第三十二話

辺りはすっかり暗くなっていた。疲れの見えてきた他のメンバーとは逆に、天希の足は無意識に急いでいた。
「日が暮れた・・・!早くカレン達を助けねえと・・・!」
足元が見えなくなってきた。天希は火で灯りをつけた。目の前の道はちょうど二手に分かれていた。
「おい、ここはどっちに行けば・・・」
天希は顔を後ろに向けた。しかし可朗達の姿はない。
「あれ?」
天希は自分の歩いてきた道を照らしたが、立っているのはその場に根を下ろした木々ばかりであった。
「やべっ、はぐれたかな」
天希は元来た道を戻ろうとした。しかし、左右の脇に生えていた木が突然動きだし、道を塞ぎ始めた。
「何だ?」
天希は思わずその木の枝に手をかけた。すると、木の枝は彼の手に絡んで来た。
「うわっ!」
天希は慌てて、腕から炎を噴射した。そして枝から抜け出した。
「可朗?」
天希は思わずそう口にした。しかし、木の枝の動きからは敵意を感じた。
「可朗じゃ、ないのか?」
天希は木に向かって大きな炎を噴射した。そして辺りを見回した。敵の姿は、一瞬だが炎に照らされて見えた。敵は草むらに隠れた。
「待てっ!」
天希は草むらを焼き払った。しかし、敵は姿を見せなかった。
「どこ行った?」
注意は前に向いていた。そのせいで、真後ろから攻撃がくるとは予想していなかった。しかし、彼が驚いたのはそれだけではなかった。
「熱っ!」
彼の背中を襲ったのは炎だった。熱が痛みになるのは、デラストを得て以来である。彼は焦って振り向いた。
「お前・・・」
相手の姿を目にした天希は一瞬だけ納得した。しかし即座に、間違いなくおかしな事態が起こっているという考えに戻った。
「何か?」
戸惑う天希に、敵は拳を頬に一発喰らわせた。続いて蹴りを2、3発放った。
「くそっ!」
天希は両足で踏ん張り、火炎を広く放ったが、敵はそれを避けつつ後ろに回り込み、天希の背中に蹴りを喰らわせた。怯む天希は振り向く間もなく、背中への攻撃を受けるばかりだった。
「くあああっ!」
攻撃の間が開き、その隙に天希は振り向いた。が、敵の拳はすでに彼の体との隙間を30センチと残していなかった。
「ぐっ!」
拳は水月に深く入り込んだ。天希は反撃に敵の腕を叩き落とし、傾いた相手の髪をつかんだが、そこから先の意識がなかった。彼はよろめきながら地面に膝をつき、手をついた。
「まだぁ」
敵は立ち直ると、天希の頬に回し蹴りを入れた。天希の体は横に飛ばされた。それ以上動く様子のない天希に、敵はさらに攻撃を加えようとした。が、強い気配を感じ、その手を止めた。その敵は周辺の様子を注意深く見回した。しかし、一瞬にしてその場に姿を現したその男は、すでに目の前だった。敵はその男の体に視界を遮られ、最初は何が起こったのか分からなかった。
「何をしている」
声は頭上から降ってきた。敵は顔を上げた。その男は老けてこそいるが、肩幅は壁のように広く、厳しい顔をしていた。敵は声も出さずに後ろへ下がったのち、走って逃げ出した。
「・・・」
男は敵を追わず、倒れている天希の手をとった。
「大丈夫かね?」
「ん・・・」
天希は敵が来たと思って、すかさず攻撃しようとしたが、足元が揺らいで体勢を崩した。彼は前を見た。
「・・・安田、謙曹?」
男は顔の皺を緩めた。
「始めまして、峠口天希君」

「ああ、なんで私こんなところにいるんだろう!」
奥華はその場に座り込んでしまった。辺りはすっかり暗くなり、周りの様子はよく確認できない。かろうじて月の光が物の場所を教えてくれるぐらいだった。
「私達、どうすればいいんだろう・・・」
「私『達』?ふん」
聡美は手を水晶の刃に変え、蔓をちぎると、歩き出した。
「ちょ、ちょっとどこ行くのよ!?」
「あなたのようなのと一緒にいるとバカがうつりますの。私は1人で先に行かせてもらいますわよ」
「ここで待ってろって言われたじゃない!」
「従う気になれませんわ、天希様のお願いでもないかぎり」
「道案内はどうしたのよ!?」
「あら、案内役をやめるとは言ってませんわ。私が最初に天希様を見つけて、そのまま2人っきりでアジトへ・・・ウフフ」
聡美はホホホと高笑いしながら暗闇の中に消えて行った。奥華は悔しそうな表情でその様を見ていた。
「あーんもう、可朗何やってるの!早くしないと天希君が・・・!」
奥華は追いかけようともしたが、その場にとどまった。風の音だけが耳の内外をこだまする中、奥華はだんだん不安になってきた。その場にうずくまり、何も言わずに辺りを見回すばかりだった。
「あれ?」
自分たちの歩いてきた道には足跡がついていた。なるほど足跡をたどれば天希の進んだ方向も分かる。しかし、彼女が気づいたのはそこではなかった。聡美の物と思われる足跡が、自分達の来た道の方を向いていたのだ。
「あいつ・・・逆行った?」
奥華は地面に顔を近づけた。
「キャーッ!」
突然、聡美の歩いて行った方から叫び声が聞こえた。同時に、同じ方向から目に刺さるようなまぶしい光が奥華を照らした。彼女は驚いて顔を上げたが、その時にはすでに光は消え、辺りは再び真っ暗で静かになった。奥華は怖くなって縮こまった。
「何?今の何?やだ怖い怖い怖い!」
奥華は頭を抱えて小さくなった。すると今度は逆の方向から、松明のような灯りと足音がこちらに近づいてきていた。奥華は慌てて隠れようとした。
「まったく、何だったんだよさっきのは」
奥華はその声を聞いて顔を上げた。
「天希君?」
「えっ」
その影は驚いて構えをとった。
「待って待って、私だってば!」
「・・・なんだ奥華か、驚かすなよ」
「ごめんなさい・・・」
奥華は奥華は少し恥ずかしがったが、すぐにまた天希の方を見て言った。
「よかった無事で・・・可朗が探してたんだけど、会った?」
「いや、会ってねえな」
「そっか・・・とりあえずここで待ってろって言われたから」
奥華はそう言って、木の根元に座り込んだ。天希も座った。
(あれ・・・?私もしかして今、天希君と完全に2人きり?えっ待って、こんな場所で?)
奥華は赤くなる顔を覆った。彼女には天希がものすごく近くに座っているように感じた。小さい炎は彼の横顔をうっすらと照らし出していた。
(2人きり・・・!グヘヘざまーみろ加夏聡美、アンタなんかが天希君を手に入れられると思ったら大間違い!私の勝ち・・・!)
奥華は邪魔も入らずこのままの状態でいたかったが、そうもいかなかった。道の奥から、不気味な声が聞こえてきたのだ。
「何だ?」
「えっ何?幽霊?」
天希は立ち上がって、奥華を守るように前に出た。天希の炎だけが照らす暗闇の中、奥華の目は天希の背中に釘付けになっていた。
(なんか今日の天希君、いつもより頼もしい・・・!)
奥華が『幽霊』と形容したその高く不気味な声は、こちらに近づいてきていた。そして、ついにその姿を現した。
「うううっ、うううう~っ・・・」
「・・・き、キミキミ・・・」
奥華は呆れ返っていた。その声は君六の泣きべそだったのだ。彼は奥華の存在に気付くと、彼女の方に抱きつこうとした。
「ううっ、奥華ちゃあ~~ん!」
「邪魔すんなバカぁぁ!!」
奥華のハイキックが、君六の厚い頬に直撃した。

「・・・あ、あの、デブ・・・絶対、許しませんわよ・・・」
暗い森の中、聡美は地面に伸びていた。

飛王天の飛行機は、建物のそばに降りていた。
「さあ、ここだよ」
飛王天はまるで、子供に遊び場を紹介するかのような口調で言った。当のカレンとメルトクロスは、檻に入ったままだった。
「ずいぶんと楽しそうですね、飛王天公」
メルトが言った。後ろにいた悪堂は顔をしかめた。
「悪あがきはやめた方がいいですよ、メルトクロス!」
その声は掻き消された。彼らを閉じ込めていた檻は崩れ、悪堂はメルトの拳に突き飛ばされ、停まっている飛行機の壁に叩きつけられた。
「おお~、すごい!」
自分の作った檻が破られると思っていなかった飛王天は、思わずそう言った。鬼の姿になったメルトは、今度は飛王天の方に襲いかかった。
「逃げろ!」
突然の事態に驚いていたカレンは、その言葉でハッとした。そして、すぐに檻の外へ飛び出した。
「そうはさせん!」
飛王天もまた、ちょうどメルトが鬼になったのと同様に、恐ろしい表情に変わった。両手を左右に突き出すと、彼の後ろから数字の壁が輪を描くように広がり、カレンの目の前で閉じた。カレンは急に止まれず、壁にぶつかって跳ね飛ばされた。一方、飛王天は横に壁を作ったせいで正面がガラ空きだった。メルトの頭突きが直撃し、自分の作った壁と挟み撃ちになった。
「ぐおおっ!」
飛王天が怯んだ。メルトは次に拳で飛王天の顔を打った。すると、飛王天の体だけが壁の外に放られ、メルトは跳ね返ってきた自分の拳で軽く頬を打った。
「うむぅ・・・」
飛王天はよろよろと立ち上がった。膝と尻を払ってから、壁の中にいる2人を見た。
「あー、このタイプの檻は君の能力じゃ突破できちゃうのか。いいと思ったんだけどなあ」
メルトは壁に向かって__と言うよりは壁の向こうにいる飛王天めがけて__攻撃しようとしたが、壁は彼を跳ね飛ばした。
「ああ、そっちの壁はちゃんとプログラムを組み替えてあるんだよ」
飛王天が指を鳴らすと、壁は狭まっていった。
「うわっ・・・!」
極限まで小さくなると、その壁はゼリーのようにカレンとメルトを飲み込み、やがて外に吐き出した。2人はデラスト・エナジーが抜けた状態だった。
「さあ、もう抵抗できないでしょ。行くよ」
飛王天は2人に言った。まるで子供をお出かけにでも連れて行くかのような口調で。

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