第四十四話

天希達が大網の船に捕らわれてから2日が経とうとしていた。大網が彼らをどこへ運ぼうとしているのか、当人達は知らなかった。
「そりゃあいつも先生にゃお世話になってるからな、どっかの無人島に下ろしてそのまんま、ってことはねえんじゃねえの?」
と田児は曖昧に答えるが、外を見ても島が見えるのすら稀で、ほとんど陸から離れた場所をさまよっているだけのようだった。
また妙なのは、天希達が捕らえられた時はにこやかだった真悠美が、落ち着きのない張り詰めた表情をしている事だった。船員達もなぜ彼女がピリピリしているのか知らず、それでいてかなり気にしているようであった。
「おかしい」
真悠美はつぶやいた。船内をウロウロし、船員に何かを耳打ちしては、探し物でもしているかのように部屋をいくつも覗き込むのだった。
ある部屋を覗きこもうとした時、同じ事をしている人間がいたらしく、頭同士をぶつけた。
「痛っ!」
「いっ、母さん?」
しかめた顔を上げると、そこには天希がいた。真悠美は息子の顔を見るなり、声を荒げて言った。
「天希!あの子、あの片腕の子はどこなの?」
「えっ?」
珍しく同乗者がいるとはいえ、真悠美が大網や船員以外の人間を気にするのを、天希は始めて見て動揺した。
「奥華の事?俺もちょうど探してたんだ!母さ奥華と何かあったの?」
それを聞いて真悠美はさらに顔をしかめ天希を睨みつけるが、その顔を一旦伏せ、天希の肩に手を置いて、息を殺しながらつぶやいた。
「妙なのよ・・・波の計算が微妙に合わない。X56、Y112.2、Z38.4点はドストー海域で72・・・」
それから真悠美は何か難しい言葉で調子の狂いをぶつぶつとつぶやいていたが、天希にはその内容が分からなかった。
「あの子は?」
真悠美は顔を上げ、また睨むような目で天希に尋ねた。
「え・・・」
「あの子のデラストは?」
「水を・・・操る」
天希は真悠美の方をまっすぐ見て答えた。真悠美は何かを考えているのか、動かなかったが、天希が次に何かを言おうとした瞬間、真悠美は天希の肩を突き飛ばし、おもむろに甲板の方へ走り始めた。
「母さん・・・?」
立ち尽くす天希の後ろから、誰かが肩を叩いた。振り向くと、カレンだった。
「天希君、今すぐ来てください!」
「なっ、何が何が?」

船内が動揺に包まれているのを尻目に、雷霊雲はこっそり招集をかけていた。船から脱出する作戦を練っていたのだ。作戦の内容は最初に可朗に伝わった。
「我々が最初に捕らえられた時は、天希とエルデラ以外にあの攻撃の正体をはっきり認識できる者はいなかった。だが、ドッペルとカレンに彼らの能力で大網の能力を読ませた・・・砲弾や魚雷も使えるという話だ。そこで、片方が脱出用の魚雷を飛ばし、もし追尾攻撃がきたらもう片方が相殺する、と行けば逃げ果せる可能性は十分にある。前者がドッペル、後者がカレンになるだろうな。大網が追尾攻撃に前以上の力を入れてくれば相殺とまでは行かないかもしれないが、カレンもレベルは十分に・・・」
そこで雷霊雲は言葉を切り、船員の通り過ぎるのを待った。
「でも、脱出したとして、一体どこを目指すんですか?」
可朗は小声で尋ねた。すると雷霊雲は紙を一枚取り出し、広げてみせた。そこにあったのは島の写真だった。どことなく不気味な、黒ずんだ塔が建っているのが目を引いた。
「この島だ。ドラゴナ島・・・ヒドゥン・ドラゴナの本拠地」
可朗は唾を飲んだ。
「この船、『なぜか』ドラゴナ島へ向かっているらしい。真っ直ぐにだ。真悠美さんはその事で焦っている。今のうちに脱出し、真っ直ぐ進行方向へ向かえばドラゴナ島へ着く。すでにドッペルが外に出て、誰にも気づかれずに船の真上を飛行している。皆が甲板に出たらすぐ変身し、皆を乗せて飛ぶつもりだ。決行時は私が合図をする。不意を付き、なるべく時間をかけないように」
皆この作戦に同意し、決行する心を整えていた。しかし、天希は奥華の姿が見えない事が気がかりだった。その旨を伝えると、雷霊雲はこう答えた。
「奥華はいる。恐らく・・・この船を大網や真悠美さんの意図と別にコントロールしているのがそうだ。彼女がドラゴナ島の場所を知っていてやっているとすれば予想外だが・・・とにかく行け。この機会を逃すな」

甲板に出る戸が荒々しく開かれ、真悠美が降りてきた。
「まずい・・・まずい!」
真悠美は落ち着きを失い、大網に直に今の状況を報告しに行かなければ気が済まなかった。戸を閉めようとした瞬間、後ろからカレンが手をついた。
「なっ!?」
カレンの手が一瞬、真悠美の身体に食い込み、デラスト・エナジーの一部を奪った。
「アンタ・・・!」
真悠美が反撃に出ようとした瞬間、激しい電撃が彼女の目の前を襲った。彼女の真後ろには君六が立っていた。
「くっ!」
真悠美が怯んだ隙、カレンは甲板に飛び出し、船内に伸びた糸を手繰った。すると君六、天希、可朗が甲板に引っ張り上げられた。
「来たか!」
ドッペルはその様子を見て、すぐさま巨大な魚雷の形に変身しながら甲板に降りてきた。
「さ、乗ろう!」
可朗が先導した。魚雷となったドッペルの側面が開いた。
「わざわざ乗り込めるようになれるなんて都合がイイネ・・・」
「あれ?」
カレンは残りの糸を引っ張ったが、どこかに引っかかっているらしく動かなかった。
「どうした、カレン!?」
そうしているうちに真悠美が糸をものすごい形相で甲板に上がってきた。糸が切られ、カレンは転びそうになったが、乗り込む直前だった天希がUターンして支えた。真悠美は手を前に突き出し、衝撃波のようなものを放つと、カレンが全く同じ構えから、同じ技を繰り出した。技は相殺された。
「ごめんな、母さん!」
天希はそう言ってドッペルに乗り込んだ。カレンは糸付きの人形を、魚雷に向かって放ち、巻きつけた。間も無く魚雷は海に向かって落下し、猛スピードで海の上を進み始めた。真悠美はその様子をただ睨むだけだった。大網が魚雷を放ち追い打ちをかけると思われたが、いつまで経っても魚雷か砲弾が射出される反動を感じる事はなく、魚雷は遠のくばかりだった。彼女の目線の先には、一つの島と、そこに建つ不気味な塔があった。

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