第二十九話

「天希・・・」
天希は可朗の隣に運ばれてきた。
「負けたのか・・・」
雷霊雲は天希の所に来て、治癒を始めた。
「そりゃあ、あいつは7年間もデラストとともに生きてきたんだ。しかも私の指導の下でな。負けるわけがなかろう」
「ほ・・・本当にどっちの味方なんですか先生は」
「私は両方が強くなってほしいと思って試練を与えてるだけだ。欲張りかね?」
「でも・・・やりかたがちょっと・・・」
「ああ。そろそろ決勝か。デーマの奴、今度はどうするかな」
「あの・・・」

君六はいつもどおり、恐る恐る姿を現した。対するデーマはすでに定位置に立っており、それを見た君六は泣きそうな顔で後ずさりしたが、後ろから奥華が押してきた。
「はいはい怖がっちゃダメ!早く出て行かないと!」
「も、もうヤダ~!これ以上怖い所行きたくない!」
「何言ってるのキミキミ、今までの相手を倒してきたからここにいるんでしょ、早く行って!」
奥華に押し出されて、君六は観衆の目の触れる場所にやっと出てきた。試合が開始したが、双方とも動かない。少なくとも、君六は明らかに足が硬直している様子だった。
「ひ・・・ひいいい・・・」
すると、突然デーマの姿がその場から消えた。元いた場所には少し砂煙が立ったが、音は観衆のざわめきでかき消された。ちょうど君六が目を少しそらした瞬間にいなくなったので、彼は何が起こったのか分かっていなかった。
「あ、あれ・・・?」
君六はだんだんその気配に気付き始めたが、できれば考えたくなかった。背中に感じた強烈な打撃は、叫ぶ余裕すら与えてくれなかった。
「んげっ!」
デーマは君六を蹴り飛ばした後、追い討ちをかけるように殴り始めた。一発目の拳を食らった勢いで君六は半回転し、正面から殴られる事になった。
「ぎゃあああ!」
連続攻撃の中、君六は濁った悲鳴をあげた。観客たちの目が沈んだが、その瞬間に君六の目つきは変わった。
「ぅえいっ!」
君六はそれまで自分を攻撃していたデーマの拳を受けて投げ上げた。前面がガラ空きになったデーマに、今度は君六が平手の連撃を放った。
「ちぇいちぇいちぇいっ!」
観衆は一斉に声をあげた。君六の放つ突っ張りは、デーマの連続攻撃よりもさらに速かった。デーマはしばらくその状況から抜け出せなかった。
「すげえ!あのチビデブ、逆転するぞ!」
しかし、君六の連続攻撃は急速に弱くなっていった。君六は一旦飛びのいた。
「何だこれ、力が入らねえ・・・」
君六がおかしいと思って自分の両手を見ると、毒によって紫色に変色していた。
「 ・・・っ!」
「どうした」
デーマは両手を広げた。左右で違う形の剣が握られていた。
「・・・その腫れた手で、まだこの鋼鉄の体に打ち込むつもりか?」
君六は両手を2、3回握って開くと、デーマの方をまっすぐ見て言った。
「こちとら今日まで99回、一度も敗北を見ずにのし上がってきた猛者、明智君六様よ!この100戦目に勝利を掲げずして、何が猛者じゃい!」
君六は全身に力をこめた。すると、彼の体の周りに稲妻が走り始めた。音を立てて彼の周囲を暴れまわる光はだんだん強くなっていく。デーマはそれをつまらなそうに見ていた。
「食らえや!」
君六が両手を前に押し出すと、彼を纏っていた稲妻が一本の柱になってデーマの方向に一直線に飛んで行った。しかし、その攻撃はデーマに当てるには遅すぎた。デーマは難の表情も見せずにそれを避け、君六の目の前に降り立った。
「俺は疲れてる。雷霊雲先生があんな条件さえ つけなければ、ここで試合放棄してお前を勝たせても良かったのに」
君六は慌てて張り手を繰り出そうとしたが、毒による苦痛で速度が出ず、ただデーマの体にタッチしただけのようになった。デーマは右手に握った白銀の剣を振り上げた。同時に、君六の体は縦に切り裂かれた。
「ぐああっ!」
君六よろめいたが、何とか立ったままでいた。デーマは腕を下ろすと、振り向いてその場から立ち去ろうとした。
「ま、待て、まだ・・・」
君六はデーマを止めようと踏み出したが、毒による苦痛に耐えかね、 その場に倒れ伏した。

「つ・・・強い・・・」
可朗は画面にかじりついていた。
「君六の打撃もすごかったけど、あれを耐えるなんて・・・」
それを聞いた雷霊雲は、また自慢げに話し始めた。
「言ってあるんだよ。この大会で優勝したら、私の元を離れてもいいって」
「そ・・・そうですか」
「あいつが自分から外の世界を見たいって言い出すなんて、思ってなかったよ私は」
「さ・・・左様でございますか」
すると、雷霊雲は席を外した。
「さて、最後の犠牲者君を連れて来なきゃ」
「犠牲者って・・・君六の事ですか」
可朗はますます雷霊雲の性格を疑った。その時、ドアをノックする音がした。
「ん?誰かな?デーマか?それとも奥華かな?」
雷霊雲はドアノブに手をかけた。すると向こうからゆっくりとドアを開けてきた。
「・・・お前は」

デーマは廊下を歩いていたが、嫌な予感がして、闘技場に走って戻ってきた。君六はその場に倒れ伏したままだった。観衆がどよめき始めた。
「おや?デーマがまた出てきたぞ」
一同は君六が雷霊雲の部屋に運ばれるのを待っていたが、だれも到着しない。
「・・・」
デーマは辺りを見回した。誰も来る気配がない。自分が今まで戦ってきた時は、闘技場から出ようとするとすぐ医療班とすれ違った。しかし、当の医療班がまったく姿を表さなかったのだ。
デーマはやや心配になった。自分の放った攻撃をまともに食らった君六が、力尽きてピクリとも動かないのは彼にとっては当然の事だったが、それが逆に不安を煽った。デーマは君六の所に近寄ると座り込んで、懐から数本の針を取り出した。
「あいつ、何する気だ?」
デーマはその針を君六の背中に刺した。観客たちは驚きの声とともに互いに目を合わせたが、当の君六の体はみるみるうちに正常な色に戻っていった。やがてデーマが君六の体を起こすと、君六は目を覚まして自分で立った。その光景に、観衆は感嘆の声をあげずにはいられなかった。
「あいつ、自分から相手の体を治したぞ!」
「毒の中和って奴なのかな?」
「格好いいぞ!」
君六の顔は普段の自信のない顔に戻っていた。
「大丈夫か?」
君六は最初は怯えたが、小さい声で返事をした。
「うん・・・」
デーマは立ち上がって背中を向けると、雷霊雲の部屋に向かって走って行った。
(どうしたんだ先生・・・? なぜ来ないんですか・・・?)
デーマはドアノブに手をかけた。その瞬間、天井をはさんで観客席の方から大勢の悲鳴が聞こえた。戸惑いつつもデーマはドアを開けた。そこには誰もいなかった。ベッドは倒れて散乱し、モニターは割れていた。デーマはキョロキョロ見回しつつ、部屋の中を探ったが、やはり人の気配はなかった。
「何だ・・・何が起こっているんだ?」
デーマは部屋を飛び出し、再び闘技場の方へ向かった。

「ハァ・・・ハァ・・・」
可朗は一人廊下を無心に走っていた。疲れたところで我に返り、後ろを振り向いた。
「ああ・・・何で僕は逃げてきたんだ?」
可朗は息を切らしながら、ゆっくり廊下を歩いていった。
「ダメだ・・・こんな所にいる暇はない、早く戻らないと・・・」
可朗は元来た場所に戻ろうとして、また後ろを振り向こうとした。その時、妙な物が視界に入った。可朗は不思議に思って、その方向へ近づいていった。
「何だ・・・これは」
床から垂直に伸びた数本の『緑色に光る柱』が並び、格子を作っていた。その檻の向こう側にいたのは、カレンとメルトだった。
「カ、カレンちゃん!メルさん!」
格子の不思議な力は可朗をそれ以上寄せ付けなかった。彼はその『光る柱』を凝視した。よく見ると、宙に浮かぶ小さな『数字』が大量に集まって出来ていた。
「・・・コンピューター?」
ふと、可朗は背後に気配を感じて振り向いた。その柱と同様に出来た剣が、喉元に突きつけられた。
「ハハハ、友達を助けに来たんだね。優しいねえ」
飛王天はとても嬉しそうに言った。

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