第二十六話

「・・・違う!」
カレンは叫んだ。
「・・・今話してくださった事が事実なら・・・事実、なら・・・」
カレンは拳を握りしめた。雷霊雲はうつむいていた。
「事実なんだよ。これはお話なんかじゃない。残念だが、お話じゃないんだ・・・」
その声は普段の傍若無人な態度とは違っていた。
「これで分かったろう。私は彼女の代わりに、お前達兄妹を守ってやらなければならない。もっとも、お前達が私を恨まないはずが・・・」
「違います」
雷霊雲は顔をゆっくり上げた。
「違う・・・?」
「先生は母さんを殺してなんかいません」
カレンは雷霊雲の顔をまっすぐ見ていた。
「先生の話してくださった事が、もしすべて事実なら、とてつもなく辛い事です。でも、先生は母さんを殺してなんかいません。むしろ母さんの目を覚ましてくださった」
その言葉に対して、雷霊雲はどうにも返しようが無かった。彼はいままでにないくらい困惑していた。
「これからは母さんが、ちゃんと私たち兄妹を安心して見守ってくれるんですね」
雷霊雲は顔を覆いたくなった。
「本当に・・・すまない」
一方試合では、可朗が攻め続けていた。天希は攻撃を食らいつつかわしつつ、飛び回っていた。
(そうだ、僕が相手だぞ天希、驚いたか!驚いて攻撃できないか!)
可朗は天希の方に向かって種を投げた。天希は直接種に当たる事はなかったが、その種から芽が伸びていき、それに捕らわれまいと跳ねたところで、可朗のパンチを食らった。天希は無言で歯を噛み締めた。そのまま蔓の伸びている方へ転がった。可朗はその蔓を操って攻撃しようとしたが、先に天希が立ち上がった。
「マジかい・・・」
天希はニヤリと笑いながら言った。そして、右手を真横に伸ばすと、その手から炎が吹き出し、可朗の操る蔓の上を生き物のように這い回って焼き尽くした。
「いいぜ可朗、お互い手加減無しで行こうぜ!」
それを聞いて、可朗はため息をつきながら呟いた。
「相変わらず、バカだな天希は」
可朗はできるだけ距離を置いて戦いたかったが、天希の行動はその願望には応える由もなかった。彼は構えるや否や、一気に可朗との距離を詰めてきた。攻撃に行った天希の左手の五本の指からは、花火のように勢い良く炎が吹き出していた。天希はまるで、長い爪で引っ掻くように腕を振り下ろして可朗に攻撃した。
「どうだ、これが・・・ん?」
火花から出る煙の間から彼の目の前に現れたのは、可朗の姿ではなく、重たく地面に直立する丸太だった。天希はとっさに逆の手から同じように炎を噴射させ、今度は丸太の真ん中を突いた。同時に丸太の内部に高熱を送り、なんとか障害物をどけたが、そこにも可朗の姿はなかった。天希が、自分の相手が丸太ではなく可朗である事を思い出すまでの時間は、可朗が攻撃の準備をするには十分すぎる長さだった。
「・・・地中!?」
天希はやっと、足下に穴を掘った後がある事に気づいた。彼はすかさず左手の平を地面につけて熱を送った。すると、さっきの丸太よりも太い植物の蔓が、熱の広がりが届かない位置から、天希を囲むように次々と地面から伸びてきた。その陣形のせいで、天希は自分の真下に可朗が居ると思い込んでしまっていた。天希は地面を熱し続けたが、蔓は全くひるむ事なく天希に襲いかかった。
「うわ!」
天希は蔓に持ち上げられた。彼はすぐに炎を出して蔓を燃やしたが、蔓に火がついたのは、彼が地面に投げ飛ばされたすぐ後だった。彼は地面に叩き付けられた。
「ぐうっ!」
地面との衝突を背中で受けた天希は、反動を利用してすぐに立ち上がったが、ダメージのせいですぐに動き出す事ができなかった。かろうじて次に襲いかかってきた蔓は避け、火をつけた。次に頭上から襲いかかってきた蔓に向かっても炎を吹き出したが、その蔓の影から可朗が落ちてきたのは予想外だった。
「天希!」
あっけにとられた天希の顔に、可朗の頭突きがクリーンヒットした。天希は目をつぶり、バランスを崩した。一方可朗は着地に失敗し、さらに天希が熱した地面に手や膝をついてしまった。
「熱っ熱っ!!」
可朗は立ち上がり、両手で顔を押さえた。うつむくと地面からの熱が顔に向かってのぼってくる。汗を拭いたかったが、指の間から天希の突進してくるのが見えると、そうもいかなかった。
「つっ!」
目の前がチカチカしているのか、突進してくる天希は顔をしかめていて、突進もまっすぐではなかった。それでも運動神経の鈍い可朗に当てるには十分な速度のはずだった。天希が拳を握り、可朗の真横にパンチを当てようとしたその瞬間、天希は進行方向から真横に弾き飛ばされた。
「!?」
天希を弾いたその蔓は、今度は可朗をつかんで反対の方向に運び、天希との距離を作った。
「・・・アハハ。才能、見つけちゃったかも」
可朗は頭を掻きながらそう呟いた。

カレンが部屋から出て行った後、雷霊雲は、モニターに映る天希と可朗の姿を見ながらぶつぶつ呟いていた。
「・・・デラストの3分類、エネルギー系、生物系、物質系・・・」
その隣のベッドで起きていた患者がそれに気づいて、雷霊雲の横顔を見つめていた。
「天希の炎はエネルギー、可朗は生物か。とすれば天希の方が有利か?いや・・・」
「あの・・・」
その患者が雷霊雲に話しかけた。
「なんですか、そのエネルギーとかって」
「・・・ああ、デラストのもつ固有能力はだいたい3つのタイプに分けられるんだ。主にエネルギーを操作するエネルギー系、自分の体を変形させたりなど、生物的な部分を操るのが生物系、主に物質を生成したり操ったりするのが物質系だ」
雷霊雲は振り向きもせずに、モニターを見つめていた。
「エネルギー系は、その操るエネルギーの種類にもよるが、基本的には生物系に強いんだ。より影響を与えやすいから。だから、その相性で見ればこの戦い、天希が有利だが・・・」

地面はだんだん冷めていった。天希は強力な打撃をモロに食らったせいで怯んでしまい、今やっと立ち上がったところだった。
「そうだ、デラストを操るのは、必ずしも手や足を使うんじゃない」
可朗は独り言を呟いていた。
「昔からそうだった、宗仁に殴られている間でも頭はフル回転してた。ピンチな時ほど無駄に頭がよく働いてた」
可朗は蔓の上から地面に下りた。
「デラストは頭で命令するだけで力が働いてくれる。いじめられてる時には動いてくれなかった手足とは大違いだよ」
天希と可朗は互いにゆっくりと歩み寄ってきた。可朗の欲しかった間合いは十分に開いていた。二人は立ち止まった。
「・・・すげえな可朗、さすが天才だな。あんなふうに来るとは思ってなかった」
いままでは運動能力で負けていた可朗は、天希を押しているという事実があって少し気が浮ついていた。天希にほめられるとなおさらだった。
「いやあ、あの程度なら誰でも思いつくってば」
「だから、俺もちょっと考えたぜ」
そう言って天希は息を大きく吸い、また突進してきた。しかし、相手の姿がちゃんと見えるぐらいの間合いが、可朗には今度はちゃんと取れていた。可朗は蔓の一本を操って天希の方に向かわせた。その蔓は天希めがけて攻撃したが、天希は簡単に避けた。それが可朗の狙いだった。
「ああ、楽だ・・・!蔓達がスムーズに動いてくれる。もう隙は作らせない!」
第二、第三の蔓が攻撃を仕掛けにいった。見事に天希は弾き飛ばされた。しかし、天希は受け身をとってすぐに立ち上がると、両手を可朗の方に向けた。両手の隙間から炎が吹き出し、可朗の方にまっすぐ伸びていった。
「うわっ・・・!」
蔓がすぐ壁を作り、可朗は直撃を防いだ。
「まだ!」
しかし天希が腕を少しひねると、炎は軌道を変えて壁をかわし、可朗の方へ回り込んできた。
「何!?」
焦っている可朗のところへ天希は叫びながら走ってきて、頬に蹴りを食らわせた。
「んぶっ!」
可朗は倒れながらも蔓を操り、天希に攻撃を仕掛けた。蔓は上方から天希の腕を掴み、そのまま地面に叩き付けた。もう一度天希の体が持ち上がった時、天希は蔓の表面に手を当てた。すると、地面に向かって叩き付けられる直前、蔓の内部から発火し、先端が燃え落ちてしまった。天希は着地して蔓から抜け出した。
(天希の蹴り・・・素足だった・・・なぜ?)
次の蔓が攻撃してきたが、天希は真っ向から蹴りで対抗した。威力では天希が劣勢で地面に転がったが、蔓の方には火がついて焼け出していた。地面から出ている蔓はすべて動かなくなった。天希が手を上に掲げると、蔓の上で燃えていた炎はすべて、天希の手の中に吸い込まれた。
「へへっ、どうだ可・・・あれ?」
可朗はまた地中に潜っていた。彼は地下に種を埋めつつ移動していた。
(間違いない・・・このままいけば勝てる・・・!僕の戦略が勝つ!天希には悪いが、この勝負、この三井可朗だけには、勝てない、勝たせないね・・・!)
可朗は地面から勢い良く飛び出した。しかしその瞬間、頬を天希に掴まれた。
「!?」
「よう可朗!やっと出てきたか」
可朗はとっさに、植えた種から蔓を出させて操ろうとした。しかし、蔓が地面から出る直前、目の前の光景を見てある事に気づいた。自分が種を植えた真上の位置に、小さな炎の玉が置いてあるのだ。蔓が出た瞬間、それらは勢い良く燃え盛り、すぐに力を失ってしまった。
「なぜ・・・位置が分かったんだ・・・?」
待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべて、天希はしゃべり出した。
「地面のどこに何があるか、熱で何となく分かっちゃうんだぜ」
可朗はショックを受けた。いままでの天希のような行き当たりばったりの行動からは思いもよらない戦略だった。
(そうか・・・だから足の裏を直接地面につけるために靴を脱いでいたのか・・・)
可朗は腕を蔓に変化させて、目の前でしゃべっている天希を突き飛ばした。二人とも同時に地面に立った。
「ふーん、なかなか考えたじゃないか天希。でもその程度、僕の洗練された攻げ・・・」
目の前の天希が突然視界から消えた。それとほぼ同時に腹部にものすごい衝撃を受け、それで気を失いかけた。間もなくその勢いで壁に背中をぶつけ、意識を失った。
「な・・・」
観客は静まり返ってしまった。天希は可朗の腹に突っ込んでいた頭を抜き、ふらふらと立ち上がった。
「み、見たか可朗、これが俺の、新しく考えた、技、だぜ・・・」

「すごい、すごーい!見た見た!?先生今の見てた!?」
奥華は雷霊雲のいる部屋に駆け込んできた。
「先生、天希君すごかったよ!」
「あ、ああ・・・」
雷霊雲は乗り気ではなかった。まもなく可朗が運ばれてきた。
「可朗、大丈夫か?」
可朗は気絶したまま返事をしなかった。
「えっ?ちょっと可朗、ねえ可朗!大丈夫!?」
「気を失っているだけだ」
「なんだ、よかった~・・・」
すると、再びドアが開き、天希と君六が入ってきた。
「おう、天希。お疲れだったな」
「ここだったんすか。めっちゃ探しちゃった」
奥華は天希から少し距離を置いた。
「あっ、あの、天希君・・・」
「あ、奥華もここにいたんだ」
「うん。じゃなくて、最後、すごかったね・・・!」
「へへっ、だろ~。でも慣れないとダメだなありゃ。まだ頭グラグラするから」
その天希の声を聞いて、可朗が目を覚ました。
「天・・・希・・・」
「おっ。可朗、目を覚ましたのか」
「可朗、悪かったな。ごめん」
「・・・あれは、何だったんだ?天希、最後僕に何をした?」
その質問には雷霊雲が先に答えた。
「靴を脱いだ足から炎を噴射して、ジェット機の要領で突進したんだな。画面越しに見てもものすごい威力だった」
「俺の方にもすごい衝撃来て、首折れるかと思ったぜ」
「・・・そうか、そんなのだったのか」
「しかもあれ、突進の途中でデラスト・エナジー切れちゃったんだよな。勢いだけで飛んでた」
「えっ、それであのすごさだったの・・・?」
「そりゃあ恐ろしい。フルパワーで食らってたら、僕の体どうなってただろうね」
可朗は笑った。つられて周りも笑った。
「あれ・・・?そう言えば次の試合って・・・」
奥華は君六の顔を見た。
「キミキミ、こんなところで何してるの?次試合だよ!」
「ええっ!?」
君六は今更のように驚いた。そしてわめき出した。
「やだ、怖い、行きたくない!」
「何言ってるの?早く行かないとダメだよ!ほら!」
二人は部屋を出て行った。
「・・・まあ、君六の試合は次の次なんだけどな」
雷霊雲は呟いた。

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