第三十八話

__「行くぜ君六!」
「合点!」
天希と君六は飛王天の方に向かって前進し出した。
「無駄な事。君達の技など私の前ではデータに過ぎないのに」
飛王天は後ろに下がり、パソコンを打つように指を動かしながら、自分の作り出したバトルフィールドを見渡した。天希はすぐに飛王天との距離を詰めに走ったが、飛王天からはその様子を捉える余裕があった。彼は再び空中に足場を作り、階段のように昇っていった。
「てやっ!」
飛王天が頭上を通り過ぎようとした瞬間、天希は上に向かって手をかざし炎を噴射したが、同じように飛王天が下に向かって手をかざすと、炎の先は飛王天に当たらず、数字になって散ってしまっていた。
「ふふ、何度やっても同じ事だよ!」
「そうかい、じゃあこいつはどうだ」
そう答えたのは君六だった。飛王天は君六の方から遠距離攻撃が飛んでくると思って身構えたが、彼に当たったのは落雷だった。
「~っ!?」
一瞬にして喰らった痛恨のダメージに、飛王天は声を発するタイミングすら失って足場から落下した。ここで着地がもう少しうまくいっていたら、天希の蹴りを避ける事はできたかもしれない。
「ぐおっ!」
飛王天は飛び退いたが、wその先にいた君六に引き寄せられた。君六は何度か手を叩くと、向かってくる飛王天に平手連撃を喰らわせ始めた。
「ちぇりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
君六は最後に力を込めた平手突きを一発喰らわせた。飛王天は突き飛ばされた。さらに、後ろからは天希の頭が迫ってきていた。頭突きは飛王天の背中に直撃し、飛王天は今度は君六の頭をかすめて飛んでいった。
「ああぁ」
飛王天はなんとか壁に張り付いて止まった。
「よっしゃ!」
天希と君六はハイタッチしようとした。しかし、双方のその手に数字が浮かんでいる事に、二人とも気がついた。
「うえっ!」
そうしている間に、可朗が飛王天に向かって攻撃していた。蔓で叩きつけようとしたが、飛王天の作った数字の盾にそれを防がれた。
「くっ」
飛王天がやや息切れしている様子を見ると、可朗は続けて攻撃した。そこに君六の雷撃、天希の火炎放射が加わった。
「ぐううっ!」
盾が崩れる音が聞こえ、3つの攻撃は壁まで達した。
「やったか?」
攻撃の止んだ中から現れた飛王天は、かかしのように立ったまま動かなかった。俯いていて表情はわからない。3人は飛王天の方を睨んでいたが、向こうは全く動く気配を見せなかった。可朗は目線を外し、周りをキョロキョロした。そして、気がついた。
「奥華!」
奥華は地面に倒れていた。可朗は思わず叫んだ。天希と君六も驚いて可朗の方を向いた。
「奥華、一体どうし・・・」
走りだそうとした可朗の体に数字が浮かび上がり始めた。足元に浮かんでいた数字が0になったのだ。可朗はその場に転げ、立とうとするも苦しくて立ち上がる事ができなかった。謙曹の時と違い、可朗の体に浮かび上がった数字は徐々に9に近づいていた。
「・・・く、くくく、これで揃った」
飛王天はゆっくりとその足を進めてきた。天希と君六は身構えた。飛王天の手の上には、赤、緑、黄色、青の4色の数字が浮かび上がっていた。
「自分の能力に攻撃される気分を味わいたいかい?」
「そんなもの、とっくに味わってるぜ」

建物の内部では、悪堂が闘いの様子を見下ろしながら、爪を噛んでいた。
「一体、一体何をモタモタしているのだあの男は!こんなガキ共相手に!飛王天よ、お前は仮にもスエラ様に見込まれてここにいいる男だぞ、その実力を・・・」
悪堂は気配に気づいて振り向いた。布を纏った者が、部屋の入り口に立っていた。悪堂は少し声を荒げながら言った。
「わざわざ来なくてもいい!準備が済んだのならあなたたちは先に本部へ向かいなさい」
布を纏った者は静かに頷いた。悪堂はすぐに窓に張り付いて、闘いの様子を見た。しかしすぐにまた振り向いた。布を纏った者の反応がいつもと微妙に違って見えたからだ。そして、それは当たっていた。
「私・・・?」
悪堂はピタッと動かなくなった。振り向いた先にあったのは布を纏った者の姿ではなく、自分自身の姿だった。悪堂は鏡でも置かれていったのかと思ったが、どうもそうではないようだ。
「お前さんが、黒幕か」
悪堂に化けたドッペルが言った。
「何者です?」
悪堂は声を低くして言った。
「なあに、お前さんほど名のある者ではない。じゃが、世間を騒がせている張本人となれば、いささか許し難くてのう」
「我々の活動は我々の目的と責任に基づくもの。あなたたち部外者とは関係ないのです。口出しをしないでいただきたい」
悪堂は言い終わると同時にめまいを感じた。その瞬間まで、嗅ぎ慣れていた薬の匂いに気がつかなかったのだ。
「そう言われて、ああそうですかと見過ごすわけにも行かんぞい」
ドッペルが攻撃しようとした時、悪堂はすぐさま鼻と口を手で覆った。そして息を大きく吸い込んだ。途端に、彼の目つきは変わった。
「くっ、醒めたか!」
ドッペルは攻撃する間もなく、パワーアップした悪堂の手に掴まれた。
「おが・・・」
「素顔を見せなさい」
ドッペルは抜け出してその場から飛び退き、距離を置いた。悪堂は細い目で睨んだ。
「見過ごしていれば無事に済んだものを」

「ぐがあっ!」
君六の上に雷が落ちた。一撃目はなんとか耐え、反撃に雷撃を返したが、飛王天に落ちる雷は数字に変わるばかりだった。
「なかなかいいデラストを持ってるね・・・さっきのは効いたよ」
二撃目が放たれた。
「おあああああ・・・」
君六は直立したままだったが、気を失ってしまった。足下の数字は一気に0になり、全身に数字が浮かび上がった。
「君六!」
天希は叫んだ。
「てめぇっ!」
天希は火炎を放って飛王天に攻撃した。飛王天は一歩も動かなかったが、数字すら浮かび上がらないにもかかわらず、全く平気な顔をして立っていた。
「効いてない・・・?」
飛王天の笑みはさらに邪悪になった。周りには紫色の数字が浮かび上がった。
「君のデラストの力はもう読めた・・・そして君の攻撃が通らないようにプログラムも組んだ」
「くそっ」
天希は火の玉を大量に作り出し、飛王天に向かって飛ばした。一つ残らず命中したが、飛王天は動じる気配も見せなかった。
「分からないかな、君の攻撃はもう効かない、そう言ったのだよ」
「なっ、何?」
飛王天は糸をたぐり寄せるように手を動かし始めた。
「君がいくら私に火の玉をぶつけようが、火炎を放とうが、全くの無駄だ。分かったかい?」
「そんなわけねえだろ!」
天希は走り出そうとしたが、後ろから力強い何かに首を引っ張られた。天希は驚いて後ろを振り向いた。
「可朗!?」
天希を捕えたのは可朗の蔓だった。全身の数字が9になった可朗は、飛王天に動きを操られていた。
「そろそろ、おしまいにしようか」
赤い数字が飛王天の周りに浮かび上がると、彼は手の上に炎を作り、それを粘土をこねるように丸め、強く握って圧縮した。そして、それを天希めがけて投げた。
「えっ」
野球のボールほどもないその塊は、天希と飛王天との間を猛スピードで飛び抜け、身動きの自由にとれない天希に直撃して爆発した。
「が・・・」
可朗の蔓はバラバラに吹き飛び、天希も吹き飛ばされて地面に叩き付けられた。天希も気絶し、数字が0になった。
「ふふ・・・ははは」
天希達は全員、戦闘不能になってしまった。飛王天は笑いながら、今回の戦いで得た能力のデータを吟味していた。
「ぬ?」
飛王天は気がついた。倒したと思っていた相手の中に、一人だけ他と違うものがいる。そして飛王天が顔を上げると、その一人は立ち上がっていた。
「おや」
奥華は立っていた。飛王天が首をかしげたのは、奥華だけ体に数字が浮かび上がっていなかったのだ。
「む・・・?まあ、いい」
奥華はうつむいて表情を見せなかった。
飛王天は指を動かした。天希、可朗、君六、謙曹の四人は操られ、奥華の方へ向かい始めた。
「君一人でどうするつもりかな、お嬢ちゃん」
奥華はうつむいたままだった。その2、3秒後、自分の発した言葉が頭の中で反芻されると、突然飛王天は顔を真っ青にした。
「まさか」
飛王天は手を下ろしてしまった。操られていた四人はその場に倒れた。奥華の足下の数字は、0にならないまま止まっていたのだ。飛王天は目を見開き、全身を震わせていた。
「お、奥華・・・」
思わずそう口にしたが、飛王天は今の言葉を取り消そうとするようにブツブツ言った。
「なぜだ」
全く反応を見せない奥華の姿に、飛王天は後ずさりした。
「なぜお前が・・・」
その時、ガラスが割れるような音とともに数字の壁が破壊され、エルデラとカレンが突入してきた。奥華の姿は、カレンの目にすぐに飛び込んできた。
「奥華ちゃん!」
カレンはすぐ奥華の方に走っていって抱きついた。その瞬間、奥華は正気に戻った。カレンは心配そうな表情で奥華の顔を見つめた。
「奥華ちゃん、大丈夫?」
「ネロっち・・・?」
奥華はあたりを見回した。その時初めて周りの状況に気がついた。奥華は飛び上がりそうになった。
「天希君!?みんな!?」
「一体・・・何があったのですか?」
エルデラは飛王天の方ににじり寄っていった。飛王天は混乱している様子だった。
「おい」
飛王天は震えていたが、エルデラの方ではなく、ずっと奥華の方を見ていた。エルデラは飛王天が戦える様子でないのを分かっていた。
「なぜだ・・・なぜお前が!」
飛王天の声はだんだん荒くなっていった。
「なぜお前がここにいるんだ!?」
飛王天は奥華を指差した。奥華は驚くと同時に、怖くなってカレンを強く抱きしめ、小さい子供のようにカレンの後ろに隠れた。
「お前さえ、お前さえいなければ!」
飛王天は隠れる奥華を追いかけようと踏み出したが、エルデラが袖を引っ張って止めた。その勢いで飛王天はエルデラの顔を殴った後、数字の壁を消して逃げ去るように走り出した。かと思うと、地面に膝をつき、絶望した表情でふたたび奥華の方を向いた。カレンは状況が分からず、奥華の顔を覗き込んだ。
「奥華ちゃん、一体何を・・・」
「知らない!あたし何も知らない!」
奥華は震えながら、カレンの服をいっそう強く握りしめた。
その時、ビルの上の方のガラス窓が割れて、悪堂の姿をしたドッペルが落ちてきた。
「あ~あ~・・・!」
ドッペルは飛王天の頭にぶつかった。飛王天はその反動で一度立ち上がったが、まもなくその場に倒れ込んだ。
「飛王天!どうやらあなたまでしくじったようですね。この事は本部に報告させていただきますよ」
ビルの上から本物の悪堂が叫んだ。暴風とともに飛ぶ乗り物が現れ、悪堂はそこに飛び乗った。乗り物は飛び去っていった。
「・・・」
すると、今度は反対の方向から雷霊雲が走ってきた。
「おーい、カレン!」
「先生!」
雷霊雲は周りを見て、状況を飲み込みながら言った。
「ここは危険だ。まだ他の者が襲ってくるかも分からない。退散して天希達を治療しよう」
「そういう事ならワシにまかせんしゃい」
そう言ったのは、悪堂に化けたドッペルだった。しかし、他からは悪堂にしか見えていなかった。
「あれ?お前さっき飛んでいかなかった?」
「あ、これは失敬。ワシはドッペルと申す者でな」
そう言うとドッペルは、先ほど飛び去った飛行機と同じ姿に変身した。
「うわっ!」
「はよ乗れい!」
一同はドッペルの中に乗り込んだ。飛行機になったドッペルは空中に浮き上がると、飛王天のアジトを後にした。

「エルデラ~っ!超ひさしぶりじゃねえかーっ!」
「天希~!何年ぶりだろうな!」
天希とエルデラはお互いの再会を喜んでいた。
「フッ、昔の友達に会えただけでそんなにはしゃぐ・・・ぶへっ」
エルデラの拳が可朗の顔にめり込んだ。
「可朗!何でお前みたいな奴までいるんだよ!」
「そ、それはこっちのセリフだモガ」
「てめえ・・・カレンに何かしたら俺が許さねえからな」
「何で僕をそんなに疑うんだよ!」
「お前昔から変な奴だっただろ」
「ふ・・・」
「エルデラ、お前めっちゃでかくなったな!」
「天希もな!ん~?でも俺に比べれば全然ちっちぇえな!」
「言ったなコイツ!」
3人ははしゃいでいたが、向こうの部屋から叫び声が聞こえると、3人ともピタリと止まった。

「貴様ぁ!」
謙曹は戦意の抜けきった飛王天を前に興奮していた。飛王天の胸ぐらを掴んで叫んでいた。
「安田さん落ち着け!」
雷霊雲は謙曹を後ろから羽交い締めにして、針を打った。謙曹の体から力が抜け、飛王天を放した。飛王天は半分意識が飛んだような様子で、ベッドに座りこんだ。
「今この人は戦える様子でも、組織を率いる様子でもない。それにあなたも正気でない様子だ。今は手を出さないほうがいい」
そこに、声を聞いたカレンが駆けつけてきた。
「先生!一体どうしました?」
「あ、いや。大丈夫だよ。それより奥華は?」
「奥華ちゃん、疲れて寝ちゃいました」
「そうか・・・ん?あ、それはよかった」
雷霊雲は謙曹を押さえながら、飛王天の様子を見ていた。飛王天はほぼ放心状態のままだった。
「そうだ・・・とてもそんな事をやってのける状態じゃない。一体、何があった・・・?奥華、お前は一体、何をしたんだ・・・?」

第二章 大会・飛王天編 おわり

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