第二十五話

「あ、そういえば天希、メルさんはどこへ行ったんだい?」
可朗が訊ねた。
「えっ兄貴?さあ?」
「兄と認めるの早いな・・・」
「なんで?」
「いや、いないなあと思って・・・」
その時、奥華が叫んだ。
「あっ!」
「ど、どうした?」
「ほら見て!キミキミが出て来たよ!」
「な、なんだよ・・・それにしてもあのチビデブ、あんな臆病者で本当に勝てるのかい?」
「見てれば分かるわよ」

君六は恐る恐る出て来た。観客達は彼の事を気の毒そうな目で見ていた。対戦相手が出てくると、彼は後ずさりした。相手はさらに前に出て来た。
「こいつが私の対戦相手、明智・・・君六でしたか。随分と弱気な相手ですね」
「ヒィ・・・」
君六は震えていた。試合開始の合図があると、彼はそれにも過剰に驚いた。
「うう・・・」
相手は踊りながら君六の方へ向かって行った。君六は悲鳴を上げると、背を向けて逃げ出した。観客達の間に笑いが起こった。
「ハハハ、何だアイツ」
「戦いに来たんじゃないのかよ!」
君六は青い顔をして逃げ回っていた。後ろを振り向いて相手を見ながら逃げると、今度は壁にぶつかった。
「ヒイッ!!」
君六は縮こまって震えだした。
「ダメですね、君はこんな場所に来る資格は持ち合わせてないようです・・・」
相手は勢いをつけ、君六に向かって攻撃した。その時、彼には君六の震えがピタッと止んだのが見えた。
「!?」
君六の体の周りに激しい稲妻が走り、それと同時に彼は振り向き、相手を殴り飛ばした。
「ぐああ!」
さっきまでの君六とは様子が違った。髪の毛は静電気が走ったように逆立ち、弱気だった表情は闘争心溢れるいかつい顔に変化していた。
「ムフフ、ムグフフフフ!馬鹿め、俺様を誰だと思ってかかってきてるんだ?連戦無敗伝説を持つ、この明智君六様に勝てると思うてか!」
電撃とパンチをまともに食らった相手は動けなくなっていたが、君六はそこにさらに攻撃を仕掛けていった。
「えっ!?何事!?」
「たたっ潰す!__」
「__ほらね」
奥華がつぶやいた。
「キミキミって、戦いになると性格変わるんだ」

可朗は与えられた控え室にいた。奥華と君六もいた。
「そういえば聞いた事あるような気がする。明智君六・・・どこで聞いたかは忘れたけど、一度も負けた事がないって・・・」
「?」
「ダメダメ可朗。この子、戦ってた時の事、なにも覚えてないんだから」
「・・・まあいいや。それより、問題は次の試合だな。一体どうやって戦おうか・・・」
「何そんなに悩んでるのよ?ていうか次の相手誰なの?」
「えっ?」
「え?」
「・・・まあいいや。試合まで十分時間はあるみたいだし、ちょっと技でも考えてくるか」
可朗は立ち上がって部屋を出て行った。その足取りは妙にギクシャクしていた。
「・・・?」

「全く、いきなりだったな。まさか試合観戦中に倒れるとは思ってなかったぞ」
雷霊雲は椅子に座りながら言った。
「すいません・・・」
カレンが答えた。
「いや、私も少々気を抜いてしまっていたな。まだアビスとの戦いでのダメージが癒えてないことを忘れてしまっていたようだ。すまなかった」
「私は大丈夫ですから、あの、試合で負けた方達を優先させてあげてください・・・」
「ああ、そうだな、すまん」
雷霊雲は作業に戻ったが、また口を開いた。
「・・・お前達兄妹を、私は守らねばならないことになっている。ある人からの頼みでな・・・」
カレンは少し口を開いたが、返す言葉がすぐには出なかった。周りが静かになった。彼女は息をのんで、小さく言葉を発した。
「・・・母さん、ですか・・・?」
「・・・アルマ・バルレン。享年33歳。その遺言だ」
「え・・・」
カレンは言葉を失った。再び沈黙が襲いかかった。あたりは凍り付いたように静かになった。
「そして死因、その最期だが・・・」
雷霊雲はカレンの方を振り向いた。
「もしここで、私が彼女を殺したと言ったら、君はどうするね?」
カレンの視界が揺らいだ。沈黙が矢となって心臓に刺さったような感覚がしたが、彼女は震える体からわずかな声を洩らした。
「せ、先生は一体、何を言おうとして・・・?」
雷霊雲は何も言わずに、ごくゆっくりと、うなずくように首をおろした。
「聞きたいかね、君の母のことを」

天希は廊下を歩いていた。
「・・・本当にどこいったんだろな、あいつら・・・」
そのとき、可朗に出くわした。
「おっ、可朗!どこ行ってたんだよ!」
「えっ?どこって、控え室だよ」
「控え室?そんなのあるのか!」
「もらっただろ、案内の紙をさ」
「あー、俺それ捨てちゃったかも・・・」
可朗はあきれた顔をした。
「ってことは、次の対戦相手も分からないのかい?」
「別にいいじゃん。相手が誰になったって俺は自分の実力で戦うし、別に対戦表なんて見たって相手がどんな奴か分からないだろ」
「そりゃそうだけど・・・」
可朗は何を言っていいのか分からないような顔をしたが、天希は気づかなかった。
「可朗は頭いいもんな。今までの対戦見てて、選手の技とか全部頭に入ってたりして」
「そんなことないさ」
「ところでさあ可朗、兄貴見つかったか?」
「え?あ、いや・・・まだ」
「ったくどこ行ったんだろうなあ。つーか、何で探してんの?雷霊雲先生に聞けばいいんじゃね?」
「その雷霊雲先生から探せって言われてるんだよ」
「マジか~、もしかしたら帰ったんじゃね?」
「そうかもね・・・」
天希は可朗の顔をのぞいた。
「・・・どうした可朗、元気ねえぞ」
そう言われると、可朗はハッと顔を上げた。
「いや、さっきの戦いで疲れちゃってさ・・・」
「あれでかよ、可朗らしいぜ。俺は二回戦の試合がすぐ次だから、疲れてる暇なんてないんだよな。控え室で休んでれば?」
可朗は目を見開いたが、すぐに落ち着かせた。
「あ、ああ。そうさせてもらうよ・・・」
天希は笑った。
「俺はちょっと外に行って技練習してくるよ。すげーいい技思いついちゃってさ」
「そ、そう」
可朗は「どんな技?」と聞きそうになったが、口をつぐんだ。
「じゃ。よく休めよ。可朗だって試合あるんだろ」
天希はそう言って廊下を走って行った。可朗は天希の消えた方向を見ながら言った。
「・・・天希らしいな」

関係者以外立ち入り禁止の看板。それは闘技場の廊下の、目立たない場所に立っていた。そしてその先の、薄暗い部屋の中には三人の人影があった。
「・・・ぐあっ!」
メルトクロスは膝を床についた。
「ホホホホ、だから言ったでしょう。アビス軍団が崩壊した以上、我々にはこれ以上関わらない方がいいと・・・」
「バカな・・・」
変装をといた薬師寺悪堂と、もう一人の背の高い男は、メルトクロスを見下ろしていた。
「ふざけるな・・・これ以上、僕達の仲間を殺すんじゃない・・・!」
「だって、仕方ないでしょう?ヴェノムドリンクをこれ以上醸造できなくなると我々が不利になるのですよ。そのくらい、アビス軍団の幹部だったあなたなら分かるでしょう?」
悪堂はメルトの頬を蹴った。
「そのアビス軍団が解散したところで、何が仲間だ!あなたが今、仲間と呼んでいる輩を裏切って入ったのがあの組織だったのでしょう!?うわごともいい加減にしろ」
その瞬間、メルトは大きく飛び上がり、鬼の姿に豹変した。
「ひっ」
今度は悪堂が顔を殴られて倒れた。メルトは背の高い男の方を見た。あまり背が高いと顔がよく見えなくなるほど部屋は暗かったが、メルトは知っていた。その男がどんな顔なのか、そして今、どんな表情をしているのかを。
「メル君」
その男はゆっくりと歩み寄った。メルトはその長い爪で攻撃しようとしたが、その攻撃ラインの間に突然壁が現れ、跳ね返された。
「もう一度、質問してみよう。君は今、一体誰と戦っているのかね?今度こそ答えてほしいな」
「・・・飛王天(フェイワンティエン)・・・『ヒドゥン・ドラゴーナ』参謀、飛王天・・・」
「そのとおりだよ、正解」
その男は、笑っていた。
「えーっと、じゃあもう一つ質問が・・・」
メルトは再び爪で攻撃した。しかし、その爪は飛王天の腕につかまれた。
「ぐっ」
「我々の支部の、しかも『元』幹部にすぎない君が、なぜ親組織の、しかもその幹部である私に、矛を向けるのかな」

試合の時間が来た。天希はフィールドに入ってきた。
「よぉーしっ、次の相手が誰だろうと、絶対勝ち進んでやるぜ!」
その様子を観客席から見ていた奥華は青い顔をした。
「えっ・・・天希君、次の相手知らないの・・・?私もついさっき知ったけど」
しかし、奥華の言葉に反応してくれる人間はいなかった。いるのは常にオドオドしている君六くらいだった。
「・・・どっち応援すればいいんだろう」
当の天希は緊張などそっちのけで、自分の場所から見える光景を見回していた。反対側から入ってくる人間の姿には、すぐに気がついた。
「あれぇ?」
その二人はフィールドの真ん中に歩み寄ってきた。そして立ち止まった。
「天希・・・」
「どうしたんだよ可朗、控え室で休んでるんじゃなかったのかよ。あっ、もしかして、今回の対戦相手の事とか教えにきたの?」
可朗は細い目をしたまま黙っていた。観客達は不自然がっていた。
「あいつら、知り合いか?」
天希は、可朗がここに立っている意味に気づかないまま話を進めていた。
「それとも試合前のアドバイス?あっ、試合始まっちゃうぜ可朗。早くいなくならないと、対戦相手からまた文句言われるかもしれねえし」
それでもなお、可朗は黙っていた。
「・・・可朗?どうしたんだ?」
その時突然、試合開始のゴングの音が鳴った。天希は驚いて音のした方を見た。その瞬間、可朗はよそ見をしている天希に攻撃し、突き飛ばした。
「なっ!?」
天希は受け身をとって立ち上がった。しかし、状況は飲み込めていなかった。
「ん?えっ?」
可朗は両腕を植物に変化させながら、近づいてきた。
「天希、君は相手が誰だろうと、自分の実力で戦うって言ったよね。ならば僕も手加減はしない」
「マジかい・・・」

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