第四十八話

天希はエルデラに助けられた。天希を追っていたドラゴナ達は、エルデラに崩され粉々になった階段とともに落下していった。
「サ、サンキュー、エルデ・・・」
天希は口をつぐんだ。エルデラの顔に隠しきれていない憤怒の表情があったからだ。
「どうしたんだ?」
するとエルデラは片手を顔に当て、やや天希の視線を遮るような格好をしながら答えた。
「いや、何も。何か俺の顔についているか?」
「そうじゃねえけど・・・」
エルデラの後ろには君六がいた。階段の崩壊音から耳を塞ぎ、縮こまっていた。
「ならいい。さっさとここのボスにケリをつけに行くぞ」
エルデラは素早く踵を返し、歩き始めた。
「なんだよ、どうしたんだあいつ・・・?」
天希は崩れた床の方を振り向いた。よく見ると断面の端につかまるドラゴナが1人いた。天希は迷わず崩れた床穴の方に寄り、そのドラゴナの腕を掴んで引き上げようとした。その時、わずか数十秒前に階段のあった空間のはるか下、ドラゴナ達の混乱する姿があった。こちらを見上げる者、階段の瓦礫をどける者、瓦礫の下で苦しむ者・・・それらが天希の目には見えたのだ。天希は掴んでいるドラゴナを引っ張り上げた。そのドラゴナは真っ先に天希を攻撃したが、天希はそれも知らずにひらりとその場を避け、飛び降りていた。
「ドッペル!」
「な!?」
ドッペルは何を求められたのかわからなかったが、まず床の断面につかまった。そして天希の胴をつかみ、バンジージャンプの紐のように天希と断面とをつないだ。
「ひえっ、また無茶振りかいな・・・!」
地面い近づくと、天希は瓦礫の一つに手をかけた。デラストの力で自分より重い物を持つという使い方には不慣れだったが、天希はドラゴナのいない方へ瓦礫を投げ飛ばした。
「せいっ!」
周囲に集まったドラゴナは唖然としていた。まず敵が上から突然現れたこと。そしてその敵__のはずのもの__が、瓦礫に埋まる味方達を次々と、しかも正確に助けだしていること。彼らにはこの状況がきわめて異質なものに見えた。天希はこれ以上埋まっているドラゴナがいない事を熱で確認すると、自分を見ているドラゴナ達の方を見た。
「えーっと・・・お前ら!今度会ったときはサシでやろうな!」
一瞬の沈黙の後、ドラゴナ達は声を上げて武器を構え、天希に向かって猛突進してきた。しかしドッペルの体が縮み、天希は上へ引っ張られていった。
「残りはそっちでやってくれよ〜!」
天希は再び階上に着地した。ドラゴナと君六の姿がない。代わりに廊下の向こうから戦闘音が聞こえる。天希はそちらに向かって走り出した。

可朗、奥華、カレンの3人は、塔の外壁を上っていた。塔の壁で育ったツタが塔の高低階を繋いでいた。それも可朗の手にかかれば格好の足場だった。
「エレベーターってわけにはいかないからね・・・くれぐれも足場には気をつけて。落ちてもすぐ拾えないかも・・・」
可朗は自分とカレンの腰にツタを巻かせ、ゆっくりと壁を上っていた。奥華はカレンの背中に乗り、これもまたツタで固定されていた。
「どうかな、カレンちゃん?」
「上の方は風が強いようで・・・」
「そりゃあね・・・」
壁を登り始める前、カレンは塔の高い場所めがけて糸付きの人形を投げ、巻き上げて一気に上の階まで行こうとした。しかし人形はあさっての方向へ飛び、カレンはあやうく塔の窓から落下しそうになったのだ。
「奴らは来てる?」
奥華は下を見た。塔下の光景にも見覚えがあったが、それは言わなかった。
「大丈夫みたい」
奥華は覇気のない声で言った。可朗にぎりぎり聞こえる声だった。彼女はずっと帽子を押さえていた。
「上からツタを切られたら?」
カレンが言った。
「大丈夫さ、ツタはたくさん伸びてる。そっちを操れば切られてもすぐ結べる」
「では、上から敵が降りてきたら?」
「ツタでどうにかする。でも人数が多いと危ないかも・・・」
やがて窓のひとつにたどり着いた。可朗はパンチで割ろうとしたが、思ったより威力が出ず、苦戦した。
「イテテ・・・」
そうこうしているうちにカレンが追いついた。カレンが窓に手を当てると、窓は勢いよく吹き飛び、3人も反対側へ投げ出されそうになった。
「うわーっ!」
振り子のように戻ってきたカレンは塔の中へ着地し、可朗もそれに続いて着地失敗した。
「い、今のは・・・?」
「父さんの技、です!」
カレンは可朗の顔を見て微笑んだ。そして前の空間に向き直った。埃だらけの部屋だった。
「だれもいないみたいですね」
「ゲホッ、使われてないのかな」
可朗は改めて物音に気を遣いながら、ドアの方へ向かった。ドアの外からは声は聞こえない。
「行こう」
可朗はゆっくりとドアを開き、周りを確認しながらカレンと奥華を待ち、2人が出るとドアを閉めた。廊下は不自然なくらい静かだった。
「・・・やっぱりそうだ、この塔はほとんど無計画に作られてる。行き当たりばったりって感じだ」
可朗は妙にデコボコした天井を眺めながら言った。カレンは警戒を緩めなかった。三人が廊下を進もうとしたその時、天井が突然剥がれ、三人の背後にドラゴナ達が着地した。
「しまった!」
降りてきたドラゴナ達はみな屈強だった。可朗達は腕を後ろに回され、拘束された。
「モウ、暴れるのは、よしな」
ドラゴナの一人がつたない発音で言った。
「言葉を・・・?」
しかしカレンは大人しくなかった。いつ仕掛けたか、カレンの足元から伸びた糸が張り、カレンを回転させながら巻き上げた。予測できない突然の動きに怯んだドラゴナの拘束をカレンは素早く解いて退き、床めがけて「波」の文字が入った人形を叩きつけた。それと同時に床が大きく揺れ、他のドラゴナ達にも隙ができた。可朗は状況を判断して素早くカレンの側に退き、奥華はカレンが投げた人形に捕まって巻き上げられた。
「チクショー・・・」
ドラゴナ達を挟んで反対側の廊下から、増援のドラゴナ達が現れた。カレンは身構えた。その時、前方にいた一人のドラゴナが何かに気付き、カレンの顔を見た。
「お前、お前か。覚えてるぞ」
「え・・・?」
「見た。小さいお前を」
カレンは最初、相手が何を言っているかわからなかった。しかし彼女は気づいてしまった。目の前にいる相手が、その生き物が、以前にも自分の目の前に現れたことを。そして、その日の光景は彼らの向こう側に見えた。
「カレンちゃん・・・?」
カレンは震えだした。目の前の光景に釘付けになっている。可朗は嫌な予感がした。まずカレンをゆすって正気に戻そうともした。それよりまず、この状況にすら目を向けずに佇む奥華を庇うことも考えた。そうしているうちに、ドラゴナ達は迫ってきた。飛び上がってはその質量を前下にぶつける攻撃群が津波のように押し寄せてくる。その波はもはや人間には不可能な動きだった。もはや目の前には個々のドラゴナの存在は感じられない。波そのものだった。カレンはあの日、自分の家を、家族をバラバラにした謎の波を思い出していた。いや、思い出すまでもない。今、その時と全く同じ光景が目の前にあるのだから。

「クアッ!」
ちょうどこの時、エルデラもまたシンクロニシティの如く同じ日の光景を頭に浮かべていた。
「もういいだろ、エルデラ!」
天希の声はエルデラの耳には届かない。まるで人相が変わったかの如く、すでに戦意を失ったドラゴナをいたぶるように攻撃し続けていた。
「お前達か・・・!お前達か・・・!」
「やめろって!」
天希は止めに入った。エルデラの天希を睨みつけるその目は鋭く、天希もまたその眼光を遮るようにして顔をしかめた。しかしすぐ目を開き、エルデラの顔をまっすぐ見て言った。
「どうしたんだよ」
だがエルデラの目は天希の背中より向こうへ逸れた。こちらへ向かってくるのは、彼らのいる廊下を轟音とともに埋めていく、得体の知れない波だった。エルデラは天希を払いのけると、その波に向かって踏み出した。
「おい・・・」
天希には初めて見るその奇妙な波よりも、それに向かっていくエルデラの姿が目に留まった。それは、エルデラの目の前に、迫り来る波よりもさらに手前に、見えない壁があるように感じさせた。そして、エルデラは確かにその壁を破った。天希にはそう見えた。
「あああああああ!」
エルデラはその波の真ん中めがけて、二本指を突き出した。波はバラバラになり、その波を作っていたドラゴナ達は壁に床に天井に叩きつけられた。
「お・・・」
エルデラは何かを叫びかけた。しかし彼は息を喉に詰まらせるようにしてそれを止め、唾を飲んだ。そしてまた倒れこんだドラゴナ一人の首根っこを掴み、地面に叩きつけた。他のドラゴナはまだ立ち上がり切らない。
「おい!」
天希はエルデラの肩をつかんだ。
「何だ・・・」
「ちょっとやりすぎだぜ」
「やりすぎ?」
エルデラは天希の手を振り払いながら振り向き、天希の顔を睨んだ。
「俺は敵を確実に倒していっているだけだ。お前はそれに何か文句があるのか」
「ある!そもそもエルデラ、お前そんな奴だっ・・・」
エルデラは腕をしならせ、天希の眉間に二本指を突き出した。エルデラの指は剃刀が通るか通らないかの距離で、まるでアニメのように反動なく静止した。
「いいか天希、俺達家族をバラバラにしたのはこいつらだ、俺が親父やカレンと離れ離れになったのは、こいつらのせいだ」
「・・・っ」
エルデラの顔が憤怒を見せていた。もはや隠す事をしなかった。
「俺はあの頃から感じていた。お袋も親父も自分の俺達を幸せにするために努力していた。俺達に本当の姿を隠して、普通の家庭にしようと努めていた。実際にそれで幸せだったんだ。だから俺は許さない。だから報復する、俺達家族の幸せを奪ったやつに!」
「じゃあ誰なんだよそいつは!」
天希が叫んだ。エルデラは目を見開いた。
「誰・・・?」
「この塔の中にも外にも、こいつらいっぱいいるじゃん。お前の家族をバラバラにしたってのは、こいつらの中の誰なんだよ?」
エルデラは顔をしかめた。
「そんな事どうでもいい、『こいつら』で間違いない、この組織で間違いないんだよ!何故お前は敵の心配なんかするんだ!?」
「だってこいつらだって家族がいた方が幸せだろ」
エルデラは耳を疑った。こいつらに?魔人族と違う、明らかに人ならざるこいつらに?家族がいる?幸せがある?エルデラにはそれが全く想像できなかった。
「とにかく上に行こうぜ。この組織が悪いってんなら、そのボス会いに行こうじゃねえか」
天希は笑顔を見せた。エルデラは無言で同意を示し、君六と共に上の階に向かった。

「う・・・」
奥華は起き上がった。あの波の激しい音は止んでいた。一体何が起きたのか。可朗やカレンの声も聞こえない。奥華は辺りを見まわそうとして顔を上げた瞬間、息を呑んだ。
「・・・っ」
廊下の左右に、ドラゴナ達が綺麗に列をなして並んでいる。まるで奥華を迎えるかのように、その視線はすべて彼女に注がれていた。奥華は恐怖したが、すぐにこのドラゴナ達が自分に対する敵意を持っていないことに気がついた。むしろそれが不気味だった。
「な・・・何?何なの・・・?」
奥華は呟いた。訴えるような目でドラゴナ達を見たが、ドラゴナ達は互いに目を合わせるだけで返事は返ってこない。
「可朗は?ネロっちは?天希君は?」
するとドラゴナ達は一斉に廊下の向こうへ視線をやった。奥華もそちらを見た。廊下の向こうから誰かがやってくるのが見えた。その2メートル近い長身細身のドラゴナは、奥華の目の前まで来ると、全身を屈めて頭を下げた。
「お帰りなさいませ。スエラ・フォレスト様」
スエラ・フォレスト?奥華には聞き慣れない名前だった。自分の事を言っているのか?奥華は不安と疑問で何も返事が出来ずにいた。しかし、次の瞬間、突然の頭痛が襲った。
「うっ」
そしてそう思った時には、自分の意思に反した言葉が、自分のものとは思えぬ声が口をついて出ていた。
「留守番ご苦労、我が僕」
自分は何を言っている?奥華は謎の不安に身を毟られるようだった。その次の瞬間には目の前の光景が紫の雲によってかき消えた。そしてまた頭痛が襲った。この光景は現実ではない。
「何これ・・・?何なのこれ・・・!?」
奥華は頭を押さえた。並ぶドラゴナ達はその様子を見て隊を乱し始めたが、長身のドラゴナが制した。その光景は奥華の眼中にはなかった。
〈ハハハ、ハハハハハ!〉
頭痛と共に、誰かの笑い声が奥華の頭の中に響いた。
「誰・・・!?」
〈全くやってくれるねえ、大網のガキも!あのダメ弟やボケ老人もうまく立ち回れるようにしてやったのに、所詮あの程度かい・・・〉
「誰なの!?」
奥華は頭の中で叫んだ。
〈んー?何を言うんだい、あんたはアタシじゃないか。あんたはスエラ・フォレスト、だからアタシはスエラ・フォレスト。分かるでしょ?〉
「違うよ・・・!あたしは奥華だよ!安土奥華・・・!」
〈安土、奥華・・・クッハハハハハ!〉
声は笑った。その禍々しい笑いは奥華の頭痛を加速させた。
〈さぞ嬉しいだろうねえ、お友達に一人の人間として認められて、仲良くしてもらえて!好きな男もできて、普通の中学生満喫かい?〉
紫の雲の間から、二つの巨大な目玉が現れた。奥華は金縛りにあったようにその目を見て動かなくなった。
〈じゃあ教えてあげようじゃないの。この身体の主はアタシ、アタシはあんたであり、あんたは西角、ヒドゥン・ドラゴナ最高幹部、スエラ・フォレストなんだよ。つまり!安土奥華なんていう人間はこの世にいない!〉
その声は天のそこかしこで鳴る雷鳴のように奥華の頭を揺さぶった。
「いない?いる!ここに!あたしはここにいる!あたしは」
〈うるさいガキだねえ。いないんだよ。そもそも安土奥華なんていう人間は最初っからいなかったんだよ。どこにも〉
突然、頭痛が治まった。しかし奥華は考える力を失っていた。
「いなかった・・・?」
〈憐れだねえ。あんたのお友達は安土奥華とかいう幻覚をずっと見ていたのさ。あんたはそれにつられて自分が安土奥華だと思い込んだ。あるいは逆かもしれないねえ。あんたがお友達にホラを吹き込んで回ったんじゃないかい〉
「あたしが・・・?みんなに・・・?」
〈どうしてそれに誰も気づかないかねえ。あんたの身なりは、どう見たってこの世ならざるものじゃないか。え?〉
その目玉は奥華の左肩に目をやった。肩から先の服の袖には何もない。奥華は放心したまま涙を流し始めた。
「あたしは・・・いない・・・?」
その瞬間『奥華』の視界は、紫の雲や巨大な目玉すらかき消え、何もなくなった。少女の体は床に倒れ伏した。
「スエラ様・・・」
長身のドラゴナが歩み寄ったが、『スエラ』は制し、自ら立ち上がった。何も言わなかった。その様子は先ほどまでの『奥華』と変わらない。しかし、その主導権を徐々に奪われている事は、『奥華』の最後の意識が感じ取っていた。『スエラ』はゆっくりとした足取りで廊下を進み始めた。ドラゴナ達はその後に続いた。

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