第四十五話

ドラゴナ島。周囲に他に陸地を目視できない、いわば絶海の孤島である。海の覇者・峠口大網の目下で、人間がこの島にたどり着くような事はまずない。例外といえば、峠口大網に実力を認められた者か、もしくは大網の力に抗う、もしくはすり抜ける事に成功した者のみ。
「げふっ、げふっ!」
後者、すなわち峠口天希一行は島の東側の海岸にいた。十秒前、ドッペルが砂浜に激突のち爆発し、天希は海に投げ出され、可朗と君六は砂浜に叩き付けられて埋まり、カレンは少し先の土の上に着地していた。天希が海から上がってくると、小さくなったドッペルがふらふらと上から降りてきて、天希の頭の上に着陸した。
「到着合図の花火ってか・・・」
カレンが砂に埋まる可朗と君六をなんとか引き抜き、改めて四人は立ち直り、その島の中央に立つ巨大な塔を見上げた。
「これが・・・」
「僕たち、いつの間にかこんな組織を相手に戦ってたんだ・・・」
カレンは思い出していた。9年前、突然家族がバラバラになり、自分は薬師寺悪堂のもとでその後育てられた。しかしその悪堂もまた、今起こっている一連の事件を起こした人物の一人であった。さらに父アビスは利用され、小組織の親玉となっていた。一度は我を失いかけたが、その時の自分を正気に戻してくれた二人がいた。そして今も隣にいる。一度は一人で父親を助けに走ったが、今こうして一緒にいるのだ、もう一人で無茶は許してくれないかもしれない。
「・・・」
またある時は飛王天に連れ去られた。もしかしたら、あの老人もまた父親と同様に利用されていただけなのかもしれない。あのとき助けにきてくれたのはデーマ、そしてエルデラだった。
(兄さん・・・)
大網の奇襲によって再び離ればなれになってしまったエルデラが、彼女にとってはどうしても心残りだった。自分やその周りの人間を狂わせてきた元凶を前にして、カレンは思わず兄の消えていった水平線の方にちらと目をやってしまった。その時、波打ち際に小さな人影がある事に気がついて、体ごと振り向いた。
「奥華ちゃん!」
それを聞いて他の三人も後ろを振り向いた。目を伏せたまま、まるで幽霊のようにふらふらとこちらに近づいてくるが、やはりその姿は奥華だった。
「うおっ本当だ、奥華じゃんか!」
四人は奥華の方に駆け寄ってきた。その時まで半ば気を失っていたかのように、奥華はハッとして顔を上げた。
「えっ、あれ?」
「良かった、どこ行ってたのかと思ったぜ!」
「いつ一緒に乗り込んでたんだ?それとも・・・」
奥華は自分の置かれている状況がわからなかったが、自分の足が海水に浸かっている事に気づくと、その場で適当に思いついたことを言った。
「そ、そりゃああたし、水のデラストの使い手だもん!」
しかしそれが合っていたらしい。三人は納得して頷いた。
三人。最近の奥華の不自然な振る舞い、そしてこの登場、怪訝に思わない者がいなかったわけではないが、いっそうその不自然さを警戒していたのは、可朗だった。つい最近まで、彼の中ではごくごく普通の女子だった。左腕が全く欠損している事を除いては。むしろその欠損の事すら気づかせないほど、感情豊かで、かといって何ら特別な悩みもなく・・・いや、あったか。自分の親友である天希に対し、密かに想いを寄せているのを見抜いたのは自分だ。だが最近は自分達も含めて、一緒にいるのは自然になってしまっている。この前は二人きりで船の甲板にも上がっていたし、その事でもはや悩むような事はないように見える。天希の事が原因でなければ、最近のその不自然な振る舞いは?一体があった?今まで気にしていなかった左腕の欠損が、可朗にはいつもよりクローズアップして見えた。
「可朗?」
頷きもせず、ただただ難しい顔をしている可朗の顔を、天希は覗き込んだ。可朗は我に返って焦った。ちょうど先ほどの奥華のように。
「え、な、な、何だい?」
それと入れ替わるかのように、奥華の顔に影ができた。しかし天希は可朗が特に問題ない様子なのを確認すると、先頭に立って進み始めた。
「よーし、今までの事件の元凶、絶対倒してやるぜ!」
後の四人も、天希の声に励まされて、島のジャングルの中を進み始めた。

【ぐおわっ!】
塔につづく道の途中では、ドラゴナ同士の喧嘩が行われていた。
【そいつをよこせ、俺様が悪堂殿に献上して、褒美を貰ってきてやる】
【誰がそんな口に騙されるか!】
エルデラは腕と足を縛られ、脇に横たわっていた。得体の知れない生き物達が喧嘩している様は目に映るが、頭がはっきりとしない。
【お前達みたいな下っ端があの塔に出入りできない事くらい、その足りん脳みそでも分かるだろうが!】
【だからこの人間を献上しに行くのだ!そうすりゃ悪堂様のもとまで通してくれる、それだけの大手柄なんだろう!】
【通さん、この俺様が通さん!お前達の節穴のような目で見て何故大手柄だとわかる?】
【あんたが必死に奪おうとしてるってことは、それだけすごい物って事なんだろう?だったらそれを独り占めされてたまるか!】
【バカ者が、お前達でなくたって献上物は俺様のような幹部を通して悪堂殿に届けられるのだ。誰が独り占めなどすると言った?】
おおよそこのような内容で言い合いをしながら喧嘩は続いた。幹部を名乗る大男、名にして沙羅曼蛇は、下っ端達の抵抗に耐えかね、ついに背中の大鉈を引き抜いて振り回した。
【うわあっ!】
沙羅曼蛇はうなりながら、さらに何度も大鉈を振り回して見せた。その光景を目にしたエルデラは、反射的に目を見開き、体をエビのように反らすと、両手両足を縛られたまま飛び上がり、沙羅曼蛇に飛び蹴りを食らわせた。
【ぬうおっ!?】
沙羅曼蛇はのけぞった。エルデラは縛られた足で彼の目の前に着地し、一言「やめろよ」と言うと、また気を失ってその場に倒れ臥してしまった。
【むう・・・】
蹴りを食らって一瞬吹き出した唾をぬぐいながら、エルデラが動かなくなったのを見ると、沙羅曼蛇はすばやくエルデラの首根っこを掴み、担いで行ってしまった。
【ああっ・・・】
【俺様に逆らった罰として、こいつは没収だ。褒美も分けてやらん!】
沙羅曼蛇は振り向きもせずに言い放ち、道の向こうへ消えた。

ジャングルの中の開けた土地に村があったのを見つけた時、最初に天希が無警戒に挨拶に行こうとしたのだが、すぐに可朗が茂みの中に引き戻した。ここがドラゴナ島である限り、その村は敵の物である可能性は限りなく大きいのだ。話し合った結果、君六が行く事になった。戦闘モードがオフの状態の彼なら、敵と気づけばすぐこちらに戻ってくる、そう考えたからだ。しかし、涙目ながらも送り出された君六が遭遇したのは、予想の斜め上を行っていた。
(?????)
村のドラゴナの一人と偶然目が合ったのだ。君六含め、五人はドラゴナの存在など今までの人生の中で確かめた事がない。魔人族にも増して異形のこの生き物を前に、君六は恐怖の先を行って思考と動きが止まっていた。まるで宇宙人にでも遭遇したような様子だ。後ろからその様子を見守っていた四人も目を丸くする。
「何だあれ・・・!?人間?」
しかし村人、名にして芋里もまた同じようなショックで動けなかった。二人が見合ったまま固まり、数分が経過した。
「ワ、ワナタナハ・・・」
芋里は片手を上げてそう言った。後ろの四人にはそれが何らかの挨拶に見えたのだが、君六はそれを合図に大声で泣きながら戻ってきた。
「ぴゃああああああああ!」
「おっ、おい、君六!」
君六はジャングルの中を一目散に駆けていった。一方で芋里も村の方へ逃げ出した。カレンが君六の後を追い、残った三人が茂みの間から続けて村の方を見ていると、村の住民達が武器を持って家々の中から現れた。皆こちらを恐れているのか、武器を持つ手がおぼつかない。三人は警戒し身を潜めていたが、さっきの挨拶を聞き逃さなかった可朗は、一か八かと思って、そっと茂みから抜け出した。
「お、おい、可朗?」
茂みの中から現れる人間の姿を見て、ドラゴナ達は武器を強く握る。しかし可朗も緊張しながら彼らの方を向いて立ち直ると、片手を上げ、震える声で言った。
「ワ、ワナタナハ」
ドラゴナ達はそれを聞いて目を丸くした。沈黙の時間が過ぎる。可朗はやや自身がなかったがダメ押しでもう一回言った。
「ワナタナハ・・・」
可朗の顔は引きつっていた。バカな事をした。次の瞬間で一気に襲われるだろう。そう思っていたが、意外にもドラゴナ達は武器を下ろし始めた。それ以上の動きがなく、未だに警戒を解いたようには見えなかったが、相手のうち比較的遠くにいる一人が、小声で挨拶を返してきたのを見て、可朗も挨拶が通った事が分かり、やや安心した。
「ワナタナハ」
そう可朗は言って、ゆっくりと彼らの方へ近づいていった。ドラゴナ達も一応は可朗の事を受け入れた様子で、更なる警戒の色を見せる事もなかった。その一部始終を、天希と奥華は茂みの中からポカンとして見ていた。
「あいつ・・・どうなってるんだ本当に・・・?」

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