第三十一話

「げはっ!」
亜単巧太郎(背が小さい方の手下)はなんとか意識を保って起き上がった。
「ゲフッゲフッ、なんだ今の攻撃・・・」
かなりの距離を飛ばされていたが、彼は仲間の横を通り過ぎ、君六との距離を一気に縮め、次の攻撃を当てようとした。「回転」のデラストで、スピンの威力を含んだ拳を繰り出した。
「うらっ!」
しかし、彼が当たると思った位置では当たらなかった。君六は手足一つ動かしていない。巧太郎は一瞬戸惑ったが、次の攻撃を放った。これも力をこめた肘撃ちだったが、君六には片手で止められるものだった。
「な・・・」
君六がその手をどけた瞬間、巧太郎は青ざめた。次に君六の繰り出す技を避ける様が想像できなかったのだ。
「っちぇっ!」
奇怪な叫び声とともに、君六は平手を前に突き出して巧太郎を強く打った。巧太郎の体が揺れたが、妙な事に今度は全く飛ばされない。君六は続いて交互に突っ張りを放った。
「速っ!」
その速度、一秒間に15回は当たっているだろう。拳ではなく手の平で、君六は攻撃を打ち込み続けた。かつ、巧太郎はその場から動かないし動けなかった。
「ちぇっちぇっちぇっちぇいっ!」
その様が1分は続いただろう。巧太郎へのダメージが溜まりに溜まった頃、君六は最後に大きく上から平手を巧太郎に振り下ろし、叩き付けた。巧太郎は地面を跳ねてその場に倒れた。その様子を見ていた者は言葉が出なかった。君六は加夏聡美の方を見た。
「・・・な・・・何なのよあいつ・・・」
「お嬢様・・・あいつ、明智君六ですよ」
玄鉄(背の高い方の手下)が言った。
「聞いた事ありませんか、様々な地方の大会に現れては、その強さで優勝を次々と奪っていったという噂ですよ・・・しかも、彼と戦った相手の半分は、今の連続突っ張りだけでダウンしたとまで言われてるそうで・・・」
「あの技だけで?一体どういうことなのよ!?」
「分かりません。しかし所詮は平手打ち。私の守りをもってすれば、あんな技など」
玄鉄は言い切る前に走り出した。そして君六と少し距離を置いた場所で止まり、守りの構えをした。
「さあ来い!」
しかし君六もその場から動こうとしなかった。代わりに、彼の手の平の上に小さな稲妻が走り、それが次第に大きくなっていった。
「そうかよ弱虫野郎、そっちが来ねえなら、こっちは力を溜めさせてもらうまでだぜ」
そう言われて、玄鉄はあわてて攻撃に転じた。しかし、今度は前に来過ぎて攻撃がうまく当たらなかった。君六はニヤリと笑い、連続平手攻撃を開始した。最初の数発はモロに当たったが、玄鉄はすぐに自分の服を真鍮に変化させ、守りの体勢を固めた。それでも君六の攻撃は一向に止まらなかった。ダメージを耐えている中、玄鉄は考えた。
(・・・くそっ、速すぎて反撃の隙がない!しかも、これだけの威力の攻撃を連続で打ち込んでおきながら、全く後ろへ逃げる事ができない!一体どうなっている!?)
玄鉄は後ろに下がろうとするが、まるで後ろに柔らかい壁があるかのように、足を後ろにやることが出来なかった。
「ちぇえええええっ!」
そのままの状態が2分は続いた。君六の攻撃は一向に止む様子を見せない。それどころか、守りを固めている玄鉄でも、ダメージの蓄積に耐えられなくなってきた。
(隙だ・・・どこかに隙があるはずだ!)
しかし玄鉄は焦って、自分のタイミングで攻撃をしようとした。その瞬間守りが解け、再び攻撃をモロに食らう事になった。
「おおおおっ!」
玄鉄が変化した瞬間に君六の攻撃のタイミングがずれた。玄鉄はその瞬間に後ろに下がった。
「ハァ・・・ハァ・・・こいつ・・・」
玄鉄は再び体を固めた。それが「かかってこい」の合図だった。君六はニヤリと笑い、合掌した。
「な、なんだあのポーズは」
相変わらず君六はその場から動こうとしなかった。しかし不思議な事に、玄鉄の視界ではだんだん君六が近づいていた。玄鉄は気がついた。自分の攻撃が位置を外したり、相手の連続攻撃から逃れられなかったのは、君六の力で自分の体が引っ張られていたからなのだと。
「この野郎っ!」
玄鉄は体を固めつつ、拳で君六に攻撃しようとしたが、引っ張られた事でまた位置がそれた。代わりに君六の強烈な平手の一撃が、彼の腹に直撃した。
「がはっ・・・」
その攻撃の振動は、彼の守りをすり抜けて全身に響いた。玄鉄は膝をついてその場に崩れた。
「うそ・・・玄鉄まで・・・」
そうつぶやいた聡美の方を、君六は鋭い目で睨みつけた。
「ひっ!・・・す、素晴らしい腕前ですわね!感激いたしましたわ!じゃあ、私はこの辺でおイトマさせていただき・・・」
そう言いながら聡美は逃げ出したが、間もなく植物の蔓が体に巻き付き、動けなくなった。
「キャーッ!ちょっと何よこれ!」
そうしてもがいていると、可朗がゆっくりとこちらに歩いてきて、冷たい目で見下ろした。
「君達の組織について、ちょっと教えてもらおうか・・・」

飛王天達の乗り込んだ乗り物の中。メルトクロスは目を覚ました。すぐそばにはカレンがいた。
「おいカレンちゃん、起きるんだ!」
メルトは、その部屋に他に誰もいないのを確認すると、再びカレンの体を揺さぶった。
「う・・・ん・・・」
「カレンちゃん!」
「メ・・・メルさん・・・」
メルトは何か動作をするたびに辺りを見回して、誰か来てないかを確認した。
「メルさん、私たち・・・」
そう言われただけで、メルトは口をつぐんで下を向いてしまった。
「僕たちが止めておけば・・・アビスと二人で悪堂さえ止めておけばまだよかったんだ・・・」
メルトはカレンにすらよく聞こえないような小さい声でそう言った。
「え・・・?」
「・・・そうだ、カレン・・・君はこれを持っていてほしい」
メルトは突然そう言うと、懐からメモを取り出し、カレンにささやいた。
「そこには僕がアビス軍団を使って探させた『ゼウクロスのデラスト』について書いてある。今天希達が持ってるデラストのことだ。もし何かあったら、それを持って君だけ逃げてほしい」
「えっ・・・?」
「それだけ。これ以上は何も言わない・・・」
そう言うと、メルトは黙りこんでしまった。カレンは最初は彼の言う事がよく理解できなかったが、少し考えて、メルトが何か企んでる事に彼女は気がついた。カレンもそれ以上は聞かないことにした。

「・・・そこ右ですわ・・・多分」
聡美は蔓で両手を不自由にされたまま、天希達と一緒に林道を歩いていた。
「本当にこの道で合ってるのか?」
可朗が言った。
「な、なんでそうやって疑うんですの!?人がせっかく親切に道を教えてさしあげていると言うのに!こんな縄、私の『水晶』のデラストがあれば簡単にほどけますのよ!」
「へえ」
「ちょっとそんな顔するのやめてくれませんこと!?どこまで人を疑えば気が済むんですの?」
「こっちは仲間をさらわれてるんだぞ!・・・だいたい、本当に知らないのか?君らのボスがカレンちゃん達をさらった目的を」
「飛王天様は優しいお方ですわ、目的はどうあれ、非道な事をするなんて考えられませんのよ」
そこに奥華が入った。
「だから、あいつらはなんとかドリンクの製造を・・・」
「その話はもういいですの!そんなデタラメな作り話をさんざん聞かされてちゃこっちもたまったもんじゃありませんわ」
奥華は不機嫌な顔をした。そこに先頭を歩いていた天希が入ってきた。
「俺達はヴェノム・ドリンクのせいでいろんな目にあってる。とにかく今は早くあいつらのアジトに行ってカレン達を助ける事だ」
そう言って天希は前に向き直ったが、すぐに首だけ聡美の方に向けた。
「お前さあ」
聡美は顔を赤くした。
「な、何ですの・・・?」
「道案内ありがとうな」
天希は笑って見せてから、再び前に向き直った。聡美はそう言われてから数秒は顔が硬直していたが、次第に顔が真っ赤になり、途端に足取りがふらつき始め、表情も嬉しさでドロドロになった。数歩歩くとハッとしたように姿勢を正し、そしてうっとりしながら言った。
「素敵な方・・・」
途端に、その隣にいた奥華は鬼のような表情に変わった。前にいた可朗は、背中の方から感じる殺気で振り向く事ができなかった。
(怖っ・・・)

やがて日が落ち、林道は暗さを増し始めた。疲れのせいで、一同の足取りは重くなっていた。
「ああ・・・日が暮れちゃう・・・ネロっちどうなっちゃうんだろう・・・」
奥華はまた泣き出しそうになっていた。
「あとどのくらいだ?」
可朗が聡美に訊いた。
「これで半分くらいですのよ・・・」
可朗はため息をついた。
「そろそろ辺りも暗くなってきてる。天希、灯りを・・・あれ?」
可朗は思わず立ち止まった。
「天希?」
目の前を歩いていたはずの天希の姿がなかった。可朗は辺りを見回したが、すでに見失うのも仕方ないほどの暗さになっていて、何も目に入らなかった。汗が引いた。
「天希ー!」
可朗は呼んだが、返事はない。
「あいつだけ足が強いんだ。急ごうとして、僕らより先に行っちゃったのかもしれない」
可朗は後続の奥華と聡美にそう言った。二人もかなり不安げな顔をしていた。
「嘘でしょ・・・」
可朗は暗くなる空を見上げた。そして、ある事に気が付いた。
「探してくる」
「どうやって?天希君の方が先に行っちゃってるんでしょ?追いつけるかどうか・・・」
「何言ってるんだ、ここは森の中だよ?」
「えっ?」
可朗は右手を上げた。すると、木の枝が降りてきて、彼の腕を掴んで引っ張り上げた。それに続くかのように木々が動きだし、バケツリレーのように可朗を運んでいった。
「これなら追いつくさ!奥華達はそこで待ってて!」
そう言って、可朗は林の闇の中に姿を消した。
「・・・野生児みたいね」
聡美が言った。
「ないない」
奥華が返した。

「ひ~ん!」
君六は泣きながら林道を走っていた。走っているつもりだったが、そのスピードは天希達の徒歩とそこまで変わらなかった。
「置いて行かないでよぉ~!」
木の根につまずいて君六は転んだ。ベソをかきながら起き上がり、やっと辺りが暗くなったことに気が付いた。
「ひ・・・」
君六は辺りを見回して背筋が凍った。暗闇にうっすらと浮かぶ木々の禍々しい形や模様が、彼の恐怖を煽った。極め付けは、彼の真後ろから聞こえた茂みの音だった。
「あぎゃーっ!」
君六は思わず叫んだ。振り向きはしたが、その光景が目に入る前に倒れてしまった。
「なんて声だ、このガキ」
茂みの中から現れたのは、ヒドゥン・ドラゴナの戦闘員2人だった。
「気絶しやがったぞ」
2人は倒れている君六に近づき、懐中電灯で彼の頭を照らした。
「こいつは違うようだな」
「待て。染めてるかもしれない。よく見てみろ」
すると、突然チッという音と共に、懐中電灯の灯りが消えた。
「あれ?電池切れかよ」
「電池切れにしては急だな」
片方の戦闘員が替えの電池を取り出し、懐中電灯の電池を取り替え、スイッチを入れた。しかし、やはり明かりは点かなかった。
「おい、この電池も切れてるぞ」
「おかしいな・・・」
そう言って、もう片方の戦闘員は自分の懐を探り始めたが、顔に光が当たるのを感じて手を止めた。
「何だ、やっぱり点いたじゃないか、驚かすなよ・・・おい、どうした、そんな顔して」
そう話しかけた彼の片割れが、驚いた表情で見ていたのは君六の方だった。それを見て彼も始めて気づいた。その光が懐中電灯よりはるかに明るいことに。
「・・・ったく、うるせえよ」
君六の体は稲妻を纏って光っていた。彼はゆっくり起き上がった。2人は息を呑んだ。
「こいつ、デラスターだ・・・!」
「逃げろ!」
2人は振り向き、全速力で走り出した。
「逃がすかよ!」
君六が宙でものを手繰り寄せるように手を動かすと、戦闘員の服に付いていた金属製のボタンやベルトが引っ張られた。足の力の方が負け、2人は君六の方に体を引っ張られていった。君六は無言で笑いながら手を構えた。
「ひーっ!」
「許してくれーっ!」

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