第三十五話

「兄さん・・・?」
カレンは思わずそう口にした。
「へっ?」
「・・・あっ、すいません!人違いですよね、兄とそっくりだったので・・・」
カレンはだんだん声を小さくしてしまった。相手もやや動揺していた。
その時、上の階から戦闘員とともに、天井に届きそうなほどの背丈を持つ中年男が慌てて降りてきた。
「貴様らか侵入者は!」
その男は顔をしかめて叫んだ。
「・・・なるほど、アイツがここの管理人か。悪かったな、勘違いしちまって」
少年はデーマに向かってそう言うと、カレンの方に何かを投げた。カレンは慌ててキャッチした。
「ちょっくら預かっといてくれよ、それ」
少年とデーマはお互いの顔を見た後、敵の中年男に向かっていった。
「ガキ共が我々の邪魔をするか!かかれ!」
戦闘員達が先に出て行った。デーマは手のひらの上に毒針を作り、それを戦闘員達に向かって飛ばした。針は一本の無駄もなく戦闘員全員に命中した。さらにデーマは、しゃがみこんで戦闘員達の足下に鎖を飛ばし、鉄格子に巻き付けて戦闘員達を転ばせた。
「おおっ、やるじゃんか」
続いてデーマは再び鎖を飛ばし、今度は奥にいる中年男の足を狙ったが、途中で何かに横から挟まれて止まった。
「何だあれは?氷か?」
よく見ると、中年男の足下は半透明の塊で覆われていた。
「氷?違うな、塩だ!」
中年男が手の平を前に突き出すと、いくつもの塩の塊がデーマめがけて飛んでいった。デーマは回避しきれなかった。
「くっ」
「次ぃ!」
中年男は両手の平を大きく振って前に突き出した。すると、巨大な塩の壁が現れ、戦闘員達を弾き飛ばしながらデーマ達の方へ進んでいった。
「潰れろ!」
その時、バルレンの少年が前に踏み出た。彼が人差し指と中指を突き出し、せまりくる壁に軽く触れると、そこを中心として壁に亀裂が入り、粉々に砕けてしまった。
「何!?」
中年男は焦りつつも、また塩の塊を作り出して飛ばした。少年の背中を飛び越えて、デーマは塩の塊を回避しつつ中年男に接近した。そして右手に剣を握り、真上から振り下ろした。中年男の方も塩で自分の目の前に厚い壁を作り、刃を受け止めた。
「そう簡単に攻撃は通さんぞ」
そう言われて、デーマはやや顔をしかめた。
「どうかな」
返事をしたのは少年だった。彼は大きく飛び上がり、さっきと同じように天井を指で突いた。すると、天井に入ったヒビが中年男の頭上まで進んでいき、そこで一気に崩れ落ちた。
「おおお!?」
同時に塩の壁も崩れた。デーマは一度着地し、霧を吐きながら剣の一振りを命中させた。よろめく中年男に、デーマはさらに追い打ちをかけようとした。その時だった。
「ぐ!?」
デーマが突然、頭を抱えてよろめきだした。
「お、おい!」
バルレンの少年が駆け寄ろうとしたとき、デーマはすぐに立ち直った。しかし、中年男が反撃を喰らわせようと振りかぶる様を、デーマはただぼーっと見つめているだけだった。
「危ねえ!」
しかし少年の行動も間に合わず、塩でできたハンマーが、立っていたデーマを頭の上から叩き潰した。中年男は邪悪な笑顔を見せると、第二撃を喰らわせようとハンマーを持ち上げた。
「こ、これは人形・・・?」
ハンマーの下敷きになっていたのは、デーマとそっくりの形をした人形だった。その人形から延びる糸を握っていたのはカレンだった。回復したほんのわずかのデラスト・エナジーを駆使しての技だった。
「危なかった・・・」
カレンは息を切らしながら、隣で倒れ込んでいるデーマの方に目をやった。中年男は悔しそうにカレンの方を睨んだ。
「すり替えだと?いつの間に!」
中年男がカレンの方に襲いかかろうとしたとき、床が崩れて転んだ。
「よそ見してんじゃねえよ」
バルレンの少年は中年男の目の前まで来ていた。彼が床を軽く蹴ると、床はさらに崩れ、二人は下の階へ落ちた。着地した少年はあたりを見回した。上の階と同じように、左右に檻が張られ、その中に人がいた。
「地下もあったのかよ」
崩れ落ちてくる床の破片は、中年男のほうに集中していった。少年はさらに向かっていった。中年男が塩の塊を飛ばすが、少年に命中してもただ粉々になってしまうだけで、ほとんど効果がなかった。
「な・・・何なんだ、お前は!」
「俺か?俺の名はエルデラ。ネロ・エルデラ・バルレンだ」
彼は声を強くして言った。その声はカレンの耳にも入った。
「俺は、俺の家族を、俺たちの一族を、こんな目に遭わせる連中が許せねえ!だから来た!お前らを倒しに」
エルデラは、必死に壁を作ろうとする中年男の体に指を突き立てた。すると、中年男は塩の破片とともに、建物の壁まで突き飛ばされた。
「ごあっ!」
中年男が倒れると、周りの壁や天井が崩れた。中年男は気を失ってしまった。エルデラはその様子を見て、一息をついた。その様子を上から見ていたカレンは、小さな声で言った。
「兄さん・・・」
それに気づいたエルデラは、慌てて上の階に飛び上がった。
「ハハ、わりいな、待たせちまって。何年待った?」
カレンはすでに涙ぐんでいた。エルデラの方も、泣きそうなのをごまかしているのは目に見えていた。
「ま、つうわけで。久しぶりだな、カレン」
まるで照れくさそうなしぐさをするエルデラだったが、カレンが泣きながら抱きついてくると、エルデラも涙をこらえてはいられなかった。
「兄さん!会いたかった・・・!」
カレンの声はうれしさのあまりかすれていた。エルデラもカレンのことを強く抱きしめた。
「ああ、俺もだよ!すげえ心配したんだぜ、こんな連中がいるって聞いてさ・・・!もしかしたらどっかに捕まってるんじゃねえかと思って、探してみたら案の定だった・・・!ははは」
エルデラは泣きながら笑っていた。
「・・・んあ、本当に会えてよかったぜ」
その時、二人の背後から物音がした。二人は驚いてその方向に顔を向けた。見ると、メルトクロスが鉄格子の外に出てきていた。
「・・・っと、やっとここまで回復したか。思ったよりもろい牢屋だな」
「メ、メルさん?」
カレンはつぶやいた。エルデラはカレンの方を見た。
「カレン、誰だこいつ?」
「ああ、初めましてエルデラ君。僕はメルトクロス。君のお父さんの・・・知り合いだよ」
「親父の?カレン、親父とも会ったのか!?」
「はい。父さんも元気でしたよ!」
「マジかよ・・・!」
エルデラはさらにうれしそうな顔をした。
「ただ、アビスと会うのはまだ先の話になる。今はこの組織を、飛王天をどうにかしなければ」
メルトはカレンと目を合わせた。
「カレン、君はみんなと合流するんだ」
「天希君たちと?でもいったいどこへ・・・」
「飛王天達を追ったとすれば、ここか、もしくはここから真東にあるアジトへ向かったはずだ。この場所は僕が様子を見て、捕まっている人たちを逃す。飛王天さえいなければ僕一人でも大丈夫だ。二人は先にアジトに向かって。もし彼らがここに来たら僕はそっちへ行くように言う」
「なるほど。どのみちその飛王天って奴を許しておくわけにはいかねえからな」
メルトはうなずいた。
「・・・あ、そうだ。兄さん、さっき預かったこれ」
カレンは握っていた手の平を開いた。ペンダントだった。
「ああ、それは・・・悪い、まだ持っといて」
そう言うと、エルデラは壁際に目をやった。
「あれ?さっきのあいつは?」
「えっ?デーマ君?」
カレンはあたりを見回した。デーマの姿がどこにもなかった。
「メルさん、デーマ君見ませんでしたか?」
「いや・・・僕は見てない」
「不安だな・・・戦ってる途中に突然倒れそうになってたし・・・」
「心配ですね」
「とにかく、俺たちは先にそのアジトに向かわないと」
「そうですね。ではメルさん、ここはお任せします!」
そう言って、カレンとエルデラの二人は建物を後にした。

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