第三十三話

「さっきの光は・・・?」
可朗は足を早めた。幾重にも重なり合った木々のせいでよくは見えなかったが、確かに奥で橙に光る炎を見たのだ。
「天希!」
可朗は光った場所に向って高度を低めていった。しかし、その地点に近づくにつれ、どういうわけか木が操りにくくなってくる。まるで他の誰かが先に使ったかのように。可朗は足を止めた。
「なんだ、この木は」
明らかに道を塞ぐようにして曲がっているその木の格好は、明らかに不自然だった。
「僕以外にも、木を操る事のできるデラストが?」
可朗は地面に足をついた。近くにあった茂みの一部が焼け焦げていた。足元をみると、大きな足跡がかすかに月明かりに照らされて見えた。可朗はその妙な足跡をたどって進んだ。
「天希は、こいつと戦ったのか?」
少し歩くと、テント状の小さな家が目に入った。中から灯りがもれている。可朗は様子を見ようと、忍び足でそのテントに近づいた。声が外に漏れていた。
「天希?」
可朗がさらに近づこうとした時、その声が突然ピタリと止んだ。かと思うと、テントの一角が破れるように開き、次の瞬間には可朗の目の前に大柄の老人が仁王立ちしいていた。可朗は一瞬視界を塞がれたのかと思ったが、すぐに上を見上げた。そして硬直してしまった。
(こ・・・こいつか!)
可朗は思ったが、あまりに近い場所にはいられすぎて、後ろに退く事すらできないように思えた。男は沈黙と強い目線で可朗を威圧してきた。
「謙さん、どうしたんだ~?」
男の背後から聞こえたのは、天希の声だった。男は振り向くと、可朗の目の前からゆっくりと退いた。
「可朗!」
「天希!」
天希は火を手に灯しながら、可朗の方に走ってきた。
「突然いなくなっちゃうからどうしたかと思ったぜ」
「そりゃあこっちの台詞だよ。君1人だけ先に進んでたんだ」
「・・・ほう、やはり件のお友達だったか」
可朗は男の方を見上げた。
「天希、この人は?」
「えっ、分からねえの?安田謙曹だよ!」
「・・・誰?」
その会話を聞いて、謙曹と呼ばれた老人は笑いだした。
「ほら見たろう天希君、私の名前を知ってるのは君くらいのものだよ」
「え~、そっかなあ・・・あ、そういえば可朗、奥華達は?」
可朗ははっとした。
「そ、そうだよ天希、君のせいで二人とも待ってるんだから、早く行かないと」
そう言って、可朗は天希の手を引っ張ろうとした。
「シッ!」
謙曹が顔を厳しくした。
「静かに。誰か来る」
天希は灯りを小さくした。彼らの耳に入ってきたのは、奥華の声だった。
「・・・だからキミキミ、そんなにくっついて歩かないでってば!歩きにくいでしょ・・・」
可朗は思わず叫んだ。
「奥華?」
「あっ、可朗!」
奥華は暗闇から姿を現して、駆け寄って来た。
「ごめんごめん勝手に動いちゃって!でも天希君見つかったからさー」
彼女はすごく嬉しそうな顔をしていた。
「そう、天希ったらこんな所に・・・えっ?」
「えっ?」
「奥華・・・お前何を言ってるんだ?」
奥華は可朗の隣に立っている人間を見た。どう見ても天希である。彼女は首をかしげ、天希のことを指差し、まぬけな声で言った。
「コレはダレ?」
「な・・・あ、天希に決まってるじゃんか」
「じゃあ、あれは・・・?」
奥華は後ろを指差した。火を灯しながら歩いて来たその人間の姿も天希なのである。2人の天希は驚いた顔で向き合ったが、先に動いたのは可朗側の天希だった。真っ先に飛び上がり、後に現れた方の天希に飛び蹴りを食らわせ、着地するなり叫んだ。
「さっきのお返しだぜっ!」
周りの衆はわけが分からなかった。どちらが本物なのか察しがつかなかったのだ。蹴られた方の天希は大きく倒れたが、すぐに立ち上がり、右手を突き出した。蹴った方の天希も同じタイミングで左手を突き出した。この2人の姿がまるで映し鏡のようになった瞬間、可朗が動いた。
「そっちだ!」
可朗の腕が植物の蔓に変化して伸び、後に奥華とやってきた方の天希の体に巻きついた。
「そっちが偽者だ。天希がとっさに構えるのは左手だよ」
捕まらなかった方の天希は、構えた手から炎を噴射した。捕まった方の天希は逃げようとダッシュしたが、可朗の蔓の力のせいで炎をかわしきれなかった。
「熱っ!」
天希と可朗が偽者に対応する中、奥華は混乱したままその様子を見ていた。彼女の中では、自分が一緒にいた天希(だったはずのもの)が偽者だとはすぐには信じられていなかったが、その姿が粘土のように溶け、天希の姿から可朗の姿に変化すると、ショックを受けた。
「え・・・嘘」
可朗の姿になった敵は、その能力で蔓を解き、逃げ出そうとした。しかし、その目の前には謙曹が立ち塞がった。
「どこへ行くつもりだ」
「ちっ」
敵はまた姿を変化させようとしたが、謙曹の拳を喰らい、中途半端な姿になったまま突き飛ばされた。敵は変身が完了しないままよろよろと立ち上がったが、今度は奥華が叫びながら襲いかかってきた。
「ふっ、ふざけるな~!」
奥華は敵の頭をポカポカ叩いたり、顔をめちゃくちゃに引っ張ったりした。敵は変身をし終える隙がなかった。
「ぐっ・・・」
「返せ~!私の青春を返せ~!」
「分かった分かった、許してくれ!」
奥華は半泣きになりながら攻撃していた。その様子を、周りはポカンとした表情で見ていた。
「・・・あいつ、一体何を言ってるんだ・・・?」
可朗がつぶやいた。

ひとまず争いは落ち着き、一同は謙曹のテントの中に入っていた。奥華は疲れて寝てしまっていた。
「このテントも、これだけ人数が入ると狭苦しいな」
謙曹が言った。
「この人はな、俺のじいちゃん・峠口琉治の先輩なんだよ。じいちゃんが一番尊敬してる先輩だって」
天希は可朗に説明した。
「ただそれだけの話だよ。私自身は有名でもなんでもない」
謙曹は照れながら、しかし少々残念そうにそう言った。
「それで・・・友達がヒドゥン・ドラゴナにさらわれたという話だったね」
謙曹はすぐに真面目な顔つきになった。
「謙曹さん、あいつらについて何か知ってるんですか?」
天希が尋ねた。謙曹は少し考えてから言った。
「奴らは低血種族への差別をなくすため、という肩書きで様々な活動をしているが、実際にはそんなこと米一粒ほども考えてはいないのだろうと思う。高血種族の誘拐、それを目的とした破壊活動・・・何を隠そう、私がこんな場所にテントを張っているのも、奴らの振る舞いを見るに耐えかね、本部に殴り込みに行こうと思ったからだ」
「じゃあもうすぐそこにあるんですか・・・?」
可朗が聞いた。
「目と鼻の先だ」
「よく張れましたね・・・」
「今日はゆっくり休みなさい。明日の早朝に本部へ向かおう」
そう言って謙曹は寝る支度をし始めた。
「そうですね・・・」
「こいつも連れて行ってやんないとな」
可朗と天希は、隅で縮こまっている敵をにらんだ。
「・・・ワシ、やつらの部下と違います・・・」
敵はそう言った。可朗はあることに気づいた。
「お前、もしかして前に会った事ある?」
「おお~っ、やっと思い出してくれたのかい!ワシじゃよ、ドッペル・フランコじゃよぉ!」
ドッペルは急に馴れ馴れしく振る舞い始めた。
「可朗、知ってるのか?」
「ああ。確かアビス軍団の・・・」
「いいや、ワシゃどこにも所属しとらんぞ」
「じゃあなんで電車ひっくり返したりしたんだ」
「いやぁ、地上に来れた事が嬉しくてつい・・・あっ、今のナシ!今の忘れて!」
「地上?」
「だっ、その話はやめとくれって!それより、仲間がさらわれて大変だそうじゃな。ワシも非力ながら加勢させていただきたい」
「お前が?」
「ダメかいの?」
可朗は悩みながら天希の方を見た。しかし、天希の表情は前向きだった。
「よし、わかった!一緒に行こうぜ!」
「ええっ?」
「仲間は多い方がいいだろ!みんなでやつらを倒しに行こうぜ!」
「そ、そうだな・・・」
可朗はやや心配だったが、天希に従うことにした。そして、疲れて寝ている奥華、そしてその隣で寝そべって爆睡している君六を見た。
(多い方がいい・・・か。あの安田謙曹とかいう人がまとめてくれるといいんだけど)
そうして天希達は寝床についた。しかし可朗はカレンの身の安否を考えると不安で仕方がなかった。

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