第四十三話

真悠美は船底の窓から海中の光景を眺めていた。船の壁を叩いて何か合図を送っているように見えた。実際それはまぎれもなく真悠美から大網への信号だった。
(71°・・・ゴミあり・・・)
間もなく、船の先から魚雷が発射された。魚雷は真悠美が合図したとおり、進行方向から71°の方角に向かって飛んで行った。真悠美はさらに細かく波を読み、『ゴミ』の詳細位置を大網へ送ったが、2発目の魚雷は発射されなかった。
真悠美は誰もいないはずのその部屋から去ろうとしたが、妙な気配を感じて反対側の窓を見た。そこには奥華がいた。ついさっきまでの真悠美と同じように、窓の向こうを眺めていた。外の光景に釘付けになっているのか、ピクリとも動かない奥華の後ろ姿を見て、真悠美は怪訝に思った。わざと足音を大きくして後ろから奥華に近づいたが、向こうが振り向く気配はない。
(この子、耳大丈夫なのかしら?)
真悠美はニヤリとして、奥華の頭の方に集中した。奥華の頭の波を読みに行ったのだ。しかし、その波を感じた途端、真悠美はすぐさま集中を解いた。
「・・・あんた・・・」
思わず真悠美はそう口からこぼした。奥華には届いたらしく、我に返ったように振り向いた。
「ええっ!?あっ」
奥華は非常に動揺していた。振り返り、真悠美を見、逃げ出す間に4度も跳ねた。その動揺ぶりに真悠美も焦って手を横に振ったが、言葉を交わす間もなく、奥華に逃げられてしまった。
(何なの、あの子・・・)
真悠美は顔をしかめた。それは態度を見て出ただけの言葉ではなかった。

「あ、奥華」
走ってくる奥華の反対側からは可朗が歩いてきていた。奥華はブレーキをかけるより先に右手で可朗の顔に思い切りビンタした。
「いっだ!」
可朗は脇に倒れかかり、奥華は立ち止まった。
「何するんだ!」
「あんたが邪魔だったんじゃん!」
「だから人を邪魔扱い・・・」
可朗は気がついた。いつもの奥華ならこっちに顔を向けて話すが、今は背中を向けている。すると、それに奥華自身も気づいたのか、少し可朗の方へ向いた。しかし目を合わせてこない。
「まだ風邪が治ってないんだろう?もう少し寝ておきなよ」
可朗がそう言ったが、奥華は返事もせずに行ってしまった。
「どうしたんだ・・・?」

(違う、あたしは自分であの部屋に行った、行きたくてあの部屋に行ったんだ、だから天希くんのお母さんにも気づかなかった。行きたくて行ったの!何も変じゃない、変じゃない、何も変な所ない・・・)

「変だな・・・」
田児は顎をさすりながら言った。
「んん?どうしやした田児さん」
下っ端の一人がその声に乗っかった。
「あんな顔してるぜ、真悠美さんらしくもねえ・・・」
真悠美は何か腑に落ちないような顔で歩いていた。田児は不安げに彼女のいる方向を見ていたが、それを見た他の下っ端が声を張り上げた。
「おーっす、真っ悠っ美っさーん!」
それが聞こえると、真悠美はまるでロボットのようにその表情のままスタスタとこちらに歩いてきた。
「何、あんたたちそれは」
見ると、男衆は聡美を囲み、それを巧太郎と玄鉄が必死にかばってるような格好だった。
「あんたらね・・・あたしがいるのにそんなに女が珍しいかい」
「だって、グヘヘヘ・・・すんません、つい」
「何が『つい』だか。あたしだってガキは好きじゃないけど、ガキに目付ける男ぁもっとダメよ」
真悠美は白けた目で見回していたが、田児と目が合って止まった。
「どうした・・・?」
真悠美は細い目をしながら言ったが、田児は答えずに真悠美を見ていた。真悠美は田児が何を気にしているのか解って悟られた気分になったが、表情は変えなかった。
「ちょっと考え事してるだけよ」
真悠美は下っ端達の襟を掴んで引きずりながらその場を去った。巧太郎と玄鉄はしばらく緊張した顔をしていたが、下っ端達がいなくなると二人は力を抜いた。
「ビビったぁ〜・・・」
「ちょっと、あんなデラストすら持ってない奴らに囲まれてビビってたんですの?情けないったらありゃしませんわ!」
「えっ、持ってなかったんですか・・・誰も?」
「そんなの分かりますでしょ?デラスターの勘で!」
「そ、そんなこと言われたって・・・」
巧太郎は困惑していた。
「ほう、そりゃすげえ」
三人は田児がその場に残っていた事を見逃していた。三人はまた身構えた。
「確かにあん中にデラスト持ってる奴はいねえ。いたらとっくに海に放り出されてら」
「え・・・?」
田児は腕を組み直した。
「この船にはデラスト持ちは大網さんと真悠美さん以外は許さねえって決まりなんだよ、ホントは。誰か一人でもそうなったら即効叩き出す、ってな。今ぁ先生がいるって事で特別こんな状況だが、正直居心地悪ぃな全く〜」
「な、なんかすいません・・・」
ガードマンの二人は冷や汗をかいていた。田児は少しニヤリとした。
「実際に叩き出されたのは今までに一人しかいねえけど」
当時の事を思い出しているのか、口を抑えて笑っていた。
「お前らもお友達なんだろアイツの?・・・エルデラだよ」

当のエルデラは砂浜に打ち上げられていた。それを発見したのは、全身が鱗で覆われている、人離れした体を持つ生き物『ドラゴナ』だった。最初の発見者は仲間を呼び、自分たちが暮らす家の一つに運んで行き、麻の布を敷いた上にゆっくりと寝かせた。エルデラは目を覚まさなかった。
【息はしているか?】
【一応は戻っている様子だ】
彼らは珍しそうにエルデラの体を覗き込んでいた。
【ゼウクロスと同じ『ヒト』だな】
【ヒドゥン塔の奴らみたいな事言うなよ】
【これをあいつらが見たらどんな顔する?】
【いや、まず連れて行かれるかもしれない】
【こいつまだ何も悪い事してないぞ】
【ヒドゥン塔のやつらのことだから、きっと殺される前に殺せとか言ってくる。あたまおかしい】
天希達が使っている言葉とはかけ離れているが、だいたいこのような事を話していた。
【まだ目を覚ましてない、だが目を覚ましたら俺たちの敵か?】
【わからない、でもわからない】
家の戸が突然開いた。中にいた一同はびっくりした。
【何をしてる?】
集落の一部がその家に集まっている事に他の住民が次々と気づいては集まっていき、エルデラの寝ている家は押しかけ状態になっていた。
【おちつけ、おちつけ!見たい奴はまず並べ。ゼウクロスも兵隊を並べて勝った】
その一言を聞いて、彼らは一列に並び直した。
【まれびとだ・・・】
ドラゴナ達は、最初は寝ているエルデラの姿を見ては去っていたが、後になって食べ物などを持って再びエルデラの寝ている家へ集まってきた。その家の主はエルデラの事は静かに見守っていたが、その分押し掛けてくる他のドラゴナ達に少し困っている様子だった。
【何しに来た?】
【目が覚めたときって腹減るだろ、ヒトも同じと思ったから】
【いいことすると返ってきそうな感じがする】
ドラゴナ達は再び家に集まって、眠り続けるエルデラをじっと見ていた。
【な、なあ。こいつは俺が見張ってる。目覚めたら俺がすぐ知らせる。だから帰ってくれよ、狭いんだ】
家の主はそう言ったが、誰にも聞こえて無い様子だった。
【おい、何してる!】
突然、家の外から怒鳴り声がした。
【ヒドゥン塔のやつだ!】
【ヒトが見つかったら怖いぞ】
ドラゴナ達は、エルデラを隠すようにして座った。というよりエルデラを椅子にするような格好だった。
【今、ヒトと言ったな?】
細かい刺繍の入った、紫の布を体に巻いたドラゴナが姿を表した。
【ヒトを隠しているな?お前らはヒトをかばうのか!ヒトはゼウクロスの仲間だ、ヒトは敵だ!それをかばうことは許せない!だからお前達はいつまでたっても、こんな汚い集落で暮らしているのだ】
そのドラゴナは刺繍を左右に見せびらかすように歩きながら入ってきた。
【ヒトなんていないぞ】
【お前らの塔へ行くよりマシだ】
ドラゴナ達は言い返したが、後ろからさらにやってきた紫布を巻いたドラゴナ達ともみ合いになった。
【見ろ、やっぱりあそこにヒトがいるぞ、捕まえろ!】
【そうはさせるか!】
集落のドラゴナ達は必死に抵抗したが、『ヒドゥン塔』側のドラゴナ達が武器を見せると、立ちすくんでしまった。結局、全員エルデラの周りからどけられてしまった。それでも反抗するドラゴナもいたが、エルデラは眠ったまま強引に連れて行かれてしまった。
【ちくしょう!あいつらいつも自分勝手だ!】
【何が『ヒトをかばうのか』だ、俺知ってるんだぞ、あの塔はヒトが建てたんだ、あの塔のボスだってヒトで、あいつら騙されてるんだ】
【そんなこと言わなくったってみんな知ってるだろ。でもやっぱり・・・あいつらがなに考えてるか分からない・・・】
彼らは、島の西にそびえたつ塔を眺めながらつぶやいていた。

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