第二十八話

「面白い」
デーマが一歩歩むたびに、金属のカチャッという音がした。
「デラスト・マスターの孫と現デラスト・マスター、どちらが強いか試してみようじゃないか」
背こそ天希よりは少し低いが、風格があった。片目は顔に巻いた布で隠れ、灰色の髪は後ろで束ねられていた。肘から先は金属で覆われ、足も甲冑のように頑丈な金属の靴を纏っていた。光沢のあるマントは焦げ目一つ付いていなかった。両腕に握られた剣は、互いに全く違うオーラを醸し出していた。
「えっ」
デーマの姿に気を取られていた天希は、話を聞いていなかった。少し考えてから我に返った。
「お前・・・デラスト・マスターなの・・・?」
デーマも言ったばかりの事を質問されて調子が崩れた。
「今そう言ったんだけど」
すると、天希は突然大声を出してはしゃぎ始めた。デーマは思わず構えた。
「すげえー!お前が今のデラスト・マスターだったんだ!全然気付かなかった!おい、俺のじいちゃんもデラスト・マスターだったんだぜ!」
「・・・知ってる。俺が先に言った」
デーマは興奮する天希にすでに呆れていた。
「よーし、そのデラスト・マスターの称号、峠口家に返してもらうぜ!」
天希が構えた。それにならってデーマも戦闘態勢に入った。
「奪い取れるものなら、奪い取ってみろよ!」

カレンはトイレの中でずっと泣いていた。自分の母親がもうこの世にいないという事実を、受け止めきれてはいなかった。
「・・・母さん・・・」
天希とデーマの試合が始まった頃には、涙も枯れかけていたが、カレンはずっとトイレにこもって顔を覆っていた。
「・・・」
彼女の気がやっと落ち着いてきた頃、 突然悲鳴が聞こえた。男の声だった。
「・・・メルさん?」
カレンはそっとトイレのドアを開けて廊下に出た。メルトクロスはすぐそこに倒れ伏せていた。
「メルさん!一体何が・・・」
メルトはカレンに気づくと、彼女に向かって吠えるように言った。
「逃げろ!何でもいいからすぐ逃げるんだ!」
「えっ・・・」
「早く逃げろ!ここから!す・・・」
メルトの顔は青ざめた。 カレンの真後ろに、その男が立っていたのだ。その男は、彼女の両肩に手を乗せた。カレンは背筋が凍った。
「なるほどねえ」
その男はカレンの後頭部に手を移し、彼女の髪の毛を見つめた。
「クロス族の者に加え、バルレン族の者まで手に入るとはね・・・期待してたよりは少ないけど、まあ、大した収獲と言ってもバチは当たらないでしょ」
カレンは素早く飛び退き、その男と間合いをとった。
「あなたは・・・一体・・・」
カレンは戦闘の態勢をとりながら言った。その男は、彼女を見下ろしながら口を開いた。
「おや、これはこれは、誰かと思えば・・・」
男が言い終わる前に、カレンは糸を操り二体の人形を走らせて、男の両脇から攻撃を仕掛けようとした。しかし、それと同じ軌道上を真逆に走る「何か光るもの」の方が、先にカレンの首元まで来て止まった。
「一応、初めてお目にかかるかな、ネロ・カレン・バルレンちゃん。私は君のお父さんの『お友達』だよ」
人形を操る糸は、いつの間にか途中で切れていた。カレンは自分の首元に突きつけられているものが一体何なのかが分からなかった。ただ、下手に動けば危ないという事は分かっていた。その男は歩み寄ってきて、手を差し出した。
「では初めまして。私は飛王天です」
カレンはその手を握った。肉がついていないわけではないが、老人の手のように色が黒ずみ、手の平はガサガサしている。彼女は次にその男の顔を注視した。黒髪からほぼ白髪になりかけており、顔も老け切ってはいないが、肌にはシミが目立った。そして何より、その男は笑っていた。
「え・・・あれ?」
飛王天は突然、膝が抜けたようにその場に崩れた。カレンのデラストによって、人形同様に操られてしまったのだ。カレンは逆の手で人形を操り、再び攻撃しようとした。
「ダメだ・・・そいつは・・・」
倒れていたメルトが呟いた。そう言った矢先、飛王天は突然泣き出した。
「待ってくれえェェッ!」
カレンは驚いて止まってしまった。
「いやだ・・・頼むから、やめてくれ・・・怖いんだ・・・」
飛王天はうつむいてすすり泣きを始めた、突然の事態にカレンは頭が追いついていなかった。しかし、彼のその行動の意味をようやく理解しかけたとき、妙な匂いが鼻をついた。その瞬間、彼女の頭の中にあった考えがすべて飛び散り、真っ白になった。彼女は廊下の床に倒れ伏した。
「ホホホ、飛王天様、さすがの演技力でございました。私も見習わせていただかなければ」
その場に現れたのは薬師寺悪堂だった。飛王天はゆっくりと顔を上げた。その顔は、邪悪な笑みを含んでいた。
「こうやって時間を稼げば良かったのかい」
「パーフェクトでございますよ」
二人は笑い出した。メルトはその隙に悪堂の足を引っ張ったが、攻撃に入る前に眠らされてしまった。
「こいつ・・・しかし、何はともあれ、手に入りましたね」
「うん。まだ探すかい?」
「勿論でございますとも」

天希は手の中で火の玉を作り、デーマに向かって飛ばした。デーマが剣を一振りすると、その火の玉は彼の目の前で2つに裂けて消えた。天希はさらに火の玉を作って飛ばしたが、デーマはすべて振り払い、天希に急接近してきた。
「わっ!?」
デーマは左手に握った剣で突きを放った。天希が横に避けると、デーマは逆の腕に握った剣を振った。天希はこれもかわした。
「危ねっ」
慌てて足を後ろに下げる度に、剣先が鼻の先を通り過ぎた。デーマは突きの構えをしたが、その一瞬の隙に天希は一気に後ろに下がった。デーマはそれを追うように突きを放った。天希は前に走る時と同じぐらいのスピードで逃げようとしたが、速度が上がろうとした所で転んだ。デーマはすかさず軌道を変え、地面に転がった天希の顔面に、剣を握ってできた右拳を振り下ろした。
「ぶ」
天希はすぐにデーマの腕を掴み、そこに高熱を送った。デーマは驚いて拳を引き上げたが、すぐに左の腕に握った剣で天希を切り裂こうとした。天希はデーマの顔めがけて炎を吹き出した。またしてもデーマがひるんだので、その隙を見て天希は足から炎を吹き出し、跳んでその位置から退いた。デーマはしきりに顔をこすっていたが、それを終えて両手の平の隙間から現れた彼の顔は、何一つ変化がなかった。
「こんなものか」
デーマは両手の平を開き、剣を地面に落とした。
「?」
天希にはその意味がよく分からなかった。
「なんだよ、使わなくなったのか、ソレ」
デーマはやや残念そうな顔をすると、天希に背を向けた。
「お、おい待てよ、どこへ行く気・・・」
そう言った瞬間、天希の体に激痛が走った。
「うぐっ・・・!?」
突然の事態に天希は思わず唇を噛み締めたが、ついに耐えられなくなって叫び出した。
「ぐわあああああああっ!!」
理解しがたい状況に、観客達は目を疑った。天希が左肩を押さえて苦しんでいたので、おそらくはデーマの剣が入ったのだろうが、傷らしきものは手の中に完全に隠れていた。天希は立っている事すらままならなくなった様子で、膝から地面について倒れ伏した。デーマは天希に背を向けたまま歩き始めた。
「・・・この程度で・・・」

モニター越しに観戦していた可朗は、一番状況が把握できていなかった。
「な、何が起こったんだ・・・?」
「毒さ」
雷霊雲はあっさりと種明かしをした。
「深く入らなかったのはアイツにとっては心外だったらしいが、あのわずかな傷口からでも結構な強さの毒が入るからな。デーマの剣は」
可朗は言葉が出なかった。
「私が教えたんだ」
雷霊雲は自慢げに言ったが、可朗は反応しなかった。
「強い・・・強すぎるよこんなの・・・」
その可朗の言葉を聞いて、雷霊雲は呆れたように言った。
「何を言っている?試合開始からこれっぽっちも経ってないのに、実力を見極めたような言い方をして。試合はこれからだろ?」
可朗はハッとした顔で雷霊雲の方を見た。雷霊雲はモニターに映るデーマを見ながら言った。
「デーマ。この戦いは、私との勝負だ」

奥華は両手で口を押さえたまま震えていた。
「うそ・・・天希君が、あんな簡単に・・・」
退場しようとするデーマ、叫び声も途絶えた天希。そのどちらに視線を向ける者達も、皆静まり返っていた。
「・・・前の奴らよりは楽しめたが」
デーマはそう呟いた。その瞬間、後ろから歓声が聞こえた。デーマは振り向いたが、それと同時に、腹部に砲弾を撃ち込まれたように、地面と垂直の方向を滑り、壁に激突した。
「な・・・」
天希はすぐにデーマの腹から頭を抜き、後ろに飛び退いてフラフラと着地した。歓声はさらに大きくなった。
「・・・へへ・・・どこ行こうとしてんだよ。まだ終わってないぜ」
これはデーマにも少々応えた様子で、よろめきながら体勢を立て直した。顔を上げると、天希は妙な格好で立っていた。戦闘態勢を作ろうとはしているが、毒による苦しみと頭突きの衝撃をやせ我慢しているのは明らかで、震える全身から汗が吹き出していた。
「お前が毒使うって言うの、雷霊雲先生から聞いてたんだよ」
「・・・」
天希の左腕は既に変色し始めていた。デーマはその腕に視線を落としていたが、まさかその弱った腕が、自分の頬に鉄拳を入れるとは思ってもいなかった。
「ボーッとしてんじゃねえよ!!」
パンチを食らって体勢を崩したデーマに向かって、天希は叫んだ。デーマはその拳の力強さが理解できないでいた。
「じいちゃんの方が100倍強え。お前本当にデラスト・マスターかよ!」
デーマが立ち上がった瞬間、天希は彼の顔の左側に回し蹴りを食らわせた。右側に倒れそうになったデーマの顔面に左手を真っ向から当て、手の平と顔面の間に爆発を起こさせた。デーマは大きく回転し、後頭部を地面にぶつけそうになったが、すこし浮いて一回転し、着地した。地面に足がつく音がすると同時に、二人は飛び退いて間合いを取った。その時、天希はまた鎖につっかかって転んだ。
「くそっ、さっきから何なんだよ、この鎖」
天希はデーマの攻撃がすぐに飛んでくると思って、素早く体勢を立て直したが、デーマは攻撃してこなかった。
「そうだった」
デーマは呟いた。
「俺はデラスト・マスターだ」
デーマはたった今思い出したように言った。その瞬間、地面に落ちていた鎖が突然動き出した。
「デラスト・マスターが、こんな奴に苦戦しちゃいけなかったよな」
天希はデーマの理解しがたい言葉に我慢できず、蹴りを食らわせようと飛びかかった。しかし、デーマの顔の目の前に来た天希の足は、空中で止まった。
「俺は、お前とは違うんだった。危うく忘れる所だった」
天希の足には何本もの鎖がきつく絡まっていた。天希は動く事ができなかった。デーマがその鎖を引くと、さらに足が締め付けられた。天希が声にならない悲鳴をあげたのもつかの間、デーマは鎖を振り回して投げた。天希が天高く放り出された瞬間、鎖はほどけた。しかし、デーマは下から照準を合わせていた。
「俺のデラストは、こうだ」
デーマが何かを投げる仕草をした。その瞬間、太い棘の生えた巨大な円盤2つが、回転しながら天希の方へ飛んでいった。天希は避ける術もなく、その円盤に挟み潰された。天希は悲鳴すら上げず、失速した円盤と共に地面に落下した。観客達はまたしても唖然としていた。地面に打たれた天希は、デーマに向かって力なく呟いた。
「・・・お・・・おい、お前さ・・・」
デーマは口をつぐんでいた。
「毒とか・・・鎖とか・・・使って、さ・・・」
天希の声はさらに小さくなった。
「一体・・・どんなデラストだ・・・よ・・・」
天希は目を閉じた。それと同時に、毒による変色が進んでいった。デーマは口を閉じたまま、両手に力を込めた。すると、左手から紫の光が、右手から白い光が放たれた。観客達はその意味を知り、背筋が凍り付いた。
「あいつ・・・デラスト、2つ持ってやがる・・・」
デーマはその光を十分観客に見せつけた後、何も言わずに退場した。

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