第二十七話

雷霊雲は試合場への門の前に立っていた。
「・・・来たか」
デーマは相変わらず、フードを被って顔を良く見せなかった。
「行って来い。お前にとってこの大会はそんな難しいものじゃないさ」
二回戦のデーマの様子は、一回戦と全く変わらなかった。会場は霧に覆われ、晴れたときには相手は倒されていた。
「一体、なんんあんだよあれ・・・」
天希が呟いた。
「あれって、もしかして天希君の次の相手?」
奥華が聞いた。
「えっ、マジで?そうなの?」
「え?あ!いや、ゴメン、あたし全然わかんないから、なのになんか変な事言っちゃって」
「・・・まあどっちでもいいや、誰が相手だろうと絶対に負けないからな!」
次の試合の準備が始まった。奥華は辺りを見回してから言った。
「ネロっち、さっきから来ないんだけど、どこ行ったんだろうね・・・」
「確かに、さっきからいねえな」
「うー・・・」
奥華はうつむき気味になったが、すぐにはっとして隣を見た。
「キミキミ!こんな所で何やってるの?次試合だよ!さっきは間違えちゃったけど、次ほんとに試合だから!」
そう言って奥華はいやがる君六を引っ張っていった。
雷霊雲の部屋では、雷霊雲と可朗が話していた。
「お前、運動神経鈍いだろ」
「見た目でわかるでしょう」
「あの2試合だけで疲れ過ぎだ。一応私のデラストでサポートはしてやるが、なるべくここで休め」
「すいません・・・」
モニター画面の中では、君六の試合が始まろうとしていた。
「明智、君六か・・・」
君六は、いつものようにおびえながら姿を現した。
「あのおっかなびっくりな普段の姿からは、想像もつかないような力を持っている」
モニターの中で、君六はまた逃げ回っていた。
「だが・・・」
「・・・だが?」
君六は戦闘モードになり、戦いを巻き返し始めた。
「うちのデーマには及ばない」
噂をしていた所に、当のデーマが現れた。
「・・・聞いてたのか?」
デーマは無言で歩いてきた。可朗は目が合った。
「や、やあ・・・」
デーマは何も言わなかった。すぐに雷霊雲の方に向き直った。
「次は準決勝だな」
「・・・天希と、あたるんですか」
「何ら問題はない。相手が天希だろうと結果は同じだ。デーマが勝つ」
雷霊雲の答えがあまりにあっさりしていたので、可朗は複雑な気持ちになった。
(・・・ちょっと過信し過ぎてたかな。雷霊雲先生を味方だと思い過ぎてた・・・そりゃあ当然デーマの方をとるか・・・)
先の試合でデーマに倒された一人が、ベッドの上でうなった。が、デーマが睨みつけると、すぐに止んだ。
(天希は・・・勝てるのか?こんな技も姿も得体の知れない相手を前にして・・・)
その時、部屋のドアが開いた。入ってきたのは天希だった。
「雷霊雲先生!デーマの倒し方教えてくれ!」
その台詞を聞いて、可朗は思わず叫んだ。
「はあ!?」
雷霊雲も少し動揺していた。
「ちょっと何言ってるんだ天希、お前『相手が誰になったって自分の実力で戦う』って言ってたじゃん」
「えっ?対戦相手の話を始めたのは可朗だろ?」
「まあ、そうだけどさ・・・ちがうちがう、相手側にそれを直接聞いてどうするんだよ!ゲームじゃあるまいし!しかも当の本人がいる前で・・・あれ?」
可朗は部屋の中を見回したが、デーマの姿はなかった。
「当の本人?」
「あ、いや、なんでもない。とにかく、雷霊雲先生に頼むんじゃなくて、普通は自分で相手の戦いの様子を観察して・・・」
「いや」
雷霊雲は少し笑っていた。
「いいだろう。教えられることは教えてやる」
「よっしゃ!」
「えええ!?何でですか?」
「面白いじゃないか。ちょっとアイツを困らせてみてもいい。お前がそうしたいならな」
「ちょっと・・・困らせるって」
「いいか天希、今からいうことを戦うときにやってみろ。対戦中に覚えてればの話だが」
試合の時間になった。デーマはその場にやはりフード姿で現れていた。観客達は不穏な目で彼に注目していた。
「またあいつだ」
「今回も、やっぱりあの変な霧が出て、倒されてってなるのか」
また奥華も、前回に増して天希に対する不安を募らせていた。
「今回の相手・・・天希君、勝てるかな・・・?前は可朗が相手だから良かったけど、今回は・・・」
しかし、やがて観客達の心配は別の所に変わった。天希の姿がいつまでたっても見えないのだ。
「一体どうしたんだ?」
「試合放棄か?」
観客達はざわつき始めた。アナウンスが入り、天希を呼び出し始めたが、それでも姿を現さなかった。
「・・・っ、これでいいのか?」
天希は廊下に一人で立っていた。アナウンスはもちろん彼の耳にも届いたが、天希は壁にへばりついていた。
「いくら作戦っつったって、試合を遅らせるのはねえよ。あーもう、やっぱり自分のやり方で行っちまおうか」
そう言って歩き出そうとした瞬間、妙なものが目に入った。
「・・・ん?兄貴?」
人通りのない廊下の隅を歩く影があった。天希にはメルトクロスが誰かと歩いているように見えたのだ。広い廊下の反対側にいたためによく見えなかったが、妙な歩き方をしているようにも見えた。
「何だ・・・」
様子を見に行こうとしたとき、突然後ろから何者かに肩を叩かれた。
「君、こんな所で何をやっているのかね?次は確か君の試合でしょ」
天希は驚いて振り向いたが、すぐに目に入ったのは服のボタンだった。その顔を確認するには、かなり顔を上げる必要があった。
「あっ、どうも、すいません」
「ハハハ、イタズラはよくないな。試合を見にきてる人や、対戦相手を困らせている。それとも、行きたくないのかい?」
その男は笑いながら、天希に言った。
「い、いえ、俺そんなんじゃなくて、スミマセーン」
天希は走ってフィールドの入り口の方へ向かっていった。その男は天希の姿が見えなくなったのを確認すると、向こうにいる薬師寺悪堂に合図を出した。
「ハハハ・・・なるほどね、彼の知り合いだったわけか、メルトクロス君は」
天希はいそいでフィールドに姿を現した。観客席からは多少のブーイングが飛んだが、何よりまずデーマの方に向いた。
「ゴメンゴメン、寝てて試合のことすっかり忘れちゃってたんだ」
デーマは無言だった。
「でも、来たぜ!さあ勝負!」
試合開始の合図があった。デーマはすぐに霧を吹き出し始め、後ろに下がり出した。しかし、彼はすぐにそれをやめた。かかってくると思った天希が、動かなかったからだ。
「お前から先に攻撃していいよ」
観客達もあっけにとられた。デーマは考えている様子だった。
「ほら、どうしたんだよ、攻撃して来いよ」
すると、デーマは今までよりいっそう強烈な勢いで霧を吹き出し始めた。辺り一帯はすぐに霧で埋め尽くされた。
「そうか、確かに天希なら、霧の中でも相手の位置は分かりますね」
床の上に置かれた天希の靴を見下ろしながら、可朗は言った。
「あいつ、聞き終わったと思ったら飛び出していったんだよな・・・本当に大丈夫かな?」
「何がだ?」
雷霊雲が訊ねた。
「えっ?いや何がって・・・勝てるかどうかっていう」
「そりゃあ勝てる分けないだろ」
雷霊雲はまたしてもあっさりと言い切った。
「あいつはそんなに外で戦う機会がなかったからな。自分の戦い方の弱点を知ってる人間を相手にまわしたら、どうするか」
「それじゃ・・・まるで天希が実験台みたいな・・・」
「うん?そうだとも。本当なら一番いい方法は天希が戦いを放棄することだった。私もデーマも残念がらせることが出来るっていう意味ではアイツの勝ちになりうる。でも、アイツはそんなひねくれたことは考えなかったし、勝てない相手と戦うことを選んだ。自然とそうなるよ」
「そ、そうですね・・・」
観客からは完全に姿が見えなくなった天希とデーマ。また、二人ともお互いの姿を目で確かめるのは不可能だった。天希は状況に少し動揺していた。
「・・・この霧か・・・」
天希は手をかざしてみた。炎が出ない。
「デラストの力を抑える毒の霧だって・・・?」
その時、天希は足の裏から違和感を感じた。何かがこちらに向かってくるのが分かった。
「来た!」
デーマは突進してきたが、天希はその方向を読んでかわした。
「よっし、足下はちゃんと機能してるな」
天希は足の指を動かしながら言った。デーマは再び突進してきたが、天希はまたかわした。デーマは今度はゆっくり接近してきたが、天希は後ろに下がって、お互いの姿が全く見えない状態のままを保っていた。
「雷霊雲先生のいう通り、不思議がってんのかな、俺が攻撃かわしてること」
デーマの走る速度が上がった。それに合わせて天希もスピードを上げた。
「でも、なんか変なんだよな。可朗のときはちゃんと人間っぽい温度だから場所分かったけど、あいつの足冷たすぎるぜ」
デーマの動く速度が急に速くなった。天希はすぐに走り出したが、デーマとは加速に差があった。
「マジかよ、俺より足速えじゃん・・・!」
天希の目の前を拳が通り過ぎた。間一髪でかわしたその腕は、肌色でもなければ、服の色にあるようなものとも違った。
「何だ今の・・・!?」
デーマはさらに至近距離攻撃をしようとしたが、天希は俊足で逃げ出した。デーマは追ってくるが、実際の速さは天希の足ほどではなかった。
「なんだ、加速だけかよ、ホッとした」
天希はひたすら逃げ回っていた。そのうち、次第に霧が薄くなってきた。太陽の光が差し込んできた。
「よし、雷霊雲先生の言った通りだ」
そう思った瞬間、彼は何かにつまづいて転んだ。早く走っていたために放り出されたが、すぐに立ち上がった。
「何だ今の、鎖・・・?」
そうこうしているうちに、デーマは近づいてきていた。霧が薄くなり、デーマの姿が見えた。
「食らえええっ!」
天希はデーマの来る方向に手をかざした。最初は何も起こらなかったが、彼がそのまま力を込めると、炎はせき止めていた水が流れ出すように一気に吹き出した。デーマはすぐに気づいたが、避ける余裕はなく、火炎放射に直撃した。フードに火が引火し、火だるまになったデーマの突進を天希は避けた。
「霧が晴れた!」
「あいつ、まだ立ってるぞ!」
「っていうか、なんかデーマの方が押されてないか!?」
観客がどよめいた。
「ほ・・・ほんとに無事だった・・・」
モニターからも霧のせいで様子が見えていなかったが、それが晴れて可朗は思わず呟いた。
「まあ、私が教えたからな」
火だるまになっているデーマの姿を、雷霊雲は特に何という様子もなく見ていた。
「あーあ、フードが燃えてしまった。これでは姿が見えてしまうな」
雷霊雲はわざとらしく言った。それを聞いた可朗はさらにモニターに見入った。
「見れる・・・デーマの姿が?いや、それどころじゃないくらい燃え盛ってるんですけど・・・」
「まあ見てろ」

デーマはフードをつかんだり、炎を振り払う仕草をしてもがいていたが、天希はその上から拳を振り下ろし、デーマの頭にぶつけた。デーマは一瞬ひるんで止まったが、すぐに後ろに飛んで間合いをとった。
「へっ、どうだ」

さらに天希は攻撃に向かっていったが、再び鎖に引っかかって転んだ。その瞬間、デーマの蹴りを頬に食らって飛ばされた。
「って・・・」
天希は着地して立ち上がった。デーマは燃え盛る火の中からこちらを見て立っていた。辺りは緊張の雰囲気に包まれていた。天希は、デーマがいつの間にか両腕に何かを握っていることに気がついた。
「峠口」
天希は初めてデーマの声を聞いた。
「峠口。どこかで聞いた名だと思えば・・・昔のデラスト・マスターの孫か」
デーマは突然、その場で回転した。それと同時に、彼を包んでいた炎の布が一瞬にして振り払われ、その姿をついに現した。
「面白い、実力を見せようじゃないか、デラスト・マスターとして」

「あ・・・あれは本当に、人間なのか・・・?」
可朗が思わず呟いた。雷霊雲はそれに答えた。
「ああ、もちろん人間だ。名前だって私がつけたんだ。『デラスト・マスター』だから『デーマ』。センスあるだろ?」

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