第二十三話

「もう勘弁してくださいよ、いつまでここにいるつもりなんですか、あなたたちは」
ドクターの一人が、偉そうにソファに座っている雷霊雲に言った。
「いいじゃないか、どうせこの五日間、他に患者なんて来てないんだろう?こっちだって一日おきに重病治療十回分の金を払ってるんだ、お前たちにとってはまだいい方だろう」
ドクターは気が弱いこともあり、これに反論できなかった。

「よーし、明日には出発するぞ!」
「長くここにいるわけにもいかないからね」
「でも、特訓する時間も確保しないとな!」
「フッ、天希、他の人間のことも考えてくれよ、お前の足なら明日ついても余裕はあるかもしれない」
「大丈夫だって、時間は八時だろ?」
「フッ、じゃあ起きる時間の問題か」
「あ、いっとくけど、私はパスだからね!」
「あれ?奥華でないの?」
「臆病者め」
「ウザ・・・だ、だってほら、私まだそういう戦いとか慣れてないし、アビスの時は勢いだったけど・・・それに、ネロっちだって出れないでしょ、まだ完全じゃないみたいだし・・・」
「でも、一応観戦にはいくつもりですよ」
「ほら」
「・・・よし、じゃあ、とりあえずそれは明日の予定ってことで・・・それで、夕飯どうする?」
「せっかくだから、この辺のどっか食べにきたいなあ」
「せっかくって・・・結局は雷霊雲先生のおごりだろ?」
「そんなの当たり前じゃん」
「じゃあ、一応雷霊雲先生には承諾を得て、OKだったら店探しに行こう!」

それについて、雷霊雲は快く(でもないが)了承してくれた。アビスはもと住んでいた町の方へ行って、今現在そこがどうなっているのかを確認するとともに、新しい家を探しに行くらしい。また、彼の予定としてはその後になるが、今までの彼の悪行についての裁判も行われなければならない。そのため、カレンはどうしても、自分の父親とともに行動することが出来なかった。そこで彼女は、今回、この近くで開かれるデラストの大会の観戦をはじめ、再び天希たちと一緒に行動することで、アビスの用事が終わるまでの時間をつぶすことにしたのだ。皆、彼女には気を使っていた。しかし、奥華は少しネガティブな考え方をしていた。これから自分も旅人として、仲間と一緒に行動しようという気が出てきたときに、カレンがそのメンバーから抜けてしまうと考えていたのだ。全てが解決したら、カレンは家族の中に戻ってしまう。せっかく友達になったのに・・・彼女は、できればその時がくるまでの時間を、どうにかして長引かせたいと思っていた。
「おっ、これは以外といけるね」口の中に物を含みながら、可朗がいった。
「そりゃあ、誰の金だか分かってるよな?これで食えないなんて言わせないぞ」雷霊雲が可朗に向かって言った。
「・・・ねえ、おっちゃん、このスープ何使ってるの?」天希が店員に聞いていた。
「ああ、それはな坊主、黄塩って言う珍しい塩使ってんだよ」
「黄塩・・・やっぱり、それかあ」
「なんでえ坊主、知ってんのか?」
「うん、小さいときによく摂取った」
「・・・おめえ、その頃どこに住んでた?まさか海の底とか言わねえだろうな?」
「いやあ、そんな訳ないよ」
向こうで会話がはずんでるのに対し、デーマはカウンター席の端で、黙々と食べていた。もちろん隣は雷霊雲だった。
「・・・デーマ、今何を考えている?」
彼は箸を止めた。
「・・・すまん、何でもない」
食べ物は再び口に運ばれ始めた。
奥華はカレンのことをずっと見ていた。奥華の皿の上はほとんど減っていなかった。カレンも気づいて、奥華の方を見た。その顔は無理に笑顔を作っているように見えたが、それには気づかぬフリをして、彼女は聞いた。
「どうしたんですか?」
「えっ・・・うんとね、すごくおいしそうに食べてるなーって・・・ネロっちって、本当にラーメンが好きなんだね」
「はい、兄さんとは一緒によく食べました」
「・・・そう」
奥華にいつもの元気がない様子が、次第にあらわになっていった。カレンはただ事ではないと思い始めていた。しかし、奥華が自分の注文した料理を再び食べ始めると、
「そうだ、これから毎日、夕飯ラーメンにしない?」
その小さな店の中に響く声で言った。
「えっ、それって・・・」
「いいじゃない、ネロっちってラーメンが好きだったんだよ。知らなかったの?」
「フッ、いや、隣から会話聞いてれば分かるけどさ・・・」
「それに、そこまでしなくて良いですよ、でも、そういうことまで考えてくれるなんて、嬉しいです」
奥華は少し涙目になった。カレンは少しあせったが、言う順序を逆にしたら、間違いなくこの場で泣かれていただろう。運良く、その言葉は彼女への打撃にはならなかった。

一行はその店を後にした。奥華のテンションはあがっているように見えた。しかしカレンには、どうしてもそれが無理をしているように見えてしまうのだ。それでも彼女にはまだ、自分と仲間たちが、遠くないうちに離れてしまうと言うことに、気がついてなかったのだ。それは奥華の目を見ても、すぐにはピンとこなかった。病院に帰って寝ようとしたとき、奥華がベッドの中で泣いているのに気が付いた。カレンは心配になって、その原因を考えつつ、奥華に声をかけようとした。が、ちょうど声がでかかったとき、そのことに気が付いたのだ。彼女は自分の鈍感さを悔やみ、奥華と顔を合わせることができず、これでは心が不安定で眠りにつけないと思いながらも、自分のベッドの中に入った。彼女もそこで泣いた。

翌朝。天希がバカみたいに早く起きたことは言うまでもない。そして、女子二人が寝不足だったことも。
天希がデラストに関していちばん憧れていたのは、こう行った大会に参加することだった。彼の祖父や、その前の代のデラスト・マスターは、そういった闘技場にのぼることが多かったらしい。天希にはその姿が十分に想像できた。そのため、彼がデラストを持とうとしていたときの目的の一つがそれだったのだ。彼は闘技場の土の上に立っている自分を想像していた。さすがに祖父ほどにはその場所は似合わないと考えていたが、それでも、それが自分の将来像であり、今すぐそこまで来ているのである。
「よし、とりあえず優勝するぞ!」天希は何も考えずに言った。

会場まではそれほど遠くなかった。たどり着いたときに、雷霊雲が今回の大会の関係者だったことに皆はじめて気が付いた。それは、会場で他の関係者の人たちの到着を確認していた男の言葉から分かった。
「あれえ、雷霊雲さん、遅いですよ、もう二日前から集合かかってたのに」
「すまんすまん、患者の面倒見るのに手一杯だった」
他は皆、会場の建物を見ていた。
「でっかいね~」
「まあ、デラストの大会のためだけに使用されるわけじゃないし、他のスポーツもここで行われることが多い」
メルトクロスは付き添いだった。とくにアビスには、カレンを見守っているよう頼まれたのだ。
「高さは15メートルくらいかな。筒型の建物なんだろ?まるで巨大な風呂桶だ」
「どっかに知ってるヤツいないかなあ?あ、もしかしたら、千釜先輩とか来てるかも」
「今回の参加者は16人か。この辺はデラスト・マスターの影響か、デラスターがやたら多いんだよな」
「えっ、16人?」
「他のスポーツと一緒にするなよ?個人戦なんだしさ。逆に、デラストを持っていながら、大会に出ない人だって・・・ほら、僕みたいにさ」
「あたしみたいにさ」
天希は最初はそれを聞いていたが、すぐに知っている人間がいないか探しに行ってしまった。
「あ・・・ちょっと、天希君・・・」
奥華は呼び止めようとしたが、そもそも彼女が声を出し惜しみしていたため、誰にも聞こえなかった。続いて可朗が天希の後について行こうとした。
「可朗ッ!!」
今度は相手の足を止めるだけの威力があった。
「な・・・何?」
「ネロっちまだ完全じゃないんだから、先に走っていったらかわいそうでしょ!」
実際カレンは、まだ肉体的なダメージも精神的なダメージも少し残っているので、しばらくは無理するなと雷霊雲に言われていた。
「すいませんごめんなさいもうしません」可朗はその場で土下座した。
「いやいやいやいや、そこまでしなくてもいーから・・・」
その時、奥華の目には同時に、見覚えのある体型が目に入った。
「あれ?」
「どうしたんだい?」
「あそこにいるのって、キミキミだよね?」
「誰それ・・・」
「あれ?可朗知らなかったっけ?」
奥華はその方向へ走っていった。可朗には、奥華が止まるまでその人がどこにいるのか分からなかった。
「え・・・その金髪のが・・・」
「うん、可朗たちがでてった後に転校してきたんだ」
「そりゃあ知らないわけだ」
明智君六は可朗を見ると、奥華の後ろに隠れた。
「シャイなのかい?」
「いや、どっちかって言うと、臆病者・・・」
奥華は君六を可朗の方に押した。君六はさっきよりも素早く奥華の後ろに隠れた。
「ぷ、隠れてるつもりでも、完全にその腹が見えてるぞ」
「そういうこと言わないの、かわいそうでしょ!ね、キミキミ?」
「・・・」君六は奥華の顔を見上げると、おそるおそる可朗の方向に視線を移した。
「フッ、そんなんでよく大会に出る気になれたね、ご苦労さん」
「もー・・・」
すると、君六の後ろの方から、ものすごいスピードで誰かが走ってくる音が聞こえた。後ろを見ると、土煙を舞い上がらせて、天希がこちらへ向かって走ってきていた。
「ひっ!」
君六はあわててその場から逃げ出そうとした。しかし、逆に自分から天希とぶつかる羽目になってしまった。
「いてっ!」
二人とも転んだ。天希はその勢いですぐに立ち上がったが、君六は一度倒れると、起きあがってべそをかきだした。
「あっ、キミキミ、だいじょーぶ!?」奥華は君六の方へ駆け寄った。
「ごめん」天希はそういって、すばやく顔を前に戻した。
「誰だあれ?」
「うちの転校生だってさ。ヘタすれば天希がいちばん嫌いなタイプ」可朗は皮肉って言った。「そういえば、千釜先輩はいた?」
「いなかった・・・っていうか、一応見覚えのあるヤツが約一名いたけど、誰だか忘れた・・・」天希はため息をつきながら言った。
向こうでは奥華が、君六を説得していた。
「ほらキミキミ、あれは私達の仲間なんだってば!怖がることないの!」
「ううっ、だって~」
「先生みたいに怖い人いないから!あと、宗仁もいないから大丈夫だってば!」
「うう~っ」
「それに天希君だって、さっきのはわざとじゃないんだし、ちゃんと謝ってくれたじゃん。ほら、言い人たちばっかりなんだってば・・・あ、そうだ!ネロっち~、ちょっと~」
奥華はカレンを呼んで連れてきた。
「?」
「ほら、全然怖い人なんかじゃないでしょ」
カレンは状況がいまいちよくわからなかったが、とりあえず自己紹介した。
「えっと、ネロ・カレン・バルレンです。よろしくお願いします」
君六がちゃんとカレンの顔を見ているので、奥華も笑顔になった。が、30秒くらい経っても彼がカレンから目を離さない、というか離そうとしないのを見ると、さすがに不自然だと思った。
「キミキミ・・・?」
「・・・・・」
「?」
・・・・・ポッ
「・・・バッカ!」
「ぎゃあ!」

「・・・やはりそうか」
メルトクロスは柱の陰に隠れて、その二人を見張っていた。本当ならばその二人は、メルトクロスも全く知らない二人の中年だったかもしれない。しかしそれが意識的な変装であることは、彼には見破ることができてしまった。
「・・・薬師寺悪堂・・・また会ったな」
彼はつぶやいた。変装をしている悪堂の方も、メルトクロスの存在には気づいていた。そして、もう一人の男は・・・
「そうか・・・悪堂、お前の隣にいる、その男こそが・・・」

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